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「連続小説」それいけ!!モグリール治療院③~騎士がちやほやされるんだから馬の種類は問うまいよな~

「大丈夫です。あの人は、正真正銘の最強ですから」
一切の迷いも過信もない真っ直ぐな瞳。そこに映るのは騎馬に乗って大地を駆ける最強の騎士の姿。その騎士は誰よりも速く、誰よりも強く、誰よりも鋭く、そして紛れもなく最強だった。


ここは冒険者の街スルークハウゼン、王都の東に位置していて複数の危険な迷宮と隣接する街。一獲千金をもくろむ数多くの冒険者でごった返す夢と野望と憧れの街。私もそんな冒険者のひとりで、遠く雪に閉ざされた故郷から力を試したくて引っ越してきた。
申し遅れる前に申しておくね。私はヤミーちゃん。冒険者としては一人前の黒鉄で、最近は迷宮を我が物顔で闊歩する大いなる蹄を討伐し、広大な渇いた大地を支配する百獣と渡りをつけた、人気急上昇中で注目株のウルフヘズナル。
あ、ウルフヘズナルっていうのは狼の皮を頭から被った戦士のこと。私も故郷の村を出る前にナイフ一本で狩った、狼の群れの頭目の皮を被ってる。
なぜならそれが戦士の証だから!

今日は冒険者ギルドに呼び出されて、多分だけど最近の功績に対するご褒美が貰えるんだと思う。だから昨日の夜から何も食べてないし、他人のお金でおなかいっぱい焼き肉を食べてやるつもりなのだ。
「へい、ギルド長! ヤミーちゃんのお出ましだよ!」
冒険者ギルドのドアを勢いよく開けて、椅子に腰かける長髪で鋭い眼の歴戦の勇士って雰囲気の中年男に話しかける。
彼は冒険者ギルドのギルド長、ギルド長といっても実際にギルドの長という役職に就いているわけではなく、基本的に勝手でわがままな冒険者たちを力で抑えるために雇われた流浪の傭兵。実際に強いのかどうかはわかんないけど、立ち振る舞いからして、それなりの腕はあると思う。
「おう、ヤミーちゃん、よく来たな。モグリールやクアック・サルバーは興味ないだろうが、お前たちもこれに参加しろ」
目の前に突き出されたのは一枚の紙切れだ。なんか色々書いてあるけど、私は文字が読めないのでさっぱりわからない。
ちなみに元医者で輸送隊指揮官のモグリールと偽造師のクアック・サルバーは私の仲間ね。もうひとりヤーブロッコっていうどぶさらいもいるよ。3人と私でモグリール治療院ってパーティーを組んでる。
「えーと、これは焼き肉食べ放題券とかかなー?」
「まったく違うぞ。まあ、でもお願いする立場だからな、肉くらい奢ってやろう」
「わぁーい!」
そういうわけで、私は予定通りに焼き肉を食べさせてもらうことになった。

食堂のテーブルの上に置かれた大量の肉を挟んで向こう側、金色の髪を後ろで結った、思わず目が止まってしまうような美人な女と、連れの背の低い赤毛の少女が、冒険者にしては身なりの整った男たちに絡まれている。
「おい、まだこの街にいたのかよ。騎士崩れのお嬢様」
「ろくな活躍も出来てないんだってなあ」
「馬に乗らねえんだったら、俺たちの上にでも乗っかったらどうだ」
この街ではよくいる輩だ。粗野で下卑ていて言葉は乱暴、群れるのが好きで群れないと調子のひとつにも乗れない。
一方、美人の女の方は投げかけられる言葉には一切耳も傾けず、黙々と目の前のパンを千切っては食べ、食べては千切りを繰り返している。そうだ、後でパンも食べよう。肉汁を吸ったパンはとても美味しい。
っと、そうじゃない。放っておいてもいいけど、このまま騒がれたら肉が不味くなる。
私は鉄製のフォークを掴んで、空中で消えるだけの言葉を投げ続けている男たちの間に矢のように放つ。フォークは風を切って進み、壁に突き刺さり、勢い余って先端と取っ手が一緒になるくらい縦にぎゅっと縮む。
「食事の邪魔」
「お前ら、その辺りでやめとけ。こいつらはお前らの倍は強いぞ」
私の言葉の後に、間髪入れずにギルド長が警告のセリフを口にした。こいつら? あれ、私の他に誰かいたっけ?
舌打ちして床に唾を吐いて食堂を出ようとする男の頭を、おばちゃんが平手でスパァンと良い音をさせながら叩く。なるほど、この世で食堂のおばちゃんほど怖い者はいない。なんせ食事を取り上げられちゃうもん。
「言っておくが、食堂の女将ではないぞ」
違うの? じゃあ、ほんとに誰のこと言ってたの?
頭を傾けながら周囲を見回していると、美人の女の連れの少女が歩いてきて、ぺこりと頭を下げてくる。
「先程はありがとうございました、ヤミーちゃん様」
「ヤミーちゃんでいいよ」
「いいえ、気を遣っていただいた上に名前を呼び捨てにするなんて出来ません。ヤミーちゃん様、私の主もあなたにお礼を申し上げたいそうです」
なんで? 私はヤミーって名前のはずだけど、いつの間にヤミーちゃんが名前になってるの?
「だから最初に言っただろう。冒険者として登録するときに、本当にそれでいいのかって」
私は頭の奥の、埃を被った記憶を蘇らせる。


あれは故郷の北の村から出てきて、この街まで辿り着いて最初の日。冒険者ギルドのドアを開けた私は、受付にいたお姉さんとギルド長にこう言った。
「私はヤミーちゃん、北の村ノルドヘイムから来た。迷宮のすべてを踏破して、歴史に名を刻む者であーる!」
「ヤミーちゃんですね。職業は、狼の皮を被った戦士、ということはウルフヘズナルですね」
「おい、一応聞いておくが、本当にそれでいいのか?」
「馬鹿を言わないの、そこのひげおじさん。私はヤミーちゃん、迷宮のすべてを踏破して、最深部にあると言われる財宝を手にする者なのだ!」
そう高らかに宣言して、初心者を意味する木札の鑑札を受け取り、そのまま初めての冒険に向かったのだった。


「な。俺は確かに言ったぞ、本当にそれでいいのかって」
ギルド長が、だから言っただろうがって表情で再度繰り返す。確かに私はヤミーちゃんと名乗った。
そして受付のお姉さんがヤミーちゃんのまま冒険者リストに登録した。
道理で見ず知らずの人までヤミーちゃんヤミーちゃんって馴れ馴れしく呼んでくるわけだ。ってことは、あいつら呼び捨てにしてたのか。それはそれで許せない。
「ギルド長、今からでもヤミーに変えれない?」
「変えてもいいが、そうするとまた駆け出し、青銅からやり直しだぞ。これは意地悪ではなく、名前を簡単に変えられたらろくでもないことを企む連中が増える、そのための措置だ」
ちなみに駆け出し冒険者の青銅ランクは、名前の変更も出来ないらしい。冒険者であるならば功績も失敗も罪過もすべて背負え、というのが冒険者ギルドの決めたルール。
ちなみに私は青銅の上に位置する黒鉄、中層より奥の迷宮は青銅を含めたパーティーでは探索を認められないことが多いので、ここ青銅に落ちるとモグリールたちにも迷惑をかけることになってしまう。
「このままでいい……」
ぬううと唸りながら自分の失敗を飲み込んでいると、さっき絡まれていた美人の女が目の前まで近づいていた。
女は静かに頭を少し垂れて、礼の意志を示し、そのまま立ち去ろうとくるりと背中を向ける。
「おい、キャメリア。今度ギルド主催の討伐大会がある。お前も参加しろ。ヤミーちゃん、お前たちもだ。最近は腕利き連中は冒険に夢中で、小粒な奴らしか参加してくれないんでな」
ギルド長が例の色々書かれていた紙をひらひらと揺らし、私と女、話の流れ的にキャメリアさんに交互に視線を向ける。猛禽のように鋭い拒否を許さない雰囲気と、年の割に血気盛んな楽しみを求める目で。
「わかった」
簡潔に返事をして去っていくキャメリアさんと連れの少女を見送りながら、ギルド長に顔を向けると、
「彼女は強いぞ。妙なこだわりのせいで今のところ目立った活躍はしていないが、間違いなく最強のひとりだ」
ぼそりと私の聞きたいことの答えを返してくれた。
なるほどなるほど、最強なのね。そう聞いたら俄然やる気が出るのが戦士の本能ってやつで、私は溢れんばかりの闘志を燃やしているのだった。目の前のお肉くらいに。
「あ、おばちゃん。パンもちょーだい!」


第10回わぁい楽しい愉快なモンスター討伐大会、通称モン伐。おふざけ感の強い名前の大会だけど、迷宮の困難さに足踏みしがちな冒険者たちの奮起を促したり、溜まった鬱憤を発散させるのに役立っている大会で、今回でなんと10回目。
ルールは簡単、日の出から日没までの間に指定された範囲の中でひたすら戦い続け、魔獣や半人半獣の亜人も含めた大雑把な括りのモンスターに強さや討伐難易度によって1から500までの点数をつけて、狩ったモンスターの合計点数の多かったパーティーの勝ち。当然賞金だって出るし、お金の代わりに強力な武器を貰ったりも出来る。さらに迷宮四大巨獣やそれに並ぶ大物を討伐した人には個人賞として、無条件で冒険者ランクをひとつ上げてもらえる、という特典もある。
もちろん怪我人も出るし、毎回死人だって出てるけど、それは普段の冒険でも同じ。強ければ生き弱ければ死ぬ、弱肉強食ルールで行われるのだ。
ちなみに明記されてないけど、妨害も横取りも許されていて、範囲から出る以外の失格はないので、モンスターだけでなく同じ冒険者にも注意を払わないといけない。

「それでは第10回モン伐を始める。各々、日没までに出来るだけ多くのモンスターを狩るように。あとリタイアしたくなったら自力で範囲外まで出ろ。待機してる衛兵が拾ってくれるはずだ。衛兵ごと死んだら運がなかったと思って諦めろ。俺からは以上だ」
ギルド長からのいい加減にも程がある挨拶を投げかけられて、声を上げて盛り上がるベテラン組、怖気づく駆け出し組、特に動揺も興奮もしない人たち、それぞれの反応を見せる。私たち? 私たちはやる気になってるに決まってる。
「あーそうだ、モグリール治療院。お前たちのところのクアック・サルバーは参加禁止だ。理由は後で本人から聞け」
いきなりの欠員に、昂っていた気持ちがわずかに醒める。むっとしながらモグリールとヤーブロッコに目を向けると、
「どうせ前に記録を偽造したんだろうな」
「したでしょうねー」
あっさりと受け入れて支度を始めている。
私もそう思ったけど! どうせ記録用紙をすり替えて、偽造した書類で優勝しようとしたに決まってるけど!
クアック・サルバーはそういうことをする人だ。理由を聞かれてもクアック・サルバーだから、としか答えようがないけど。

「さて、今回の範囲は大喰らいの砂漠か。輸送隊は足を取られるな」
モグリールが地図を見ながら眉間にしわを寄せる。大喰らいの砂漠、かつて亜人たちの築いた城塞都市を一昼夜で砂で埋め尽くした死の砂漠。
低いところで足首、深いところだと身長以上に飲み込まれる砂が冒険者の行く手を阻み、砂の下には志半ばで散った亜人の戦士たちや冒険者の亡骸が埋まっている、って言われてる。
さらにかつて庭園のあった場所には、地より這い出る蚯蚓と呼ばれる巨大な肉食の魔獣が生息し、砂の上にも砂塵の襲撃者と命名されたでっかいトカゲや貪欲な捕食者と呼ばれる頑強なサソリが潜んでいる。
「それに結構有名な連中も参加してますよ。黄道騎士団にノルド狩猟隊、王都警備隊第五分隊、ウォードッグス、マイルズファミリー、モラーダ魔術同盟、レインドロップ弓兵団、ローゼ騎士修道会、鋼鉄のムルス・ダキクス、暴君アンガーナ、皮剥ぎのレイノルズ、拷問官テオドール、肉屋のウィリアム、傷顔イートマン、五本指詰めシロッコ」
「やけに多いな。ヤミーちゃんが出るからか」
ギルド長は小粒ばかりと言っていたのに、今回の参加者はやたらと名前の売れた冒険者が多い。まさか私を倒して名を上げてやろうなんて馬鹿な考えで参加したとは思えないけど。

「いいか、おめーら! 狙いはちんけなモンスターじゃねえ! ふたつ名つきの化け物、それと冒険者最強とか呼ばれて調子に乗ってる狼の皮を被った生意気な小娘だ!」

遠くから明らかに私に向けた敵意が聞こえてくる。冒険者最強? いつの間にそんな呼ばれ方してたの? 大いなる蹄を討伐したから? 百獣と渡りをつけたから?
まあ、呼ばれて悪い気はしないけど、最強って呼ぶにはまだ早いと思うよね。せめて迷宮四大巨獣を全部倒すくらいのことはしないと。

「よし、今回の作戦はこうだ」
地図を睨みながら周囲の盛り上がりに聞き耳を立てていたモグリールが、木の枝で地面にさらさらっと図面を殴り描く。
狙いは300点の大物、地より這い出る蚯蚓、こいつに絞る。地より這い出る蚯蚓は普段は砂の中に潜んでいて、獲物が頭上近くを通ると、振動を感知して牙を上に向けて飛び出し、砂ごと丸呑みする捕食の仕方を好む。
上は鋭い牙で覆われ、口の中は飲みこんだものを即座に溶かす強力な消化器官にと直結しているので、口の中を狙った戦法は通用しない。
普段砂中に隠れていて狙われることのない側面、その横っ腹を文字通り真横からぶち抜く、というのだ。
「いいか、俺たちは日の出と同時に真っ先に庭園跡地に向かう。そこには地より這い出る蚯蚓が以前に使った縦穴の痕跡があると思われる。硬い地面よりは、通りやすい1度掘り進めた柔らかい場所を再利用する可能性が高い。そこで俺たち輸送隊とヤーブロッコで縦穴付近に穴を掘って、縦穴あるいは地上より低い位置でがら空きになる穴を通った瞬間に、無防備な横腹を一斉に攻撃する」
「なるほど。ところで私は何するの?」
「ヤミーちゃんは俺たちが狙われないように、地上で頑張ってくれ。それと最初に1発、なんでもいいから威嚇してこい」
なるほどねー。って、馬鹿なんじゃないの、なにその作戦!


地平線から太陽が昇り、槍で貫くように砂上を橙色に照らす。
私はモグリールに言われたとおりに、砂地に降り立った冒険者の中で、明らかに敵意を向けてくる、その中で一番体格が大きくて丈夫そうな奴の胴体に1発、骨が折れるけど内臓までは潰さない程度の拳打を撃ち込む。
大きくて丈夫そうといえば城塞騎士、鋼鉄のムルス・ダキクス。私に敵意があるかはわからないけど、以前私たちのことを悪く吹聴してたから、とりあえず犠牲になってもらう。
分厚い甲冑の上から腹を叩き、胴体を覆っていた鉄を飛び散らせながら、立っているだけで騎乗した兵士よりも大きい図体を数回転させて、まるで暴走する馬車に撥ねられたかのように砂の上に飛ばしてみる。
「お前たちに言っておく。私たちを狙うと、こんなもんじゃ済まさないからな!」
そう言い終わると、宙を舞っていた大盾が目の前に落ちてきたので、裏拳で弾いてぐにゃりと歪曲させる。
私の筋力はヤーブロッコがコツコツ集めた怪力の指輪10個に剛腕の腕輪2個、剛力の足輪2個で大幅に強化している。単純計算で豪傑30人分以上、1回殴れば同時に30回分の破壊力がそこに乗るというわけ。鉄の甲冑なんて、子どもに遊ばせる柔らかい工作板と同じようなものなのだ。

わぁっと悲鳴を上げて蟻の子を散らすように方々に走っていく冒険者たちの後ろから、風のように颯爽と1頭の見慣れない騎馬が砂の上を駆けていく。食堂で絡まれていたキャメリアさんだ。
1本の鋭く尖った長槍を握り、背中に大型の弓を背負い、駆け抜けざまに肉食のトカゲを斬り払っていく。その槍は正確で、大雑把に払うのではなく、確実に喉や頭を刺し貫いて首を落すように切り開く、その繰り返しをまったく速度を落さずに行ってるから、斬り払っているように見えるのだ。
間違いなく強い。単純に力だったら私のほうが絶対に上だけど、槍の取り回しや動きの無駄のなさ、身のこなし、そういった点では天と地ほどの差があるようにも思える。
最強って呼ぶにはまだ早いって、ついさっき思ったけど、実際はまだ早いどころじゃない。世の中にはとてつもない存在がまだまだ溢れている。
「なかなか面白くなってきた!」
その腕前に戦士としての本能が刺激される。負けてられない、あいつより多くのモンスターを倒して、絶対に優勝してやる。
そう決意した私の隣を、キャメリアさんの連れの赤毛の少女が、背中に大きな荷物を背負って走り抜ける。荷物の量に対して足取りが順調なのは、砂に沈まないように底に大きな円形の板をはめた独特な靴によるものらしい。
「あ、ヤミーちゃん様! お互いに頑張りましょう、といっても私はキャメリア様の荷物運びくらいしかできませんけど」
「君のお連れの人、すごいね。私もかなりやる気になってきたよ」
赤毛の少女が大きく首を横に振る。
「お連れだなんてとんでもない。キャメリア様は私が代々使える騎士、私はあの方に仕える従者なのです!」

アイシャの祖父母は雇われ農夫だった。砂漠の国の貴族に命を救われ、忠誠を誓って代々仕えることに決めた。
やがて貴族の息子は腕を磨いて騎士となり、砂漠の国で随一の槍の名手として名を残した。その娘がキャメリアだ。
父親の名を継ぐために幼い頃から武に身を置き、力だけでは立派な騎士にはなれないと勉学にも励み、アイシャが生まれる頃には見習い騎士として初陣を飾り、アイシャが10歳を迎える年に国を襲う大干魃によって人が暮らすには難しい土地となってしまった。
圧倒的な飢えと渇きの前に両親を失い、国を失い、騎士としての身分を失っても、キャメリアはわずかな水を幼い従者に譲り、病に倒れる寸前の体で隣国に流れ着き、数年かけて体力と暮らしを取り戻した。
その間も槍と弓の鍛錬は欠かさず、異国の地での労働に疲れても弱音ひとつ吐かず、アイシャの尊敬する理想の騎士としてあり続け、一獲千金を目指す冒険者の流れに乗ってスルークハウゼンまで辿り着いた。
それから半年、現行の迷宮探索ルートがキャメリアたちの本質に合致していなかったため、まだ10代半ばの若い従者と2人分の分け前を渡してでもパーティーを組んでくれる仲間が見つからなかったため、今までは目立った活躍こそ出来ていなかったが、その間も最強であり続けたし、さらに強くなるための鍛錬を欠かさなかった。
そして今日、今まさにこのモン伐の時間に、砂漠最強の駱駝の騎士として完成したのだ。

私の横で腕を組むギルド長が、誰にともなく長々と講釈を垂れている。
その間にキャメリアさんは遥か彼方まで駆け抜けているし、アイシャも先まで進んでいる。
モグリールとヤーブロッコと輸送隊の人足たちは穴を掘り続けて、他の冒険者たちもでっかいトカゲに蹴散らされたり、剣を弾くような頑強なサソリに刺し貫かれて泡を吹いている。
「ところで、ヤミーちゃん。サボってる場合なのか?」
「勝手に説明始めておいて、そんなこと言うの!」

もおーと非難の声を上げながら砂漠の真ん中を走って、青銅の鑑札を下げた冒険者の腕を噛み千切ろうとしている隙だらけの大トカゲ、砂塵の襲撃者に握りしめた半月状の鈍器を撃ち込む。
数々の冒険者を踏み潰してきた迷宮の巨獣、大いなる蹄の蹄鉄をそのまま利用した、拳打に重量と硬さを上乗せする武器、その名も新米つぶし。それが駆け出しの冒険者を救ってるんだから、皮肉というか運命ってよくわからないというか、そんなことより点数稼がなきゃ!
砂塵の襲撃者の下顎と頭蓋を叩き割って、さらに全身を硬い殻で覆った人の背丈ほどもあるサソリ、鈍器な捕食者の尾を上から打ち砕き、さらに背中から頭にかけて拳を振り下ろして仕留める。
これで10点と15点で25点。ふたつ名のないような、そこら辺の獣はせいぜい1点か2点。
一方、キャメリアさんは見事な槍捌きで敵の攻撃をいなし、的確に目や口の中や甲羅の隙間を狙って、最短最速を突き進んでいる。すでに単独で50点以上は稼いでそうだし、平地を走る馬を思わせるような駱駝の移動力を考えると、私が走り回って追いつくのは難しそう。

やはりここは予定通り、地より這い出る蚯蚓を倒して逆転を狙うしかないよね。
そう思った私の目の前で黄金色の甲冑を身にまとった騎士が、どったばったと足を大きく動かす馬に振り回されながら、砂塵の襲撃者に襲われて剣を振り回している。あの様子だと、地面に落ちて押さえ込まれるのも時間の問題だ。
新人つぶしを握り直して駆け寄り、大トカゲの背後から拳を撃ち込むと同時に、反対側から弓でトカゲの腹を正確に射ながら器用に駱駝を操るキャメリアさんが駆け寄り、慌てふためく騎士の腰を抱えて落ち着かせる。
「馬に砂漠を走らせる訓練をさせてないのか? いいか、砂に足を取られないように足取りも荷物も軽くだ。すぐに降りて衛兵に助けてもらえ、どのみち混乱した馬ではこれ以上無理だ」
「くそっ、騎士崩れの女なんぞに」
声に聞き覚えがある、食堂で絡んでいた男たちのひとりだ。黄金色の高価な甲冑からして黄道騎士団、割と名前の売れた連中らしいけど、私はよく知らない。多分草原とかだったら強いんじゃない?
「先日の騎士殿か。女に助けられるのが恥だと思うなら、鍛え直して見返すことだ」
そう言いながらトカゲの頭を槍で貫き、振り回して引き抜く要領で遠くへ飛ばし、無様な騎士と不慣れな馬の安全を確保する。なんていうか人間が出来てる。私だったら絶対助けないもん。
「キャメリアさんだっけ? こいつ、あんたの悪口言ってた人だよ。なんで助けるの?」
「弱い者を助けるのは騎士の務めだからだ。そういう君も、ヤミーちゃん殿だったな、君だって助けたじゃないか」
ああ、ここでも登録名ヤミーちゃんが響いてくるなんて。きっとヤミーって呼び捨てにしていいって返しても、そんな無礼な真似は出来ないって答えるんだろうな。だって体の芯まで理想の騎士であろうとしてるんだから。
騎士なんて本来、甲冑来て盾持って剣提げてるからかっこよく見えるけど、現実には身分と立場を最大限に利用して、行く先々で略奪と恐喝を繰り返す武装強盗団みたいな連中が多い。
弱者を守り、身を盾にして庇う、そんな騎士は小さい子ども聞かせるような物語の中にしかいない。
だけどこの人は、多分だけど理想の騎士を目指しているのだ。助けた相手が捨て台詞しか吐かなくても。
「キャメリア様、あっちから黄道騎士団がまとめて来ます。あれ、ヤミーちゃん様もいたんですか」
荷物を背負って砂漠を駆け回ってたアイシャが、さすがに息を切らせながら寄ってくる。その後ろから黄金色の甲冑の騎馬5人が近づいてくる。どの馬も砂漠に慣れていないのか、足取りは重いし動きも悪い。
でも仲間を捕まえられたと思ったようで、弓を構えてどうにか狙いを澄ませている。
「まったく仕方ないな。アイシャ、カタクラフト!」
「了解です」
アイシャが荷物から大型の盾と足当て、さらに駱駝用の装甲を取り出し、素早くキャメリアに装着する。そして作業を終えると何重にも折り畳んだ板金を広げて身を屈め、私の手を引っ張って、飛んでくる矢から身を守る。
当然キャメリアもアイシャも私も無事、さらにはキャメリアが盾を構えるまで矢の射線上にいた騎士も。
「お前たちは馬だけじゃなく、状況判断も鍛えた方がいいな」
盾を捨て、駱駝の甲冑を落したキャメリアが、第2射を構えるまでに素早く接近し、騎士のひとりを槍の柄で叩いて馬から落とし、馬の背後に回って弓を撃たせるのを躊躇わせて、その隙を突いて腕を叩き武器を奪う。がら空きの胴を抱きかかえるようにして落馬させ、残りの3人も似た要領で次々と無力化する。
この人、対魔獣だけじゃなくて対人戦でも相当強い。おそらく降りて地面に足をつけて戦っても、黄道騎士団では相手にもならないはず。
でも侮られてた理由もわかる。明らかに格下の相手との無駄な戦いを、そもそも好みそうにないから。
「この装備一式、カタクラフトって呼ばれてるんですけど、重くて機動力が失われるから駱駝にもよくないんですよ。それにキャメリア様は颯爽と駆ける方がかっこいいですから」
アイシャが荷物をまとめながら、目を輝かせて笑った。ここまで心酔してくれる子、私にも欲しい!
いや、でも面倒見る自信ないから駄目かも……。

「お互い邪魔が入ったが、アイシャを助けてくれて感謝する。この礼は後日必ず返そう」
「私は別になにもしてないけど?」
「君が狙われたおかげで矢が1本減ってくれただろう」
キャメリアさんが涼しげに微笑みながら、駱駝の上で槍を構え直し、次の獲物を狙いに行こうとする。私としては、賞金も欲しいけど、この最強と呼ばれる騎士の戦いをもっと見てみたい気持ちもある。そこでひとつ提案をしてみた。
「ねえ、キャメリアさん。折角だから、ちょっと共闘してみない」
「私が仕留めた獲物は私のもの、当然君が倒せば君のもの、そういう条件でもよければ構わないが」
交渉成立、私は二人にモグリールの立てた作戦を伝える。キャメリアさんも地中から飛び出る化け物にどう対処しようか悩んでいたようで、決め手に欠けるから他のふたつ名付きを狩って、地道に点数を溜めようかとも考えていたらしい。
それで勝てそうだからすごいけどね。
「でも、どうせなら大物を狩ったほうが面白いと思わない?」
「異論はない」


そんなわけで、私たちモグリール治療院と駱駝の騎士団の共闘が始まった。
穴掘りはだいぶ進んでいるようで、地面にぽっかりと大きな穴が開いていた。
しかも単なる縦穴ではなく、測ったかのように垂直に掘られていて、おまけに要所要所に細長い横穴があり、地上に出やすいように人間用のロープまで設置されている。
「ヤミーちゃん、結構掘り進んだよ。もう全身くたくただけどね」
ヤーブロッコと輸送隊の人足たちが、ショベルに体重を預けながら休憩している。
モグリールは横穴部分に荷車を仕掛けて、自分の背中に背負った大型の道具箱とは別の、いつも両肩に担いでいる複数連なった木箱を壁に吊るして準備を進めている。
共闘には賛成らしく、モグリール自身も地より這い出る蚯蚓を誘き出すのに他の冒険者を利用するか、火薬を詰めた樽を使って振動を起こして錯覚させるか悩んでいたみたいで、キャメリアさんが駱駝の素早さで手伝ってくれるなら好都合だって言ってた。
「ほう。これはずいぶん立派な穴だな、まるで地下墓地だ。ヤーブロッコ殿だったか、君には墓掘りの才能があるのかもしれないな」
「正解だよ。彼はどぶさらいの他にも、墓掘りの仕事も何度か呼ばれていてね。この作戦もヤーブロッコの技能ありきだよ」
なにそれ、私も初めて知ったんだけど。こいつら結構付き合い長いはずだけど、私が知らないことがちょくちょく出てくる。
今度腹を割って話すために酒場にでも繰り出そうかな。ちなみに私は村一番の酒豪だ。
「ねえ、モン伐終わったらみんなで酒場ね! みんな私に隠し事が多すぎ! もちろんキャメリアさんもね」
「いいね。だったら、あれを仕留めた者の奢りにしようか」

キャメリアさんが腕を畳むように槍を脇の下に挟み込み、地面と水平に構えて、駱駝の手綱を引いて走らせる。今までより大きく蹄の音を響かせながら地面を蹴って、地中に潜んでいる魔獣に餌の存在を知らしめる。地面から泥が噴き出すように、巨大なミミズのような化け物が牙を剥き出しにして飛び出し、間一髪のところで避けられて捕食できずに穴の中に戻る。
説明にあった通りの習性だ。穴の位置も以前に使った柔らかい場所で、目視ではわからなくても地面に槍でもショベルでも突き立ててみれば感触の違いがわかる。砂漠を走り慣れていれば、駱駝を通して伝わる感覚で判断できるかもしれない。
地中からの攻撃を何度か避けて、地中の魔獣が焦りを感じてきた頃合いで一気に駆け抜け、ヤーブロッコの掘った穴の手前で体勢を地面スレスレに傾けて、急角度で曲がってやり過ごす。
ヤーブロッコの掘り進めた穴の底、そこに罠とも知らずに飛び出してきた、側面を剥き出しにした間抜けな魔獣に、輸送隊の荷車に仕込んだ大量のレバー式の機械弓から放たれる矢、モグリールが壁面にぶら提げていた連装式の箱から飛び出す針状の金属が次々と突き刺さっていく。ヤーブロッコも大振りの槍を放り投げて、柔らかそうな腹に深々と突き立てる。
全身に矢や針が刺さり、腹を突かれてさすがに痛みを感じたのか、魔獣は身を捩らせながら砂と土の壁を叩き、輸送隊の荷車に喰いかかろうとしたところを、背中に背負っていた身の丈ほどもある道具箱を脇に抱えたモグリールが、地上から膝立ちの姿勢で、箱に仕込んだロープ付きの銛を発射して魔獣の横腹に撃ち込み、わずかな時間の猶予を作る。
その隙を突いて人足たちは機械弓を放ちながら逃げ出し、ヤーブロッコが別方向から爆発する樽を投げ続ける。
「だから、私の知らない武器がまた出てきてる!」
私は私で、以前故郷の隣の村から出てきた戦士から激闘の末に譲り受けたことにしている、実のところ勝手に拾って自分の武器にしている鎖付きの碇を放り投げて、魔獣が地中に戻れないように胴に絡みつけて、力で無理やり引っ張って動きを止める。

この時点で勝負は着いていた。私は魔獣を潜らせないように引っ張り続けるしかないし、魔獣も地中に潜れず逃げることが出来ない。モグリールたちも武器が尽きて仕留めきれない。彼女の独り勝ちが決まっていたのだ。
「私の勝ちだな」
アイシャが放り投げた板金を空中で蹴って魔獣の頭の上に足を乗せ、手に持った槍で頭を引き裂くように下へ下へと体の重さに任せて落ちていく。
切り裂かれた魔獣の体から血と脂の混じった濁った液体が飛び散り、断末魔の叫び声を上げながら、誘い込まれた穴を墓穴にして、割かれた頭で空を仰いで絶命した。
その上に佇むのは、地平の先まで照らす赤い陽の光に照らされた騎士と、彼女に駆け寄る従者の姿。

これが砂漠最強の駱駝の騎士キャメリアの力が知れ渡ることになった一戦だった。


頭が痛い。宿屋の天井がぐるぐると回ってる。
昨日は確かキャメリアさんとアイシャも一緒に酒場へと繰り出して、キャメリアさんがモン伐の賞金を大盤振る舞いして、なに話したかちゃんと覚えてないけど、とにかくめでたいからいっぱいお酒を飲んだ。
キャメリアさんは青銅から黒鉄に無条件で冒険者ランクを上げて、優勝した上に歴代最短昇格記録を打ち立てた。ちなみに私たちは大物討伐の支援はしたものの、結局3位以内にも入れなくて、キャメリアさんが圧倒的優勝の400点以上、2位から下はどーでもいいから忘れた。
その後、たしか故郷の話とか教えてもらって、それから飲み比べ勝負を挑んだんだった。
そこまでは覚えてる。あとは記憶があやふやだけど、確か最後にこう言われたはず。
「悪いね。私は酒も強いんだ」
そう言って涼しい顔としっかりした足取りで立ち去っていく後ろ姿が、なんとなく頭の上のほうに浮かんでくる。
砂漠最強の駱駝の騎士は、酒でも最強だったというわけ。
「次は絶対勝ってやる」
そう心に決めて拳を振り上げ、どう頑張っても起き上がれそうにないから布団の上に倒れ込んで、翌日まで続く惰眠を貪ることにした。


(続く)

第2話「お酒と聖水は誰しもが平等に買えるべきだ」

おまけ①「ヤミーちゃんの休日」

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しょうこりもなくゲームや漫画であんまり日の当たらない職業を出そうっていうお話です。なので今回は、某炎の紋章を掲げたSRPGに出ればいいのになーって前々から思ってるけど一向に出てこない駱駝騎兵です。
砂漠では移動力抜群だから、マップによっては主力になれる。でも平地では普通の騎士に移動力で劣る、そんな感じになりそうで面白いのにね!
出ないんですかね!(たぶん今後も出ません)

前回同様、RPGっぽく、装備画面的なものを載せておきます。
???な部分は回を重ねるごとに明らかにしていきます。ちなみにちゃんと決まってますです。
あと腕力とかのステータスも決めてはいるのですが、ヤミーちゃんの
腕力18+600
っていう数字があまりに浮き過ぎてて馬鹿みたいなので載せません。

モグリール
輸送隊指揮官(サブクラス:医師)
輸送隊   大量の機械弓で面制圧が出来る
医療キット 簡易的な医療キット
大型道具箱 背中に背負った身の丈ほどもある道具箱
      大型の同時発射式ロープ付き投擲銛が仕込んである
連装道具箱 両肩に担いだ複数の箱、小型の手裏剣を連射式で撃てる

ヤミー
ウルフヘズナル(サブクラス:???)
新米つぶし 大いなる蹄の蹄鉄をそのまま利用した半月状の打撃武器
鬼熊嵐   同郷の戦士との激闘の末に譲り受けた鎖付きの碇
狼の毛皮  板金と鎖帷子を仕込んだ背面防具
豪傑セット 怪力の指輪10個・剛腕の腕輪2個・剛力の足輪
      豪傑30人分以上の強化

ヤーブロッコ
どぶさらい(サブクラス:墓掘り)
四突万能     歯が4つに分かれた大型のクワ
         側溝や泥をさらうのに便利
人間万事塞翁が馬 大いなる蹄の角から削りだした頑丈な槍
顔面保護具    ガラス製のゴーグル+顔の下半分を覆う布
         臭いに強い耐性がある

クアック・サルバー
偽造師(サブクラス:???)
???    武器、今回も出番なし
偽造書類   本物と見間違うレベルの偽造書類、ギルドも黙認
ペストマスク 嘴状の仮面、毒耐性+臭い耐性

キャメリア
駱駝騎士(サブクラス:なし)
スコーピオン 砂漠の勇者が授けられる長槍
ロングボウ  砂漠の戦士が好んで使う長弓
カタクラフト 騎士と駱駝を守る大盾と重装甲冑、着脱可能

アイシャ
従者(サブクラス:なし)
訓練用の槍 訓練用の安価で軽量な槍
訓練用の盾 訓練用の安価で軽量な盾
砂カンジキ 砂漠の国で使われるカンジキ