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小説「潜れ!!モグリール治療院~第5話 もしかして恩返しというやつなのでは?~」

最近の私の朝は、ふかふかの布団に山羊の父で作ったスープから始まる。

つい先日まで見知らぬ人の家の屋根の上で眠り、早朝の公園の噴水や川で体を洗い、町の外で捕まえた猪や鳥を焼いて食べていたけど、そのことを半分冒険者みたいなコメットちゃんに話したところ、色んな理由でよくないと思うということで、なぜか居候させてもらえることになったのだ。
部屋は以前客間に使っていた、今は物置になっている部屋で、半分くらいは冬を越すための毛布やコートの類、来客用の布団、そのうち直すと言う度にかさばった古道具なんかで埋まっているけど、寝心地は当然屋根の上よりも全然いいし、お湯を使ったお風呂に浸かれるがなにより素晴らしい。
私の目印でもあり一人前のウルフヘズナルの証でもある狼の毛皮も寝てる間に綺麗にしてくれて、その辺りも最高過ぎるから出来れば一生お世話になりたい。私だって好き好んで屋根の上で寝ていたわけではないのだ。

そんなわけで最近はちゃんと屋根の下で眠るようにしている。

コメットちゃんの家族は冒険者にツルハシやバケツやテントを売って稼ぐ人たちで、故郷のじいちゃんが語っていた本当に賢い人の見本みたいな人たちだ。
お母さんは野営用品屋のメテオさん、お父さんは猟銃屋のフィックスさん、妹は将来薬剤師になるために勉強中のミーティアちゃん、そして冒険者にごはんを届ける食糧補給隊のコメットちゃん。見事に全員が冒険者から金を稼ごうとする商売人の布陣で、それなのに私から宿代を取ったりしないお人好しなところもある。
さすがに申し訳ないから、町の外で鹿とか猪とか熊とか捕まえて、毛皮やお肉を渡してる。だって私より料理が上手だから。


私が作るより遥かに美味しい朝ごはんを食べて、そろそろ本格的に冒険に挑むパーティーを探そうと決意して郊外に出ると、まだ顔に甘っちょろさの残る少年少女たちが、衛兵たちと柵で囲まれた訓練場で、教官の掛け声と共に木剣や木の棒を振り回している。
前々から不思議なんだけど、冒険者は妙に対人技術に偏った連中が多い。この間ちょっと迷宮に入ってみてわかったけど、冒険者の敵は野生の獣に虫に自然そのもの、あまり相手の武器を弾いて斬る、とかそういう技術は役に立た……役立った、そういえば。

そう、私は先日、敵対する冒険者の一団の頭をかち割ったばかり。
もしかしたら冒険者の真の敵は、他の冒険者なのかもしれない。なんせ冒険者は真っ当な仕事に就けない頭の螺子が1本も2本も外れた連中ばかり、恐喝に襲撃に強姦に詐欺、あらゆる手段を以って自分の欲望を満たし、他人の上前を掻っ攫おうとする奴らなのだ。
そういう意味では、最低限対人技術も磨いておくべきなのかも。

だけど、あれでは大して役には立たないよね。お互いに怪我をしない間合いで、訓練用の木剣をぶつけ合って、おまけに決着は寸止め。基礎的な技術は学べるかもだけど、殺気のない相手といくら訓練しても、実戦で使えるものは身に着かないのだ。
せめて猛獣と一戦交えた方がいいのに、なんて思っていると、
「あーあ、相変わらずズレたことしてんなあ」
いつの間にか私の横で、黒い少し長めの癖っ毛を整えもせず、野暮ったい無精髭を生やした30過ぎの男が、中腰の姿勢で煙草をふかしながら、いまいち効果の定かでない訓練を眺めている。
「なあ、お嬢さんもそう思うだろ?」
「……誰?」
見知らぬ変な中年に話しかけられて、そのまま会話をするほど私は話術に長けていない。おまけに、どっちかというと人見知り気味で、今のところ見知らぬ変な中年のお友達もいない。

「ん? 弟子から聞いてないのか?」
「弟子?」
「コメットだよ、コメット。やかましいのがいるだろ。あれ、俺の生徒のひとり」
中年男は煙草の火を靴の裏で消しながら、どっこいしょと独り言を呟きながら立ち上がり、さらに腰をとんとんと叩くという、実におじさんらしい動きをしながら、自分がコメットちゃんの師匠であることを説明してきた。
そういえば先生がいるとか言ってた。格闘訓練をしたり、野外炊具っていう移動しながら料理も出来る馬車を発明したり、冒険者だけど普段は闇医者をやってたりしてるとか。

「名前はモグリール、こう見えてもちっとは名の知れた冒険者だ」
と、中年男は名乗った。

自分で自分を持ち上げる類には、ろくな奴がいない。故郷のじいちゃんもそう言っていた。本当にすごい人というのは、黙っていても周りが勝手に評価してくれるのだと。
ちなみにそのじいちゃんは、村一番の強者と自称してたけど。
ついでに私も、世界で一番かわいい上に一番強い戦士を自称しようと思っている。まず私自身がかわいいのと、私が被っている尻尾付きの狼の毛皮、これもまたかわいい。かわいいとかわいいが合わさっているのだから、当然かわいいに決まっているのだ。
例えるならば、焼肉の上に唐揚げを乗せるようなもの。食べ盛りの男の子のお昼ごはんみたいだな。

「訓練を無駄とは言わないが、対人技術を磨く暇があったら沼地でも走ってた方がいいな。見ろよ、あの教官やってる奴、あれで走れると思うか?」
モグリールの指差した先では、分厚い金属製の鎧を着込んだ男が、新米たちに檄を飛ばしている。
男の年齢は40くらいで、もみあげから顎に掛けて髭がもっさもさで、背丈も高くて横にも大きく、どこかで見たような気もするし気のせいのようなきもする。
装備からして長時間歩き回って、悪路を踏破するには全然向いてない。体が大きいだけでも密林や湿地を歩くには不向きなのに、その上にさらに重たい鎧を着てるんだから、平地を歩くだけでもかなりしんどいと思う。整地されてない獣道やぬかるみを歩くのなんて無理じゃないかな。
「迷宮に挑むような恰好じゃない奴に、迷宮で使えない技術をいくら習ってもなあ……時間の無駄だろ?」
「そういうもんかなあ?」
「厳密には無駄じゃないが、効率でいえば非効率だな。そもそも実際に冒険に出て、木剣や木の棒振り回すか? なんで金属製の剣や槍じゃないんだって話だろ」
確かに言われたらそうだ。どうせなら実際に使う武器か、もしくはもっと重たいもので訓練した方がいいよね。鉄より軽い武器を振ってちゃ駄目だ。

「そこっ! さっきからやかましいぞ!」
全身金属鎧の髭男が怒鳴り声を上げる。声まで聴いて思い出した、冒険者の町スルークハウゼンに来てすぐに出くわした、新米冒険者にあれこれ教えることだけが生き甲斐の中年男だ。
確か名前は鋼鉄のなんとかってので、冒険者の町がまだ小さな数百人規模の集落だった頃からの最古参の冒険者。探索歴は20年、城塞騎士として町を守って15年。冒険者ギルドが出来る前から迷宮に挑んでいたひとりで、今は一線を退いて、教官としてギルドの新米冒険者たちの訓練を引き受けているのだとか。
「あ、えーと、鋼鉄のなんとか!」
「鋼鉄のムルク・ダキクスだ!」
「そうそう、ダキクスダさん!」
「ダが多い! ダが!」
なぜか顔を赤くしながら怒っている。鼻息で口髭がゆらゆらと揺れて、額には青筋を浮かべて、まるで茹で蛸みたいな顔をしながら。まあ、蛸に髭はないし、こいつは手足も8本ないけど。
8本あったら、ちょっとは面白かったのに。

「まあまあ、そんなに怒るなよ、鋼鉄の」
「モグリール! 何の用だ、貴様!」
鋼鉄のなんとかとモグリールはどうやら顔見知りのようで、仲はあまり良くなさそう。特に鋼鉄のなんとかの方が嫌ってるみたいで、さっき以上に顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている。
一方のモグリールは慣れたものなのか、へらへらしながらのらりくらりと躱し、時折馬鹿にするように鋼鉄のなんとかの顎髭を引っ張る。
「まあ待てよ、用事ならあるから」
「用事だと?」
「あれだ、あれ。いわゆる青田買いってやつだな」
モグリールは口喧嘩に手を止める新米たちを指差して、鋼鉄のなんとかはそんな新米たちに手を止めるなと怒鳴る。
あ、こういうのなんていうか知ってる。デコボココンビってやつだ。

「ほら、お前ら、先生がご立腹だぞ。サボってないで棒切れでも振ってろ」
明らかに馬鹿にしたような口調だけど、モグリールは新米たちに目をつけてるみたいで、その後も煙草を吸いながらニヤニヤしながら訓練を眺める。実はこの中に秘めた素質の持ち主がいるとか? とてもそんな風には見えないけど。
「いるわけないだろ、そんなの。青田買いってのは、まあ要は……っと、お客さんだ」
モグリールが言葉を止めると同時に、私の背中が嫌な気配を感じてぴりっと緊張が走る。
私は結構そういう勘が働く方だと思うけど、モグリールも冒険者だけあって勘は中々に鋭いみたい。


「敵襲! 敵襲!」
「ただの熊じゃないぞ! ネームド、荒れ狂う剛腕!」
「新米共は避難しろ!」

衛兵たちが叫ぶその先には、先日迷宮の中で出くわした巨大な熊がいる。
荒れ狂う剛腕の二つ名を持ち、大きさは縦にも横にも厚みでも普通の熊の倍ほどもあり、異常に発達した爪は鋭く研ぎ澄ませた鎌が並んだようで、何故か脇に息絶えた鹿を抱えている。
迷宮に住む獣が郊外に来ることは珍しくなくて、私もよく普通の大きさの熊や猪や鹿を狩ってるけど、ネームドっていう二つ名付きの魔獣が出てくることは滅多にない。
でも滅多にないだけなので、出てくる時は出てくるし、それを町に入ってこないように追い払ったり誘導したりするのも、衛兵やギルドと専属契約を結んだ冒険者の仕事。
鋼鉄のなんとかは専属契約をしているから、もちろん引くわけにはいかない。猛々しく声を荒げて、自慢の鋼鉄の剣と盾を構えて、荒れ狂う剛腕と対峙する。

「おお、先生の戦いが見れるぞ」
「先生、熟練の冒険者の腕、見せてください!」
新米たちは自分の身に危険が及ばないと判断したのか、呑気に鋼鉄のなんとかの応援を始めたり、紙にペンを取り出して記録しようとしたり。
なるほど、こういう連中がわけのわからない内に死んじゃうんだな。え、なんで、とかそんな断末魔で。
特に訓練用の棒切れとはいえ、武器を手放してるのなんか馬鹿の中の馬鹿で、棒でも石でもなんでもいいから、とにかく手に持っとけって怒りたくなっちゃう。
「おいおい、お前ら、なにやってんだ? お前らも戦うんだよ、お前らも。いいか、相手はネームドだ。もしあいつの首を取ったら、一気に名前が売れるぞ」
さっきまで隣にいたはずのモグリールが、訓練場の片隅に束ねてあった鉄製の剣や槍を新米たちに配りながら、彼らの冒険心や好奇心みたいな部分を雑に、でも上手いことくすぐっていく。
ギルドと専属契約するような、ちょっと人生に保険を掛けてしまうような連中でも、心の奥底にあるのは冒険心と好奇心と、螺子の外れた危険中毒と、人生の一発逆転を狙うような自堕落でなりふり構わない精神なのだ。
そこをくすぐられて踏み出さない奴は冒険者になんてならない。

「おら、行け行け、走れ! 首取ってこい! ……っと、お嬢さんは俺と見学だ」
モグリールが私の肩に手を置いて、強敵を前に飛び出そうとする勢いを完全に止める。特別力が強いわけでも威圧感があるわけでもなく、なんていうか薄気味悪さも感じるくらいに絶妙なタイミングで私に触れたのだ。
そういえばこの男、コメットちゃんに格闘訓練を施してたな。そういう気配を読むとか不意を突くとか、気を反らすのが上手いのかもしれない。
「君が強いのはあちこちから耳にしているが、まずは様子見でもしようぜ。それに新米やギルドのベテランってのが、どの程度のもんか見ておくのも、そう悪くはないだろ?」
「興味ない」
モグリールがふむと短く口ずさんで、数秒口元に手を置いて考え、ならばと私にもわかりやすい説明を付け加える。

「俺は闇医者だ、怪我人が出てくれないと困るから待ってくれ、って言ったらどうだ?」
そう言われると確かにその通りだし、納得するところもある。知り合いだったら怪我する前に助けるけど、今この場にいるのはモグリールも含めて全員赤の他人。
故郷のじいちゃんも他人の飯の種に手を突っ込むのはやめておけ、でも自分の腹を満たすためなら米俵に顔から突っ込めって言ってたし、ここは提案通りにギルドの冒険者の実力を見ることにしようかな。
「そういうわけだ。俺たちは様子見するから、死なない程度に頑張れよ」
「お前らの加勢など端から期待しておらん!」
なんか一緒にされた。どうやら私もモグリールの一味か何かだと思われてるみたい。
失敬な、私は誰とでも簡単に並ぶような安い女じゃないぞ。

で、ギルドの新米冒険者の実力だけど、一言でいうと普通。話にならないほど弱くもなければ、頼りになるほど強いわけでもなく、でもそれなりに人数が集まれば普通の大きさの獣はどうにでも出来そう、といったところ。
一方、ベテランで教官で熟練冒険者の鋼鉄のなんとかは、城塞騎士の名に恥じない鉄壁の防御力で敵の剛腕を受け流し、すかさず剣を振るって退けての、まさに一進一退の戦いを繰り広げている。
でもお互いに決定打になるダメージも無く、むしろ新米たちがうっかり熊の剛腕の範囲に巻き込まれて手足が飛ばされてる分、鋼鉄側がどんどん不利になってるようにも見える。
「あれ? もしかしてあんまり強くない?」
「まあこんなもんだろ、雑魚狩りのダキクス君にしては頑張ってる方だけどな」


鋼鉄のムルク・ダキクス、蔑称は雑魚狩りのムルク・ダキクス。
モグリールが語る話だと、実は一度も迷宮に踏み込んだこともなく、町の周りで雑魚を狩り続けること15年、他の冒険者から冒険譚を聞きかじること20年。いつの間にかベテラン冒険者として、一線を退いたという体になっていて、堂々と迷宮に踏み込まないまま新米を鍛える37歳。
意味はよくわからないけど、99の人とか伝説の男とかご近所最強とか呼ばれている。多分きっと誉め言葉ではない。
「え? じゃあ、あの人ってもしかして」
「せいぜい偵察に来たゴブリンとか野生動物とか、あとは森から出てきた森モグラとかオオカブトとか密林キノコとか、それくらいしか戦ったことがないはずだ」
モグリールが並べた名前は、新米が色んな意味で経験値稼ぎで戦うような雑魚モンスターばかり。もちろん油断したら大怪我をする相手ではあるけど、勝ったからって褒められるような強敵でもない。
「ネームド相手だと、そろそろきついだろうな」

鋼鉄の盾が鳥のように宙を舞い、尻を蹴飛ばされた猿みたいな勢いで私の手前に落ちてくる。
勝負は着いた。鋼鉄のなんとかは顎が上を向いて、ぜえぜえと肩で息をしながら、それでもどうにか巨大な熊に剣を向けている。その周りでは、すでに10人以上の新米が腕や足を爪で切り飛ばされて、地獄絵図とか血の池って呼んでも間違いじゃない状況になってる。
荒れ狂う剛腕は暴れ回って満足したのか、城塞騎士を軽々と足蹴にして私の前に近づき、ぐごごごと喉を鳴らしながら脇に抱えていた鹿を置いたのだ。

「これはもしかして、恩返しというやつなのでは?」
私は先日、出くわした荒れ狂う剛腕から逃げるため、息絶えた冒険者の死体を蹴り飛ばして囮にした。それを不思議と餌をもらったと勘違いして、その借りを返すために鹿を届けに来てくれたのかもしれない。
ひょっとしたら狼の毛皮を被った私を人間ではなく、同じく迷宮で暮らす獣だと勘違いしているのかも。
もしかしたら迷宮では、こういった義理堅い貸し借りの習慣があるのかも。だとしたら人間より律儀だ。そう考えると、目の前の熊に対して情けというか、愛着のような気持ちも湧いてくる。

ふんっと大きく鼻を鳴らして、胸の前で交差した両腕を左右に落として頭を下げる熊に向けて、地面を大きく蹴って飛び上がり、そのまま金属製のメイスを頭蓋を砕く勢いで振り下ろす。もちろん一撃で倒せるようなやわな強度ではない、驚いて戸惑う熊に何度もメイスを撃ち込み、戦意を抱いた剛腕を避けながらひたすら叩きつける。
もしかしたら人によっては卑怯とか非情とか、動物愛護の精神に反するとか、そんな言葉を投げかけてくるかもしれない。
でも目の前の相手は、人間を食べて人間を傷つけた敵なのだ。私が人間だと気づく前に仕留めないと、私が餌にされるかもしれないのだ。

人間の味を覚えた熊は仕留めるしかない、それが自然の摂理なのだ.
私は熊の味を覚えてるけど、その辺りは見て見ぬふりでもして見逃して欲しい。だって熊肉、美味しいんだもん。

「ちょっと借りるね」
柄の部分が大きく曲がったメイスを捨てて、城塞騎士の使っていた鋼鉄製の剣を借り、鋼鉄の盾を叩きつけて相手の爪で貫かせて腕ごと封じ、がら空きになった手首を力押しで斬り落とす。
こうなったら相手の戦力は半減、剣を思い切り振り回して、残った腕の腱を切り裂き、目を潰し、鼻を削ぎ、喉を突き、剣が折れたら新米たちが残した鉄の剣や槍を拾って斬りつける。
すべてを力任せに全力で振り回すんだから、当然すぐに疲れてしまう。私たち狂戦士は疲労も筋を痛めるのも無視して、力尽きるまで全撃全力で撃ち込むわけだけど、なにも考えずに撃ってみたところで、体力も気力も腕も肩も続いてはくれない。
痛みを忘れるためにも色んなことを考えるのだ。

(熊肉丼……熊肉ステーキ……熊鍋……熊肉フライ……熊肉カレー……熊肉サンド……熊肉丼……熊焼肉……熊汁……熊ソーセージ……熊肉団子……熊肉炒め……熊肉丼! 熊肉丼!!)

目の前にいるのが餌だと思えば、疲れて重たくなった腕だって振り回せる。
渾身の力を込めた攻撃を、もうこれ以上撃ち込めない数、腕や肩の痛みに耐えながらありったけ加えて、ようやく断末魔の叫びを轟かせるまでに至った。
荒れ狂う剛腕は地鳴りのような咆哮を上げながら血の池に沈み、天を仰ぐように引っ繰り返って、皮肉にも私の荒れ狂わんばかりの両腕によって、まるで人間の最期のように倒れたのだ。

だから私も人間として勝ち鬨を上げるしかないわけで、その言葉はもうすでに決まっている。

「今夜は熊肉丼だー!」

「人間食べた魔獣は食べない方がいいと思うが、すごいな……まさか勝つとは思わなかった」
「まさか、ネームドを単騎で討ち取るだと……!?」
モグリールと鋼鉄のなんとかがなんかぶつぶつ言ってるけど、今はそんなことどうでもいい。
仕留めた獲物を食べる、でも食べるには解体して料理しなきゃなのだ。でも私は腕がもう上がらない、だったら料理上手な誰かを呼ばないと、ってことで荒ぶりに任せて渾身の叫び声を上げる。
「コメットちゃん呼んできて! 今から肉祭りにするから!」


私は頭から爪先までぐっしょりと汗を垂らしながら、いよいよ力尽きて地面にぶっ倒れたのだった。
今夜は熊肉丼だ! もう動けない、でも熊肉丼なのだ。


(続く)


<今回のゲスト冒険者>

鋼鉄のムルス・ダキクス
性別:男 年齢:37歳 職業:城塞騎士

【クラス解説】
▷名前の通り都市を守る騎士。騎士職の中でも防御に特化していて、市民からは割と人気がある。

【クラススキル】
☆無敵防御城塞の構え
➡城内や城門での戦闘時に防御力を高める、まさに無敵の盾

【主要スキル】
・頑強
➡頑丈な身体は強い、なぜなら強いから
・金剛不壊
➡強い意志で守りを固める、とっても堅い
・堅牢堅固
➡簡単には破れない非常に堅い防御

【装備】
・鋼鉄の剣(武器・剣)
⇨鋼鉄で出来た一般的な剣、騎士であれば1本持っておきたい
・鋼鉄の盾(武器・盾)
⇨鋼鉄で出来た大型の盾、これがあれば生存率が相当高まる
・鋼鉄の鎧(体装備)
⇨鋼鉄で出来た鎧、頑強だけど重いので遠出には不向き


ー ー ー ー ー ー


というわけでモグリール第5話です。
熊の恩返し回です。熊の恩返しというと、なんかハートフルな響きですが、本編はだいぶ荒ぶっています。
全然ハートフルではないですね!

今回のゲスト枠は城塞騎士のおじさんです。城塞騎士って城塞騎士なので、当然町から離れないわけで、なんかこんな某ファンタジーな人みたいな感じになりました。
でも割とやりますよね、序盤の町でひたすらレベル上げ。

さて、ようやく主人公の片割れモグリールの登場です。性格の悪さは前に書いてたシリーズの通りですが、今回も当然性格は悪いです。そういう真っ当な人枠はメインにはいないです。
でも、そういう連中の方が好感持てます、不思議と。
なんででしょうね。