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小説「彼女は狼の腹を撫でる~第13話・少女とゴリラとパルクール~」

私の住む自由都市ノルシュトロムは、巨大な運河へと結ばれる水門そのものに都市中枢を置き、人工物からの発展という設計思想から、町全体が秩序立てて構成されていて、十字路で仕切られた用途毎に色分けられた区画が特徴的な、少し面白い形をしている都市。
ただし、それはあくまで貿易港一帯と中心市街地の話であって、町の南に築かれた巨大な壁、その向こう側のいわゆる郊外の貧民街にまで足を運べば、一気に無秩序で混沌とした姿を覗かせる。

路地には不法に投棄されたゴミが転がり、建物は雨風をかろうじて凌げる程度のバラック、壁のあちこちには意味不明な落書きが描かれ、違法に増築された建物や階段で地図が地図として機能していない。刀剣や麻薬の売買はもちろん、騎士団や魔道士のみが所持を許される銃器までもがどこからか横流しされ、治安は最悪と言っても過言ではない。
かろうじて安心できる要素があるとすれば、壁と貧民街の間に巨大な川が流れているため、市街地への侵入が唯一の橋と海上に制限されている点だけだろう。

見ていて気持ちのいい光景ではないし、決して前向きに受け止められるような場所でもないが、私のような小娘にどうこう出来る問題でもなければ、人と物が集まる巨大都市とは切り離せない現実でもある。


ところで、どうしてそんな事情に触れているかって?
私の母が実家から持ち出した狩狼道具、その中の幾つかが貧民街へと渡ってしまったからだ。危険を冒してまで回収するものでもないと思うけど、見逃したら見逃したで実家のばあさんからどんな目に遭わされるかわかったものではない。
それに失踪した母の足跡を辿れるかもしれない。

要するに行ってみるしかないのだ。


私の名前はウルフリード・ブランシェット。16歳の狩狼官。狼を狩る必要がない時代なので、代わりに悪党を捕まえて収入を得ている狩狼官だ。


――――――


話は少しに遡る。
契約先のアングルヘリング自警団事務所は、大した仕事もなく貧窮して朽ちかけているけど、腐っても自警団事務所だ。契約者の自警団員が捕まえた窃盗犯が、数年前にブランシェット家の狩狼道具と思われる複数の特殊な機械を盗み出して、ノルシュトロム指折りの富豪ヌー・ヴォリッシュに売り渡したことを白状した。

ヌー・ヴォリッシュは金に汚く、貧民街に流れ着いた移民を低賃金で雇い、まるで奴隷のように扱うと悪評を轟かせる男だが、その本質の商人だ。金さえ積めば交渉のテーブルに着いてくれるし、金次第では自慢の収集品を手放すことも厭わない。
そして窃盗犯の売り渡した道具は、機械を使う戦闘者でもない限りは用のない代物だ。まだ手放した様子はない。
金で解決できることなら、それが一番だ。暴力や脅迫、強奪はあくまでも最後の手段なのだ。あくまでも最後の手段なだけで、使う時は容赦なく使うわけだけど。

そういう事情でヌー・ヴォリッシュの豪邸を訪ねた時には、見るも無残、彼の豪邸は徹底的に略奪し尽くされ、火までつけられて焼け落ちた後だった。
すべてを奪われたヌー・ヴォリッシュは更なる報復を恐れて、その足でノルシュトロムから逃げ出し、念のためにと幾度となく仕送りを送っていた親族を頼って王都へと逃げ出した。
もしこういう事態を想定しての布石だとしたら、なかなかの知恵者だったのかもしれない。
今となってはどうでもいいことだけど。

犯行を行ったのは貧民街の義賊集団、ダァシンシン強盗団。
目的は不当な扱いを受けた移民たちの報復と、ヌー・ヴォリッシュの蓄えていた財宝、それと収集物。そのすべてが貧民街へと流れたとなると、お目当ての狩狼道具も彼らが持っている可能性が高い。
仮にもし既に売り払われていたとしても、どこの誰に売ったかわかれば追いかけることが出来る。

要するに行ってみるしかないということだ。


――――――


そういうわけで私と、同居人のファウスト・グレムナードは、貧民街へと続く橋の手前まで来ている。
ファウストは色々訳あって一緒に暮らしている13歳の自称天才美少女魔道士。魔道の腕はノルシュトロムに唯一存在する魔道士育成機関、メフィストフェレス魔道学院の中でも群を抜いているが、あくまで13歳の少女だ。3歳しか違わないとはいえ、年下の、しかも女の子を危険な貧民街に同行させるのは気が引ける。

気が引けるのだが……

「貧民街なら何度も行ったことあるから大丈夫よ」
ファウストは誇らしげにふふんと鼻を鳴らし、過去に何度も貧民街に足を運び、禁忌とされる魔導書を探したり、襲いかかってくる不届き者を悪魔の力で川の底に叩き落したりした武勇伝を語った。
それに彼女が言うには、貧民街といえどあくまでもノルシュトロムの一区画。なにかあれば警察隊の捜査の手が入り、事件の規模が大きければより強制力の高い騎士団の介入も避けられない。
よって露骨で表立った殺人等の重大犯罪は滅多に行われず、せいぜい他所雲母暴力を伴う窃盗に恐喝、麻薬や盗品の売買止まり、警察隊の巡回が行われる表通りを外れなければ、厄介事に巻き込まれる可能性は低い。

もちろんヌー・ヴォリッシュの事件のような、もたらす利益が大きい場合は派手な犯罪に走るわけだけど。

「これはちょっとしたコツだけど、警察隊に金を握らせておくの。逆に賄賂を渡してなかったら、なにかあっても素通りされちゃうから」
なるほど、警察隊の汚職も相応に酷いようだ。
賄賂ってどれくらいなんだろう? 喫茶店の珈琲代くらいでは済まないだろうけど、私も住居以外の生活レベルは貧民街の住人たちと大差ない。せいぜい3日分の生活費程度を渡すのが精一杯だ。

「あとは案内人を雇うとかね」
財布の中を覗いて肩を落とす私に、ファウストが別の手段を提案してくる。
案内人。どの町でも、どの場所でも、そこに需要があれば案内人が存在する。治安の悪い貧民街も、物好きな性格の悪い金持ちからすれば見世物となるし、正義感の強い慈善団体からすれば下調べが必要な現場となる。収集家からすれば宝探しか。
案内人はそれなりに顔が利く者が務めている事が多い。居住歴の長い誰もから知られえている老人、荒事にも対応できる武装集団の一員、或いは地域の権力者の女、あとは散策を許されている慈善団体の関係者とか。



「というわけで、案内人のグラウエリだよ」


橋の中ほどで客待ちをしていたのは、過去に何度かファウストを案内したことのある女。
年齢はまだ若い、といっても私やファウストよりは何歳も上の23歳。手足が長く、背が高い。目測で170センチ半ば、女性にしては上背のある方だ。私より頭ひとつ分ほどの差がある。
彼女はパルクールという、走るという平面の移動動作に跳ぶ・登るといった立体の概念を加えた、重力を半ば無視しているようにも見える高速移動の競技者。秩序だっていない貧民街の建造物や路地は、彼女にとっては恰好の練習場でもあるそうだ。

「やあ、ファウスト。相変わらず小さいね」
「グラウエリがでかすぎるだけだよ! あ、こっちは同居人のウルフリードね!」
「どうも、ウルフリード・ブランシェットです」
気さくそうな柔らかい気配をまとう案内人に会釈する。
手を差し出して握手を求めてきたので、そっと握り返す。グラウエリがニヤリと笑って指に力を入れてきたので、私もぐっと指先と関節に力を籠める。

私は狩狼官で機械使いだ。重量のある道具を振り回すための、もっというと武器をぶつけ合った反動で弾かれないための握力は、幼少の頃から嫌になるほど鍛えられている。
返される力の量に満足したのか、グラウエリは指の緊張を解き、離した手をプラプラと揺らす。
「ごめんねー、別に意地悪したつもりじゃないんだけど、一体どこのお嬢様だろうって思って、ついね」

はて、私が金持ちのお嬢様にでも見えたのだろうか。
改めて自分の身なりを確かめるが、運動しやすいジャージの上下に長距離を歩くための靴。腰提げのポーチに、袖の中に仕込んだ狩狼道具。身に着けているものはそのくらいだ。
あとは腰まで伸ばしっぱなしにした赤い髪に、愛想がいいとは言い難い顔がついているくらいだ。

「……言うほどお嬢様かな?」
「かわいらしい顔してるからね。てっきりお忍びか何かだと思ったのさ」

横目でファウストに視線を投げる。
彼女は見るからに圧倒的に美少女だ、異論はない。100人に問えば100人が迷わずそう答えるだろう。
私は到底そんな域に達した顔だとは思わないが、褒められて悪い気がするものではない。特段良い気分になるわけでもないけど。

「で、今回はどこに行くの? 古書店かい? それともスラム名物、魚介の地獄蒸しでも食べていくかい?」
「ダァシンシンの縄張りに行きたいんだけど」
「へぇー……」

グラウエリの身にまとう気配が柔和から警戒へと変わる。
もしかしたら関係者だったのか。だとしたら好都合だ。強盗団の縄張りと聞いて、はいそうですか、とすんなり案内されるとも思ってなかったから。

「ダァシンシンが手に入れたヌー・ヴォリッシュの収集品、その中に売ってもらいたいものがある」
目的を伝えられたからか、グラウエリのまとう気配が警戒から興味へと移行する。
「なるほど、なかなか耳の利くお嬢さんだ。あまり金持ちには見えないけどね」
「金ならすぐにとは言わないけど用意するよ。私は狩狼官だ、悪党でも捕まえればそれなりに金は手に入る」

グラウエリが気配を再び興味と警戒の中間あたりに移す。
ダァシンシン強盗団も義賊とはいえ世間的な評価は悪党だ。実際やっていることは名前そのままに強盗で、あくどい金持ちしか狙わないといっても、その悪の基準も誰かによっては善であり、また別の悪でしかない。
つまり立場と見方次第では、義賊も悪党になるし、悪い富豪も仕事を与えてくれる慈善者になる。

「交渉相手の身内に手を出すほど馬鹿じゃないよ」
これは本音だ。例えばダァシンシンの関係者である彼女を捕まえたとしても、その賞金を得る代わりに、私は狩狼道具そのものも行方も永久に失われることになり、おまけに報復に警戒し続ける窮屈な日々を過ごすことになる。

「ふうん。これはもしもの話だけど、どれだけ金を積まれても売らないと言ったら?」
「その時は諦めるよ。気が変わってくれるなら、それまで待つけどね」
これも本音。回収したいのは確かにそうだけど、元々は持ち出した母の、もっといえば間抜けにも持ち出された祖母の失態だ。
頼まれているからやっているだけで、命や生活と天秤に掛けるほどの使命ではない。

「反対に、君の持っている金になりそうなものを寄越せ、と言ってきたら?」
私は後ろ足を前足に引き寄せて、一呼吸で間合いを詰めて、グラウエリの喉元に人差し指と中指をそっと添える。
「その時は実力行使かな。あまり気は乗らないけど」
これは半分嘘だ。そもそも金になりそうなものは持ってないし、無駄に争うつもりもない。適当にあしらって逃げる、対応策としては無難にそんなところだ。

「冗談だよ。でも橋を越えたら、不用心に武器を抜かないようにね。武器を抜いたらみんなで寄って集って殴り倒す、そういう決まりがあるから」
グラウエリが私の指に手を添えて、ゆっくりと喉元から外す。
郷に入っては郷に従え、という言葉もある。うっかり狩狼道具を起動させないように気を付けておこう。

「ねえ! 案内してくれるの? してくれないの?」
傍らで放置されていたファウストが、退屈そうに口を尖らせて、手足をバタバタとさせている。脅しなのか無意識になのか、背後にはヤガラモガラの悪魔――巨大なトゲトゲミミズの化け物が宙に浮かんでいる。

「オーケイ、案内するよ。だからその物騒な悪魔を仕舞ってくれない?」
グラウエリは敵意がない証拠として、肩の高さで肘を折り曲げて両手を掲げ、柔和さと滑稽さの入り混じった雰囲気をまとってみせた。


ダァシンシン強盗団は、元々大陸東部からの移住者が寄り集まって作った多民族組織だ。組織といっても拒絶できない強制力があるわけではなく、幹部以外の構成員の入れ替わりは比較的自由で激しい。その代わり、足抜けした者が別の組織に入ろうとした場合は、容赦なく見せしめが行われる。
縦横の繋がりは金と仕事に主軸を置かれ、上納金を支払うことで構成員は安全と住居を用意してもらっている。構成員と幹部の関係性は、どちらかというと相談役やケツ持ちといった側面が強く、すべてが一蓮托生というわけでもない。

グラウエリ・ランペイジは中間層の構成員で、彼女とふたりの姉から成るランペイジ三姉妹は、幼少期に別の町から流れ着いた移民だ。その運動能力を見込まれて、現在ではダァシンシンの尖兵として重用されている。
そのため貧民街での自由な生活を認められ、またどうしてもついて回る女性特有の危険に対しても、ある程度の安全が自動的に保証されている。

さらに言うと、彼女たちには運動神経以外にも機械使いとしての才能があった。
ヌー・ヴォリッシュの収取品の中にあった、指輪、腕輪、足輪、それらを冗談で身に着けた時に、機械が展開することを知ってしまった彼女たちは、とある重大な、しかし人によっては実にくだらない命題に直面してしまったのだ。

「どう考えてもより高く跳べた方がかっこいいし、見せれるパフォーマンスの幅も広がるでしょ」
狭く入り組んだ路地の一角で、スラム名物、魚介の地獄蒸しの蒸気の前で三女のグラウエリが力説する。

【ラビットフット】
ジャンプ中に足裏から噴射して多段ジャンプを可能とする特殊な機械靴。
パルクール競技者である彼女からしたら、自分の可能性を拡げてくれる夢のような道具だ。


「馬鹿じゃないの! 絶対壁をよじ登ったほうが、より高い場所まで到達できるでしょ!」
蒸し終わった海老の殻を破りながら、長女のベリンゲイが反論する。

【アームストロング】
凹凸のある壁にも吸着するサクションリフター仕様の機械の手袋。
力によるクライミングの方が高い位置まで到達出来るという彼女の主張も間違いではない。


「あんたたちは上にばっかり意識が向くから駄目なのよ。立体は縦横で形成されるのに、斜め方向を活かさないのは馬鹿よ。斜めを制する者が一番優れてるのよ」
長女の海老を横取りしながら、次女のディエリが横槍を入れる。

【サイドワインダー】
手首や腰につけて使用するワイヤー式のフックショット。
斜め方向への自在な移動をより高度とするならば、他のふたつよりも優れた道具と言える。


ランペイジ三姉妹は、全員が運動競技者だ。
体力自慢で力強いベリンゲイ、技巧派で技術に重点を置くディエリ、運動神経を最大限に活用するグラウエリ。
彼女たちは運動という武器で成り上がり、貧民街を抜けようと目論んでいるわけだが、正直どれも別方向の運動であるので、それぞれが好きなようにすればいいし、もっというと元々ブランシェット家の道具なのだから出来れば譲ってほしい。

「そうだ! ウルフリードとファウスト、このふたりに判定してもらおうよ! 勝つのは運動神経だけどね!」
「望むところよ! どうせ勝つのは力に決まってる!」
「馬鹿ね、技術こそが最も評価されべきでしょうが!」

いや、だから好きにしてって話で。

しかし彼女たちは店の外に出て、それぞれが好き勝手に壁によじ登りだしたり、階段や手すりを飛び跳ね始めたり、街灯にぶら下がって路地を一気に跳んだりしている。
正直どれもすごいし、少なくとも移動手段に関する訓練を積んでいない私よりは遥かに動けている。

「ねえ、ウルフリード。みんなどっか行っちゃったよー」
ファウストがテーブルの上に残った地獄蒸しを次々と平らげながら、足を椅子から投げ出して、退屈そうな様子で前後に振り回している。
三姉妹はあっという間に路地や屋根の向こうへと消えてしまい、追いかけようにも好き勝手にバラバラな方向に進むものだから、私としても打つ手がない。せいぜい蒸し終わった貝を口に運ぶくらいだ。

それにしても旨い貝だ。肉にしてもそうだけど、貝や魚は新鮮であれば蒸したり焼いたりするだけでも十分に美味しい。もし密漁が許されるなら、貝や魚を獲るだけで食事は完結してくれそうだ。
許されないから密漁なのだけども。

三姉妹が帰ってこないので、時間潰しに店内の壁に目を向けると、平凡な食堂にも関わらず、賞金首の手配書がびっしりと並んでいる。壁だけ見たら、まるで自警団事務所か警察隊の詰め所だ。
「ここって自警団事務所も兼ねてるんですか?」
「違うよ。この辺はね、ごちゃごちゃしてて不法占拠されてる建物も多いから、犯罪者が潜伏するにはもってこいだろう。だもんで、こうやって壁に手配書を貼って、金に目が眩んだ住民に探させるのさ。ちなみにこれを貼っておくだけで税金がいくらか免除される。犯罪者様と警察隊様様だね」
食堂の大将は親指と小指を合わせて円の形を作り、ガハハハと豪快に笑い、ガシャガシャと皿を洗っている。
なるほど、自慢できるような手段ではないが合理的な仕組みだ。

手配書をじっと眺めてみると、小遣い程度の小額から1年以上は楽に暮らせる金額まで様々だ。
その中でも特に目を引く賞金首が、ブルーノ・トラヴィス。猿顔で顔に大きな傷のある40過ぎの男だ。
殺人・放火・強盗・強姦・詐欺・恐喝・誘拐・麻薬の売買・窃盗・公然猥褻・盗撮・公務執行妨害・無銭飲食・騒音・物乞い・家賃滞納・その他諸々、ありとあらゆる悪事を犯した罪で累計刑期は1億年。現在脱獄中。
賞金額は300万ハンパート。私の1ヶ月の家賃含めた生活費が4万ハンパートなので、今の極貧生活であれば6年は働かずに暮らせる金額だ。

まあ、そんな砂金袋みたいなのがその辺を歩いているわけが――

「あー! ブルーノ・トラヴィス!」
店の前をたまたま砂金袋、もとい猿顔傷持ちの凶悪犯罪者が通りがかる。

反射的に座っていた椅子を掴み、ブルーノの頭めがけて放り投げる。
少し前に暴力は最後の手段と語ったような気もするけど、実際のところ暴力ほど単純明快で有効な手段は他に類を見ない。痛みを与えれば体の機能は鈍るし、恐怖を植えつければ冷静な判断も奪える。
暴力は原初にして最先端の交渉手段なのだ。

しかしそこは罪状に応じた場数を踏んでいるのか、ブルーノは咄嗟に両手を頭上で交差させて椅子を防ぎ、即座に刃物を抜いて応戦の姿勢を取る。
だが、向こうは刃物1本。こっちには奥に凶暴な悪魔を従える天才美少女魔導士が控えている。初めから勝負になど成らないのだ。

「ファウスト! 悪魔呼んで、悪魔!」
「え? こんな狭い路地で使えるわけないじゃん」

奥に控える使えない顔だけ満点の魔道士から予想外の答えが返ってきた。
てっきり積極的に暴れてくれると思ってたけど、彼女にも水の一滴ほどの道徳心が残っていたようだ。
確かにファウストの言うとおり、狩狼道具を展開するには狭すぎる。よりによって今日持ってきている道具は、破壊力に重点を置いた大型機械だ。
ならばと店の入り口に立てかけてあった箒を手に取り、静かに猿顔の喉元に向ける。
切れ味で勝るなら、間合いでその優位を覆せばいい。

ブルーノがわずかに間合いを詰めた瞬間、頭上から幾つもの石の飛礫が降り注ぐ。

「どうだ! すべてを解決するのは力! 力こそ正義! 力があれば、こうやって壁によじ登ったまま、石を投げることが出来るのよ!」
頭上から響く声に目を向けると、ベリンゲイがトカゲのように壁にへばりついたまま、せっせと頭ほどもある石を落している。

「馬鹿ね! そんなことしなくても技術があれば、空中に浮いたまま石を投げれるじゃない!」
今度はディエリが腰から伸ばしたワイヤーで街灯にぶら下がり、自由自在に掌に収まる細かい石を投げている。

「甘い! 姉さんたちの石は1方向のみ。こうやって飛び回って、色んな角度から投げた方が強い!」
グラウエリが空中でさらに跳躍しながら、方向を変えて投げやすそうな丸い拳大の石を投げる。

どうでもいいけど、3人ともゴリラじゃないんだから、石を投げる以外の選択肢を取ってくれないものだろうか。
「嫌だ! 刃物とか怖いし!」
「登ったはいいけど、普段より高いから降りると足首を痛めそうだし!」
「跳び回って蹴ろうにも結局近づかないといけないし!」

まったく、上のふたりはともかく、グラウエリは最初に出会った時の冷静さをどこに落としてきたんだか。それともこちらの猿のように跳ねている姿が本来のものなのか。どっちみち今は相手の気を散らすくらいしか役立ってくれそうにない。
でも集中力が他に向かうだけで十分だ。

私は石に気を取られるブルーノの喉を箒の持ち手側の尖端で突き込み、柄を回転させて落とした刃物を弾き飛ばし、そのまま遠心力を乗せて横面を弾き飛ばす。
そのまま足を前に突き出して間合いを詰め、地面に落ちた石を蹴り上げて、ブルーノの顔へと命中させる。
あとは動けなくなった奴を、砂金袋の口を縛るように、両腕を背中の後ろで締め上げて一丁上がり。

これで賞金が手に入り……

「ねえ、3人とも。こいつの賞金で、あなたたちの持ってる狩狼道具を売ってくれない?」
我ながら馬鹿な提案だと思う。しばらくの安寧よりも家族の仕出かしたことの尻拭い、そっちを選んでしまったのだ。

三姉妹は互いに顔を見合わせ、しかし折角手に入った新しい力を惜しむように、自分たちの道具に目線を落とす。
彼女たちの気持ちもわかる。
機械で上乗せした高さや移動力があれば、競技者としてもっと高みにいけるだろう。人間の身体能力を超えた高さ、それに到達できるのは、私にだって魅力的なことだとわかる。

「いい話だと思うよ。だって機械つけても大会に出場できないもん」
店の奥ではファウストが、食後の茶を啜り、おまけに菓子まで齧っている。

「え? そうなの?」
「当たり前よ。ドーピングだって禁止なんだもん、機械が許されるはずないでしょ」

三人は互いに顔を見合わせて、あっさりと機械を手放した。



それから数日後、下宿の前の路地では、朝から賑やかに運動に耽る背の高い姉妹が見られるようになった。
わざわざ危険を伴う手段で町を走る趣味はないけど、技術としては学んでもいいかもしれない、なんて思ったりもしたのだった。


ちなみに上には上がいるのか、三人とも秋の大競技会では予選敗退という悲しい結果に終わったらしい。懲りずにこれからも頑張って欲しいものだ。



今回の回収物
・アームストロング
表面が壁に吸着するサクションリフター仕様の手袋。壁をよじ登ったりと応用が利く。黒色。
威力:― 射程:E 速度:B 防御:― 弾数:18 追加:壁登り

・サイドワインダー
ワイヤー式のフックショット。高所の突起等に引っ掛けて上昇したりぶら下がったりすることが可能。緑色。
威力:― 射程:C 速度:C 防御:― 弾数:18 追加:ぶら下がり

・ラビットフット
ジャンプ中に足裏から噴射して多段ジャンプを可能とする脚部装備。白色。
威力:― 射程:E 速度:A 防御:― 弾数:20 追加:追加ジャンプ


(続く)


(U'ᄌ')U'ᄌ')U'ᄌ')

狩狼官の少女のお話、第13話です。
ゲームとかではお待ちかねの移動能力強化アイテム回ですね。小説にするとこんな地味になるのかって感じですけど。

ベリンゲイ、ディエリ、グラウエリはゴリラの学名ですね。例えばマウンテンゴリラはゴリラゴリラベリンゲイという学名です。ゴリラゴリラより後だけかっこいいですね。

ブルーノ・トラヴィスは有名な2頭のチンパンジーから拝借しました。

物語全体の結末は決まってますけど、次回はまだ何にも考えてません。どうしましょうね。