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短編小説「おまんじゅうVSボナペティ」

8月21日、午前10時05分。外気温37℃。天気、快晴。
場所、新東京拘置所。本日の被死刑執行者1名。
死刑囚A、呼称番号42731番。プライバシーに配慮して、ここではA(仮名)とする。2022年2月22日、幼女誘拐殺人容疑で逮捕。同年11月11日、無期懲役判決を受けた。判決は妥当ではないと有期刑への変更判決を望み、何度も控訴審を繰り返した結果、10年前に余罪が発覚、死刑確定となる。
Aは本日午前9時に死刑執行を宣告され、出房。5分前まで教誨室で祈りを捧げ、唯一の肉親である弟に向けて遺言を書き、タバコを1本だけ吸った。甘味として用意された饅頭は食べなかった。前室で目隠しと手錠をかけられて、今現在10時07分、ガラス張りの執行室の中央に設置された踏み板の上に立っている。
Aは、今から首に縄を掛けられる恐怖を想像してか、小刻みに震え、呼吸を短く浅くしている。頭に袋を被せられ、足を拘束されると震えが大きくなり、膝ががくがくと揺れている。
首に絞縄が掛けられ、死刑執行の準備は完了した。

ゆっくりとドアが開いた。
「はいはーい! 本日の死刑執行生配信、はっじまっるよー! リスナーのみんな、ちゃんと見えてる~?」
死刑執行生配信が始まった。配信者は美少女死刑執行人として現在人気急上昇、最近はグラビアデビューも果たしたツヴァンちゃん、15歳。本日の正装はシスター&ピコピコハンマー。
「えーと、ツヴァンちゃん、今日もかわいい。神美少女。へへへ、ありがとー。今日もねー、記録係はイケメン眼鏡書記長のコシァンさんがゲストとして来てくれてまーす」
ちなみに私の名前はコシァン。世間ではイケメン眼鏡書記長と呼ばれている25歳独身。彼女募集中。
Aは何が起きたのか理解してない様子で、頭を左右に動かしている。
「こっちが今日の死刑囚さんでーす。死刑囚さん、気分はどうですかー? 元気? それともへこんでる?」
「え? えぇ?」
「ちゃっちゃと答えろやー!」
戸惑うAの左足にツヴァンちゃんのピコピコハンマーが振り下ろされた。ピコっというコミカルな音と鈍器の鈍い音が同時に鳴り、Aの足が九の字に曲がる。あやうく縄が締まりそうになって、慌てて体勢を立て直した。ヘビーリスナーにはおなじみの光景である。
「言い忘れてたけど、真面目に答えないとピコピコハンマーで叩くから! ちなみにピコピコハンマーの中心部はミートハンマーになってるので、普通に痛いですからね! はい、気分はどーですか!?」
「待ってくれ、なんだよこれ? なんなんだよ!?」
気分:混乱している。

「それでは第1問。お名前は!?」
「いや、なん……」
「名前言わないとピコピコハンマー、顔面に叩き込んじゃうぞ!」
「ぼ、ぼみあろん」
名前はボミ・アロン。漢字で書くと保実亜論。英語から和訳すると、吐瀉物の孤独。形容しがたい名前だ。

「第2問! 生年月日は?」
「2001年8月21日。って、さっきからなんなんだよ、これ!」
「わー、今日お誕生日じゃん! 誕生日と命日が一緒って、クレージー・ジョーみたいだね! ハピバー、アーンド、R.I.P」
補足説明:クレージー・ジョー、本名ジョーイ・ギャロ(1929年4月7日~1972年4月7日)はアメリカのマフィア。死因は暗殺。

「第3問! 家族構成教えて!」
「待ってくれ。なんなんだよ、これ! 俺は何されてんだよ!?」
「ちゃっちゃとテンポよく答えて!」
ピコピコハンマーが再度、ボミの足に振り下ろされた。今度はしっかりと耐えたので、痛みよりは縄が首に食い込む恐怖が勝ったようだ。
「わかった、答えるから! 父、母、弟」
「よろしい! ちゃんと答えないと、お前の遺体を剥製にして、前の棒からはコンデンスミルク、尻からはチョコレートが垂れ流されるモニュメントとして、お前の弟夫婦の住んでるマンションの前に公園作ってでも設置してやるんだから!」
ちなみに両親はすでに他界しているが、ボミはまだその事実を知らない。

「第4問! 今、何歳?」
「ごじゅ……51歳」
現在51歳。なお、本日が誕生日であり、今から死ぬ。

「第5問! 血液型は?」
「A型」
「犯罪者に人間の血が通ってると思うな! お前の血液は緑色だ!」
血液型A型、色は緑色。※追記。後で調べたら赤でした。

「第6問! 出身地は?」
「東京。だから説明してくれって! なんなんだよ!」
東京生まれ、東京で没す。

「第7問! 趣味は?」
「読書」
「ちがいますー! お前の趣味は誘拐ですー!」
趣味、誘拐。特に幼女を狙う傾向がある。

「第8問! あだ名は?」
「ねえよ」
「じゃあ、今から妖怪ロリペド人さらいね!」
ニックネーム、妖怪ロリペド人さらい。

「第9問! 山派? 海派?」
「山」
散骨希望場所は山。

「第10問! おっぱいとおしり、どっちが好き?」
「どっちかっていうと胸」
「幼女誘拐犯が寝言こいてんじゃねーぞ!」
ピコピコハンマーが左肩めがけて、横殴りに叩きつけられた。左半身は半死半生といったところか。

「ちょっとリスナーに質問募集するから、おめーはそのまま立ってなさい!」


もはや囚人以外の国民全員が知っていることだが、死刑執行は国民的娯楽のひとつだ。
暴露系配信者が政治家になったり、パッとしなかった政治家が国家機密漏洩してみた事件を起こしたりして30年、人類の倫理観は著しく低下し、ありとあらゆるものがコンテンツとして消費されるようになった。
その結果、刑法も面白おかしく改正され、生類憐みの令の復活、アメリカ式刑期加算方式の導入、拷問の再開、刑務所内医療の撤退、全独房ライブ配信の開始等、人類は一部の人権を完全に投げ捨てた。
そして5年前、人類は死刑までも娯楽とすることに決め、ドキュメンタリー系配信で再生数500億を叩き出した【死刑に立ち会ってみた】という不謹慎のバケモノまで誕生させたのだった。


「えーと、結構質問集まったよー。第11問! そのツラ、拝ませろー!」
頭に被せられた袋と目隠しを外すと、困惑している50男の顔をしている。心なしか入室した時より老けた感がある。
「アンケ取りまーす。この顔を見て犯罪者だなーって思った人は1、普通だなって思った人は2、イケオジって思ったら3ってコメントしてね。1、1、1、1、1……全会一致で1で犯罪者顔決定!」
客観的に見て顔は犯罪者。顔面偏差値は0点。

「第12問! 判決に不満ある?」
「あるに決まってるだろ! もともと無期懲役だったんだぞ、それが10年前に死刑に変更になって……」
「リスナーのみんなに説明しておくと、こいつは幼女誘拐殺人の罪で無期懲役だったけど、新しく出来た刑法を適用されて、10代の時にわんちゃんちゃんを蹴った罪が加算されて、無期懲役から死刑に格上げされたよ」
10年前に復活した生類憐みの令で罪が加算され、死刑に繰り上げられた。ちなみに遡って80年以内に愛玩動物に暴力をふるった者はすべて例外なく死刑であるため、現在死刑囚の人数は350万人に増えている。毎日死刑配信が行われているのは、そのあたりも関係している。
「誰だ、そんな法律作ったの! 家康かよ!」
「綱吉だ、ヴァカめ! 10点減点!」
ピコハンマーが右膝に打ち込まれて、両足が生まれたての小鹿のように振るえている。

「生まれたての小鹿チャーンス! このコーナーは死刑囚の足が、生まれたての小鹿みたいにプルプルしたら始まる人気コーナーだよ。おい、ロリペド人さらい! カメラに向かって意気込みをどうぞ!」
「いや、小鹿チャンスってなんだよ!」
小鹿チャンスで全問正解すると刑期が3日伸びるが、1問間違える度に踏み板の高さが10センチ高くなる。理不尽なほど難しい問題で限界まで高くして、首吊りで床が抜けた時の衝撃を増やして、いかに惨たらしく首が折れるかを楽しむ、来日したハリウッドスター並みの人気コンテンツだ。
ちなみに今回は、ここ10年以内に世間で流行っているゲームやアニメから出題され、当たり前だが正解率は0%だった。
後半戦のジェンガと同等のバランスで積み重ねられた10センチ×10段の台の上に、ボミことロリペド人さらいが立っている。
「ちくしょーが!」
「ずいぶん高くなったな、頭が高くて生意気だぞ! このロリペド人さらい!」
「人の命をなんだと思ってやがる!」
死刑囚が一番言ってはいけないセリフ第1位、人の命をなんだと思ってやがる。
「幼女誘拐殺人犯が言うセリフか!」
向こう脛にピコハンマーが打ち込まれる。痛みに耐えながらバランスを崩さないので必死そうだ。

「第13問! 最後の晩餐、なに食べたい?」
「鮭弁当」
「じゃあ、今からみんなは鮭弁当食べるので、おめーはそこで黙って見てろ!」
最後の晩餐は鮭弁当。ただし最後に見る晩餐である。ツヴァンちゃんも私も、刑務官も、全員が世間話をしながら鮭弁当を食べている。
「どーせなら焼肉弁当が食べたかったなー」
「それな!」
わざわざ記すことでもないが、刑務官の倫理観も著しく低下しているのは言うまでもない。毎日楽しく笑いながら臀部やこめかみを棒でしばく、現代はそういう時代だ。鮭弁当だって平気で食べるし、文句も平気で口にする。

「第14問! 遺族の皆様へ反省の言葉を5秒以内で!」
「え、えーと、あの、本当に申し訳なく思って」
「はい、時間切れ! 言えなかったので足枷追加しまーす」
遺族への言葉は、『え、えーと、あの、本当に申し訳なく思って(5秒)』
罰として重さ10kgの鉄球が結ばれた足枷を追加する。

「ラスト問題! 生まれ変わったらどうする?」
「まっとうな人間として生きたい!」
「おめーには無理だと思うなー!」
ツヴァンちゃんがボミを乗せた台を蹴飛ばすと、床がパカッと開いて、1メートル余計に追加された高さを、ボミが顔面むき出しで落ちていく。この瞬間が最も、配信画面上で投げ銭という名の悪ふざけが飛ぶ。
今回の合計金額は375万4400円。このうち70%の262万8080円が被害者遺族へのお見舞いとして、もろもろ諸経費を引いて20万円が私とツヴァンちゃんのギャラとなる。
遺体はそのままロープを切断して落して粉砕、火葬処理を施して、ある程度の量溜まったらブロック状に固め、麻婆豆腐くらいのサイズにカットして、小学生の秋の社会見学のお土産として配られる予定だ。

保実亜論(ぼみ・あろん)
幼女誘拐殺人・死体遺棄・不法侵入・お犬様への暴行の罪により死刑。享年51歳。獄中で出版された詩集『獄中のカナリア』は、都内の古本屋の100円コーナーでたまに見かける程度には売れた。

記録者 コシァン


「はい、今日もお疲れ様でしたー!」
「お疲れ様でーす!」
死刑執行後は、俺とツヴァンちゃんで打ち上げするのが毎日のルーティーンとなっている。仕事後の焼肉ビールほど旨いものは、この世の中に存在しないと思う。
「やっぱりちょっと飽きられてるな。500万行くと思ったんだけど、全然だったな」
正直、死刑執行生配信はコンテンツとしての勢いは落ちてきている。再生回数だけでいえば人気ゲームを実況したり、映画俳優が飯食ってるほうが回るのが現実だ。人類は死というコンテンツさえも食べ飽きてしまってきているのだ。
「でもさー、死刑執行よりゲーム配信のほうが人気出るって、人類ちょっとバグってない?」
「そもそもの話、面白くもなんともないからな。最初は物珍しさでバケモノコンテンツ化したけど、毎日誰かしらがやってたらパターンも似てくるし、アーカイブで見ればいいやーってなるよな」
「死刑執行方法がよくないんじゃない? ゾウに踏ませてみたとかライオンに食べさせてみたとか、そういうのやってみようよ」
「動物愛護団体が怖いんだよ。動物様は人間より権利持ってるから」
「ま、しょせん私ら人間風情だからねー」
焼肉屋の外では、今日も集団リンチしたり目隠しさせて銃で撃ってみたり、ドラム缶に押し込んでコンクリ流してみたり、そういう倫理観をドブに捨てたような底辺コンテンツが溢れている。

ちなみに2052年現在、世界で最も人気のコンテンツは、結局のところ、ネコチャンが寝ている動画である。

(終わり)

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倫理観のバグった未来は嫌だなーって考えてたら、倫理観のバグったお話を思いついたので、勢いでガーっと書きました。
読んでてあんまり面白くないなって思ったら正常です。安心して生きてください。
読んでて変なツボにはまった人、ちょっと倫理観が危ないと思うので、今すぐネコチャンの動画とか見ましょう。
人類を救うのは猫である。にゃ~ん。

っていう言い訳を考えたので書いてみました。にゃーん。