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短編小説「占い師・蛇増子屋珠子と神隠し事件簿」

「ご安心ください。謎はすべて解けました」

事件現場となった駅前商店街の南端、通称「魔術通り」と呼ばれる細い路地で、私は右腕と人差し指をピンと立てた。
魔術通りはその名の通りオカルトに特化した区画で、各種占い・人生相談・良縁・祈祷・厄払い・骨董品売買などが店を構え、全体的に業の深さを感じさせる空気を漂わせているものの、世間的に怪しまれる占い師なんかにとっては居心地は悪くない。
おまけに昼間は人通りも少なく静かで、夜はオカルト目当ての客で賑わう。夜遅くまで働く占い師からしたら、環境的にも過ごしやすいところと言える。
余談だけどコンビニと喫茶店が1軒ずつあって、そこで家くらいでっかい焼酎と針金くらい細い煙草を買って、珈琲を飲んでから出勤するのが、私のルーティーンというか日課になってる。
そんな場所で事件が起きているのである。そして謎はすべて解けたのだ。


話は半日ほど前に遡る。


魔術通りから1本裏に入った路地にある激安おんぼろアパートの一室で、私はいつものように目を覚ました。
いつものように顔を洗い、いつものようにジャージに着替え、いつものように早朝のランニングを終え、いつものように静かな魔術通りを歩いていると、いつものように仲良しのコンビニ店員のマキちゃんがいたので、朝から働いてて超えらいなーって気持ちを伝えるためにも、5リットルの焼酎と細長い煙草を買った。
「たまちゃんさん、最近この辺り物騒なんですよ」
「え? なんか事件でも起きたの?」
「そこのタロット占いの人、行方不明になったらしいんですよ」
魔術通りには占いの店が10軒ほど並んでいる。そんなにあってどうするんだって思うけど、人生に悩んでいる人は結構多くて割とどうにかなってる。でも人生どうにもならないこともあるので、中には夜逃げする占い師もいないわけじゃない。
「夜逃げ?」
「じゃないみたいですよ。お客さんを見送ってる途中で、パッと消えたって店長が言ってました」
占い師がひとり消えた。なるほど、物騒だし奇妙な事件だ。
私たち占い師は職業柄トラブルに巻き込まれることも少なくない。厄介な客もいるし、人生に追い詰められた人間は、時として異常な行動に出ることもある。
もしかしたら私にも降りかかるかもしれない事件だ。
申し遅れた、私の名前は蛇増子屋珠子(だましやたまこ)、初対面の人には絶対信じてもらえないが本名です。占い師の端くれみたいなことをやっていて、千里眼のラトルスネイクとか陰で言われている。ちなみに千里眼で未来が見えますとうたってるけど、もちろんそんなもの見えたこともない。若干心苦しさを感じる28歳だ。
「ヘイ、店長。ちょっと詳しく!」
「どうも、店長です」
より詳しく話を聞くために、カウンターの奥にいた筋骨隆々で上にも横にも大きい男を呼んだ。

被害者はひとりではなかった。
最初は天星術の占い師、ノヴァ南万騎が原。次にコーヒー占いのクロアチア澄子。魔術通りの母と呼ばれるルーン占いの老婆。亀卜術のタートル朝美。四柱推命のマダム化野。手相占いのオネエ系占い師、ファッキン中指。
そして昨日行方不明になったタロット占いの天命読子。
全員が例外なく夕方以降、店の前で客を送り出している時、自分の店に出勤している時、休憩して外に缶ジュースを買いに行く時、全員が例外なく魔術通りを歩いている際に忽然と姿を消し、被害者は全員が占い師だ。そしてファッキン中指を除き、全員が女だ。ファッキン中指も、オネエという属性で考えたら、女にカテゴライズしてもいいのかも。
後々発見された者もいるけど、激しい暴行を受けており、全員が恐れをなして引退したそうだ。
なるほど、これは偶然では片づけられない。間違いなく占い師を狙った事件だ。
「でもね、店長。どうして全員事件に巻き込まれたと言えるの? 全員がいなくなった場面を目撃したわけでもないのに」
事情通にしても詳しすぎる店長に少しカマを掛けてみる。
もし彼の言う通り全てが事件で、全ての場面で目撃者がいるのであれば、もっと大騒ぎになっているはずだ。例えば警察が歩いているとか、野次馬根性に満ちた記者がいるとか。
しかし今朝も魔術通りはいつも通りだ。いつも通り閑散として、歩いている人の数も第一村人発見レベルだ。
それに、
「今オカルト好き御用達招待制SNSデュクシーを見たけど、被害者含めて誰も事件のことを発信してないんだよ」
スマホを斜め上に突き出し、デュクシーの画面を店長に向けて、さらに角度を深めてみる。いったい誰から情報を得たんだね、と。
「いえ、目撃したのです。私の店、魔術通りの一番奥にありますから」
「店長も占い師やってるんですよ、副業で」
店長の答えは意外なものだった。あと副業も。

名刺には、こう書いてある。
【あなたの運勢アップさせます。
 日本占術連盟認定ダウジングマスター ダウザー恨山】
コンビニからぬっと顔を出し、魔術通りのどん詰まりに目を向けると、確かにダウジング開運を称した店がある。あの立地であれば魔術通り全体を見渡せるし、同業者として表に出てない情報も入手できても不思議はない。
私は連盟に所属してないフリーの占い師だから、あんまり他の占い師のこと知らないけど。
「なるほど。だったら店長も狙われる可能性が……」
ないよな。店長の体格を改めて眺めながら、すぐに可能性を打ち消した。
身長は2メートルを少し上回るほど大きく、全体的にがっちりと筋肉質。半袖からはみ出た両腕は生ハム原木のような太さで、拳には格闘技経験者を思わせる立派な拳ダコが見える。首も牛みたいに太いく、胸板はトラックのタイヤのように膨らんでいる。こんな筋肉ダルマを襲うような人間、おそらく本職のヤバいやつくらいだ。
「僕は大丈夫です。こう見えても鍛えてますから」
「それは見ればわかるけど。でも目撃したなら、どうして警察に通報しなかったの?」
「占い師が警察に、道端で女性が煙のように消えた、とか言ったら頭おかしいと思われるでしょう。むしろ容疑者にされかねないですよ」
確かに、荒唐無稽も過ぎる話だ。警察はおそらく信じないし、頭がおかしい人間の妄想と思うだろう。変に疑われて生活を脅かされるくらいなら、はっきりとした証拠が見つかるまでは、黙っておいた方がいいのかもしれない。
「むしろ、たまちゃんさんが危なくないですか? 背も大きくないし、どっちかというと細いし」
「僕と珠子先生だと、どっちかを狙うとなったら迷わず珠子先生でしょう」
「確かに私は小柄で細くて美人だけど」
マキちゃんが、そこまでは言ってないですって顔をしたけど、そこはあえて何も言わない。私は小柄で華奢な美人占い師なのだよ。
「とにかく気をつけてくださいね」
「うん、ありがと。じゃあ、私は昼寝してくるから夕方になったら起こしてね」
マキちゃんと店長にそう告げて帰ろうとすると、
「え? 聞き込みとかしないんですか?」
「そういうのは警察の仕事でしょ」
餅は餅屋、占いや悩み相談は占い師、事件や事故は警察だ。私の出番は特にない、もしあるとするならば、この神隠しともいえる事件の犯人が、私を狙ったその時なのだ。


と、言ったものの、やはり不安の種は潰しておいたほうがいい。
不安の種と禍根と目の上のたんこぶは全力で潰せと、師である二枚舌錨鏑(にまいじたびょうてき)先生も口すっぱく教えてくれた。
念のため魔術通りの奥から2軒目、つまり私が借りてる店舗まで足を進める。これまでの被害者は全員、私の店より手前で姿を消している。それも忽然とだ。
神隠しとされる事件は昔からあるけど、どれも目撃者がいないとか、目を離した一瞬の隙を突かれたりであるとか、実際に姿が消えるわけではない。
もしそんなことが起こったら、それはもう宇宙人とか未来の技術の世界の話だ。
つまり実際には消えたわけではなく、消えたように見せた、というわけだ。

魔術通りの路地は狭く、車が1台ぎりぎり通れるくらいの幅だ。電柱は片側に並んでいて、建物はだいたい2階建て、高くても3階建てまで。3階建ての建物は、以前は占い師専門の道具屋があったらしく、今は廃墟化しているものの、外観はまだ看板や装飾が残されており、ところどころ特に上部を中心に破損しているものの、通りの活気づけに一役買っている。
店と店の間は細くて通れるのは猫くらい。魔術通りの入り口、つまりさっきまでいたコンビニからダウザーの店までの間に他に道はなく、隙間や路地に引っ張り込まれた可能性はない。
もちろん下の可能性も低い。マンホールの真上に立っていた、という可能性もなくはないけど、マンホールを内側から開けて、正確にターゲットの位置を把握して、誰にも気づかれずに犯行を成し遂げる。それは普通に無理だろうよ。
ということは、犯人はここに店を構える占い師の誰かというわけだ。
だけど、どういう理由で? 同業者を狙って得する者がいるとも思えないけど?
「わかんない……」
犯人や動機を考えても想像でしかないし、よくよく考えたら被害者連中のことも名前と店構えくらいしか知らない。
しまった、人付き合いの悪さがこんな形で足を引っ張ってくるなんて。自分の社会性の無さに少しだけ泣きそうになってしまう。
「あの、あなたが蛇増子屋珠子先生ですよね?」
頭を抱えてうずくまる私の前に、モデルさんですかってくらい顔とスタイルのいい女がしゃがんでいる。
「えーと、どちら様ですか?」
「申し遅れました。私は砂古瀬ミルル、砂に古いに瀬戸内海の瀬でイサゴゼです。新人占い師で、オリジナルの茹でガニ占いをやってます。独立を機に日本占術連盟から占い師に認定されました」
茹でガニ占い? そんなので何がわかるの?
聞きたいことはいくつかあるけど、まずこの女が何の用件で私に話しかけてきたのか、くそっ、茹でガニが気になってしょうがない。カニも何年も食べてないなあ。高級食材だもの、そう簡単に食べれないよね。なんだよ、その占い!
「あの、そこの喫茶店でカニでも食べながら話を聞いてもらえませんか?」
「いいでしょう。カニ食べたいですし」

喫茶店でカニの身をほじりながらビールを飲む私の目の前で、砂古瀬さんはわぁっと泣き出して、数々の禍々しい殴り書きをされた紙を取り出す。
その紙には「なんだ茹でガニ占いって、ふざけてるなら店を閉めろ!」から始まり「お前のようなのがいるから、他の真っ当にやってる占い師まで怪しまれるんだ! 廃業しろ!」「顔と体で客取りやがって! 調子乗んな!」といった罵詈雑言、さらにはダイレクトな脅迫まで異常な量の恨みつらみ妬み嫉みが、鬼が書いたかのように角張った文字で書かれている。
うわぁ、ひどい、私だったら泣いちゃうな。事実、砂古瀬さんもガチ泣きしてるけど。
「で、砂古瀬さん。なんていうか、心当たりとかあるの? あ、もちろんこの手紙の内容がじゃなくて、犯人の心当たりね」
「ないです。だって、まだ店を開けて1ヶ月も経ってないですし」
内容的に同業者っぽいんだけど、このところの占い師を狙った犯行を考えると、同業者とミスリードさせるトリックのような気もするし、そう思わせておいて同業者潰しの可能性もある。どのみち、これだけでは犯人までは結び付かない。
「最初は腹が立って悔しくて、他の占い師の人たちに確認したりしたんです。でも、みんなそんなもの知らないって。そしたら、訪ねた先から怪我したり引退したりして、もう怖くなって」
なるほど、情報を整理しよう。

・最近、占い師を狙った神隠しが起きている
・砂古瀬さんは脅迫されている
・砂古瀬さんが確認した先から被害にあってる
・被害者は全員暴行を受け引退している

あれ? もしかして犯人、この子なのでは?
だとしたら、どうして私にこの話を? 実はほんとに脅迫されてるだけ?
ビールで半分使い物にならない頭を低速で回転させながら、私の脳裏にふと気になること点が浮かんできた。
「ねえ、なんで私の店には確認に来なかったの? いや、犯人は私じゃないんだけど」
「それは日本占術連盟に所属してないからです。うちは他団体と揉めたら、上から厳しく注意されることもあるので」
「ふーん、そんなもんなのね」
日本占術連盟、通称日占連といえば占い師界隈でも最大手の団体で、短期間かつ比較的簡単に占い師としての資格を得られることで有名でもある。ちなみに比較的簡単というのは、占いの技術だけ磨けばいいという意味で、占いそのものが未熟というわけではないのであしからず。
他団体とのトラブルを避けたいのも、占いの技術のみを教えているからだろう。なんていうか、例えば二枚舌先生みたいな古流の占い師はバイオレンス重視な人も多いので。
「蛇増子屋先生とダウザー恨山先生は所属が違うので」
私は日占連の所属ではないけど、あれ? 確か店長って名刺に日占連って書いてたような。
「あれ? ダウザーって日占連じゃないの?」
「違いますよ。出店する際に、近隣の会員は事前に教えてもらえますから。ジャンルが被るとお客さんの取り合いになるので」
確かに連盟の会員同士でトラブっても組織の土台が弱くなるだけだし、この話に嘘はなさそうだ。ということは、嘘つきは奴ということになる。
「なるほど、謎はたぶん解けた!」
私は窓から顔を出し、あえて大声で言葉にした。どこかで聞いているかもしれない犯人に向けて。


そのあと?
そのあとは普通に酔っぱらって夕方まで寝てたから、慌てて支度して、危うく階段で転ぶところだった。


逢魔が時、夕方の薄暗くなる時間を古の人はそう呼んだらしい。今はハッピーアワーなんて呼ぶのだから、時代によって価値観も変わるのだろう。
その逢魔が時でハッピーアワーな時間、私は魔術通りを歩いている。
服装は下はスカートにスニーカー、上は袖や裾のできるだけ広がった大きめのポンチョと中にTシャツ。半袖で過ごすような時期には不釣り合いな姿だけど、もし私の予想通りが当たっているなら、こういう引っかかりの多い服装は襲われる可能性が高まる。
念のため、肩掛けベルトごと握った鞄に意識を向けつつ、通りの中程、道具屋廃墟の正面に足を踏み入れる。
わずかに正面から廃墟に視線を移した瞬間、頭上から微かに空気を切る音が届いた。それとほぼ同時に、足を廃墟側に近づけるようなサイドステップで横に飛び、鞄を地面と水平に振り回す。
頭上から落ちてきた鎖は私のいた位置を掬い上げるように跳ね、横から鞄に交差するように絡みつかれて、上にいる何者かと私の間で引っ張り合う形で均衡した。
「どうして上から来るとわかった!?」
廃墟の屋上から犯人と思しき男の野太い声が響く。
「占い師たるもの、どんな時でも襲われる覚悟はしてるからよ!」
そう、占い師は時に人を助け感謝されるが、時に人に絶望を与えて怨みを買ってしまう。言葉によって相手に与えたものが善であれ悪であれ、応報として与えたものの大きさがダイレクトに返ってくる。
故にいつだって覚悟を決めて、警戒を解かないように修練を重ねているのだ。
「日占連みたいな現代占い師はさておきね!」
鞄を引き寄せる力を利用して体を捻り、中身を地面に撒き散らしながら、占い師を占い師たらしめる道具、すなわち水晶玉を袋ご掴み取る。
同時に鞄から手を放し、鎖が溜め込んでいた力で宙を舞っている間に大きく跳躍して距離を取り、上半身をひらひらと動かして通りの向こうへと合図する。
そこで見てなさい、お前らを襲った犯人はここにいるぞ、と。
廃墟の屋上にいる犯人が通りの向こうに隠れた被害者たちに注意を向けたのを機に、私は建物の中へと突入した。

ポンチョを脱ぎながら2階まで一気に駆けあがり、ドアを大きく蹴り開け、それに釣られて飛んできた分銅付きの鎖を、ドアの手前に身を潜めてやり過ごし、焦りと余裕を混ぜ合わせたような表情の犯人を確認する。
「やあ、店長。午前ぶり」
「さすがは武闘派と名高い蛇増子屋珠子先生。まさか上からの」
「へい、ちょい待ち。勝手に話を進めるな」
平静を取り戻そうとしたのか、べらべらと喋り始めた店長を言葉で遮って、室内の状況を確認する。
奥には縛られた被害者、おそらくタロット占いの人が転がっているけど、犯人との距離はそれなりにある。人質に取られる前に水晶玉をぶつけられるし、こっちに向かってきたら鎖で狙うような暇は作らせない。
よし、ここでやっちゃうか。
「ああ、そうそう。捨て台詞も余計な口上もいらないよ。ぎゃーとか、うわーとか、そういうのだけでいいから」
鉄球を振り回しながら、ゆっくりと間合いを詰める。
犯人、店長ことダウザー恨山も鎖分銅を両手に握り、じりじりと近づいてくる。
射程は鎖の方が長い。外で使われた鎖はもっと太く長かったけど、今振り回してる鎖は細く軽い。強度よりも速さに重点を置いた、より実戦的な鎖分銅だ。威力はどっちみち当たったら無事では済まない。

ペンデュラムはヤバい。
ダウジングの道具の一種であるペンデュラムはとにかくヤバい。
師匠であり育ての親である二枚舌先生から、そう忠告されたことがある。射程の長さ、当たれば皮が避け肉が抉れるような威力、さらに占い師はそこにダウジングの技術も重ねるので、反射的に逃げた先にも追いかけてくる。
もし相手にするのであれば、先端を捕らえて封じるか、地の利を活かして鎖の軌道を制限するしかない。
もし技量や力量が互角ならば、射程は長ければ長いほど有利になる。
「でもね、それは力量が拮抗してる場合だよ」
私は左右に刻むように、足先から頭の天辺まで揺らしながら突進して、向かってくる分銅の先端を避ける。分銅の先端は逃げた方向に動くわけだから、くるっと体を半回転させて、手に掴んでいたポンチョを広げて絡めとる。
「はい、おしまい」
鎖を引っ張りながら踏み込み、同時に水晶玉を足元に落とし、足の甲に乗せる感じで持ち上げ、ぐるんと体を回転させながら蹴り飛ばした。
水晶玉を蹴った数は1万から先は数えていない。
私は物心ついた頃から占い師の必須科目ともいえる水晶玉術と柔術を仕込まれ、さらなる強さを求めてあらゆる道場に通った。早朝は水晶玉術と柔術、放課後はあらゆるジャンルの道場、そんな生活を幼い頃から週5日、休むことなく続けた。
当然、水晶玉も何度も蹴った。真上に垂直に蹴り上げる技術、急角度で曲げる技術、水晶玉を乗せたまま何回転も回る技術、蹴った水晶玉に追いつく瞬発力、硬い鉄の塊を蹴っても壊れない鍛錬、そういう足元の技術も徹底的に鍛え込んだ。
その結果、訓練通りの軌道で水晶玉が動き、急角度で斜め上から相手の鼻めがけて落ち、身を守るために鎖を手放し、両腕を頭の上に持っていったタイミングで、真正面から金的を前蹴りで撃ち抜いた。
私の勝ちだ。
蹴りの勢いと回転を利用して、中空で捕らえた水晶玉を顎に突き込みながら、私はにやりと笑った。


「ご安心ください。謎はすべて解けました」

事件現場となった魔術通りと呼ばれる細い路地で、私は右腕と人差し指をピンと立てた。足元には顎を砕かれた犯人ことダウザー恨山が転がっている。ダウザーの両腕を鎖でぎっちぎちに縛り上げ、被害者に犯人で合っているか確認してもらったところ、どうやら間違いないらしく、各々がダウザーを険しい顔で睨みつけている。
「動機は簡単に言えば嫉妬です」
ダウザーは売れない占い師だった。そもそも占い師をやるには大きすぎた、そして強すぎた。屋内で一対一で面と向かって話をするには筋肉があり過ぎた。
占いの客は半数以上、およそ8割が女性であるといわれている。悩みを打ち明けるには同性のほうが打ち明けやすいし、内容的に異性に言えないことも当然多い。その時点で男性は占い師として不利なのだが、さらに体格が大きすぎるせいで、面と向かった時に与える恐怖感が強すぎた。ゴリラと同じ檻に入る恐怖感を想像してもらえればわかると思う。
しかし彼は占いを諦めなかった。
諦めたくないけれど状況も改善しない。その狭間で悩み追い込まれた彼は、他の占い師がいなくなれば自分のもとに客が訪れる、と安易な発想に逃げてしまった。その結果、俗にいう雑魚狩りばかりして技術も錆びつかせてしまったわけだけど。
「皆さんを待ってる間に、ダウザーのことを調べました」
地面に転がっていたスマホを拾い上げて、画面を被害者たちに見せる。
インターネットは集合知で情報の塊だ。玉石混合、黄金うんこ、それぞれの情報の質と信用に差はあれど、ありとあらゆる情報が詰まってる。
あと全然関係ないけど、スマホは結構頑丈なので握り方と打ち方次第で護身術にも使える。
スマホの画面を上下にスライドさせると、そこには無数の口コミ、評価、レビュー、コメントが掲載されている。被害者は一律に評価も高く、ダウザーの評判はあまりよろしくなかった。怖い、威圧感ヤバい、デカすぎる、経歴詐称、偽占い師、様々な罵詈雑言が彼の行為をエスカレートさせたのかもしれない。
タイミングよく新たに出店した砂古瀬さんに嫌がらせを始め、彼女に疑いが向くように同業者同士を衝突させ、その陰で犯行を繰り返した。誰も来ない廃墟の屋上から鎖を引っ掛け、ウインチのような道具で速やかに巻き上げ、監禁して痛めつけ、力づくで引退するように迫った。
場所柄、ほぼすべての客が視野が狭くなり、さらに下を向いて歩き、悩みが解決したらしたで足早に立ち去っていく。歩きスマホの人も少なくない。
そういう地の利や時代の力も働いたのか、そもそも頭上から吊り上げられるなんて誰も考えてないからか、気づいた時には人ひとりが忽然と消える、神隠しのような奇妙な事件となった。
要するに、つまらない男がくだらない理由でわかりやすい悪事を働いて、妙に手の込んだ方法を使ったというわけだ。
「あとは警察に任せて、今日は解散! それと、私が捕まえたのは内緒ってことで」
言うんじゃないぞって意味を込めながら、水晶玉をくるくると振り回して、本日閉店、安アパートへと戻ったのである。


「それで、どうなったんですか?」
繰り上げでアルバイトから店長になった大出世ガールのマキちゃんが、ロングサイズの缶ビールとチーズをレジ袋に詰めながら、興味津々な顔で聞いてくる。
「んー? えーとねー」
あれからダウザーは逮捕され、本人も占い師としてのプライドが残ってたのか、私のことは口に出さなかった。
被害者の占い師たちはすっかり嫌気がさして、それぞれ田舎に帰ったり、家庭に戻ったり、リモートで出来るネット相談師になったりして、どうにかこうにか暮しているみたい。
「結局、魔術通りには私と砂古瀬さんしか残らなかったわけだけど、あの子もなかなか度胸が据わってるね。こんだけ脅迫とかされたのに」
何かに使えるかもと、こっそり1枚だけ抜き取って置いた脅迫状をマキちゃんに見せる。茹でガニ占いとか教えたの誰だよ、と書いてある比較的マイルドなものだ。
彼女の度胸に乾杯するために缶ビールを開け、ぐびぐびと飲む。事件解決後のビールはおいしい。ビールは何もしてない朝でもおいしいんだけど。
マキちゃんは、不思議そうに首をかしげて、
「これ、店長の字じゃないですね」
「そーなの?」
「だって店長、ギャルくらい丸っこい文字書くんですよ」
私が目を丸くしていると、表の道を砂古瀬さんが通り過ぎていく。
こっちに気が付いたのか、一瞬だけちらっと視線を向け、その目がにやりと意地悪く笑っていたように見えたのは、もしかしたら私の気のせいじゃないのかもしれない。
「あの人、どっかで見たことあるような……」
「砂古瀬さんね。脅迫されてた被害者の」
マキちゃんがうんうんと唸りながら記憶をほじくり返してる間に、私は残りのビールに手を掛ける。
そんなに唸らなくても、店の前を通ったのを見たとかじゃないの? だって出勤するには、必ずここを通らなきゃいけないんだから。
「思い出した! 店長の彼女!」
ブハァッと思わずビールを吐き出し、慌てて口を拭い、なにそれって顔をマキちゃんに向けると、嘘はついてないですよって表情が返ってきた。
てことは、店長は恋人相手に脅迫してたのか。いや、そんな回りくどいことはしないか。
多分おそらくきっと、つまりはそういうことなんだろう。
「なんていうか、占い師ってのは……」
「クソヤローばっかりですねー」
「私は違うよ!」

どうやら揃いも揃って、私もダウザーも被害者も全員があの女の掌の上で踊らされていたわけだ。
まったく占い師ってのは、なんていうか、業の深い仕事だよ。

(終わり。気が向いたら続く)


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というわけで、ミステリーを書きました。ミステリーじゃないですね。

最初はもっと他の飛び道具的なものを出そうと思ったですが、プロットの段階で眼球を潰してしまって、どう考えても主人公側の使っていい道具じゃないなって思ったので、水晶玉で戦わせました。
おかげで、もうちょっと善戦させる予定が瞬殺になっちゃって、店長ごめんね~って感じです。
でも眼球を潰さなかったので許して欲しい。私は悪くない。