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短編小説「勇者に聖剣を渡すために魔王の城のすぐ目の前で50年孤立無援で待ち続けたら歴史に名を残す伝説の老人になりました」

ここは魔王の陣営の奥深く、並大抵の人間の勢力では辿り着けないような凶暴で凶悪なモンスターたちの生息地。
神は私にこう言った。やがて魔王を倒す勇者がここを訪れる、その時にこの聖剣を渡すのだ、と。
遥か昔、人間が初めて完成させた鉄製の剣に破邪の加護を与えた聖剣。持っているだけで邪悪なものを寄せ付けないという、聖剣の名に違わぬ逸品だ。
最初はそんな大役を任された名誉に、胸の奥が高鳴ったりもしたが、1週間もすると神を呪うようになった。どうして私をこんな場所に残したのだ。周りは恐ろしい亜人とモンスターばかりだ。
毎日恐怖に震えながら、勇者が現れるのをただただ待ち続けた。

10年の時が経った。なかなか勇者は現れない。当然だ、魔王の軍勢は強い。聖剣の力で結界が貼られていて、モンスターも亜人も俺の小屋には入ってこれない。いつしかモンスターや亜人への恐怖感も薄れ、やがて向こうも食らうことを諦めたのか、近所の変人に話しかけるかのように挨拶をしてくるようになった。

20年の歳月が過ぎた。ここに来た頃は二十歳そこそこだった儂も、老いを実感するようになった。顔見知りのゴブリンはいつの間にか父親になっていたし、村の長老は別のトロールに代わっていた。所帯を持ったらどうだと言われたので、美人のエルフを紹介してくれと答えたら鼻で笑われた。儂の顔面は彼らの価値観ではブサイクらしい。

30年もの時間が経った。勇者に会うまでは死ぬわけにはいかない。そう考えた私は1日のほとんどを健康維持に費やすようになった。食事にも気を遣うようになったし、規則正しい生活と適度な運動を常態化して、年の割にあいつは元気だ、と噂されるようになった。いつしか村の年寄りや不摂生な若者をなんとかしてくれって頼られるようになり、週に何度かは健康教室を開いて、村の亜人たちとの仲はさらに深まった。
けれど、美人のエルフはまだ紹介してもらえない。

そして50年を経た私は、ひとつの確信に至った。
これ勇者来ねえわ、と。

鞘に納められた聖剣は、今では立派な物干し竿だ。タオル、服、褌、ありとあらゆる布切れを干すのに活躍し、時には獣肉や魚を吊るし、下から煙でいぶされる。嵐の日には雨戸が開かないようにつっかえ棒にもなったし、腕を怪我した時には添え木にもなってくれた。
思い返せば聖剣というものは便利なものである。包丁にも鉈にもなる。髪を切り、髭を剃るのにも便利だ。今では爪切りとしての役割も外せない。
それに結界のおかげで安全に時間を掛けて、ゆっくり親睦を深めてきた亜人たちとも、ある意味で聖剣よりも強固な絆が出来上がってきた。
ゴブリンのドナルドはいい年して無職だし歯もガタガタで3本しか残ってないし髪も剥げ散らかしてるけど来月40人目の子どもが生まれる、オークのフェルディナントはドブ川で拾ったパンティーをかぶって村中を裸で走り回る露出狂だけど嵐の日には誰よりも先に川の様子を見に行ってくれる、トロールのラジリーノフは他人の飯を勝手に一口ずつ食べておまけにその一口がダチョウの卵くらいでかいけど将来は魔王軍の幹部になるんだって今日も拳よりもでかいイボ痔をピカピカに磨いてる。
どいつもこいつも根はいいやつだ。もし勇者と魔王が手を取り合うことがあれば、彼らに故郷の町を案内してやろう、そう思うようになってきた。


しかし運命は皮肉だ、ついに私のところに勇者が現れたのだ。


「聖剣じいさん。こちらが人間の勇者だ。今日は魔王軍と人間の王国の共同開発の視察に来られたので、くれぐれも失礼がないように」
そう説明するのは魔王軍の幹部として勇名を轟かせる四魔四強のひとり、牛の頭に屈強な亜人の体、ミノタウロスのブエトーロだ。
普段は自由奔放過ぎるほど自由に振舞っている村人たちも、今日はちゃんと服を着ているし、直立して姿勢できちんと並んでいる。間違っても股間を掻き毟ったりしていない。
そんなことより共同開発ってなんだ? この牛男は何を言ってるんだ?
「ブエトーロ殿、共同開発とはいったい?」
「ん? 僻地の村はまだ知らなかったのか? 魔王様は20年前に勇者の勇気と力に敬意を表して、人間の王国との和平を約束された。その後、我らは人間の王国と同盟を結び、交流を深め、互いの技術と文化のさらなる発展のため、この度新しく横断鉄道を建設することになったのだ」
言っている意味はさっぱりわからないが、どうやら人間と魔王の争いは20年も前に終わっていたそうだ。嘘だろ、おい、ふざけんなよ。だったら、なんで連絡のひとつもこねえんだよ。神はどうした? 40年前に死んだ? 死んでんのかよ。じゃあ、しょうがねえな。しょうがなくねえわ。
天を仰いで苦悶の表情を浮かべる私に、ドナルドが3本しかない歯を剥き出しにした笑顔で、そっとリンゴを手渡してくる。お前は歯も髪も仕事もないけど、ほんとにいい奴だな。
「ご老人、その腰に提げているのが聖剣ですか?」
まだ30代半ばであろう、背が高くて顔立ちも整っていて声まで清潔感のある、まるで非の打ちどころのない男が話しかけてくる。
なるほど、こいつが勇者か。いかにも勇者って顔してやがる。
「あなたが勇者様ですか。これが神より授かりし伝説の聖剣です。あなたがこの地に来られるのを心よりお待ちしておりました。どうぞ、この聖剣で世界を平和に、あ、世界はもう平和になってるみたいですけど、魔王をたお、いや、同盟結んでますね、そうだ、勇者様に相応しい一振りとして、その腰に提げられてはいかがでしょう」
正直、聖剣を渡したところで、もう使う場面がないんだよな。むしろ、この聖剣が魔王との火種になるんじゃないか。なんせ伝説の聖剣だ。神より授かりし逸品だ。きっと凄まじい威力を持つに違いない。普段は大根斬ったり髭そったりしてるけど。
「ほほう、これはかなり古い剣ですね。攻撃力は22、店に売ればそれなりの金額で売れるでしょう」
「勇者殿は鑑定の目もお持ちだったか。まさに武芸百般、人間に生まれたことが実に勿体ない」
聖剣を眺める勇者と牛男を見上げながら、はて、攻撃力22というのはどのくらいのものなのだろうか。その辺のゴブリンが使ってる鉄の剣が3くらいだろうか。牛男の腰に提げた斧が5くらいか。
と想像を巡らせていると、
「ドナルド殿の鉄の剣、これは攻撃力25ですね。まあ、そこそこ普通の剣です。ブエトーロ殿の斧は、攻撃力80程かと。さすが魔王殿の幹部だけあって立派なものをお持ちだ」
ちょっと待て。ドナルドの剣が攻撃力25で、聖剣がたった22で、牛男の斧が80もあるだと。じゃあ何か、この神から渡せって頼まれた聖剣は、魔王から無条件で支給される鉄の剣とどっこいどっこいってことなのか。
そんな評価を下されると、これまで宝石よりも人生よりも輝いて見えた聖剣の放つ光が、途端に夕飯の後の消えかけの焚き火くらいにしか見えなくなってくる。
「あの、勇者様。この聖剣は正直いかほどの物なのか。忌憚のない評価を教えていただけますか」
私は勇気を振り絞って、聖剣の正しい評価を尋ねた。この時の勇気、これこそが勇者なのではないだろうか。違う? うるせえ、だったらこんな聖剣を持つ身になってみろ。
「まあ、拵えの荒い鉄の剣に結界をセットした程度のものですね。50年も前なら貴重だったかもしれませんが、武器としては兵士に支給される鉄の剣のほうが性能は優れています。結界を張る道具も一般人にまで普及されていますので、あえて今の時代に使う必要性は感じられませんね。まあアイテム欄をちょっとでも開けたい人向けの剣かと」
おい、勇者。こっちは50年も待ってたんだぞ、もうちょっと絹パンツに包んだような物言いをしろよ、この野郎。こっちをただのジジイだと思ってなめてんのか。健康体操で鍛えたこの拳で、ばっちんばっちんいわせたんぞ、この野郎。
「ちなみに僕の使っているエクスカリバーですが」
勇者様は勇者様だけあって勇者っぽい名前の武器をお持ちですなあ。さぞ、お強いんでしょうなぁ? 攻撃力は100くらいですかぁ? ああん?
「攻撃力は220です」
なんだよ、その馬鹿みたいな数値は。ふざけてんのか。作ったやつ出てこい。糞をぶっかけてやる。
「ちなみに僕が魔王との決戦のために鍛えました」
おめーかよ、自作かよ。なんだよ、もう。勇者だし、鑑定も出来るし、すごい武器作れるし、なんだよ、もう。帰れよ。ここはジジイと亜人の平和な田舎村なんだよ。てめーみたいなのの来る場所じゃねえんだよ。
「お前たち、今日は有効の証として勇者殿がひとり一本ずつ剣を作ってきてくれた。感謝するように」
お土産で懐柔しようってのか。なんて汚い野郎だ。きっと魔王にも金品で懐柔したに違いない。とんでもなく卑怯な野郎だ。人間の風上にも置けねえ、当然亜人の風下においても迷惑だ。
「どうぞ、皆様。大した代物ではありませんが、鋼鉄の剣です。ちなみに攻撃力は45です」
聖剣の倍じゃねえか、ふざけんなよ、この野郎。こっちは昨日まで神に授けられた聖剣だって、村の子どもたちに見せびらかして悦に入ってたんだぞ。今じゃ村で断トツ弱い剣じゃねえか。明日からどの面下げて、みんなと顔合わせんだよ。おまけにそんなゴミ武器渡すのに50年も待たせやがって、人生ぶち壊しだろ。
「勇者様、とりあえず聖剣もらってくれませんか?」
「いや、私には必要ないです」
おいおい、せめて受け取れよ。なんなんだよ、この野郎。冗談は顔と武器の攻撃力とスペックだけにしろよ。全部じゃねえか。
「勇者様!」
「大変申し上げにくいのですが、正直そんな大したことない剣なので」
「もう一声!」
「ぶっちゃけゴミ武器なので」
「ありがとうございます! 持って帰れ、クソが!」
私はこうして勇者に聖剣を投げつけたのである。50年分の積もりに積もった様々な感情をこめて。


それからどうなったかって? まあ、それから大変だった。

勇者になんてことするんだと激怒するブエトーロと人間の王国の従者たちに、10年借金取りから逃げ続けた債務者くらい詰められて、齢70過ぎにして号泣するほど怒られ、失禁と脱糞を同時にしてしまうという失態を犯し、おまけに横断鉄道の線路が通るということで小屋からの立ち退きを要求された。
しかし私にも誇りと尊厳がある。勇者が頭を下げて靴を舐めるその日まで、私は一歩もここから動かない。そう固く決意して、住んでいた小屋を団結小屋と称して、村の暇そうな無職連中を集めて座り込みと立ち退き反対運動を開始、5年間粘りに粘り続けた結果、線路を小屋の直前で曲げるという偉業を成したのである。
ちなみに開通した横断鉄道が曲がり切れずに脱線し、小屋を貫いていったのは今朝の話だ。

聖剣? ああ、もちろん鉄道がぶつかった衝撃でへし折れたが?
だがしかし、私の心は折れていないので、なんの問題もあるまい。


(終わり。お話は続かないけど、老人の寿命はまだまだ続く)

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というわけで、なんかラノベっぽいタイトルの話を書きました。内容はさっぱりラノベっぽくですね。いや、でも根底に漂う陰湿さとか、追放されて逆襲する系のラノベっぽさはあるかもしれないです。
ないないないない。

さて、アイデアの出処は某名作ゲームのお花畑に囲まれた小屋で、たったひとりで50年も主人公を待ち続けるエクスカリバーを預かった老人です。
とってもかわいそうですね。

そう考えたら、この話の聖剣じいさんは変な連中だけど友達がいるだけ救われてるかもしれません。
まったくそんなことないね! 自分だったら超やだもん!