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小説「彼女は狼の腹を撫でる~第29話・少女と盾と平和~」

矛盾という言葉がある。
なんでも貫く最強の矛となんでも防ぐ最強の盾が戦ったら、どんな結果になっても両立できないという昔話から、ふたつのことが成り立たない状態を意味する言葉だ。
世の中には矛盾することがたくさんある。例えば武器と平和とか。

そう、これは武器と平和の話だ。


私の名前はウルフリード・ブランシェット。16歳、狩狼官。失踪した母と実家から持ち出された狩狼道具を探す旅を続けている。
ちなみに武器の扱いは一通り、鬼より怖くて刑務官より厳しいばあさんに仕込まれている。



【城塞都市ロッシュシュタイン】は大陸中央の大岩壁地形の中に築かれた5大都市のひとつだ。
現地の言葉で岩と石を意味する名の通り、巨大な無数の岩石壁や大地を削るような峡谷といった天然の城塞と、人工的な城塞を組み合わせた鉄壁の守りを誇る都市。あまりに強固な守りゆえに、大陸が統一される以前から一度として侵略されたことがなく、その反動なのか住民の大多数は非武装平和主義者だ。
要するに名前に反して、町の雰囲気は平和そのもの。
治安維持を担う王都から派遣された騎士団も、白昼堂々とお酒を飲んだり欠伸をしながら歩いていたり、牧歌的を超えて呑気と称しても差し支えない空気が漂っている。

そんな平和な町の路地には、あちこちに祭りのような飾り付けが施され、店の窓には『南北決闘!』と殴り書かれた真新しい貼り紙が幾つも。
ロッシュシュタインは峡谷を挟んで南北で都市を二分しており、新年になると南北の代表者が決闘を行い、勝者は春から翌年の春前までの1年間の都市全体の自治権を獲得できる。

「で、毎年この時期になると各地に派遣された騎士団から腕自慢が招集されて、南北のどちらかの代表者に選ばれるんだ。領主の性格上、北の代表に選ばれることが多いな」
「へー。それで、なんでここにいるの?」
「元上司に呼び出されたからだよ。もう俺は騎士じゃないってのに」
そう面倒そうに頭を掻きながら、私の隣を歩いている背の高い青年が独りごちた。

彼の名前はレイル・ド・ロウン。私の実家から程近い距離にある大陸5大都市のひとつ、自由都市ノルシュトロムに駐在する聖堂騎士団の元団員。色々あって今は自警団員をしているはずだけど、何故かこんな大陸の中央部にまで呼び出されて、ちょうど数日前に辿り着いた私とばったり再会を果たしたのだった。
騎士団在籍時の序列は4位、26歳という年齢にしては異例の出世ともいえる。それも過去の栄光なんだけど。
背は小柄な私よりも頭ひとつ以上大きく、得意な武器は槍と鍛え上げられた体から繰り出される徒手格闘。
今回は北側の代表者のひとりに選ばれて、さっきまで決闘会場の準備の手伝いをしていた。

「ウァン!」
「シャロ、噛んじゃ駄目!」
レイルの足に噛みついているのは、旅の途中で出会ったシャロ・ブランシェット。少し特殊な事情で産まれた狼の疑惑もある犬で、見る見るうちに随分と大きくなった。犬は大きくなってもかわいいから生き物としての格が違う。
「ごめんね。でも犬は噛むのが仕事だから」
「謝ってるのか謝る気がないのか、どっちかにしろよ……」
もちろん謝っているに決まってる。でも犬の仕事は吠える・噛む・走る・癒すの4つ。ちゃんと躾して成犬になったら、無闇に甘噛みしたりもしなくなるというし、今はやっていいことと駄目なことを覚えている最中だ。

ちなみに旅の相棒のもうひとり、ノルシュトロムでの同居人の天才美少女魔道士ファウスト・グレムナードは、例によって珍しい魔導書を探したいと別行動中。

「そうだ。会うことはないだろうけど、ここの領主は曲者だから気をつけろよ」
単なる旅人である私と領主が会うことなんて無いだろう。
でも無いと思ったことが起こってしまうのも、また世の中というものだ。



「ようこそ、ロッシュシュタインへ、旅のお嬢さん。私が北の領主のパヴィス・エスカッシャンです」
名所でもある峡谷に架けられた南北を繋ぐ橋を見に行った私たちの前に、酷く太った身形のいい大男が立っている。太り過ぎて1歩歩く度に大きく息を乱しているけど、果たしてこの人はこんなに太っていて、来年の今頃健康でいられるのだろうか。
ついつい視線を本来腰に当たるであろう辺りに向けて、服の上からでもわかるくらい覆い被さった贅肉に、ついつい1年後の未来を憂いてしまう。
どうやらこの太った男が北側の領主らしい。つまりレイルが言うところの曲者ということだ。

「南の領主は乱暴者でね、未開の地の蛮族みたいなものです。今の時代に武力主義なんて流行らないと思うのですよ。時代はやはり平和主義です。何事も話し合いで解決するべきなのです。そんな平和を愛する心が、この町が建設以来1度として侵略されていない秘訣なのですでっぶぅー」
北の領主は平和主義者を自称している。何事も話し合いで解決しようというのは理想的ではあるけど、一度でも鉄火場に身を置いたことがあれば、何を悠長なことをって思ってしまう。
しかしロッシュシュタインは、たぶん平和主義は一切関係ないと思うけど、地理的な条件のおかげで事実として侵略されたことがない。そのことも彼らの平和主義に拍車を掛けているのだろう、平穏無事に領主の座に居続けることからも支持率は相当に高い。
あ、ちなみにでっぶぅーというのは、領主が息切れに耐えかねて吐き出した音だよ。

「決闘は今年も北が勝利しますよ」
太った肉の中からきらりと瞳を輝かせる。
しかし平和主義で争いを否定するのに、どうやって決闘に勝つのだろう?
ぶよんぶよんという謎の音が聞こえてきそうな程、全身の肉を震わせる領主を横目に、レイルがこっそりと耳打ちしてくる。

『罠だ、罠』と――

領主は毎年、決闘の対戦相手に罠を仕掛けたり脅迫したり拉致監禁したりと様々な妨害工作を行い、あらゆる手段を用いて試合を成立させないことで、戦わずに勝利を手にしてきた。
なるほど、確かに争いは起きていない。表面上はとても平和だ。
呆れ果てた平和主義だとは思うけど。


「そこの旅の小娘、そいつの話に耳を傾けるな!」
橋の向こう側から多数の軍人風の男たちに囲まれて、152センチの私よりも更に背の低い、身長140センチに満たないかもしれない程の小男が現れる。精悍な老けた顔立ちと体格がまったく釣り合っていない不思議な男だ。
「誰、この小さいおじさん」
「あー、曲者のもう片方だな」
私の問いかけに対して、レイルが面倒さを隠さない顔でこっそりと耳打ちする。曲者ということは、もしかしたら彼が南側の領主なのだろうか。
「俺の名前はアーミング・カッツバルケル! 南の領主だ!」
領主だった。領主に身長は関係ないらしい、まあそれを言ってしまうと体重も関係ないわけだけど。

「北の臆病者共には理解出来ないかもしれんが、この世で最も大切なものは力だ。修練を重ねた技量、修練に励む兵隊たち、これらの質と数の両面での力こそが町の平和を守るのだ! この比類なき力こそが、この町が建設以来1度として侵略を許していない秘訣なのだがっはぁ!」
南の領主は武力主義者を自称している。確かに力は大切だ、力無き正義は無力だなんて格言もある。
彼の体格はどう見ても武力があるとは思えないけど、攻め落とすには困難な地形と労力に見合うほど豊かな土地でもないこともあって、ロッシュシュタインは事実侵略されたことがない。そのことも彼らの武力主義に拍車を掛けているのだろう、未だに領主の座に居続けることからも支持率は高いようだ。
あ、ちなみにがっはぁというのは、領主が大声で息切れして吐き出した音だよ。

「決闘は今年こそ南が勝利するのだ!」
ぜえぜえと息を乱しながら、その瞳には闘志が宿っている。
しかし決闘が成立したとして、こんな体格でどうやって勝つのだろう?
体格に劣る弱者でも力に勝る強者を倒すのが武術の本懐ではあるけれど、それにしても限度というものがある。体格や健康を武の才とするのであれば、彼の才能はまさしく皆無だ。

「死刑囚を集めて、妙な兵隊を造ってるって噂だ」
レイルが再度こっそりと耳打ちしてくる。聞けば死刑囚の体に武器を埋め込んだ特殊な兵隊を研究している、なんて噂があるそうだ。だとしたら随分と非人道的な話ではあるし、その死刑囚たちに心当たりがある。
ここに来る前に襲いかかってきた武器人間たちだ。勿論すでに全滅している。
「それ、多分私たちが全滅させたんだけど」
「おいおい、あんまり無茶するなよ」
レイルと私のひそひそ話が耳に届いたのか、北の領主はニヤリと笑い、南の領主はぴくりと眉をひそめる。

「そうですかーそうですかー、頼みの綱の妙な機械兵共は全滅してしまいましたかー、残念でしたなー」
「ふん! あんな欠陥品共、最初から期待しておらん! それに今回は聖堂騎士団から手練れの者を借りたのでな!」
ちなみにレイルと序列1位である騎士団長が北の代表だそうなので、南の代表は戦力的な均衡を考えたら2位3位の者だろう。
そうすれば単純に1勝1敗で、騎士団はどちらにも肩入れしない形にもなるし、実力差を引っ繰り返したらそれはそれで観客たちが盛り上がる。

この町の平和も武力も、一体どこに存在しているのかって話でもあるのだけれど。


「領主、こんなところにいたのか。決闘運営委員会の連中が探して……なんだ、レイルもいたのか」
対峙する南北の領主のところに現われたのは、背の高い凛とした女だった。切れ長の目に整った顔、銀色の長い艶やかな髪にドレスを思わせる裾の広がった装束の上から甲冑を身に纏っている。その肩には鞘に納められた巨大な、柄だけでも普通の刀剣並みに長い、数人がかりで振り回して牛馬ごと騎乗者を両断するような太さの武器を担いでいる。
ふざけた武器に反して厳格そうな雰囲気だ、気難しそうともいえる。その証拠に呆れたような冷たい視線を領主ふたりに向けている。

「ねえ、あの人、誰?」
「聖堂騎士団の団長、俺の元上司だ」
「おい、レイル。お前もいるならいるで、とっとと領主を連れて――」
騎士団長がレイルにじろりと細めた目を向けてたその直後、瞳が白目の中でぎょるんと動いて、彼の隣に立つ私へと視線が動いた。なんだなんだ、私は何も邪魔してないのに。

「えー! どうしたの、この子? かわいいじゃないの!」
騎士団長が私に勢いよく飛び掛かって、そのまま私の胴を両腕で挟むように抱えて、背後から頭にぐりぐりと頬を摺り寄せてくる。
小動物でも抱えるように捕まえているけど、その腕はがっしりと固められていて、どれだけ力を入れても岩を押すかのようにびくともしない。
シャロも私の身を案じて、その足に噛みついているけど全く意に介していない。
「レイル、お前の知り合い? こんな美少女を知ってるなら、事前に報告しておかないか!」
「いや、こんな場所で会うと思ってなかったので」
それもそうだ、こんなことで怒られるのは理不尽というものだ。
「馬鹿者! 美しい女がいると知っていれば、私は大陸の端でも会いに行くのだ! それをお前は……わざとだな! わざと隠したな!」
騎士団長が私を抱えたまま、ドタバタと足で地面を踏んでいる。
さっきまでの厳格さは一瞬で消し飛び、残っているのは変人度が高い残念な美人ひとりだ。

「あのー、離してもらってもいい?」
「嫌だ! なぜならかわいいからだ!」
かわいさは時として人権を奪ってしまうらしい。私は自分がそれほどの顔だとは思わないけど、見る人によってはそれほどの顔のようだ。悪い気はしないけれど、このまま動けないのはそれはそれで困る。
「と言いたいところだけど、私は美少女と美女と情熱的な女と淑やかな女と、残りだいたい全部の女に弱いのだ」
それは人類の半分に弱いことを意味する。少なく見積もっても4分の1は彼女の弱点といえる。

騎士団長は私の両脇を抱えたまま地面に降ろしながら、どさくさに紛れて額に唇を押し当てて、にやにやしながら私の顔を見下ろしてくる。そのまま上体を落して片膝を着き、目線の高さを私の背丈と合わせる。
「始めまして、美しいお嬢さん。私は聖堂騎士団の団長メアリー・クィーン、33歳。泣かせた女は数知れず、大陸の各地に女がいる暮らしも悪くないが、そろそろ身を固めようとも思っている」
「泣かせた?」
「哭かせたともいうね。夜は相手の情熱に身を委ねる方が好みだがね」
知らないし、聞いてもないし、一体何を聞かされているのか。メアリー・クィーンは、橋の手摺りの手前に造られた花壇から花を一輪摘み取り、そのまま差し出してくる。
「そういうわけで、ウルフリード。よろしければ私と結婚してください」
「ウルフリード・ブランシェット、16歳。お断りします」
「なんで!?」
何故と問われても、私が異性愛者だからだとしか答えようがないし、仮に異性でも初対面の人とほいほい籍を入れたりはしない。初対面じゃなくても、余程の運命的な相手でもない限りは籍を入れるつもりはないけど。

「では、友達から始めよう。友達から始まる愛もあると世間は言うし」
振られ慣れているのか、そもそも本気ではないのか、まったく動じる様子はなく私の手を握って上下に振る。強くは握っていないものの、触れた感触は皮と肉に包まれた鉄のようで、まるで別の生き物みたいだ。
先程の拘束力といい伝わる指と手の感触といい噛みつかれても動じない頑強さといい、強いというよりは生き物としての性能がまるで違う。例えるならば人間の姿をした熊や虎だ、熊や虎と触れ合ったことないけど。
あの常識外れな大きさの剣を扱えるのも不思議ではない。

「……ん? ウルフリードって、もしかして狩狼官?」
「そうだけど」
「ウァン!」
私とシャロがわずかに身構えると、メアリー・クィーンが両手を祈るように合わせて頭上に掲げ、突然神への感謝の言葉を口走り始める。

「神よ、主に感謝します。私の初恋の相手、先代ウルフリード・ブランシェット。その娘に導き合わせてくださった主の奇跡、私の信仰心は間違ってはいませんでした。これからも聖堂騎士団一同、身を粉にして主と王の民のために尽くします」
どうやら母とも面識があるようだ。あまり望ましい内容ではなさそうだし、居場所を知っているようでもなさそうだけど。

「南の領主殿は常日頃から武力を口にしている割に、いざという時は外部の力だよりですか。まったく素晴らしき武の精神ですなあ」
「黙れ、北の偽善者め。なにが平和主義だ、貴様こそ汚い真似ばかりしているくせに!」
すぐ横では延々と南北の領主たちが未だに醜い口喧嘩を繰り広げている。
レイルがその間に立って、間違っても拳による衝突が起きないように各々の動きを腕を伸ばして牽制している。

「団長、領主様に用があるんですよね?」
「そうだった。領主、決闘運営委員会の連中が探してたぞ。こんなところで遊んでないで真面目に働け」

領主と騎士団長は対等の立場にある。領主は王都の行政部門から派遣、あるいは現地の有力者が委託されて自治を行い都市を管理する役職に就いた者の呼称だ。
もちろん名門貴族であったり莫大な財を成した商人であったりと人角の人物であることに間違いないが、あくまでも王都の下部組織の中のひとつの役職に過ぎない。
一方で騎士団は王都の軍事部門、その団長となれば軍事面での要職だ。その立場はおおよそ領主とは同等に位置し、自由意思での武力行使や鎮圧などの別の特権を有している。
だから領主と騎士団長に上下関係はなく、互いに不必要に遜る義務もない。傍から見ている分には、違和感がものすごいけど。

「そうだ、ウルフリード。こんな殺風景な場所で立ち話もなんだし、町を案内させよう。レイル、この素敵なお嬢さんをしっかり持て成すように!」
「いや、案内してたんですけどね」
そう、あなたが来るまで案内してもらってたんだけどね。


レイルが顔に疲労を浮かばせながら、領主と共に去っていく騎士団長の背中を見送る。
シャロも変なものを噛んでしまったからか、ずっと唸り声を上げている。
「……疲れてるみたいだから、案内はいいよ。宿に帰るね」
「宿まで送っていこう。大丈夫だと思うけど、もしも団長が訪ねてきても絶対に扉を開けないようにな」
そんなのが治安維持を担う騎士団の長でいいのだろうか。


私は今日、ひとりの女騎士に遭遇した。
聖堂騎士団の団長メアリー・クィーン、通称『聖剣の騎士』もしくは『最強の狩狼官』とも呼ばれている。
自称、泣かせた、もとい哭かせた女は数知れずの恋多き女騎士。
彼女はレイルの嫌な予感通りに後で宿まで訪ねてきて、宿の前の酒場で私に食事を振る舞い、酒の力を使って口説き落そうとしたものの、酒場の店主の気遣いで私に注がれた杯の中身は果実茶ばかり。
それに気づかずに私を酔い潰そうと樽ほどの量を飲んでしまい、泥酔して床に突っ伏したのだった。

私は飲酒を許される年齢ではあるものの、普段は酒を飲まない主義だ。
理由は単純、生活に余裕がないから。珈琲より高いものをそう何種類も飲む習慣は身につけたくない、それが奢りであってもだ。
そして酒に酔わせてどうにかしようとするのは、どう考えても悪なので、絶対にやめた方がいいと思う。


――――――


数日後、私は南北決闘の会場に来ていた。シャロは会場に入れないので宿でお留守番。来るつもりはなかったけど、メアリー・クィーンに招待されたからだ。
人間は無料とか招待とか、そういう類に弱い。それは私とて例外ではないのだ。
それに決闘は住民たちの娯楽であり、今後の都市の行く末を占うものでもあり、賭けの対象でもある。私は賭け事は好まないけど、ここで残り少ない旅の資金を増やしておけ、とお告げが来たのだ。
誰の? 知らないけど神とかそういうの。
そういうわけで、北の勝利に結構な大金を賭けている。負けられては困るのだ。

北の代表者は元聖堂騎士団序列4位レイル・ド・ロウン、聖堂騎士団団長メアリー・クィーン、そして北の領主パヴィス・エスカッシャン。
特にメアリー・クィーンの人気はすさまじい。見た目は麗しく美しい女騎士だ、それが強いのだから人気は当然だ。中身さえ知らなければ。
いや、中身を知っているからこそか。女性人気もすさまじく、黄色い歓声が絶えることがない。

南の代表者は聖堂騎士団副団長『荒ぶる大熊』ブルアン・アルブレヒト、聖堂騎士団序列3位『猪突撃兵』スース・シルウァーティクス、最後に南の領主アーミング・カッツバルケル。
のはずだけど、南の代表者が件の小男の領主しかいない。

「アーミング殿、せっかく呼び寄せた聖堂騎士団の、えーと、熊と猪でしたっけ? 団長殿には申し訳ないのですが、毒を盛らせていただきました。外部から実力者を呼び、その上で相手と戦う前に潰す。これが最強の平和主義ですゆえに」
なるほど、実に最低で見下げ果てた平和主義だ。理には適っている。自分の力が弱ければ他の者の力に頼ればいい、この発想は護衛や警備を雇っている者の多さからも一般的だ。
戦う前に相手を潰す、これも理には適っている。けれど毒という手段は最悪だ、非人道的と言ってもいい。
そして特に問題のない前者と問題しかない後者が組み合わさることで、その主義主張は最低なものに成り下がる。
しかし世の中には勝てばいいという考えもある。そう、勝てば正義なのだ。

「馬鹿め、そう来るのは予測済みだ! おい、連れてこい!」
南の領主の背後から、体長2メートルを超す獰猛そうな大熊と猪の頭に下半身が蛸の足を思わせる大量の触手の怪物が現れる。
「今日からこの熊がブルアン殿、こちらの怪物がスース殿だ! 安心しろ、強さは本物の騎士殿よりも上だ!」
相手も当然妨害工作を読んで、先に手を打っておいたようだ。代表者が欠場しても、代理の者を立てればいい。規則には違反していない、代理の者が人間じゃないことは違反に当たらないのか不明だけど。

「レイル、あんなのに勝てるの?」
私は北の入場口まで駆け寄り、顔に嫌な汗を垂らしているレイルに声をかける。
南の代表者席では大熊が長く分厚い鉄の爪を装着させられている。ただでさえ強力な武器を、熊の腕力で振るわれたら人間などひとたまりも無い。それは鍛え上げた騎士でも同じだ。
その様子を見て、彼我の戦力差を冷静に見極めた騎士の答えは明確だった。
「無理に決まってるだろ、武装した熊だぞ」
「だろうね……」

私は無一文になる決意をしながらも、荒熊に捧げられた生贄の背中をぽんと押した。



今回の回収物
なし


(続く)


(U'ᄌ')U'ᄌ')U'ᄌ')

狩狼官の少女のお話、第29話です。
平和と武力のお話の前編です、後半はまだ1行も書いてません。

メアリー・クィーンは何度か名前だけ出してましたけど、ようやく登場といった感じです。
レイルも久しぶりの登場です。前回の登場が8話とかだったので、随分と久しぶりですが、基本的にいい奴なので久しぶりに会ってもいい奴です。
ファウストは今回おやすみです。理由はだいたいなんでもどうにか出来ちゃうからです。ジョーカーみたいな存在になってしまいましたね。
シャロはモフモフです。もふもふは最高です。

では後半へ続くのです。