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「連続小説」それいけ!!モグリール治療院~おまけ① ヤミーちゃんの休日~

「冒険者たるもの常に気を張っておけ」
「わかった!」
私、ヤミーちゃんが冒険者として最初に教えてもらったのは、常に周りを警戒することだった。どれだけ疲れていても、大きな怪我をしていても、仮に眠っていても敵への備えを持っておくべし。
その教えを頭に刻みながら私は毎晩眠りにつく。
それが冒険者として長く続く秘訣だから。


バチィンと大きな音を伴った衝撃と額に刺さる強い痛みで目が覚める。
「いったぁーい」
瞼を持ち上げると、私の上に右腕を伸ばして、指を全開にして開いている女がまたがっている。中指の先がわずかに赤い、さっきの痛みは親指で弓のように引き絞った中指が、私のおでこを弾いたデコピンの痛みだ。
女が呆れた顔で、朝っぱらから半泣きになった私を見下ろしている。
「ほら、だから無理だって言ったじゃん」
「今日こそは出来るって思ったの!」
「無理無理。布団の魔力をなめちゃいけないよ」
彼女はここ、格安冒険者向きの宿屋・酔いどれ駝鳥亭で長らく同室の冒険者メイジー。冒険者は自分の家を建ててる人、冒険者ギルドの管理する部屋を借りてる人、街外れの貧民窟で野宿同然の生活をしてる人、ほとんど迷宮に籠って定住してない人、そして宿屋暮らしとそれぞれだ。
私とメイジーは宿屋暮らしで、もう1年半くらい一緒に住んでるし、年は今年で19だから私と同い年、おまけに出身も私の故郷の北の村ノルドヘイムに近い街なので、どこか腐れ縁みたいな感じもあるお友達だ。
私は時々メイジーに頼んで、私が起きる前に襲撃してもらって、眠っていても戦えるか試しているけど、今のところ成功したことはない。野宿してる時だと出来るのに、布団の上だと全然できないから不思議だよね。
ぬうっと唸りながら布団から這い出て、ちゃっちゃと着替えながら朝の支度をする。
「ヤミー、準備できた?」
「できたー!」

今日は迷宮に行かない日なので、メイジーと落とし物市に掘り出し物を探しに行く予定なのだ。
私たち冒険者は、街にいる日は日雇い労働で資金を稼ぐか、体が鈍らないように鍛錬に励むか、朝から酒場で飲んだくれるか、落とし物市で掘り出し物を探すか、休日の過ごし方はだいたいそのどれか。
「できてないでしょ。ほら、アホ毛が飛び出てる」
メイジーが私の頭のてっぺんで踊っているひとふさの髪の毛を抑える。メイジーは身なりにうるさい。冒険者なんだから、そんなの気にしなくてもいいのに。
私はへいへいと適当に返事をしながら、私という存在を知らしめる目印であり、ひと目でわかる象徴であり、強さと勇敢さの証でもある狼の毛皮を頭から被る。この狼は、一人前の戦士として村を出るためにはナイフ一本で狼の群れの頭目を狩る、っていう掟で戦った狼で、私はウルフヘズナルという狼の毛皮をまとった戦士として登録されてる。
ちなみにメイジーは狩狼官っていう、罠や猟犬を使って狼を退治して村々から報酬をもらう仕事に就いている。野生の獣の多い迷宮では、あちこちに仕掛けた罠が大活躍している。
「ちょっと、休日までそれ被るの?」
「被るけど?」
なに言ってんの? これ被ってないと、誰も私を私だって気付かないと思うよ。


冒険者の街スルークハウゼンは、荒くれ者だらけなのにどこか牧歌的な空気が漂っている。朝の散歩なんて平和そのものだし、夜になれば成果を持ち帰った冒険者たちの酒宴で賑わう。でも場所によっては犯罪がいっぱい起きてるので、場所と人によるのかも。でもまあ、少なくとも猛獣と同じ檻に入れられるよりは安全。
「毛皮取りなよ。せっかくキレイな栗色の毛なのに」
「やだ。私のかわいさが知られたら、面倒が増えるもん」
「その時はトラバサミ仕掛けといてあげるよ」
トラバサミっていうのは狼や獣を捕まえる用の罠、サメみたいなギザギザの歯がついていて、真ん中を踏んだらガブっと閉じる仕組み。シンプルだけど強い、そんな罠。金属だと臭いでバレちゃうから、魔獣の骨を加工したものが好まれる。
夜中に寝ぼけて踏んだことがあるけど、あれは耐え難い強烈な痛みがある。
「トラバサミといえば、最近やけに作ってない?」
「やけに注文が来るんだよね。新しい迷宮が発見されたから、外敵の危険性も踏まえて街の防御を固めるんだって。おかげで冒険してる暇もないけど、まあ、これがおいしいからね」
メイジーが親指と人差し指で丸を作って、にやっとした笑顔を見せる。他にも罠専門の冒険者たちが何人も雇われているそうで、今の時点で街の外周の半分は鋭い毬栗のような形の馬防柵で覆われていて、その向こうの草むらは落とし穴やトラバサミ、それから目を逸らすための針鼠と呼ばれる十字型の障害物がゴロゴロ転がっているらしい。
「まるで戦争だねー」
「向こうからしたら、私たち冒険者なんて、勝手に人様の敷地を踏み荒らして略奪していく強盗団みたいなものだからね」
確かに。迷宮を縄張りとする獣や亜人からしたら、私たちなんて迷惑そのもの。迷惑どころか、ちょっとした災害だと思う。
武装した人間の群れによる土砂崩れ、かなり嫌だろうね。
「じゃあ、せめて黄金の塊とか伝説の魔剣とか、そういうお宝を持って帰らないとね」
「そういうこと。踏み荒らすだけなんて迷惑だからね」
動物を捕まえたら食べる、木を切り倒したら薪にする、迷宮に踏み入ったら財宝を手に入れる。それが私たちの価値観。
感謝をもって明日も明後日も頂いて、山ほどの恨みを買いながら生きるのだ。

そんな冒険者たちによる略奪の成果のひとつが落とし物市。
迷宮落とし物市、迷宮で命を落とした冒険者の遺品や発見物を売り出す定期市で、鉄くず同然のものから未解明の秘宝まで品数は抱負。落とし物市っていうよりは泥棒市って呼ぶべきかもしれない。
最近は新しい迷宮へのルートが見つかったため、これまで以上に多くの品物が出回るようになったみたいで、毎日が大賑わいだ。それだけ冒険者もいっぱい命を落としてて、回収班って呼ばれる遺品回収部隊も山のように死んでるってことだけどね。
「おーい、そこのお嬢さんふたり。君たち、冒険者だろ?」
そう声をかけてきた泥棒、じゃなかった商人が見せてきたのは、錆びているものの力強さを感じさせる剣や硬さに対してものすごく軽い盾、羽根のように軽い手槍、ぐるぐる回して動かす見慣れない仕掛け弓、何が書いてあるかわからないけど禍々しさのわかる本、どれも手入れしたり上手く使いこなせば役に立ちそうなものばかり。
実際、商人が糸のように細い剣で、軽々と手首くらいの太さの材木を試し切りしたりしてる。
これが新しい迷宮の成果みたい。迷宮は奥まで踏み込むほど宝の価値が上がるし、武具の強さや強度も急に跳ね上がる。
もっと奥に行けば、世の中がひっくり返るような発見も出てくるかもしれない。
「でも、お高いんだよねー?」
「そりゃあそうだよ。こっちも必死で回収してきたんだから」
どうやら今の私に手が出るようなものは無いみたい。かなりのお金持ちか熟練の冒険者向けだ。口を尖らせながら、銅貨の詰まった袋と数々の武具を見比べてると、
「だけどまあ、折角来てくれたんだ。これなんかどうだい?」
商人が一本の鎖を取りだした。
この鎖ならば銅貨の袋と交換でもいい。この鎖は不思議な力が宿っていて、今のままだと投げたら勝手に絡みついてくれるだけで、便利な程度で強くも速くもない。でもまだまだ可能性を秘めている、商人としての勘がそう叫んでいる、というのだ。
金属なのか鉱石なのかよくわからない材質で出来ていて、ずしりと重みを感じるけど特別重さがあるわけでもない、なんていうか下に引っ張られる力が強い。
メイジーが手に取って、くるくると振り回しながら、私の足元めがけて投げると、蛇みたいな動きをして器用に巻き付く。
確かに便利だけど、迷宮の他の武器と見比べると物足りない。
「それねえ、探せる範囲では一番奥にあったんだよ。だから、なんかあると思うんだよね」
商人の言葉を信じるならなにかありそう。でも、これに溜め込んだお金を使っていいのかな。
うーんと唸って悩んでいると、メイジーが金貨を1枚商人に手渡す。
「私が代わりに買うよ。狼捕まえるのに便利そうだから」
「へい、まいどありー」


結局私はこれといってピンとくるものがなくて、大したものは買わずに落とし物市を出た。まあ武器は間に合ってるし、重たい防具を着けるような戦い方はしないし、そもそもピンとこなかったら自分と合ってないのだ。唯一なにかありそうって思ったのは、メイジーの買った鎖だけど。
「はい、貸してあげる」
頭に被った狼の鼻の上に、だらりと鎖が乗っかかる。鎖は器用にくるくると動き、狼の鼻から口にかけて、まるで懐くかのように巻き付いた。
「くれるの? 金貨1枚も使ったのに」
「耳に犬の毛でも詰まってるの? 貸してあげるだけ」
どうせしばらくは街の仕事で出番もないし、とメイジーは呟きながら鎖を摘まみ上げて、引っ張ったりしている。しばらく鎖を弄んで、
「こういうのって、なにかを生贄に捧げて力を発揮しそうじゃない。寿命とか体力とか」
「寿命は絶対嫌だし、体力も無駄に使いたくないけど」
「だったら、自分に不必要なものとかは? 例えば……」
メイジーが両手を伸ばして鎖を頭の上で振り回す。目を瞑って、しばらく生贄に捧げてもよさそうなものを考えて、何か思いついたのか両目を見開く。
「腋毛!」
いや、たしかにいらないけど!
鎖は目に見えないけど肌に伝わってくる不気味な気配をまとって動き、近くにあった街路樹に絡みつき、樹皮を削りながら縛り上げる。目に見えてさっきより強くなったのがわかる。
「おおー、なんか強くなった」
私が感心していると、メイジーはそっと服の胸元を摘まんで、中を覗き込む。さらに無言で私のシャツの袖を持ち上げて、二の腕の裏辺りを覗き、驚いた顔を向けてくる。
「腋毛が消えてる!」
「私はちゃんと剃ってるから!」
「いや、剃り跡も完璧にないの。なんで? 近くにいたからとか?」
理屈はわからないけど、腋毛が消えて鎖が強くなった。もしかしたらと、試しに無くなってもよさそうなものをいくつか生贄として叫び、岩の根っこ、魚のげっぷ、鳥の涎、猫の足音、犬の裏切り、報酬の発生しない労働、とりあえず世の中に悪い影響を与えないものを選んでみた。
鎖は全力で遠くに投げた石も、空を舞っていたトンビも、風に吹かれた落ち葉も簡単に捉え、私の力でも解けないくらい強くなった。
もしかしたら戦争とか飢饉とか疫病とか生贄にしたらすごいことになるかもしれないけど、世の中をひっくり返したら大変なことになるかも、ということで、これ以上はやめようってことになった。
「これはすごいものを手に入れたねー」
「ヤミー、これは私たちだけの秘密ね。もちろんさっきの商人にも」
私は黙って頷く。こんなすごいものを口外できるわけもない、きっと毎日が泥棒や強盗に狙われる日々だ。あれ? その時は泥棒や強盗を生贄に捧げたらいいのかな?
とにかく今日は偶然だけど、すごい掘り出し物を手に入れた。きっと明日からの冒険もぐんと楽になるはず。
「メイジー、ありがとう!」
「いや、貸すだけだからね! ちゃんと返せ!」
私は笑顔でメイジーの胴に抱き着き、ぐいっと持ち上げてゆらゆらと揺らしたのだった。放せって言われながら、頭を毛皮越しにべしべし叩かれながら。


「じゃあ、しばらく迷宮に行ってくるから」
翌日、メイジーに余分な荷物の管理を任せて、酔いどれ駝鳥亭を出発した。新しい道具に新しい冒険、わくわくで胸の高鳴りが抑えきれない。意気揚々と街の出口で待つ仲間たちのところに駆け寄ると、普段私たちの荷物や食料を積んだ荷車を運んでくれる輸送隊の人足たちの姿が見えない。
「あれ? 輸送隊のみんなは?」
「なぜかわからんが、急に全員街の外に逃げた」
輸送隊を指揮する私たちのパーティーの隊長が、文字通り頭を抱えた姿勢で地面に膝をついている。今すぐ彫像にしてもいい悩みっぷりだ。
しかし輸送隊は機械弓での後方支援も担ってたので、それがなくなったとなると、これは私たちの未来もかなり危うくなるのでは?
「……くそっ、食糧以外に銅貨の1枚でもくれてやるべきだったか」
払いなよ、それくらい。って、そういえば昨日、報酬の発生しない労働なんていらないよね、って生贄に……。

「どうしたもんだろうねー?」
私は悩むふりをしながら空を仰いで、このことは墓場まで持っていこうと秘かに決意した。


(続く)

第3話「騎士がちやほやされるんだから馬の種類は問うまいよな」

第4話「筋肉とかわいいはいつだって大正義」

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RPGでよくある街でただただ次の冒険の準備する場面を書きました。
本当に買い物しただけやんけってなるのもアレなので、ちょっと人間関係や街の仕組みを出したのと、次の展開をちょっとあれこれ加えて~、みたいな感じです。
魔法の鎖はまあもろに神話に出てくるあれですよね。勘のいい人には今後の展開読まれちゃいそうですね。まあいいや。

今回も、RPGっぽく、装備画面的なものを載せておきます。
装備がさらっと変わってるのは、お買い物したからですの。

ヤミー
ウルフヘズナル(サブクラス:???)
新米つぶし  大いなる蹄の蹄鉄をそのまま利用した半月状の打撃武器
グレイプニル 魔法の力が宿った鎖
狼の毛皮   板金と鎖帷子を仕込んだ背面防具
豪傑セット  怪力の指輪10個・剛腕の腕輪2個・剛力の足輪
       豪傑30人分以上の強化

メイジー
狩狼官(サブクラス:なし)
猟犬     訓練された勇敢な犬たち、相手が狼でも立ち向かう
トラバサミ  草むらや枯れ葉の下に設置する罠
グレイプニル 魔法の力が宿った鎖、ヤミーに貸し出し中