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短編小説「ジーマ・豚足・オトガイ結節粉砕骨折」

Hey,Yo! 私、環貫(かんぬき)ミヅキ、高校1年生!
今日は幼馴染の心音(ここね)ちゃんの覆面ラッパーやってるお兄さんが風邪で喉をやられたから、その代役でラップバトルっていうのをしに、渋谷にあるハイパーウルトラちめちゃくちゃガラの悪いクラブ【豚キック】にきてるよ、いぇーい!
以上、あらすじ終わり!


というわけで、私は豚キックに来ている。豚キックは雑居ビルの地下にある店で、駐車場には十字架と頭蓋骨と土管が転がってるし、駐車してある車は多分どれも車検が通らないくらいメタメタに凹んでるし、上半身裸の全身入墨坊主頭が殴り合いのケンカをしてる。わーい、社会不適合者のディ〇ニーランドみたーい。帰りたーい。
中はアル中とヘビースモーカーとラッパーしかいない地獄のような空間で、どう考えても女子高生がいてはいけない場所だけど、しかし私にだって使命がある。使命ってほど大層なもんじゃないけど、幼馴染の頼みごとを断るような子じゃないのだ。
「お嬢ちゃん、ここは君のような小娘の来るところじゃないぜ」
入り口でドレッドヘアーのおじさんが、ベタベタなセリフを言ってくる。知ってる。でも今日は女子高生じゃなくて、覆面ラッパーの中身って設定なのだ。
「ヘイ、ドレッド、私がわかんないの? ラップ狂人卍の中の人だ!」
そう言って、銀行強盗が被るタイプのマスクの赤色を被ると、ドレッドヘアーが映画の中の外国人しかやらないようなオーバーリアクションで驚き、
「マンジ~、お前プリティーJKだったのかよ、騙されたぜ。俺の目も節穴だな」
心音ちゃんのお兄さんは192センチ120キロのゴリゴリビルダー体型だけど、どこをどう間違えたら私(157センチ49キロ)と見分けがつかなくなるんだろう? きっと飲んじゃいけいないほうのアルコールだな!
ちなみに心音ちゃんとお兄さんは、公式ライブ配信で私のバトルを見てくれる予定なので、今日は来てないよ。ちょっと不安、今のところ登場人物全員ガラ悪いし。
控え室まで超ガラの悪いアメリカ軍人みたいな人に案内されて、ネクタイスカート半袖シャツにローファーの制服姿から、勝負服の卍蹴りと書かれた半袖Tシャツとジャージとスニーカーの運動ルックに着替えて、両手に自前のオープンフィンガーグローブを装着する。
「おいおい、マンジ、今日はラップバトルの日だぜ? それともMMAにでも転向したのかい?」
ラップバトル? MMA? この軍人ルックはなに言ってんの?
私が頼まれたのは、代わりに戦え、そして勝て。それだけだよ?
「要するに勝てばいいんでしょ?」
「ドゥーユーノウ、ラップバトル?」
アーハン?

どうやらラップバトルっていうのは、ラップとか言葉を使うバトルらしく、とにかく相手が言い返せなかったり、言葉が出なくなったりしたら勝ち、っていうことらしい。
なるほど、つまり黙らせたらいいわけね。じゃあ、いつも通りじゃん!
「マンジ、理解してくれたかわかんねえけど、とりあえずオープンフィンガーグローブ外そうか?」
「だいじょうぶ? 怪我しないかな?」
「普通にしてたら、するわけないが?」
軍人ルックが豆鉄砲食らった鳩みたいな顔をしてるけど、とりあえず外せと言うので、オープンフィンガーグローブを宙に放り投げ、軽く跳躍してスパァンといい音を立てつつも優しく蹴り飛ばした。


「さあ、今日もワイルドなリリックを聞かせてくれよ! ラップ狂人卍!」
ガラの悪い人たち120%のフロアーを、まっすぐにガラの悪い人たちの肩や頭を踏み越えて、ステージにひらりと降り立つと異常に野太い喚声が沸き上がる。急に現れたジャージの美人女子高生に驚いたり、興奮したり、ガチ恋したり、反応は様々だけど、ギャラリーのリアクションはなかなか悪くないと思う。
ステージの上には司会っぽいサングラスのおじさんと頭がレインボーな長髪のおじいさん、それと対戦相手らしき顎がふたつに割れた若めの男子。完全に舐めた感じで、私を睨んできてる。
「ラップ狂人卍が、実はJKだったとはなあ! おしっこちびって泣くんじゃねえぞ!」
態度だけじゃなくて、心の底から舐めてるみたい。弱い犬ほどよく吠えるって言うけど、そっちこそ後で泣いててもしらないからね!
サングラスのおじさんが私たちにマイクを渡し、バトルの開始を告げる。
「では、先攻DJケツアゴ、後攻ラップ狂人卍、ボディタッチありで3本勝負! レディ、ファイッ!」

DJケツアゴ    VS ラップ狂人卍(偽)
リズム ★★☆☆☆    リズム ★☆☆☆☆
ラップ ★☆☆☆☆    ラップ ☆☆☆☆☆
アゴ  ★★★★☆    可愛さ ★★★★☆

ケツアゴがマイクを握り、リズムに乗って、なんかごちゃごちゃ言い出した。
ダジャレ? ダジャレではない? なんか間の言葉とか語尾をわざとらしく似せてる感じ? とにかく全体的に小難しい喋り方。一言でいうと、なに言ってんだ、こいつ? そんな感じ。 
「小説も読めねえおめーはライトノベル、ビビッてチビって恥かく前にオチビは帰って便所にいってろ、ここは戦場だ」
私の肩をバシッと叩いて、ドヤった顔を見せる。
なるほど、ボディタッチというのはステゴロのことらしい。なんか言いながら攻撃をすればいいわけね。オーケー、だいたいわかった。
「さっきからゴチャゴチャうるせーんだけど、ひとつ言っとくケツアゴヤロー! 心の傷は体の傷より治りにくいから今すぐ謝れ!」
右手のマイクでメッセージを伝えながら、そのまま前転気味に上半身を落とし、左腕で床と自分の体を固定して、腰の位置は元の場所そのままに、跳ね上げた右足で相手の顎を撃ち抜く。ケツアゴの帽子が宙を舞う。下の前歯が何本か飛び散る。
どーだ! これが私の得意技のひとつ、卍蹴りの破壊力だ!
「ちょっと! 暴力は駄目だって!」
慌ててケツアゴの怪我を確認するサングラスが、驚愕とか戦慄とかそんな感情を顔に込めながら注意してくる。
「え? でも相手が言い返せなくなったら勝ちって聞いたよ」
「それは言葉でなんだって」
てへっ、やっちゃった! でもケツアゴは顎の形がブーメランみたいになってるから、たぶん続行不可能だし、私の勝ちってことでいいと思うの。
私とサングラスとおじいさんが、ケツアゴをじーっと見下ろし、
「勝者、ラップ狂人卍! 決まり手、オトガイ結節粉砕骨折!」
おじいさんが私の手を掲げて、第1回戦の勝者を告げた。


ミヅキちゃんと学ぶラップバトルのルール
1.相手が言い返せなくなったり、相手より上手に喋ると勝ちだよ!
2.暴力はダメ! 怪我しない程度のボディタッチはアリだよ!
3.試合後は仲良くね!
ということなんだって。てっきり黙らせればオッケーだと思ってた。
控室で軍人に改めて説明を受けながら、2回戦の準備をする。念入りに拳と足を振り回してシャドーを行い、体が冷えないように気をつける。
「ところでマンジ、さっきの蹴りはマジ卍だったけど、あんなのどこで覚えたんだ?」
「修行した!」
小学1年生の時に上級生の男子にいじめられてから、逆襲するために始めた鬼のような修行を振り返りながら答えた。
ちなみにいじめてきた男子は、手のつけられないヤクザ予備軍になってて、私が10歳の誕生日にあばらを全部叩き折ってからは、毎日おうちで朝から晩まで輪ゴムを引っ張って遊んでるらしいよ。


「2回戦! MC.FuKuMimiVSラップ狂人卍!」
2回戦の相手はベテランのラッパーおじさんで、立派な福耳を持ってるタイプのおじさんだ。私を見て、即座にボディタッチなしと連呼して、純粋に言葉と言葉の勝負に持ち込んできた。
失礼な! 私だってルールをちゃんと教えてもらってたら、蹴ったりしないもん!

MC.FuKuMimi VS ラップ狂人卍(顎砕き5段)
リズム ★★★☆☆      リズム ★☆☆☆☆
ラップ ★★★☆☆      ラップ ☆☆☆☆☆
安定感 ★★★★☆      蹴り技 ★★★★★

先攻は私、つまり作戦はひとつしかない。先手必勝だ!
説明を聞いた感じだとラップバトルというのは、相手に言い換えさせなければいいので、先攻を選べて一撃でノックアウトさせたら絶対に負けないシステムになってる。圧倒的に先攻が有利なのだ。
私はマイクを握りしめて、肺の限界まで大きく深く息を吸い込む。
以前、私を鍛えたシショーが言ってた。
『手足を使えない時は声でパンチするのよ、ミヅキ!』
言い忘れてたけど、シショーは私に鬼のような修行をさせた師匠のことね。環貫3姉妹の長女で、アスリート界では【神様がパラメータ設定ミスったタイプのフィジカルモンスター】って呼ばれてる。首から上はクール系美女、あとはターミネーター。好きな食べ物は家系ラーメン。趣味は素手で猪を狩ること。

「Yo! お前ちょっ

 
パリンパリンパリンと証明カバーやガラスが割れ、スピーカーは一瞬叫ぶように金切り声を上げて沈黙し、フロアー中のガラの悪い全員が意識が飛んだような顔をして、目の前には鼓膜から血を流して泡を吹いて倒れている福耳のおじさん。
シショーの教え通り、肺活量と声量を鍛え続けた結果はこの通り。見事、音のパンチで相手をダウンさせたってわけ。
ちなみにシショーは私のことを【生まれてくる時代と形を間違えたティラノサウルス】って呼んでるよ。シンプル悪口!

しばらくして、ようやく音が聞こえるようになったサングラスが、さっきみたいな驚愕&戦慄フェイスをしてる。
「暴力はダメだって言ったでしょ!」
「今のは大声出しただけだもん!」
そう、声を出しただけ。ルールに則った上で勝ったの。
「勝者、ラップ狂人卍! 決まり手、鼓膜破壊!」
おじいさんが私の腕を掲げて勝利を告げた。
「ジジイ、勝手に決めないで!」
サングラスがおじいさんを掴んで揺さぶってるけど、とにかく私は無事に2回戦も無傷で突破した。


「へい、マンジ。3回戦は因縁の相手だな。でも今日のおめーなら勝てる、そんな気がしてくるぜ」
控室で軍人が話しかけてくる。どうやら3回戦は心音ちゃんのお兄さんの因縁の相手らしい。つまり私にはなんの因縁もない。
因縁もないし恨みもないけど、そういう相手と聞いたからには何がなんでも勝たなきゃいけない。
ペペポポポン、ペペポポポン、スマホが鳴ってる。あ、心音ちゃんだ。
「はいはーい、ミヅキちゃんですよー。試合見てた? どう? つおいでしょ?」
「見てたよー。お兄ちゃんは泡ふいて倒れてるけど、たぶん大丈夫」
本物のラップ狂人卍は、なんでか知らないけど泡ふいてるらしい。風邪、治ってないんじゃない? 配信見てないで寝てたほうがいいよ。
「あとねー、コメント欄、ヤバいよ。あの女子マジなんなんって、みんな大騒ぎだよー」
「ほんと? かわいいって?」
「えっとねー、卍蹴りがキレイすぎる。蹴りの威力やばい。折れた歯の数、上5本、下10本。次はローキックで決めて欲しい。かかと落とし見たい。胴回し回転蹴りやってくれ。おまえのシャイニングウィザードで白飯3杯食べたい」
「蹴りばっかじゃん!」
みんな私のルックスより蹴りに夢中じゃん。どういうこと?


「3回戦! フロアーのみなさん気をつけろ。今夜も規格外のヤバい奴の登場だ! ゴリラは強い、だったらてめーがゴリラになっちまえばいいんだ! 今日も繰り出すパワーライム。Go! リラー!」
心音ちゃんのお兄さんと同じくらいムッキムキなモヒカン激ヤバ全身タトゥー男が、金属バットを折り曲げ、漫画雑誌を引きちぎりながら登場する。へぇ~、結構強そうじゃん。真ん中のお姉ちゃんと同じくらいかな。

Goリラ      VS ラップ狂人卍(美少女音爆弾)
リズム ★★☆☆☆    リズム ★☆☆☆☆
ラップ ★★★★☆    蹴り技 ★★★★★
パワー ★★★★★    声量  ★★★★★★★★

「ねえねえ、私もパフォーマンスやりたい!」
「いいけど」
サングラスがちょっと嫌そうに同意してくれたので、配信用のカメラと一緒に駐車場に出て、転がっている土管の前でゆっくりと息を吐く。スマホのスピーカーをオンにして、マイク繋いで、さあ繰り出す心音ちゃんのフリースタイル。
「見てろお前ら(右刻み突き)驚け人類(左中断突き)これが私の(左鉤突き)マイフレンド・ミヅキ!(右膝蹴り)
いじめっ子に(左前蹴り)勝つため山ごもり(右上段蹴り)修行しすぎて(右下段回し蹴り)勉強は無理(右鉤突き)小2から中3まで不登校(左中段肘打ち)だけど強さは不動明王(右かかと落とし)もびっくりのクマゴロシスタイル(胴回し回転蹴り)そういうスタンス(左中段貫手)
高校はスポーツ推薦(右裏拳)強豪も欲しがる奇跡の人材(右上段鉄槌)
ノートに書いた文字よりも(左下段回し蹴り)折ったあばらの数のが多い(右上段飛び膝蹴り)
感謝の巻藁1万回(右上段肘打ち)時間余って殴る回数増えた(左下段熊手)感謝は拳で(左中段掌底)生き様は野武士で(右前蹴り)
少年漫画みたいな修行(右逆手鉄槌)しとくと現実(右中段肘鉄)ばなれしたパワーを会得(右下段踏み抜き)
かれぴの欲しい16歳(左中段かかと蹴り)倒したクマの数16体(右上段鉄砲)
ヤンキー(左手刀逆水平)ヤクザ(右上段突き上げ)半グレ(左中段突き)軍人クズレ(左回転肘打ち)もう人間じゃ相手にならねえ(右飛び膝蹴り)ミヅキの敵はヒグマ(左膝蹴り)虎(右上段手刀)ゴリラ(左下段鉄槌)
今日はゴリラが会場いんじゃん(両手突き)最上級の技ぶち込めるじゃん!(頭突き)」
土管粉砕成功! 粉々に砕けた土管を前で、目を覆うような横ピースして、もう片方の手は握り拳で前に突き出す。
「土管をドッカン、このパワーあかん、助けておかん、でも可愛過ぎて誠に遺憾!」
「Goリラさん、帰りましたー」
え? 帰った? なんで? おしっこもらした? じゃあ、しゃーねーか。
「勝者、ラップ狂人卍! 決まり手、失禁失神目覚めて退勤!」
おじいさんが私を肩車して勝利を讃える。
「お願いだからラップバトルやってください!」
なんでかわかんないけど、サングラスが半泣きで土下座してた。


改めてミヅキちゃんと学ぶラップバトルのルール
1.使っていいのはラップだけだよ!
2.でも怪我しない程度のボディタッチはアリだよ!
3.110デシベル(自動車のクラクション)以上の音量はダメだよ!
4.お願いだからこれ以上お店を壊さないでね!
ということなんだって。だったら最初から言ってよね!
ペペポポポン、ペペポポポン。ふんがーって憤慨しながら、味がめちゃくちゃ濃いお弁当を食べてると、心音ちゃんからの電話でスマホが鳴る。
「ヘイヘイ、ミヅキー。お兄ちゃんが、ちょっと伝えたいことがあるんだってー」
「はいはーい。本物マンジさん、なんすかー?」
「繝溘ュ繧ュ縺。繧?s縲??シ縺ソ縺後≠繧九?よャ。縺ョ逶ク謇九?菫コ縺ョ諞ァ繧後?繝ゥ繝?ヱ繝シ縺ェ繧薙□縲りイ?縺代※繧ゅ>縺??ゆソコ縺ョ鬘斐↓豕・繧貞。励▲縺ヲ繧ゅ>縺??ゅΛ繝??縺ァ蜍晁イ?縺励※縺上l縲」
(※ミヅキちゃん、頼みがある。次の相手は俺の憧れのラッパーなんだ。負けてもいい。俺の顔に泥を塗ってもいい。ラップで勝負してくれ
なるほど、喉ガッラガラでまったくわかんない。
でもきっと、頑張れ、必ず勝て、結婚を前提に付き合ってくれ、って言ってると思う。気持ちはありがたいけど、ちょっと筋線維太すぎるからお断りします!
「気持ちは受け取れないけど、相手の首、引っこ抜いて戻るから!」
こうして私は、意気揚々と最後の試合に臨んだのだ。


フロアー中に響き渡る大歓声をかき分けて、ステージにふわりと降り立つと、そこには逆ケンタウロスともいうべき、異常に毛量の多い髪を馬の頭のように固めて、あごひげを胸元まで伸ばした、全裸に赤ふんどしの森の住民スタイルな男が待ち構えていた。
「誰っすか?」
「誰ってメメント・モリだよ。ラッパー界隈ではアメリカ大統領よりも有名だぜ」
まったく知らない。アメリカ大統領も知らないけど。
「ラップ狂人卍、まずは3連勝おめでとう。しかし、今日のお前からはラッパーの魂を感じない。というより、今日1回もラップをやってない。さてはお前、偽物だな」
3回戦までの反応のよさのあまり急遽ステージ上に設置されたモニターでは、ナンダッテー!? ソンナバカナー! ウソダァー! と配信を見ているリスナーのコメントが次々と流れている。
私はそっと銀行強盗が被るタイプのマスクの赤色を被ると、モニターを、ホンモノジャネーカ! フザケテンノカ! 森に帰れ馬男! といったコメントたちが流れていく。
「え? 本物なのか?」
偽物であってます。間違ってるのはあなた以外全員です。
だけど、ここまで来て偽物ですなんて言えないので、堂々と胸を張って本物アピールをしておく。
「本物だ!」
ホラナー! ミテワカンダロ! ナメテンノカ! モニター黙ってて、超うるさい。
「そんなことより、さっさと勝負しようよ。さっきのお弁当、ちょっと物足りなかったんだよね」
「よかろう。本物のラッパーの強さ、お見せしよう」

メメント・モリ   VS ラップ狂人卍(土管クラッシャー)
リズム ★★★★☆    蹴り技 ★★★★★
ラップ ★★★★★    声量  ★★★★★★★★
勝率  ★★★★★    パワー ★★★★★★★★★★★★★★★

「先攻はメメント・モリ。ボディタッチなし、8小節3本勝負! レディ、ファイッ!」
メメントがマイクをゆっくりと顎の前に近づけ、
「まず最初に言っておく。俺に勝てると思わない方がいい。ラッパーも俺のレベルになると、言葉を交わさなくても勝敗が決まる。お前は格闘技をやってるからわかるだろう。真の達人は寸止めでも勝敗がつくように、真のラッパーは相手をディスる必要すらないのだ」
なんかすごいそれっぽい、説得力があるんだかないんだかな御託を並べてる。
「だから、俺には3本勝負は不要。すべての勝負は俺のターンで決まる」
え? そうなの? って顔をサングラスに向けると、
「メメント・モリがバトった時は、相手がラッパーとしての格の違いを思い知らされて体調を崩したり、言葉が出なくくなって負けてる! 果たして、今回もそうなるのか!? では、改めてレディ、ファイッ!」
メメントが静かに息を吐き、マイクをゆっくりと口の前に運び、
「出でよ蟲よ、九匹の仔虫たちよ、骨髄から骨へ、骨から肉へと、肉から皮へ、皮からこの矢へと」
なんか気持ち悪い呪文を呟き始めた。うわーん、虫とか嫌い。単語だけで、もうやだー。
「どうだ、頭が重く気分が悪くなったんじゃないか? 無理せず倒れても構わないが?」
全然そんなことないよ。むしろ体調は絶好調だけど?
「無理することはないぞ。立っているのもやっとのはずだ」
「あのさあ」
「平気な顔をしているが、今にも気を失うほどキツイはずだ。どうだ?」
「もしかしてお前、毒盛った?」
メメントがゆっくりと目を逸らす。 メメント・モリのモリって、薬を盛るの盛りだったみたい。
ちなみに私に毒は効かない。シショーに毒キノコを食べさせられ続けた結果、毒を含む部分だけ口の中で集めて、ぺぇーって吐き出すことが出来るようになったから。
「え? ほんとに効いてない? なぜに?」
メメントの両目が、動揺し過ぎて、風に吹かれたタオルぐらい揺れてる。
このまま殴り倒してもいいと思うけど、今日はラップバトルの日なので、純粋にラップの技で地獄に落とそう。
ジャージの腰のところに仕込んでおいたサランラップを取り出し、指でつまんでビィーっと広げて、足から腰、腰から肩、肩から腕の順に連動させて、腕力と脚力と勢いと、あと怒りと情熱とラップ魂を乗せて、メメントの顔面めがけて放り投げる。
ラップはビシャァと、鞭で打ったような音を立ててメメントの顔面を捉え、その勢いのまま顔の皮膚を引っ張り、ぐるりと何回転もして、獲物をしとめる蛇のように巻きつく。
「これがラッパーの戦い方だ!」
「違うから! なにやってんの!?」
サングラスが間髪入れずに叫ぶ中、メメントはラップと巻き込んだ髪の毛で顔の厚みが2倍ほどに膨れ上がり、バタバタと手足を動かして、やがてピタリと動きを止めた。
「勝者、ラップ狂人卍! 決まり手、ラップによる窒息!」
おじいさんとお客さんたちが、輪になって胴上げをしながらバンザーイと連呼している。

こうしてラップ狂人卍こと心音ちゃんのお兄さん、の代わりに出場した私は、ラップ界の頂点に君臨したのだった。


Hey,Yo! 私、環貫ミヅキ、高校1年生!
この間の一件で世間に強さを気付かれちゃって、ラップバトルの前に【ミヅキちゃんのパンチ・ウィズ・16オンス~倒れなかったら本日無料~】ってショーをやったり、ケンカが始まったら取り押さえたり、いまいち盛り上がらなかったらコンクリブロックを叩き割ったり、そんなゴリラがやりそうなバイトをするため、今日もバッドな奴らの集会所【豚キック】にきてるよ、いぇーい! 帰りたーい! 制服のかわいいカフェでバイトしたーい!
以上、今からバイトに出勤! その場の空気でへし折る鉄筋! でも働くの嫌いだからファッキン!

ちなみに心音ちゃんのお兄さんは思うところあってラッパーは引退して、今は池袋少年合唱団でバックコーラスをしていまーす。


(おしまい)

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短編書きました!
ラッパーはラップの解釈違いに厳しいので、以前クラブをクラブハウスって表記した漫画家さんが怒られてましたが、今回のお話がラッパーに見つかったらどうしようとか思ってます。
でも、ラップを馬鹿にはしてない! 断じて! その辺はなんか感じて!