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「連続小説」それいけ!!モグリール治療院①~輸送隊は武器いっぱいあるから本気出せば強い~

子どもの頃、誰もが一度は夢を見る。
巨大な獣が跋扈する迷宮を探検したい、古代文明の遺産を見つけたい、人類の踏み込んでいない未開の大地を歩きたい、黄金よりも価値のある財宝を手に入れたい、魔法のような武器や防具を発見したい、半人半獣の亜人の軍勢を追い払って人類の救世主となりたい、新しい大地に自分の国を興したい、やがて世界の果てまで届くほどに名声を高めたい。
この世界に生まれたら、男でも女でも誰もが一度は冒険者を夢見て、少なくない人数が冒険者としての歩みを踏み出す。
初めて迷宮に挑むひよっ子たちは、誰もが初めての冒険にしてはよくやったと褒めてもらえるような成果を持ち帰って、冒険者ギルドや街のみんなから祝福されると信じて疑わない。
自分が命を落とすと思って冒険に出るような人はいないのだ。

王都の東に広がる紅玉の大密林。
まるでルビーのように赤く輝く樹木で覆い尽くされた、大陸で最も美しく、人間の国と隣接しているだけあって、構造もかなりの部分が判明し、危険も少ないとされる初心者向けの自然の迷宮。
人類踏破率75%、生還率80%、森の奥まで砦や野営地が築かれ、巨大な獣との遭遇率も高くない。ここで冒険に慣れて修行を積んだ者が、さらに遠く奥地への探索に挑む。
彼らも、当たり前に自分たちもその道を歩む、そう思っていたらしい。


初めての迷宮に挑んだ冒険者パーティー「ハンシースロース」のリーダー、マーク・スティレット君、18歳。
故郷の村では、大人でも敵う人がいない程度には剣が使えて、選んだ職業は当然剣士。わかるよー、剣士は冒険者の中でも花形だもんね。剣士、騎士、魔法使い、僧侶、あとは弓使いとか?
当たり前だけど、みんな名前を聞いただけでピンときて、かっこよくてそれっぽい職業を選ぶ。冒険者の9割はそう。
いきなり筏屋とか炭焼き職人を選ぶような人は、かなりレアだと思う。
そして冒険者っぽい職業ランキング上位の剣士のマーク君は、多くの冒険者が通ってきたように、紅玉の大密林を最初の冒険の地と決めて、彼と同じように野心と自信に目を輝かせた初心者たちを集めて、今日という記念すべき最初の冒険に心を躍らせたというわけ。
はい、残念でしたー。


あ、申し遅れました! 私はヤミーちゃん。冒険者ランクとしては黒鉄。
冒険者ランクは首や腰に提げる鑑札の素材で決まるんだけど、黒鉄はだいたい真ん中、簡単にいうと一人前。初心者の木板、駆け出しの青銅、その次が黒鉄。
そう聞くと雑魚冒険者じゃん、とか思われそうだけど、冒険者の大半は黒鉄か青銅で、熟練者の白銀なんてほんの一握り。
黄金の鑑札ぶら提げた人なんて滅多にお目にかかれないし、最上級の白金なんて、まだいないんじゃないかな。

さて、そういうわけで黒鉄冒険者のヤミーちゃんと愉快な仲間たちは、紅玉の大密林に挑んだ初心者冒険者くんたちが困ってないか様子見に来ました、ってことなのです。
優しいでしょう、そうでしょう。そうなのです、私は優しさ溢れる冒険者。
もしまだ息があったら街に連れ帰ってあげる優しさがあるし、もし死んでたとしても遺品くらいは親元に届けてあげるわけ。
たまに仲間撃ちと呼ばれるような、初心者や駆け出しをあえて狙って、身包み剥ぎ取って死体はその辺にポイ、なんて連中と比べたら、月とスッポン、黄金とうんこ、あとはそうだなー、女神と悪女、そんな感じ?

「ヤミーちゃん、周囲の警戒よろしくね」
おう、任されたとも!
パーティーのメンバーにはそれぞれ役割がある。周りに危険がないか調べる人とか、植物や鉱物を集める人とか、荷物持ちとか、地図作成とか、戦闘とか。
例えば先頭を歩く全身乾いた泥まみれの姿で、顔の下半分を布で覆い隠し、上半分を分厚いガラスで出来た保護具で覆っているヤーブロッコは、いわゆる探索担当。先頭を歩きながら罠から鉱石から、他の冒険者の落とし物から、なんでも手堅く見つけてくれる。
正直言って汚らしいし、街で出会ったら皆から目を背けるような姿だけど、迷宮探索には彼は欠かせない。戦闘はイマイチだけど、発見力はそんじょそこらの黒鉄ランクでは相手にもならない。
ちなみに私は警戒担当、もちろん他のメンバーもぼーっと歩いてるだけじゃないので、周囲の警戒は欠かさないけど、私は特に目と鼻が利くのだ。それこそ目は猛禽並み、鼻は犬並みに。

「どうやら初心者が陥りやすい罠にかかったみたいですねー」
ヤーブロッコが、密林の奥にあるなにかを発見したらしい。
さて、ここで問題。初心者向けと呼ばれる迷宮で、数々の冒険者によって踏み固められた地面が続いていて、目印をつければ迷わない程度には開けていて、ちょっと緊張する程度には毒のある植物や虫がいて、そんなところを1時間ほど歩いて、疲れが溜まってきた頃に、目と鼻の先に広くて見晴らしもよくて日当たり抜群な草原があったら、そこは休憩ポイントでしょうか? それとも罠でしょうか?

当然、答えは罠――

張り詰めていた緊張感が緩んで安心したところを、大型の獣が出てきてドカーン。そうじゃなくても、森に戻った途端に警戒する間もなく殺傷力の高い原生物がバァーン。そんな感じ。
草原のあちこちに、人間の頭よりも大きい足跡が点在している。足跡の形からして蹄、推定サイズは樹齢数百年を超えるような巨木かそれ以上。
そんな巨大な獣に襲撃されたら、まあ普通に成す術もなく一網打尽だよね。
実際、草原のあちこちに鞘とか帽子とか、鞄とか、千切れた手足とか散乱してる。おそらく彼らは、草原の真ん中でテントを張って、一休みしようと腰を下ろしたところを襲撃された。
咄嗟に武器を構えて、これまで繰り返し練習してきた防御陣形を取って、人間や、もしかしたらゴブリンとかオークとかの亜人を相手に振るってきた自慢の剣の技で斬りかかったり、野犬程度には通用する魔法を撃ち込んでみたり、もしかしたら前衛が崩れたくらいで無理だと悟って、泣き叫びながら逃げたりしたんじゃないかな。
そして、そのまま密林の奥深くまで、どこをどう走ったのか認識できないまま、自分たちの位置を見失った。ひょっとしたら偶然にも、相手の体のなにか引っかかりやすい部分に絡んで、そのまま途中で投げ出されてしまったのかもしれない。
散らばった荷物を回収しながら、密林の更に奥へと進んでいく私たちの耳に、男の子のものっぽい悲痛な叫び声が届いた。


「モグさん、こっちにいましたよー」
ヤーブロッコが見つけたのは、なかなかに無残な姿になった若い剣士だった。金属製の鎧に、手に握られている根元から折れた柄の長い剣、そして兜はつけていない。よくいる手合い。
顔を覚えてもらいたいから兜を付けないし、派手な一撃を繰り出したいから体格に合ってない長くて重たい剣を振り回す。頑丈な鎧を着ているから盾がなくても大丈夫、これも大間違いだし、そもそも密林を走って逃げるには、この鎧は彼には重過ぎる。
その結果が、これってわけ。
へし折れた腕に、ぐしゃぐしゃに潰れた指、骨も見えるくらい肉の削がれた脚。でも不幸中の幸い、頭には大きな外傷はなく、腹に穴が開いている、なんてこともない。死なない程度に痛い目に遭いました、そんなところ。
潰れた指には赤く光る指輪が嵌められている。彼は運がいい、嵌めた者の体力と回復力を高めてくれる生命の指輪。きっと道具屋のおじさんに、初心者ならこれを付けとけ、って売りつけられたんだ。体力ではなく攻撃力を高める指輪だったら、今頃は手足が散らばってたかもしれない。
うん、実に運がいい。運の良さは冒険者の立派な資質だよ。手足はもうダメっぽいけどね!

「あー、君。まだ生きてる? あ、喋らなくていいよ。言葉がわかるならゆっくり瞬きして。オッケー、まだ生きてるね」
ヤーブロッコが、おそらくマーク・スティレット君だと思われる若い剣士に話しかける。
その後ろから、やたらと背が高く、皮をなめしたマントを羽織った男が覗き込む。背中に身長ほどもある道具箱を背負い、両肩にも複数の箱が連なった荷物を担ぎ、無精髭を生やした面長の顔には、笑っているのか興味もないのか判別できない感情をどこかに落っことしたような眼が一対。
さらにその後ろには2台の板金を打ちつけた木箱に車輪をくっつけた荷車と、それを運ぶ皮鎧にマント姿の覆面で顔を隠した人足たち。
きっとマーク君には、さぞかし奇妙なものに見えてるに違いない。
そう、彼こそが私たちのリーダー、モグリールと彼が率いている輸送隊のみなさん。
それともうひとり、嘴を模した仮面をつけたクアック・サルバーってのと、あと私ことヤミーちゃんでモグリール治療院。

「モグさん、彼、まだ生きてますね。町まで運びますか? それともここで処置しますか?」
「とりあえず応急処置だけして、あと鎮痛剤打っておこうか」
モグリールが荷車から紐を取り出して、マーク君の右足太ももと左足の膝下を強く縛り、腕に添え木を当てて包帯を巻く。
ちなみに名前の通り、モグリールは医術の心得があるので、応急処置も手慣れたもの。素早く頭や首、鎧の中の状態を確認し、植物から精製した鎮痛剤を打ち込む。
「詳しい話は帰りながら、ゆっくりしようじゃないか、新米冒険者君。警戒態勢で街まで帰還するぞ」
「うぃー」
荷車を引く人足たちが小さく返事をしながら、マーク君を荷車の上に乗せる。荷物も運ぶし、怪我人も運ぶ。それが輸送隊の優れた点だ。
もちろんそれだけじゃないけど、全部喋っちゃうと面白みに欠けるので秘密だよー。


怪我人を乗せた荷車がガタゴトと進む。
空を覆う葉っぱが赤黒い暗さから眩い輝きに近づいていく。きっと荷台のマーク君も、街が近づいてることで安堵しているだろう。多少揺れが怪我に響くかもしれないけど、私たちは快適な旅行を提供しているわけじゃないから、あんまり贅沢を言われても困る。それでもさっきの状況と比べたら、こんな寝心地でも宿屋のベッドくらい安心かもしれないよ。
「泥だらけの男に……箱男と……嘴と……犬? 狼?」
どうやら鎮痛剤が効いてきて、喋れる程度には意識が回復してきたらしい。視界に捉えたヤーブロッコとモグリール、クアック・サルバー、それに後ろを見張っている私を言葉にして確認してる。
どうやら頭は問題ないっぽい。ちゃんと言葉にして確認するの大事。頭がやられてたら、これが出来なくなるから、そうなると連れて帰るまでの時間制限がなかなか厳しくなる。
でも大丈夫。彼の認識通り、ヤーブロッコは先頭で泥や水の流れに鍬を刺し込んで掬いながら歩いているし、獣の糞を見つけたら行き先を変えるよう合図を出したり、たまになにか見つけては荷車に積み込んでる。
クアック・サルバーは地図を見ながら歩いている方向と景色を見比べて、正しい方向に誘導してるし、私はもう1台の荷車の上に座って後方への警戒を怠らない。

「あの、俺の仲間たちは?」
「気になるかい? まあ、運が良ければ生きてるかもしれないし、運が悪ければ死んでるだろうね。しかし君は運がいい」
マーク君を乗せた荷車の真横を歩くモグリールが、彼の怪我や具合を確認しながら答える。細かい反応を見て、足の位置を少しずらしてあげたり、水を飲ませてあげたり、物の言い方は棘があるけど、やってることは献身そのもの。まあ、今のところはなんだけどね。
「運がいい? 最悪ですよ。最初の冒険で、いるはずのない巨獣に襲われて、全身も痛いし、怪我だってちゃんと治るかどうか」
ちなみに首から下は、毛布を掛けて隠してあげてる。怪我の具合を認識されて、パニックになられても困る、というのがモグリールの経験と知識による判断。急に叫び声を出されて、肉食獣とか原生物が集まってきても困るし、その判断は正しいと思う。
「だって、そうでしょう。人類踏破率75%、生還率80%、巨獣との遭遇率も低い。そんな場所でこんな目に遭うなんて」
思ったより元気なマーク君を観察しながら、モグリールが理解しがたい阿呆を眺めるような目をしている。そっかー、さすが初心者。文字通りに迷宮を認識してたわけだ。
ところで私たちは、それこそ年齢も役割もバラバラだけど、共通して嫌いなものがある。ぬるいビールと度し難い阿呆だ。

「やはり君は運がいい。75%しか人間が踏み込めていなくて、10人に8人しか帰って来れない、巨獣と遭遇しても別段不思議でもない場所を、安心安全なピクニック気分で歩けると勘違いして、命を落とさず済んだわけだ。
今回の冒険が無傷で済んでいたら、きっと君はこう思っただろう。あの密林は大したことなかった。今の自分たちでも、もっと奥に挑めるに違いない。酒場で酔っぱらって吹聴して、迷宮のいろはも知らない初心者が群れを成して突っ込み、数日後には雁首並べて獣の餌にでもなったかもしれない。実に運がいい。女神の祝福でも受けてるのかもしれない、後でどうやったら幸運が授かるか教えてもらおうか」
嫌みたっぷりに捲し立てて、肩を震わせて笑っている。しかも活き活きと楽しそうに。
「ところで君、目の前に5つ、料理の入った皿が並んでいるとして、迷わずに喰らいつけるかい? 生還率80%っていうのは、そういうことだ。5分の1は必ず死ぬ。果たしてそれが安全と言えるだろうか?」
「モグさん、相変わらず性格悪いですよ。っと、これ、君のお仲間?」
道から少し外れた繁みに転がる物体を鍬で持ち上げる。魔法使いが好んで使う黒いローブに、だらりとぶら下がった紐付きの木板の鑑札。そしてボトボトと落ちる血と臓物。
マーク君が両目を強く瞑り、顔を背けている。どうやら仲間で間違いないみたい。それにしても可哀相な姿になって。魔法なんて誰でも使えるわけじゃないから、貴重といえば貴重な人材なのに。
「装備は剥ぎ取って、鑑札は回収して、ヤミーちゃん、ちょっと血まみれの服乗せるけど噛みつかないでね」
荷車にローブと木札が投げ込まれる。飛び散る血が掛かったので、ブルブルと身を振るわせて弾き飛ばす。裸の元魔法使いを繁みに投げ込み、上から強烈な甘ったるい匂いのする液体を振りかける。
この液体はモグリールが毒性の強い茸から抽出した毒を水に溶かして、砂糖や香料を混ぜ込ませたもので、これを人間の遺体に掛けておくことで、人間は死んでも手痛い反撃をしてくるんだぞ覚えておけよ畜生共、と学んでもらう。すると、罠に引っかかった獣たちは人間の遺体にも警戒してくれるようになり、私たちも装備の回収が楽になる、というわけなのだ。
仮にも仲間の遺体を利用するわけだからと、モグリールが説明してあげると、それを聞いたマーク君がようやく私たちが誰なのかに気づいたらしい。
冒険者の装備を剥がし持ち帰る集団、そんな姿勢が生理的に嫌悪されるのか、私たちは冒険者の中で一等悪名高いのだ。


モグリール治療院。別名、スカベンジャー部隊。
「どんな場所にも駆け付けるし、どんな場所でも助けに来ることで知られている、といえば聞こえがいいが、少なくとも自分の知る限りでは、死体からでも平気で剥ぎ取る、血と泥を漁って冒険者の遺品を回収する、助けた相手に高額の治療費を請求する、人間性をどぶに捨てた手段で名を上げる、悪評を並べたらキリがないような冒険者の風上に置けない卑怯な連中だ。
隊長のモグリールは特に卑劣で、元々は医者だったのに、人命よりも報酬を優先すると有名だし、助手のヤーブロッコは普段から街のどぶさらいを生業とする嫌われ者だ。仲間はさらに質が悪い。この街のギルドで最も嫌われている冒険者を選ぶとすれば、優勝候補間違いなしだ」
というのは、酒場で駆け出し冒険者にあれこれと上から目線で教えて回る黒鉄ランクの城塞騎士、鋼鉄のムルス・ダキクス、その人の台詞。
こいつも結構嫌われてて、冒険者の間では浅い階層で雑魚狩りをしてるだけの臆病者、だなんて呼ばれている。ちなみに街の治安を守るのにかなり貢献しているのだけど、私たちを悪く言うからこいつ嫌い。今度街の外で会ったら噛みついてやるんだから。


「まさか、あのモグリール治療院」
その通り、私たちが悪名高いモグリール治療院。そして認識されたからには遠慮は要らない。これまで以上に素早く、効率よく、泥や川を漁って、マーク君の仲間全員分に他の新米冒険者のおまけも付けて遺体を発見し、装備を剥ぎ取り、罠を仕掛け、ついで貴重な薬草や鉱石を拾い集めて、荷車を満杯にしていった。
密林の獣道をゆっくりと進み、ようやく日当たりのいい草原までの帰還を果たすと、揺られているだけでも体力が減るからか、傷が本人に耐えがたいくらいに深いのか、荷台の上のマーク君が、頭上に開けた空を見上げながら、唇をぎゅっと噛みしめている。
「モグリール」
地図を折り畳んだクアック・サルバーが、嘴状の仮面の中からくぐもった声を発する。クアック・サルバーが外で喋ることは滅多にない。そもそも迷宮はべらべら喋りながら歩くような場所でもないから、口数が少なくなるのは普通のことだけど。
「マーク・スティレットはここで罠に掛けられて壊滅した。仮に奴が複数の餌場を利用する効率重視の狩りをするとしたら、そろそろ戻ってくる可能性がある」
「そうだろうな。ヤミーちゃん、そろそろ出番かもしれないよ」
あいあい、任された! それに私の鼻にもしっかりと、血の臭いをたっぷり沁み込ませた野生のにおいが届いてる。

私たちがいる密林の陰、そこから草原を挟んで反対側、そこに威圧感と絶望を混ぜた独特の気配をまとった、仰々しい力強く太く暴力的な角を生やした巨大な鹿とも牛ともわからない獣の姿が見える。
大いなる蹄。
人間が到達している範囲での迷宮四大巨獣の一体に位置し、本来であれば紅玉の大森林を抜けた先にある古代の遺跡、それよりも更に奥深くをねぐらにして、血気に逸る冒険者たちの行く手を阻むように闊歩する怪物。駆け出しの連中は、こんなところにいるのがおかしい、と毒づくかもしれない。
でも、いつでもどこでも自由に歩き回れる、それが強者の特権なのだ。人間だって実力と経験があれば、自分の意思で遥か遠くにでも、どんなに危険な場所にでも潜り込める。その大原則は種族が変わっても同じなのだ。
そして人間同士であれ、獣同士であれ、人間と怪物であっても、相対してしまったら戦うしかないのだ。そして当たり前だけど、勝ったほうが強いのだ。
「さて、新米冒険者君、ちょっと痛いが降ろすぞ」
モグリールが荷台に乗せたマーク君を地面に放り出した瞬間、私が荷車の端から飛び降りた瞬間、大いなる蹄が雄叫びのように力強くいなないて、蹄で大きく地面を蹴って、草原を一直線に進んでくる。そしてあと数秒、といったところで人足たちが荷車の側面が開き、中からレバー式の機械弓を並べた覆面たちが一斉に矢を放つ。横一線に放たれる横殴りの矢の雨だ。

冒険者の生還率がなぜ低いのか。徹底的に技と体を鍛えた者であっても命を落とすのか。迷宮に挑む冒険者ギルドからしたら永遠の課題。でも原因は幾つかわかっている。そこにひとつの答えを導き出したのがモグリールだ。
火力の増強と人件費の削減。荷車の中にありったけの機械弓を仕込み、タダ同然で働く訳ありの人足たちを潜ませて撃つ。点ではなく面で制圧する火力があれば、例えば岩石よりも屈強とか、そんな相手じゃなければ優位に立てる。
そして動きの遅い荷車に近づかせないための、怪物の足止めのできる前衛。何発か撃って当たっても構わない強い前衛。
この2つを用いた輸送隊戦術は、非人道的だとか、冒険者の風上にも置けないとか、名誉をゴミ箱に捨てたとか、そんな蔑み方をされるけど、冒険者ギルドの偉い人も無視できない存在になりつつある。

そしてその強い強い前衛が、この私、ヤミーちゃんなのだ!
マーク君も身に付けていたけど、迷宮で手に入れた鉱石の中には加工すれば筋力や体力を増やしてくれるものがあり、そんな特殊な石を加工した指輪や腕輪が見つかることがある。
地道に迷宮で素材を掘り、命を落とした冒険者の遺品を漁って、集めに集めた筋力強化の道具が多数。それが私の武器なのだ。
避けようのない矢で射られて怯んだ獣に飛び掛かり、荷車に積んである屈強な戦士の腕のように太い棒状の鉄の塊でぶん殴る。
デカくて硬くて強い鉄の塊、凹んでも歪んでも問題ない、ただただ力任せに殴るための武器。
「あの狼、人間だったのか……」
「ヤミーちゃんはウルフヘズナル、北の方からやってきた戦士だよ。狂戦士とかバーサーカーって言えばわかりやすいかな。あの子の村では、ひとりで狼の群れの頭目をナイフ1本で狩って、その毛皮を被った者だけが初めて外の世界に出れる。つまりあの子は、素で狼の群れよりも強いわけだ。そこに怪力の指輪10個に剛腕の腕輪2個、剛力の足輪2個。単純計算で豪傑30人分以上の力を、あの子に上乗せした。苦労して集めた甲斐があるよ、獣の肥溜めまで漁ったんだから」
ヤーブロッコが鼻をつまむ仕草をしながら説明してるのを背に、大いなる蹄の頭を何度も叩きながら、そこに更なる大量の矢が暴風雨のように降り注ぐ。
機械弓では私の毛皮に仕込んだ板金と編み込んだ鎖の二重装甲は貫けない。痛いけど。
つまり、私が足止めしながら殴っている間、輸送隊は一方的に矢を撃ち放題なのだ! 痛いけども!
おおよそ冒険者らしくない、名誉を重んじる常識人なら選ばない戦い方だけど、こうして巨大な獣だって討伐することが出来る。
「うおー!」
倒れた獣の頭を踏みつけて、角を根元から引き抜いて絶命させて、私は勝ちどきの声を叫んだのだ。

これでまたモグリール治療院は、迷宮の安全に寄与したと褒められ、卑怯な手段で獲物を掻っ攫ったと蔑まれ、またひとつ名を上げることになる。
私もそろそろ白銀ランクに上がってもいいと思うけど、その辺どうなんでしょうか、冒険ギルドのえらい人たち!


大いなる蹄の角を2本、人間の胴くらいある巨大な蹄を4つ。さらに毛皮と骨を鍛冶屋に納品する。
迷宮で手に入れた素材は、コレクションで手元に残してもいいけど、基本的には冒険者ギルドを通じて鍛冶屋に納品する決まりになってる。面白い加工の仕方や武器のアイデアを思いつけば、また新たな強い武器が作られるし、強ければ白銀ランクの熟練冒険者が金貨を袋いっぱいに詰めて買いに来ることになる。
そして貴重な素材で入手難易度が高くなれば、手に入れた冒険者の名誉を讃える報酬として、素材1種類につき一振りまでなら無料で、なるべく望み通りの形に加工してもらえるのだから、狩った者の特典はかなり大きい。
もちろん金に換えてしまう、という選択肢もあるので、そっちはそっちでおいしいんだけどね。
「やあ、ヤミーちゃん。納品は無事に終わったかい?」
ほくほくしながら宿に戻る私の目の前に、なめし皮のマントも大きな道具箱も持たない普段着姿の、要するにそこら辺のくたびれたおじさん姿のモグリールが顔を見せてくる。
まったく気合いが入ってないな、私なんていつでも狼の毛皮被ってるのに。
「そういえば、あいつどうなったの? マーク・スティレット君」
「もちろん治療したよ、こう見えて元医者だからね。それに冒険者ギルドから報酬も出るからね」
そう言って銅貨の詰まった袋を見せてくる。ちなみに負傷した冒険者の救出には報酬が支払われる。なかなか一人前まで育たない冒険者の育成のため、ということらしいけど、割に合ってるかはわからない。
どっちかというと冒険者との信頼作りのため、助けも出さないようなギルドは正直に情報や成果を報告してもらえないから、ってクアック・サルバーが前に言ってた気がする。
「あれ? でも私たちが紅玉の大密林に行った時って、まだあいつらが行方不明になったって報告出てないよね」
「そうだよ。丁度入れ違いになる形で、先手を打って探しに行ったわけ。見た感じ大怪我するか死ぬかって様子だったし、ギルドの依頼が出るの待ってたら先を越されるだろう」

モグリールが言うには、こういうことらしい。
街中で見かけた新米冒険者パーティーを尾行して、彼らが迷宮に挑んだのを確認して、ほどよい時間に冒険者ギルドに届くように匿名の行方不明者捜索希望の手紙を出し、他の冒険者が動き出す前にマーク・スティレット君を保護し、書類を偽造してギルドから引き受けたことにして、負傷者と遺体から回収した木板の鑑札という成果物と共にギルドに提出する。

「毎度毎度よくばれないよね」
「そこはほら、奴の腕が信頼に足るってことだよ」
クアック・サルバーは、冒険者だけど偽造師としての一面も持ってる。モグリール治療院の悪名を悪名足らしめてるのは、間違いなくそういうところだし、逆に迅速な冒険者の救助を可能にしてるのも、またそういうところなので、冒険者ギルドも頭が痛いだろうなって思う。
要するにこっちは足元見てるし、向こうも利用してる。
ちなみにクアック・サルバーは、クアックでもサルバーでもいまいち名前らしくないから、略さずにそう呼んでる。
「それで、マーク・スティレットだけど、そろそろ目を覚ます頃なんだ。大事な大事な治療費の話をしなければ、だ」
そう言って、にやりと悪意のこもった笑みを浮かべている。この悪徳医者め、これ以上怨まれても知らないよ。


「さて、そういうわけでマーク・スティレット。無事街まで帰還した君に、告げなければいけないことが2つある。まず君の怪我だが、はっきり言って足は無理だ。だから切っておいた。腕のほうは物を掴むくらいなら出来るようになるだろう。
治療費だけど、君たちの装備や持ち物をすべて換金しても足りない。そこでだ、こういうのはどうだろう? 輸送隊の人足として君を雇おう。冒険者と一緒に迷宮に挑める特典付き、もちろん成果に対しては報酬を払おう。といっても借金がなくなるまでは、最低限の食事くらいしか用意できないがね」

そう告げられたらしい命拾いした若い剣士は、明日にでも首を吊りかねないくらい絶望して、でも数日後には人足のひとりとして、義足をはめて立ち上がることになるのだ。
なんでそんなこと言えるかって?

だってモグリールが率いる輸送隊は、全員そんな感じで集められた元冒険者たちだから。


(続く)

第2話「お酒と聖水は誰しもが平等に買えるべきだ」

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正統派より邪道が好きだし、RPGとかでも変なパーティーを組んだりします。もちろんRPGはちゃんとゲームとして成立してるので、そんなに変な職業はないけど、変な連中ばっかりだったら面白いだろうなあって考えたりします。
そんなわけで輸送隊です。某炎の紋章の輸送隊とか、某王様に小銭渡されて魔王に挑むやつの袋とか、どう考えてもあり得ないほどのアイテムや装備が入るわけですが、これを武力に転用したら実質戦車だよね、って前々から思っていたので、ちょっと形にしてみたです。
ちなみに硬い相手には火矢とか毒矢とか爆薬とか使います。

せっかくなのでRPGっぽく、装備画面的なものを載せておきます。
???な部分を次回以降でちょっとずつ明かしていけたり、装備をグレードアップさせたり出来たらいいなあ、とか思ったりします。
でもちゃんと出番あるかなあ。

モグリール
輸送隊指揮官(サブクラス:医師)
輸送隊   大量の機械弓で面制圧が出来る
医療キット 簡易的な医療キット
大型道具箱 ???
連装道具箱 ???

ヤミー
ウルフヘズナル(サブクラス:???)
鉄塊    鉄の塊、太くて頑丈なのでそのまま力任せに殴れる
????  新しく手に入れた武器
狼の毛皮  板金と鎖帷子を仕込んだ背面防具
豪傑セット 怪力の指輪10個・剛腕の腕輪2個・剛力の足輪
      豪傑30人分以上の強化

ヤーブロッコ
どぶさらい(サブクラス:???)
四突万能  歯が4つに分かれた大型のクワ、側溝や泥をさらうのに便利
????  新しく手に入れた武器
顔面保護具 ガラス製のゴーグル+顔の下半分を覆う布
      臭いに強い耐性がある

クアック・サルバー
偽造師(サブクラス:???)
????   武器、今回は出てきてない
偽造書類   本物と見間違うレベルの偽造書類
ペストマスク 嘴状の仮面、毒耐性+臭い耐性

マーク・スティレット
剣士→荷車押し(サブクラス:なし)
ツヴァイハンダー 大振りの両手で扱う剣、それなりの体格がないと辛い
         根元から折れた
プレートアーマー 金属製の頑丈な鎧、大柄な前衛職なら悪くない装備
         壊れたので鉄くず屋に売った
生命の指輪    生命力を高めてくれる指輪、初心者には必須
義足       木製の義足