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短編小説「カトルカール」

画面の向こうでは、恋人とそれぞれの元恋人がテーブルの前でケーキを囲んでる。
彼氏彼女がケーキの上の苺を取り合って、彼氏の元カレが少し控えめにメロンの乗った部分を切り分けて、彼女の元カレが、俺はいいって身ぶり手ぶりで勝手にコーヒーを淹れ始めて、4分の1くらいカットされたケーキが余計に2等分しづらくなって、結局ケンカになってる。彼女のほうが包丁を振り回し始めて、彼氏はもう嫌だって感じで彼女の元カレに全部丸投げして、自分は元カレと一緒に外に出ていって、なんでか知らないけどキスしてる。
それを目撃しちゃった彼女は、見せつけるようにこっちも強烈な濡れ場をおっぱじめちゃって、泣きながら腰を振ってるところを彼氏に刺されて死んじゃった。彼氏は自分の喉を包丁で突いて、彼女の元カレは逃げちゃって、テーブルの上にはぐちゃぐちゃになったケーキと、メロンの乗ったケーキが対照的に残ってる。
彼氏の元カレがぐちゃぐちゃになったケーキを食べて、カメラを止めて、エンドロールに知らない外国語の曲が流れ始める。
Il n'y a pas qu'une seule forme d'amour,mais il n'y a probablement qu'une seule réponse correcte à l'amour,et c'est dix milliards de fois plus délicieux de manger un gâteau propre que ça……
……うん、なに言ってんのかわかんない。

面白くもないし盛り上がりもないフランスかどっかの、よくわかんないモキュメンタリー風映画が終わった。
感想? 私は15点。くそつまんないし、意味わかんない。
「3点ね。安易にバイセクシャルと同性愛者を絡ませるところとか、マジ安直って感じでダメ。あと結局こいつら死んでるし、死に逃げエンドとか爆発オチよりクソ。典型的な勘違いオナニー映画ね」
ポニテがタバコに火をつけながら、不機嫌そうに言い捨てる。
なるほど、たしかにケーキが爆発して家ごと吹き飛んだ方がマシだと思う。
「だらだら長すぎ、78分もいらない、20分にしろ」
シニヨンが後ろに束ねた髪の下あたりをポリポリ掻きながら、気だるそうに溜息を吐いた。どうやら気に入らなかったみたい。
「だから言ったじゃん、怪獣映画がよかったのにー」
「みんなで決めたじゃん、全員が見たことないのにしようって」
ちなみに今のは怪獣映画好きのオサゲ。感想を言う気はないっぽいみたいで、ポニテからタバコをねだろうとして、デコピンされてる。
私はモニターの電源を切って、缶の底に残ってたコーラをずずずっと啜り、制服の胸ポケットに入ってたタバコを咥えて、
「ヘイ、ポニテ。あれやってよ、ハードボイルドなやつ」
タバコを悪戯っぽく上下にぴょこぴょこさせながら、シガーキスをねだる。ポニテは顔を真っ赤にして、キモイキモいと連呼しながらタバコを手にして、先端をぐりぐり押し付け、ダメ押しでキモッて叫びながらそっぽ向いた。
「毎回照れんなよ、処女気取りかよ」
「うるさい!」
小競り合いを始めるシニヨンとポニテを、まあまあと引き離しながら、ぐぎゅるるるとお腹を鳴らすオサゲを横目に、テーブルの上に残ったポテチのカスを指ですくって舐めて、
「よし、映画撮りにいこーぜ!」
親指を顔に向けながら、もう片方の腕でドアを勢いよくバァーンって開いた。


むわぁっとした全身に絡みつく湿気と刺すような強烈な日射し、一言でいうとクソ暑い。ファッキンホットってやつ。ハンディカメラを持つ手にじわっと汗がにじむ。この暑さ、カメラ大丈夫かな?
「充電器、よーし! 電池、よーし! SDカード、よーし! 缶ジュース、よーし!」
「食べ物、なーし」
オサゲとシニヨンが荷物確認しながら、重たそうなものを容赦なく私のリュックに放り込んでくる。といっても、そんな大した荷物はないのでギリ耐えれるけど。
「で、映画撮るってなに撮るの? ジャンルは?」
ポニテが私のリュックに、工具箱をまるごと入れながら撮影にやる気をちょっとだけ見せてる。でも、やる気なんてちょっとあれば十分。0は何倍しても0だけど、1は4つ集めたら400になるから、10倍だぞ10倍。
私はそうだねーとちょっと考えて、現状のメンバーで出来そうな選択肢を頭の中の引き出しから取り出して、
「やっぱロードムービーじゃない?」
「それ、運任せでてきとーに撮ってりゃ、なんかいい感じの出来るでしょってやつでしょ」
「そうともいうね。でも、なんかいい感じのができるんじゃない? なんせJKですよ、あたしら。JK様ですよ」
女子高生は生きてるだけで無敵だって、どっかの小説家も書いてた気がするし、美人は歩いてるだけで十分絵になるから、まあほんとどーにでもなるでしょ。
「じゃあ、とりあえずJKらしくタピっちゃう?」
カップを持ってストローを吸うパントマイムをしながら、暑さでゆらゆらと揺れるコンクリとガラスだらけのビルの群れに目を向ける。
セミの声は聞こえないけど、がっつりと夏の暑さ。温度計ないからわかんないけど、たぶん猛暑超えて酷暑とか、そんな暑さ。空はこっちのほうは快晴、あっちのほうは曇天、そんなアンバランスな感じ。天気予報は晴れのち雨、雷も伴って激しく降るでしょうってところ。
「じゃあ、撮るよー。ポニテ、とりあえず歩いて。てきとーに撮ってくから」
「なんで私が」
「一番背が高くてスタイルいいからに決まってんじゃん」
カメラを起動させて、しぶしぶ歩き始めるポニテを撮り始める。
まだ車もバイクも走ってないけど、交通ルールは守って歩道。でこぼこでところどころ雑草も生えてる。そのちょっと歩きづらい感じ、成長期感を醸し出しててよしって感じ!

団地と団地の間を歩くポニテ、交差点を渡るポニテ、坂道を上がるポニテ、高架の下を下るポニテ……
「やべー、絵面がマジつまんない」
いくら美人が歩いても30分も歩きっぱなしだと飽きてしまう。嘘だと思うなら、今すぐ美人がだらだら歩いてるだけのPVとか見て欲しい。30分もあればモニターぶん殴りたくなるから。
「だったら、シニヨンとオサゲも撮りなよ。バリエーション増えるでしょ」
「嫌だね、私は夕焼けと同時にかっこよく登場するって決めてるから」
「私、登場シーンはムーンサルトからのヒーロー着地がいい!」
「バカか! 骨折して死ぬぞ!」
ギャーギャー喚きながら歩き続けて、3人が言い争う様子もこっそり撮っちゃったりして、それにしてもタピオカ屋ないなーって辺り見回したりする。タピオカ屋はないけど、1か所理想的な物件を見つけた。
「へい、おめーら。私たちに今必要なものなんだと思う? そう、学校だ! 女子高生といえば校舎だ! 女子高生と校舎は、ベスパとシュガードーナツくらいの神った組み合わせだ!」
道路を渡った住宅街の向こうに見える学校らしき建物を指さす。3人とも黙って頷き、休憩もしたいしってことで全会一致、学校を目指そうってことになった。
学校目指して歩く3人の女子高生、きたねーおっさんだったら万札並べちゃうんじゃないって映像。
「いいねーいいねー、君たちぃ、青春って感じだねー」
「キモいおっさんの真似すんな」
なるべく脂ぎった喋り方をしてたら、ポニテに釘を刺された。
それにしても学校なんて久しぶりな気がする。まぁ、外自体が久しぶりだし、映画撮りに行こうって言わなかったらずーっと出なかったんだろうけど。
「そういえばさー、おめーら、勉強できたの?」
「私は出来たよ。聞いて驚くな、なんと学年1位だ」
シニヨンが指先でエア眼鏡をくいっと動かして、自慢げにふふんと鼻を鳴らす。
「私も学年1位取ったことあるよ!」
オサゲが続く。すごいな、こいつら絶対バカだと思ってたのに。
「家庭科様でな」
「書道様でな!」
前言撤回、やっぱりバカだった。
「私は不登校だったからわかんないな。中学の時はそこそこ出来たけど」
「ポニテ優等生っぽいのに意外」
「ま、気にすんな。今はみんな不登校みたいなもんだ!」
不登校が4人並んで学校の門をくぐる。学校は窓ガラスがところどころ割れてて、花壇は暑さで花も雑草も一緒くたに枯れ果ててる。校舎の入り口はベニヤ板で塞がれてるし、これじゃロードムービーじゃなくてゾンビ映画じゃん。
「いけ、オサゲ! バールアタックだ!」
「おりゃあああ!」
オサゲが私のリュックからバールを取り出し、ベニヤ板をガンガン殴って壊して、とどめに蹴りを3発。
「校舎に侵入成功しましたー。今から第1村人探しまーす」
「そこは第1学生とかのほうがよくない?」
「じゃあ、それでー」
私たちは意味もなく下駄箱を開いてみたり、職員室でくるくる回る椅子に座ってみたり、1度も入ったことのなかった校長室に入ってみたり、教室の窓際いちばん後ろの席で漫画の主人公っぽく佇んでみたり、とにかく撮れそうな構図は片っ端から撮った。
隅から隅まで学校ってものを堪能して、屋上からあっち側はビルや団地がうじゃうじゃしてて、遠くに海が見えたりして、反対側は地平の果てまで何もかも平べったくなってる様子も映したり。
あとは体育館だなーってことで校舎から出たところで、
「見ろ、おめーら! 第1村人発見!」
この暑い中、宇宙服のような恰好をした変な奴を発見した。

宇宙服っぽいやつが手になんか丸っこい機械を持って、ゆっくりと右往左往しながらも私たちに近づいてくるので、私もカメラを回しながら、宇宙服に近づいていく。
「えー、学校に来たら宇宙服きたやつがいました。ロードムービーは今からSFになるんでしょーか」
『人類、ここでなにしてる?』
宇宙服から人間と機械の中間っぽい、昔流行ったボーカロイドとかボイスロイドとか、そんな感じの音声が聞こえてくる。
ヘルメットは真っ黒なスモークが貼られていて、中身は見えない。でも、そんなことはどーでもいい。こいつが宇宙飛行士でも宇宙人でもコスプレおじさんでも、私はカメラを回すだけだし、こいつを映すとちょっとスパイスが効いて面白そうだから撮るだけ。
『私は記録映像を撮ってる』
どうやら宇宙服は、私たちと似たような目的で右往左往していたらしい。
「奇遇だなー。私たちもロードムービー撮ってる。てことで、お前、私たち撮ってもいいから、私たちにちょっと付き合え」
『それは私の任務の範疇ではない。邪魔をするなら排除する』
「別にいいぜー。映画撮ってるJK、最後は謎の宇宙人に始末される。ロードムービーのオチとしては最低だけど、オチがつかない映画よりは全然オーケーだ。なに出すんだ? 銃か? 火炎放射器か? 核爆弾か?」
宇宙服は私の勢いに呑まれたのか、それともシンプルに理解できないのか、戸惑った様子で体を左右に揺らしている。
「おおりゃあー!」
オサゲが叫びながら、私と宇宙服の間に後方宙返りしながら飛び込んできて、着地に失敗して盛大に地面に転がる。
そういえばムーンサルトしながらヒーロー着地とか言ってたっけ。思いっきり足首捻ってるけど。
「オサゲ、いいねー。かっこ悪い登場は後半かっこいいフラグだからなー」
「いたーい! もうやだー!」
泣きわめくオサゲと困惑している宇宙服に交互に撮影し、走って近づいてくるポニテたちにもカメラを向ける。
『理解不能、意味不明』
「見てわかんねーの? 映画撮ってんだよ、映画。へい、お前、名前は? なんていうの?」
宇宙服のメットをペチペチしながら名前を尋ねる。宇宙服はこの暑さの中でも異常にひんやりしていて、氷の柱に素手で触るくらい冷たい。
「おぉー、完全おたすけアイテムじゃん」
ポニテたちも好き勝手に触って涼を取り、暑さにバテかけてた体を冷やす。
『何してる?』
「いいから、名前だよ名前。なんかあんだろ? フェッセンデンとかパンドラムとかコヴェナントとか」
『人類の言葉に直すと端末N8型275』
なるほど、覚えてられるか、そんな長い名前。私の頭にはそんな容量ないんだ、せめて4文字以内にしろ。
「オーケー、エヌハチ。じゃあ、さっそくカメラ回すから、とりあえず自己紹介しろ」
謎の宇宙服ことエヌハチに向けてカメラを回す。
『私は端末N8型275、Nは日本地域のN、8型は人類の暦に合わせた数字、275は同個体の275番目を意味している。私はこのエリアの記録映像を撮りにきた』
「ほうほう。で、なんのためにそんな映像撮ってんの?」
『そう命じられた』
「誰に?」
『君たちが宇宙人と呼んでいる存在だ』
おいおい、宇宙人だよ。第1村人が宇宙人とか超大当たりじゃん。
思わずにやけた顔をポニテたちに向けると、こわばったような表情でエヌハチを見てる。気持ちはわかる、宇宙人ってのは特別な存在だ。特別に遠いし、特別に複雑だ。
「よし、エヌハチ。とりあえず一緒にタピオカ屋探そうぜ」
『なぜ?』
「なぜって、私が女子高生だからに決まってんだろ。宇宙人ってのは頭パーなのか?」
まったく勘の悪い宇宙人だな。そんな調子じゃ日が暮れちまうだろ。

タピオカ屋はないけど、宇宙服と女子高生の組み合わせは、なんていうか、一言でいうとカオスだ。
ビルの非常階段を上がるポニテと宇宙服、足が限界になったオサゲをお姫様抱っこする宇宙服、道端に転がってたバイクにまたがったシニヨンにひき逃げされる宇宙服、ゴミ箱に捨てられる宇宙服、ダンボールを敷いて行き倒れる宇宙服。
そんな映像を撮っている内に、空はどんどん雲が厚く黒く変化して、ゴロゴロと雷を轟かせながらプールをひっくり返したような大雨を降らせてる。
「よし、エヌハチ、お前ら! 踊れ!」
「なんでだよ!」
「サービスカットだよ!」
ずぶ濡れになった髪をくしゃくしゃにかき上げながら、雨の中で踊る3人と、右往左往するだけの宇宙服を撮り続ける。
次第にバカバカすぎて楽しくなってきて、私もみんなに混じって小躍りしながらカメラを回し続ける。
ゲラゲラ笑いながら踊り、腹が減ったってことで閉店したスーパーに立ち寄り、
「腹減ったんでスーパーに突入しまーす」
リュックの中から拳銃を取り出して、シャッターの鍵に向かってバンバンバンと3発、銃弾をぶち込む。
「開いた?」
「前に見た映画だと、こうやって開けてた」
シャッターを掴んで力づくで開けようとしても、ガシャガシャとなるだけでビクともしない。その様子を眺めているエヌハチの尻に当たる部分を蹴飛ばし、見てないで開けろって視線と指で合図する。
宇宙服の一部がパカッて擬音でも描かれそうな開き方をして、一瞬光ったと思うと、次に目を開けた時にはシャッターがどろどろに溶けていた。わーおこれが宇宙人の超科学ってやつ?
「便利だな。今日から泥棒にジョブチェンジしろよ」
シャッターの中に入り込んだ私たちは、真っ暗な店内をライトで照らし、鼻を突く臭いに眉をしかめながら缶詰コーナーを漁る。ほとんど誰かに持っていかれて無くなってるけど、まだちょっと残ってるのもある。
「いえーい、戦利品でーす」
その場でプルタブに指を引っ掛けて缶を開けると、どろどろに溶けたよくわからない物体が流れ出る。
「残念、うんこでしたー」
がっくりした様子のポニテたちにカメラを向けながら、よく見ると強盗団のピクニック後ってくらい荒れ果てたスーパーの店内をなんとなく映して、
「強盗団と遭遇しなくてよかったわ」
「まあね。でも、銃あるから平気でしょ」
「人殺しの映画だって思われたら、見る人の評価が変わっちゃうだろ。そういうシーンは入れたくないの」
安堵と暑さで、はぁーっと息を吐いて、ゆらゆらと体を揺らしながら外に出た。

あれだけ降ってた雨が止んで、空には見事な虹が掛かってるし、雲が端から少しずつオレンジ色に染まっている。
ああ、そろそろクライマックスかもしれない。もしかしたら私たちの旅は続くってなるかもしれないけど、ひょっとしたらジ・エンドってなるかもしれない。それは神のみぞ知る、いいや、宇宙人のみぞ知るってやつだ。
『もうすぐ時間だ』
「えー、マジかよー。覚悟はしてたけどさー」
エヌハチが丸っこいカメラらしき機械を空に向ける。雲と雲の隙間から、カラス避けみたいな巨大なグルグルマナコみたいなものが見えた。


去年のハロウィン、突然地球に宇宙人が襲来してきた。
宇宙人は、手始めに地表から50m以上にあるものと海の上にあるものをすべて破壊して、人類から移動手段を奪った。
そして365日かけて地球を滅ぼしますって宣言してきた。
最初はみんな、まだ現実が受け止めきれなくて、悪趣味な映画かなんかだと思ってた。テレビや動画サイトで、なにもかもボロボロに崩れていく映像を見て、よく出来てんなーって感心しながらポテチを食べたのを覚えてる。
でも、1週間もしたら地球上の半分の国が機能停止して、1ヶ月でインターネットも繋がらなくなって、世界のどこが無事でどこが駄目になってるか知るすべが無くなった。
そのあたりで現実なんだって理解して、そこからはもう無茶苦茶だった。
2ヶ月で電気や水道や物流が停止して、3ヶ月で警察や病院といったものがなくなった。学校もあっという間になくなって、私は中学校も卒業できないまま、最低最悪の春を迎えた。
私は自衛隊で働いてたおじさんから、自分たちの身は自分たちで守れるようにって、拳銃と機関銃と弾丸を貰って、街にあふれる泥棒や暴徒から逃げながら、かろうじて海沿いの街までやってきた。
そして引っ越し初日、隣町が地上から消えた。私の故郷と同じように。

宇宙人の攻撃は、毎日夕方になったら、陸地の総面積の365分の1をなるべく細かく振り分けて、地球上のいろんな場所を消していく、というものだった。これは宇宙人が3日目くらいに言ってた。
これは後で知ったんだけど、宇宙人が破壊した場所は毒が残ってて、コンクリートも金属も植物もプラスチックも生き物も、なんでもかんでもボロボロに崩して壊してしまう。毒は無色で、雨が降っても風が吹いても、水にも溶けず、そこから動かず、気化もせず、希釈もせず、その場にとどまり続けるみたいで、文字通り人類の逃げ場を奪っていた。
お父さんとお母さんとお兄ちゃんは、攻撃された場所なら安全だと思って毒の範囲に踏み込んで、ぼろぼろのぐずぐずに分解されて死んだ。

ポニテもシニヨンもオサゲも、みんな違う場所から逃げてきたけど、だいたい同じ感じで、家族と離れ離れになったり、色んな不幸が重なって置いていかれたり、この最悪な世界でひとりぼっちになってた。
不幸でかわいそうな女子高生が4人が逃げる場所もないとこで集まったら、そうなったら隠れて映画でも見て過ごすしかないじゃん。
レンタルビデオ屋でDVDを持てるだけ持って、私たちを襲うとするクソヤローに鉛玉をぶち込んで、乙女のまま童貞喪失しちゃって、とにかくひたすら映画を見た。怪獣映画もゾンビ映画も恋愛映画もアクション映画もアニメも時代劇も、とにかく時間が許す限り見て、寝落ちして、缶詰とか食べて映画見て、空腹と口寂しさを誤魔化すために煙草吸って、泥棒の頭を吹き飛ばして、お菓子食べて酒飲んで、また寝落ちして、ちょっと気が狂って爛れた関係になったりして、自分たちのいる場所がいつ攻撃されるんだって毎日震えながら眠った。
それで梅雨が終わって夏になって、見る映画もいよいよ残り少なくなって、じゃあ自分たちで映画撮ろうぜーって誰からともなく言い出した。


空がどんどん赤く染まっていく。雲が流れて空に浮かぶは、頭上を埋め尽くす無数のグルグルマナコ。
「えー、どうやら私たちの旅も終わりみたいです。あの目玉みたいなのが宇宙人の兵器です。私たちは勝手に神の眼って呼んでます。では、今から潔く死ぬか、みっともなく逃げ続けて死ぬか、決めたいと思います。へい、おめーら、絵的には潔く死んだ方がおいしいけど、どーする?」
カメラを3人に向ける。
「それでいいんじゃない? どっちみちオサゲの足じゃ走れないし」
シニヨンがオサゲの頭を撫でまわしながら答える。
「私のせいみたいに言わないでよ!」
「違うよ、一緒に死んでやるって言ってんの」
シニヨンとオサゲが抱き合ってる。いいねーいいねー、美しいねー。後でこれ見るやつがいたら、涙流してスタンディングオベーションしちゃうんじゃねーの?
「私たちが死ぬとこ撮りたいんでしょ。それに、あいつがどこから撃ってくるかわかんないし、バタバタするだけ時間の無駄でしょ。ああ、くそ、湿気ってる!」
ポニテがポケットから煙草を取り出し、ライターで火をつけようとして、なかなか火がつかないもんだから地面に投げ捨てる。
「おい、エヌハチ。タバコ拾え。シュールで面白いから」
エヌハチにタバコを拾わせて、3人を横に並ばせる。なんだ、この絵面。地球滅ぼしに来た奴に、地球を汚すなって怒られてんの。マジでどちゃくそシュールじゃん。
「ポイ捨てを宇宙人に怒られる女子高生の図」
「そこはふつう体育教師だろ」
リュックから新品のタバコを取り出し、ポニテとシニヨンとオサゲに渡す。ポニテがタバコに火をつけて、その火がタバコ同士で渡っていって、最後に私の咥えたタバコにまで辿り着く。きっと世界最後のシガーキスだ。
「愛してるぜ、おめーら」
「嘘つけ」
タバコをフィルターギリギリまで吸って、空を見上げたら、神の眼がひとつ赤く光ったような気がした。

轟音とも爆音とも違う、もっとあっさりして無味乾燥な音を響かせて、遠い場所のビルやマンションがボロボロに崩れていく。
私はぎゃーぎゃー喚きながらカメラを回した。なんて言ってたか自分でもわからないけど、たぶん恐怖でハイになって、頭のネジが何本もすっぽ抜けたんだと思う。
ビルが崩れ、高架が落ちて、学校が壊れて、私たちが過ごしていた秘密の場所のあった辺りも一瞬で粉々になっていく。
もしかしたら宇宙人は売れない映画監督で、なにもかもぶっ壊れるところを撮りたくて地球に襲来したのかもしれない。だとしたら、きっとそいつはどうしようもないくらい才能とセンスのない奴に違いない。
「どーよ、エヌハチ。ばっちり撮ってんのか?」
『問題ない。全て予定通りに記録する』
「そうかよ。これを撮りたいって思ったやつは、きっと最低最悪のクソヤローだな!」
そう叫びながら、感情の赴くままに撮影を続けるエヌハチにドロップキックをお見舞いする。エヌハチは天を仰ぐように地面に転がって、ずれたメットの隙間から大量のケーブルや電子回路が、死体に沸いた虫みたいにはみ出してくる。
その直後、エヌハチと周りの道路や電信柱が、ぐずぐずと鉄錆が剥がれ落ちるように壊れていく。
私はエヌハチの持っていた、すでに半分くらい崩れたカメラに向かって中指を立てた。
「どーだ、宇宙人! お前らなんかに私の死にざま見せてやるかよ! 私たちの死は全部私だけが撮っていいんだ、バカが!」
きっとそれが地球人の矜持ってやつだ。宇宙人にはわからないかもしれない。地球人にもわからないかもしれない。私だけのものかもしれない。でも私はそうなんだ。
なんとなく直感が働いてオサゲとシニヨンにカメラを向ける。
「やっぱ死ぬの怖いわ……」
「私も怖い」
そう呟いて抱き合った直後、上から看板が落ちてきて、ふたりをぺちゃんこに潰して、周りの建物も道路も、タバコのフィルターも、流れる血も何もかも粉々に崩していく。
なんだよ、これ。ふざけんなよ。これじゃただの事故死じゃんか。雑過ぎんだろ、宇宙人!

「カナ」
ポニテがカメラを握る私の手を掴んで、ゆっくりと自分の顔へと向けさせる。
「本名で呼ぶなって最初に言ったのポニテだろ」
「落ち着けよ。ここなら真上になんにもない。きっと最高で最低な死にざまが撮れるよ」
ポニテが半分泣きながらもう半分はにこりと笑って、私をそっと抱きしめて、ドンっと突き飛ばすようにして離れていく。
「じゃあね。えーと、なんかすごいかっこいいセリフ考えてたけど、ごめん、忘れた」
「なんだよそれ。監督泣かせ過ぎんだろ」
そこからは一瞬だったし、無限に長いようだった。この時間のことは、なんて説明したらいいのかわからない。カメラに映る最悪な映像を覗き込んで、3人の中で最初に出会ったのも、最初に見た映画選んだのも、最初にタバコを吸ったのも、最初にケンカしたのも、最初に抱き合ったのも、全部最初はポニテだったとか思い返してた。
涙が止まらない。悲しいに決まってるけど悲しいだけの涙じゃない。きっと私の中の全部が、今こうやって外に出てて、そう遠くない内に宇宙人に消されるんだ。
私は自分にカメラを向けて、ぐしゃぐしゃになった顔をぬぐって、
「えー、みんな死にました。たぶん私もあとちょっとで死ぬはずです。もし、このカメラとSDカードが生きてて、映画でも見てやろうって気持ちだったら、ポテチとコーラで観賞会でもしてください」
私はカメラと、部屋にいる時から撮れるだけ撮った映像を残したSDカードを、ジップロックに詰め込んでマンホールの中へと放り込んだ。地下が大丈夫かどうかはわからない。だけど、宇宙人の攻撃した場所は地平の果てまで広がってた。地の底まで続く穴ぼこにはなってなかった。
だからワンチャン、地下にカメラ捨てたらいけるかもしれない。ずっと前に穴掘って脱獄する映画を見て、穴掘って地下に隠れようって提案が出た時に思いついてた。穴掘って地下に隠れる案は、地上に出た時に死ぬから意味ないってことで却下したけど。

映画も撮り終えて、カメラも手放して、リュックから拳銃を取り出して、ようやく一息ついて改めて空を見上げる。
頭上には無慈悲に残酷に、私たちを見下すかのように神の眼が浮いてる。
目の前が真っ暗になって、頭の中で爆発するような音が響いて、私の世界が終わった。
地球は残り4分の1だけど、宇宙人はこの日、365分の1だけは見届けられずにきっと終わるんだ。ざまあみろ。


(終わり)


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へいへーい、短編を書いたです。
最初はぐちゃぐちゃになったケーキとブラックコーヒーってタイトルで、地球最後の日のお話にしようと思ったけど、コーヒー飲めないしコーヒー出てこないのでやめました。
宇宙人はいると思うけど、すごい遠い距離をわざわざ使うんだからよっぽどの理由がないと来ないよねって思ってて、もし来るとしたら宇宙人のいる星では出来ないような残虐なことをすると思ってるので、出来れば来ないで欲しいです。
あとタピオカはビールに入れてもあんまりおいしくないので、そんなに好きじゃないです。

出し損ねた話ですけど、主人公のあだ名はボブで、全員髪型の名前から取ってます。厳密にはショートボブです。
ボブは野郎の名前っぽいから呼ぶなって口癖を用意してたけど、使いどころがないし、そもそも呼ぶ場面がなかったので出ませんでした。ボブ。

画像はみんちりえ( https://min-chi.material.jp/ )さんのフリー素材です。いい感じの廃墟イラストで好きです。