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小説「彼女は狼の腹を撫でる~第23話・少女と狼の遠吠えと巡る命~」

もしあなたが世界で一番大きかったとしても、同じ想いを抱えていたら寄り添えることもある。
例えばひとりぼっちの夜の寂しさとか、胸を抉るような悲しみだとか、そういうものは誰でも同じだと思うから。


大陸南東部に築かれた宗教都市タイタラス。別名、巨人崇拝者の町。
雲を大きく貫くような、地面に突き立てられた長さ十数キロに渡る巨大な斧と盾、巨人の骨格と語り継がれている全長十数キロ以上な躯が横たわったような地形の上下に、タイタラス人たちの町と移住者の町が分けられて造られている。
私はそのタイタラスの上層、巨人の骨の上から真っ赤に燃える市街地を見下ろし、タイタラス人の魔道士と盗掘屋がいうところの王都の魔道士たちとの激戦を眺めている。

その一方で、巨人の骨の上では、位置的に肋骨と思われる大地から突き出た白い尖塔に、身の丈10メートル近い巨人と見紛うようなタイタラス人たちが群がり、杭を打ち込んだ先から流れ出る真っ赤な血を啜り浴びるように飲み込んでいる。
その光景を目にして、まるで吸血鬼たちの酒宴だと思ったのだ。


私の名前はウルフリード・ブランシェット。16歳、狩狼官。ブランシェット家の第13代当主で、鬼のように恐ろしいばあさん、先々代のウルフリードに命じられて、失踪した母と実家から持ち出された狩狼道具を探している。
タイタラス上層に住む私とよく似た名前の魔道士、ウォルフ・ハーネスに会いに来たのだ。



「へー、上層ってこんな風になってるのね」
旅の相棒の天才美少女魔道士ファウスト・グレムナードが、タイタラス人に合わせて設計された巨大な建造物を見渡しながら、両脇に大量の魔導書を抱えて呟く。
下層の魔術院に籠って本を読み漁っていたはずだけど、いつの間に上層までやってきたのか。
上層への立ち入りは特別な許可が必要となる、それこそ私のように抜け道でも使わない限りは上がってこれないはずだ。

「ファウストも抜け道使った?」
「抜け道? 普通に悪魔に乗って、階段を運んだに決まってるでしょ」

ファウストの背後には下層での戦闘から避難してきたタイタラス人や普通の大きさの人間たちが、おろおろと困惑しながら下の様子を見ている。中には残してきた家財や家畜の心配をしている者もいる。
彼ら下層の住人たちもいるということは、崖に刻まれた状を繋ぐ大階段の扉を開けた者がいるということだ。そんなことをしそうな人物に、心当たりがないわけでもない。

「ウルも無事でよかったじゃないか。やはりカナンちゃんを護衛につけたボクの目に狂いはなかった、ということだな」
「いえ、ウルフリードさんが無事なのは彼女の実力です」
ジウスドゥラ大陸という外洋の彼方から出向中の魔道士ノアと弟子のカナン。
最高位の魔道士であるノアは、見た目こそ私と年の変わらない小柄な少女だけど、実年齢は老齢の域を通り過ぎ、力は普通の魔道士の遥か埒外にある。
弟子のカナンも一流の魔道士で、三十路前の色々と豊かな体格の美女だ。炎の魔術を推進力に変換する独自の魔術戦技を用いる。

「扉? もちろん開けたぞ、下があんな状況で規則もクソもないだろ」
「先生、もう少し上品な言葉を遣ってください」
「お大便とかか?」
やはり扉はノアが開けたようだ。私が苦労して数十メートル以上の梯子を上がったり、数百メートルの高さをひたすら階段を進んだのはなんだったのか。ぱんぱんに張った足を叩いてほぐしながら、ついつい恨めしそうな目を向けてしまう。

「そんな目で見るなよ。ボクだって扉を開けるつもりはなかったんだから」それに、と呟きながら、タイタラス人たちの狂宴と真っ暗な闇夜の中でそれを見つめる年老いた男に視線を向ける。

男の瞳はまるで獲物を狙うようにも見えて、その瞳を捉えた瞬間、背中や腰のあたりが震えるような、頭から背中にかけて後ろから引っ張られるような、まるで毛が逆立つような奇妙な感覚が全身を覆った。
奇妙で不思議な、見えない尻尾を掴まれたような感覚だ。

「おい、ウォルフ教師! お前にお客さんだぞ!」
彼がウォルフ・ハーネスだ。タイタラス魔術院の教師で、普段は上層の研究室から滅多に出てこない引きこもりの研究者。専攻は獣医魔術――彼の研究する獣医魔術は獣の生命力を他の生き物に移植し転換する術で、負傷の回復から純粋な肉体の強化まで幅広い応用の利く魔術。
彼が何故その魔術に手を出したのかはわからないが、この土地で15年近く研究漬けの毎日を送っている。というのはノアが他の教師から聞いた言葉だ。

「ノア教師か。俺は忙し……」
ウォルフ・ハーネスが振り向いて、私と視線が交差する。奇妙な感覚はより一層深まり、あちらも驚いた様子を隠せない程に表情を強張らせている。
「あれがウォルフ教師?」
「そうです。私も先生も会うのは数度目ですが」
私の少し後ろでファウストがカナンから説明を受けている。説明が彼の経歴から、専門的な獣医魔術の仕組みに変わった辺りで理解不能になったので、私は背後からの音を受け止めるのをやめた。
意識を集中するべきは目の前の男で、その次に彼の眺めていたタイタラス人の狂宴だ。

「フェンリス……いや、そんなはずはない! だがよく似ている……お前は誰だ!?」
戸惑い狼狽え錯乱し、掠れた声を振り絞りながら両手を伸ばしてくるウォルフ・ハーネスの側頭部を、反射的に掌底で叩き、傾いた頭をそのまま膝で蹴り上げてしまう。
勿論そんなつもりはない。ないのだけれど、こちらにも困惑する事情があるのだ。

フェンリス――正確にはフェンリス・ブランシェット。その名前は私が第13代目のウルフリードを継ぐ前に呼ばれていた、いわゆる私の幼名であり本名であるのだから。

「あ、しまった」
「しまったじゃない! 蹴ってどうするんだ!」
ノアが思わず非難の声を上げて、その間にウォルフ・ハーネスはぐにゃりと姿勢を屈して頭を地面へと下ろした。

気まずい沈黙が私たちの間に漂い、完全に伸びた男の青痣の出来た顔を見下ろしたのだった。



空が色濃く夜の深さを示す。
真っ黒い水面に地上の赤黒さを映したような雲がかった空の下、狂宴に耽っていたタイタラス人たちは下層の戦闘への応援に向かい、下層からの避難民たちは適当な屋根の下に隠れて休息を取っている。
私はさっきまでの狂宴が何なのか確かめたくて、白い尖塔の真下まで近づき、酷い血の臭いと足元を薄く浅い池のように沈める血泥にまみれていた。

「……で、これってなんなの? 血液にしか思えないけど」
「その通りだ。これは巨人の血液だ」
ファウストの呼び出した滅茶苦茶なパイプオルガンのような鉄筒の塊の悪魔ササラモサラ、その無数の鉄筒に絡め捕られたウォルフ・ハーネスが私の問いかけに応える。
「かつてこの世界に巨人がいたと語り継がれていることはお前たちも知っているだろう」
「知ってるわよ。その巨人の骸骨の上にタイタラスの町は出来て――」
「一般的にはな。だが、実際はそうではない」
ファウストの返事を遮る形で、ウォルフ・ハーネスが白い尖塔を指さす。

「彼はまだ生きている。巨人の生命力は人間の常識の遥か外にある、その身が朽ちて骨だけになっても、血は骨の内部を循環し続け、心臓は動きを止めていない」
そこまで説明して、忌々しいと云わんばかりに舌打ちの音を吐き出す。
「巨人の血液は膨大な生命力の塊だ。タイタラス人たちは年に1回、新年を迎える前に巨人の血液を飲むことで、人間離れした巨体と強力な魔力を維持している。そのことを信仰心という盾で隠しながらな」
俄かには信じがたい話だけど、あの狂宴とタイタラス人たちの力を見た後だと腑に落ちる点はある。

なるほど、なんとなく読めてきた。
王都の魔道士たち、もっといえば更に身分の高い王族たちは巨人の血液を欲しがっている。しかしタイタラス人たちはこの奇跡の液体を独占するために信仰と武力を盾にし、頑なに調査を拒絶し続けてきた。そこでウォルフ・ハーネスを教師として魔術院に潜入させ、今回の襲撃を手引きさせたというわけだ。

本来は盗掘屋たちと強引に盗み出すつもりだったのだろうけど、その盗掘屋は私とカナンが片づけてしまい、おまけに何をとち狂ったのか錯乱して捕まってしまった。

「なあ、ノア教師、カナン教師。お前たちも元は別大陸とはいえ今は王都から出向してきてるだろう、巨人の心臓が狙いなんじゃないか?」
「いいや、違うぞ」
ノアとカナンはジウスドゥラ大陸にいる何者かの依頼で来たと以前語っていた。どんな依頼で何が狙いかは知らないけれど、巨人の心臓ではないらしい。
「かといって、王都に巨人の心臓を渡すつもりもないけどな」
目を細めて釘を刺し、指先を向けてウォルフ・ハーネスそのものを制す。

「俺だって王都の連中に渡すつもりはない。一晩でいい、いや少しの間だけ借りるだけでいいんだ」


ウォルフ・ハーネスは静かに語りだした。
王都の人間は自分にとって敵だと。彼らは人狼である自分の敵だ、積年の恨みもあるし討伐された同胞の仇でもある。しかしそれでも、憎き敵と手を組んでまで果たしたい宿願がある。

17年前に亡くした娘フェンリス・ハーネスの復活――


「娘は狩狼官、狙撃主マックィーン・パール・クロックスに心臓を撃ち抜かれた。俺は娘の遺体から脳を取り出し、氷漬けにして復活の手段を探した。そしてようやく見つけ出したのが巨人の心臓だ」

そして作戦は残念ながら私という不確定要素の出現で失敗し、今は憐憫の情と好奇心に訴えて見逃してもらおうと、あわよくば巨人の心臓の収奪を認めてもらおうとしている。
さらに彼の娘フェンリスは私とよく似ているし、偶然にも私と同じ名前だ。生まれた順番と経緯によっては、もしかしたら私が彼女と同じ名前なのかもしれないけど。

「ねえ、ウォルフ・ハーネス。あなたの前にウルフリード・ブランシェットを名乗る女は現れなかった? 年は17年前時点で23歳くらい、色白で髪は色素の薄いオペラモーヴの」
「いや、そんな女は現れていないが……ブランシェットだと?」
ウォルフ・ハーネスはしばらく沈黙して、再びぼそりぼそりと語り始めた。


ブランシェットという家名のことはよく覚えている。
なぜなら彼が、厳密にいえば彼の生まれ変わる前の存在が、メイジー・ブランシェットという赤い頭巾のよく似合う可憐な少女とひとりの狩狼官に仕留められたからだ。
知恵のある狼の悪魔だった彼は、少女の鋏で腹を裂かれ、石を詰められて川へと沈められた。肺の奥まで水に浸かり、いよいよ死んでしまうと観念したその瞬間、一瞬を何重にも畳んで潰して圧縮したようなほんのわずかな時間、彼が願ったのは悪魔である我が身を捨てて、別の何かに生まれ変わりたいという願いだった。
騙し襲い追われ疎まれる害悪な生き物ではなく、人間でも動物でもいい、とにかくもっと人間に愛される存在となってもう一度やり直したい。そういうちっぽけで巨大な願いだった。

そうして意識が遠退き、魂が体から抜け出て、そのまま泡のように消えていくのだと思っていたら、そのちっぽけで矮小な存在は長い時間を彷徨い巡り渡って、やがてひとりの人間の女の腹に宿り、人狼ウォルフ・ハーネスとして生まれ変わった。
前世の因果か悪魔の執念か、その腹に鋏で割かれたような痣と、人間でありながら獣の獣性を抱えた生き物として。


「そうして俺は人狼の魔道士として二度目の人生を歩み始め、ここから遠く離れた大陸北西部の森の中でひっそりと暮らし、やがて森の近くの村の平凡などこにでもいる、畑を耕して手袋を編んで人並みで立派な一生を終えてしまうような村娘と結ばれて、一人娘のフェンリスを授かった。その後のことはさっき話した通りだ」
ウォルフ・ハーネスの両目から涙が頬へ顎へと伝い、雪の上へと落ちていく。
「お願いだ、ノア教師、カナン教師。わずかな時間で構わない、見なかったことにしてくれ」

語っている間にも下層から扉を破壊して、王都の魔道士たちが崖を登ってきている。
到着した彼らを出し抜いて巨人の心臓を奪うのは難しいだろう。仮に彼ら襲撃者が敗れ、タイタラス人の魔道士たちが勝利して戻ってきたら、巨人の心臓の収奪はさらに困難を極めるに違いない。
時間が無いというわけだ。

「まったく。お前らも王都の連中もタイタラス人たちも、彼をなんだと思ってるんだ」
「仕方ありませんよ。元々人間には過ぎた力です」
「そうだけどね、カナンちゃん。ボクにだって腹が立つこともあるんだぞ」
ノアが苛々を隠せない様子で叱咤の言葉を吐き出し、白い尖塔の表面に触れて長く深い溜息を溢す。

「隠すことでもないから教えておくけど、ボクは彼の両親から依頼されてきたんだ。眠っている彼を連れ戻してくれとだな」
急にあまりにも荒唐無稽なことを言い出すので、思わず疑いの眼差しを向けると、両手と袖を大きく振り回しながら真実性を高めようとしている。
そんな動きをしても動物めいているだけで、真実性は高まりはしないのだけど。

「彼は遥か昔に刑罰として地上に落とされた巨人族の若者だ。あまりの狭い世界に絶望して、横たわったまま永い眠りにつき、飢えを凌ぐために筋肉とか内臓とか不必要な肉体を捨てて、骨だけの姿になったんだ」
ノアの動きと説得力に欠ける外見年齢も相まって、真実性は益々下がり、荒唐無稽度は限りなく上昇している。

「そして彼の両親がボクに依頼してきたんだ。人間でありながら超常の存在と語り合える偉大なる大魔道士ノアよ、私たちの愚息を叩き起こしてくれって」
「超常の存在というのは、私たちが普段神や伝説上の生き物として認識している存在達です」
カナンが大真面目な顔で注釈を入れてくる。短い付き合いだけど、冗談を言うようにも見えないので、もしかしたら本当なのかもしれない。

「だけどいざ現地に来てみたら、彼の骨格を利用して町が出来てるじゃないか。この地の人たちを無理にでも移住をさせるか、彼自身が自らの意思で起きるのを待ってもらうか悩んでたんだ。でも、もういい。ボクは人間の敵ではないけど、ボクの優先順位はカナンちゃん、超常の存在たち、その他だ。これ以上、彼から搾取するつもりなら無理矢理回収していく」

そう宣言して、白い尖塔に手をぐっと押し当てて、しばらく目を瞑って何かを探すような表情を浮かべる。
やがて白い尖塔の内側から真っ赤な、赤玉のような赤黒い輝きを放つ一塊の球を取り出し、カナンに向けて放ってみせる。

「心臓があれば後はあいつらが勝手にどうにかするだろ。カナンちゃん、ジウスドゥラ大陸に帰るぞ」
「先生がそれでいいなら構いませんが、大魔道士がする仕事にしては大雑把過ぎませんか?」
「しらない! そもそもボクはまどろっこしいことが苦手なんだ!」

まるで大人が子どもから玩具を取り上げるように、この場合はその大人が誰よりも子どもじみていて癇癪で乗り切ろうとしているわけだけど、とにかくノアたちの言葉を信じるのであれば、より大きな存在と彼らの依頼によってタイタラス人たちが寄り縋っていた力は取り上げられてしまったわけだ。
気持ちはわかる。巨人の親からすれば、自分のところの息子が寝ている間に小人たちに血を吸われているという状況は、正直ちょっと気味が悪いし決して気分の良いものではないだろう。

「待て! 巨人の心臓を返してくれ!」
ウォルフ・ハーネスがササラモサラの鉄筒を強引に振り解いて、ノア目掛けて棘のような針のようなものを投げつける。
針はノアの至近距離で結んでいた糸と解くように展開し、鋭い1本の刃となって襲いかかる。


【モビーディック】
ブランシェット家の開発した狩狼道具。鯨骨罠という、動物の腱で折り曲げた鯨骨を餌に混ぜて胃の中で跳ねて突き破る罠の、展開構造を応用した飛び道具。相手の体温に反応して展開し、距離感を見誤らせて避け切れずに突き刺さる。


悪趣味だけど実用的で狩狼官好みの武器だ。
母には会ったことがないと言っていたけど、娘のフェンリス・ハーネスはどうだったのか定かでない。もしかしたら生前に母と会っていたのかもしれない。なにせ私と同じ名前なのだから。

ちなみに刃はノアに届く前にカナンが一太刀で叩き落し、ウォルフ・ハーネスは再びササラモサラに圧し掛かられる形で動きを封じられて、ありったけの罵詈雑言憎悪の叫びをノアに向けて浴びせる。

「あのなあ、ウォルフ教師。巨人の心臓はあくまでも膨大な生命力の塊だ、別に死者を蘇らせたり体の一部からでも復元するような代物じゃないんだぞ……まあボクも鬼ではないからな、試したかったら試すといい」
ノアは呆れたような表情で、ウォルフの目の前に巨人の心臓を置いた。
一時的にでも同僚として働いた誼みなのか、それとも憐れみなのか、あるいは暴言への怒りなのか。
弟子のカナンに持ち逃げされぬように、背後から仕込み剣を弱弱しい男の背中に添えさせながら。


「感謝する……ありがとう」

ウォルフは辞書よりひとまわりふたまわりほど分厚い大きめの箱を取り出し、その中から氷漬けになった脳を取り出した。
その上からありったけの巨人の血液を流し込み、巨人の心臓を握りしめて、独自に編み出した蘇生の儀式を試みた。



結果?

もしこの世が善意で満ち溢れていたら、人間は悲しみという感情を持たなかったと思う。


結論から云わせてもらうと、儀式は失敗した――
膨大な量の生命力を死者の脳に与えたとしても、それで誰かが蘇るはずがない。死んだ者は帰ってこないし、朽ちた肉体はとうの昔に土に還っている。
けれど魂というものは存在するのか、氷漬けの脳に宿っていた記憶の残滓が形になったのか、こっそりと私だけに語りかけてきた。

「私たちも大変だ。お互い親には苦労させられるね」
(そうだね。でもあなたとお父さんは決着がついたんじゃない?)
「ふふっ、まるで他人事みたいに言うじゃない。もう薄々気づいてるはずだよ、私は今や君で、君はずっと昔から私だ」
(馬鹿言うな、私は私だよ。フェンリス・ブランシェットで今はウルフリード・ブランシェット、それ以外の誰でもないよ)

さらっと重要なことを告げられたような気もするし、あくまでも戯言のような冗談にも聞こえた。


けれど、そんなことよりも重大なことが目の前で起きている。
流し込まれた巨人の血だまりの中から、1匹の野生を感じさせる顔つきの子犬が現れたのだ。この世界に子犬よりも重大なことは存在しない。仮に匹敵するとしたら子猫くらいだ。もしかしたら子ペンギンや仔馬とかもそうかもしれないけれど。

とにかく目の前に子犬がいるわけだ。私の思考が目の前のあれやこれやを全部投げ捨てて、子犬に集中してしまったとしても誰も怒らないだろう。だって子犬なのだから。

子犬は全身の毛をぶるぶると揺らしながら血を払い、きゃおーんと甲高い鳴き声で吠えてみせる。
そのまま私の足元に走り寄って纏わりつき、抱きかかえられることとなった。


(これからよろしくね、フェンリス・ブランシェット)

私の腕の中に居座る子犬の瞳が、そんな風に語りかけてくるような気がしたのだった。


ちなみに巨人の心臓を失ったタイタラスだけど、ノアたちの帰還と同じくしてゆっくりと崩壊を始め、彼の躯も巨大な斧と盾も跡形もなく、まるで何もなかったかのように地上から消えてしまったのだった。私が語るにはあまりにも大きく、あまりにも難しい話だ。



今回の回収物
・モビーディック
相手の至近距離で展開し鋭い刃で突き刺さる、鯨骨罠を応用した飛び道具。白色。
モビーディックは白鯨の名前。
威力:D 射程:C 速度:B 防御:― 弾数:18 追加:―


(続く)


(U'ᄌ')U'ᄌ')U'ᄌ')

狩狼官の少女のお話、第23話です。
いわゆる出生の秘密回です。この設定(狩狼官で人狼で人狼の生まれ変わり)はウルフリード・ブランシェットというキャラクターを考えた頃にすでにあったので、ようやく小出しにしましたって感じです。

その割には父親の扱いが雑過ぎませんか? そうですね。

語り過ぎるのが書くのも読むのも嫌いなので、どこまで語ってどこまで想像力にお任せしようかは毎回悩むところですが、花粉症なので頭がさっぱり働きません。
あとウルの一人称視点で進めているので、その辺りもアレですね。
理解力があり過ぎるって思われないように頑張ります。(賢い子にはしてますけど)

あとノアとカナンはここで一旦退場です。長らくお疲れさまでした。でもまた出てくると思います。


ではまた次回で。私はお鍋を食べますゆえに。