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哀しみの戦士

 彼は、ふつうに戦いたかった。彼のふつうは、進学校で養われたものだった。彼のまわりの人々はたいてい(90%)は両親がいて、週末は外食へ行き、長期休みは家族旅行に行く。それが、彼の知っているふつうの価値観だった。
 でも、彼の家は、その友人たちとは異なっていた。家族の中の唯一の大人である母は、休みの度に、よくわからない宗教に通い、お祈りをしていた。彼は、ふつうの友人と週末に遊ぶお小遣いもなかったし、たいていの友人が通う塾の費用もなかった。もちろん、当時はインターネットも充分に普及していなかった。彼にできることは、図書館に通うこと、テレビをみること、運動をすることだった。学校はそれなりに楽しかったけど、2年生が終わり、3年の夏休みになると、彼にはほとんど話が合う友人が残らなかった。
 将来の展望のない彼には未来が見えなかった。小学校の時に習字で書いた「明るい未来」という言葉がふいに思い浮かんだけど、自分に未来なんてない、そんな気持ちがした。
 そして、彼は卒業した。真に自分の悩みを相談できる相手はいなかった。
 中学の卒業アルバムに書いた将来についての言葉「わからん」は、彼の本音だったけど、その言葉の裏側を問い質してくれる大人は、誰一人としていなかった。

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