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私達のキラキラを携えて

東京に大雪が降ったあの日、彼女は大はしゃぎしていた。

大学のゼミの卒業制作展の、展示準備をする日だった。

彼女と私は、その準備日に一緒に行こうと言って、前日の夜は彼女のアパートにお泊りして、ずーっとおしゃべりしていた。

テレビの下に、彼女が好きだという雑誌のバックナンバーが積んであって、それらを見ながら、この服が好き、このモデルさん可愛い…そんなことを延々とおしゃべり。

以前の彼女のアパートにも遊びに行ったことがあったけど、そのキッチンには、何故か「いい◯こ」が置いてあった。

「◯◯ちゃん、いい◯こ、飲むの?」

と尋ねると、

「ううん、彼氏が好きなの。」

と言って笑った。

麦焼酎を好む彼氏がいる…なんて大人なんだ!

田舎者の私は、彼女の美しさに見とれた。

♢♢♢

「今日は女子会だから、いい◯こじゃなくて、お洒落なお酒にしよう!」

そう話し合って、買ってきたワインとチーズをお供に、夜通しおしゃべりしたよね。

「まだ社会人になりたくないね。」

「うん。もう少し、このままがいいよね。」

なんて、同じことを繰り返しながら、明け方、少しだけ眠った。

♢♢♢

「ママンちゃん、起きて!見て!雪が積もってるよ!」

彼女に起こされて外を見ると、東京の街は、うっすらと雪化粧していた。

雪国育ちの私には、降ったうちには入らないような雪だったけれど、南の方の出身の彼女は、大はしゃぎ。

「電車、動くかな?」

なんて言いながらも、動かなかったら動かなかったで、今日も1日中2人で遊べばいいと、お互い思ってたよね(笑)。
だから、駅までの、眠くて歩きにくい道も、ただただ楽しかったんだ。

♢♢♢

結局、かろうじて電車は動いていて、卒業制作展の準備も、予定通り行われた。

でも、すべての作業を終えて帰る頃には、雪はさらに本降りとなり、膝の高さまで積もっていた。
大学時代の4年間、東京に住んだけれど、膝まで雪が積もったのは、後にも先にも、あの時だけだったな。

彼女は、積もった雪に歓声をあげ、

「まっさらな雪にダイブするの、やってみたかったんだよねー!」

と叫び、止める間もなく、仰向けで雪にダイブ!

大の字に深く埋もれて、起き上がれない。

ゲラゲラ笑いながら埋まっている。

呆気にとられながらも、苦笑いして、引き起こす。

するとまた、今度はうつ伏せでダイブ。

「ぎゃははは!」

と、笑いながら埋もれていく。

「ねぇ、電車止まったら帰れなくなるよ〜。早く帰ろうよ〜!」

「雪は遊びではなく戦い」である雪国で育った私の、

「一刻も早く帰らねば!」

という焦りを知ってか知らずか、彼女はワンコのようにダイブし続け、大学から駅までの10分ほどの道のりを、キャーキャー騒ぎながら、40分くらいかけて歩いた。

私のヒヤヒヤをよそに、彼女は大雪を存分に楽しんでいたっけ…。

一緒にお料理したり、口紅の色番を教え合ったり、一緒に自由ヶ丘をプラプラしたり…。
「大雪ダイブ事件」のほかにも、彼女との思い出は、楽しいことばかりだ。

♢♢♢

そんな彼女が、亡くなってしまった。
あまりに突然の訃報で、いまだに信じられない。

ずっと闘病していたことすら、知らなかった。

大学を卒業してから20年以上経つ私達。
私達の住む場所は、また日本の北と南にわかれて、それぞれに家庭もできた。

年賀状には、毎年毎年、

「今年こそ会おうね。」

と書いてきた。
でも、とうとう実現しないまま、もう会えなくなったなんて…。

♢♢♢

今年に入って、年賀状のやりとりのあとに、彼女から封書の手紙が届いていた。

例年通り年賀状をやりとりしたのに、そのあとでわざわざ手紙をくれるなんて珍しいなと思ったけれど、それを機にLINEがつながったから、手紙は嬉しいきっかけ、と思っていた。

でも、今思うと、あの時すでに闘病中だった彼女は、きっと何か思うところがあって、手紙をしたためてくれたのだろう。

その手紙を読み返したり、彼女とのLINEのトークや写真を保存したりしているうちに、彼女との思い出が、たくさんたくさん、あふれてきた。

私の思い出の中の彼女は、いつも笑っている。

♢♢♢

どうしてこんなに早く、彼女のような素敵な人が逝ってしまうのだろう。

ある友達は、

「神様が、彼女をそばに置いておきたかったんだね。」

と言った。

…そうか。
いつもニコニコして、人の悪口や愚痴を言うこともない彼女があまりに素敵な人だから、神様がそばに置いておきたかったのか…。

…それにしたって、ひどいじゃない、神様。
私の大切な友達でもあったのに。
今年こそ必ず会うと、約束したばかりだったのに。

♢♢♢

葬儀の日、彼女がかつて褒めてくれた口紅は、もうとっくに廃盤だったから、似た色を引いた。

焼酎はあまり得意じゃないけれど、いい◯こも買ってきた。

そして、呑みながら、彼女が残してくれたキラキラな私達の若い時を、思い出しては慈しんだ。
泣けちゃって、全然酔えなかったけど…。

私達には、あのキラキラした日々がある。
同じ日、同じ場で、同じ空気を感じていた、若い日々のキラキラが、たくさん、たくさん…。
残された私達は、それらを抱えて生きていく。

こぼれ落ちないように抱えているのが大変なほどの、たくさんのキラキラを共有した私達。

この人生で、出逢ってくれて、ありがとう。

今年の冬は、大雪が降ったら、空を見上げてあなたを呼ぶよ。
雪はまっさらなままで残しておくから、好きなだけダイブしに来てね。

※※※

ヘッダーのイラストは、永富月来子さんが描いてくれました。

私は普段から月来子さんの絵のファンですが、その月来子さんが、ワンコのように雪にダイブした友人のシーンを描いてくれたことで、悲しみが浄化されていくというか、ものすごく救われていくのが、自分でもわかりました。

友人もきっと、天国でニッコリ見てくれていると思えたので、時間はかかっても、前に進める気がしています。

この、「友人の大雪ダイブ事件」の絵は、「私達のキラキラ」の1つに加わりました。

月来子さん、ありがとう。



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