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後味

「うわ、相田じゃん。」
学校の屋上、昼時。
お弁当を広げる女子や、ただ笑い合う男子。
そんな中に混ざれずに、今日も日陰に座った僕の耳に聞こえてきた言葉。
こういうのは、ざらついている。
ざらざらしていて、耳障りな不愉快な言葉。
わざと聞こえるように言っているのが伝わる。
くだらないと笑えたら良かったが、僕にはそんな力はない。
我慢して、我慢して、我慢して。
抑えて、抑えて、抑えて。
ただ1人、。

昔は僕にも浜内という友人がいた。
僕と同じようにいじめられっ子気質だったせいか、2人はおかしいくらいに早く意気投合した。
違うクラスだったから昼休みにしか会えなかったが、その20分間が互いを癒す時間だった。
互いを守る時間だった。
“傷を舐めあっている負け犬”
そんな風に呼ばれたこともあったけど、そんなのは構わなかった。
貴重な友人で、唯一の同志だったから。
だが、そんな時間は直ぐに消えた。
消されてしまった。
ある日の屋上。
いつも通り、2人で昼休みを過ごしていた。
柔らかな風が流れる。
「ねぇ、こっち向いて。」
浜内がふと、僕にそう声をかけた。
春先、それは冬の終わりとも言える不穏な時間。
ん?どうした?────と言おうとした。
振り返ると同時に僕の口は塞がれた。
浜内の口で。
驚いて何も言えなかった。
何も反応ができなかった。
かけがいのない友人に、僕はあの時キスをされていた。
どのくらいたっただろうか。
数秒には感じられなかった。
浜内は僕の顔を見て、見たことない顔をして笑っていた。
「ごめんね。」
浜内はそう呟くと、取り憑かれたような足取りで
屋上のフェンスに近寄った。
いつになく、その背中は満足気だった。
僕は言葉を吐けなかった。
喉が正常に動こうとしなかった。
ただ、僕よりもずっとずっと先を見ていた友人に見とれるほか無かった。
浜内は振り返らず、スっと落ちていった。
数秒して、着信音で現実に引き戻され、珍しく声を上げたスマホを開いた。
宛名を見て、喉がなった。
ヒュっと聞いたことの無い音をならした。
僕にはそのメッセージを見た後の記憶は無い。
視界が暗くなって気がついたら保健室のベットに横たわっていた。
スマホを確認して顔を歪ませた。


  差出:浜内
  宛先:相田
  お前は負け犬なんかじゃない
                』

確かに、確かにあいつは、僕宛てにこんなメッセージを書いて、送る予約までして。
時間を計算して、
僕にキスをして、
申し訳なさそうに謝って。
その後、死んだんだ。
僕が殺した。
そういう考えにも至ったが、違う気がしてもみ消した。
1晩、2晩。
考えて、考えて、
思い出して、思い出して。
そしてやっとわかった。
あいつは僕を殺したんだ。
負け犬と呼ばれた自分と共に、
負け犬である僕を殺した。

「不器用にも、程があるんだよ浜内。」

学校の屋上、昼時。
お弁当を広げる女子や、ただ笑い合う男子。
その中で1人、僕だけが浮いていた。
「浜内は消えてくれたけど、相田は消えねぇよなぁ。」
「それな。浜内は不登校気味だったけど相田は毎日来てるもんな。」
「あーあ。相田、死んじゃえば良いのに。」
ストンと僕のどこかを刺した。
ドクドクと何かが溢れ出す。
僕は静かにフェンスに近づく。
浜内の靴が置いてあった場所、浜内が落ちていった場所。
脳裏に焼き付いたあの場面を。
また僕は思い出す。
「あれ、やばいんじゃね?」
1人が僕の方を指さす。
「あ、ほんとだ。」
もう1人が反応して動画を撮り始めたようだ。
構わなかった。
僕は少しだけ動画を撮っている携帯のレンズを見て呟く。
彼らに届かなくても良い。
フェンスを超えて空を見上げた。
浜内はここから落ちた。
なら、キスの返事として僕もここから人生を終えるよ。
今この場で、僕を見ている奴らに。
止めようともせず、ただ他人の死を望む奴らに。
「最っ高の後味を!」
空へ叫んで、僕は1歩踏み出した。


「おい、どうしたんだよ。」
動画を撮っていた友人の様子が動画を見返してから変だ。
カタカタと歯を鳴らして、身体中が震えているようだった。
「なぁ、どうしたんだって聞いてんだよ。」
俺は少し声を荒らげた。
友人はやっと俺の声が聞こえたようで、こちらに目を合わせた。
その目は何かに怯えていた。
「これ、これ、、動画、動画を、。」
そう呟きながら俺に動画を見せてきた。
動画の中の相田がフェンス越しに何かを見ている。
ふと、相田がこちらを向いた。
レンズ越しに俺らに目を合わせてきたように感じて、背筋に悪寒が走った。
相田の口が何かを呟く。
『殺したのはお前たちだ。』
相田の口は、確かにそう言葉を発していた。
「殺、、した、?」
自分で口に出して、後悔した。
どうしようもない事実だった。
「俺らが、相田、を殺したのか?」
俺の言葉に友人が少し遅れて返した。
「浜内、、。」
そうしてしばらく時間が流れた。
勢いよく屋上のドアが開き、数人の大人が入ってきた。
同時に救急車とパトカーの音が鳴り響く。
そして、先生が生徒たちの前に立った。
「君たち、今日は学校休みになったから、すぐに自宅に帰るように。保護者の方々へは既に連絡済みです。」
俺と友人も2人で屋上を出ようとしたその時だった。
止め忘れていた動画の中で、相田がざまぁみろとでも言うように叫んだ。
手元が狂い、音量を最大限まであげてしまった。
「最っ高の後味を!」
屋上に響き、一斉に大人たちがこちらを振り向く。
そのうちの一人がこちらへ歩み寄ってきて、俺たちの方をがしっとつかんだ。
「君たちには残ってもらう必要がありそうだな。学校内で待機しておくように。」
教室に帰ると、クラスメイトの話し声が聞こえた。
「匿名でこれまでのいじめの証拠写真みたいなのが、生徒指導の先生のパソコンに送られてきたんだって。」
「え?!じゃあうちらどうなんの?」
「写真、相田と浜内の両方らしいよ。」
酷く、素直に合点がいった。
後味、後味、、。
確かに2人にとっては、最高の後味なのかもしれない。
俺らが2人の人生をグチャグチャにしたから。
次はきっと、俺らの番だ。
あいつらは自分の死で、俺らに最悪の後味を残していった。


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