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Silverlining

上の写真は今朝の我が家からの海の眺め。英語でsilverliningという単語があり、辞書によっては「(逆境にあっての)希望の光」となっていて、この単語の意味が、わかったようでわからないモヤモヤした部分がずっとあった。浦河で日々海沿いを車で走っていると、こういう光景が時々みられる。運転しながら、あぁこのことかも、と自分の中ですごく腹落ちしたのだが、運転していて写真が撮れない。こうして家から見られて写真に撮れてすごくうれしい。まさに銀色の縁取りみたいで、何か良いことがありそうな希望の光だなぁ。

キジ

最近、キジが一家で隣の牧草地にやってくる。とても用心深いので、写真をとろうと窓を開けると、大抵飛んで行ってしまう。これまでなかなか写真が撮れなかったが、冬が過ぎ、春になると時々キジを見かける。ケーンケーンとオスが鳴いているけど、オス1羽がカバーしている範囲はかなり広そうだ。オスが縄張り争いしているのも見たことがなく、いつも孤独に1羽で歩いている印象だ。(同じ牧草地にとどまることなく、歩き回っている感じ。)メスと出会えるのだろうか? と余計なお世話ながら心配していた。

夏をすぎて、時々メスのキジに引きつられたヒナたちを見るようになった。私が心配することじゃなかったのね。レミオロメンの「粉雪」の歌詞で「それでも一億人から君をみつけたよ」っていうところが好きなんだけど、こんな広さでもメスをみつけるキジってすごいな。なんか生きることの希望を感じちゃう。

キジはメスだけで子育てをする。軽井沢に住んでいた時も、庭にメスがプクプク鳴きながらヒナをつれて横断することがよくあった。プクプクという母鳥の声が聞こえている間・範囲なら自由に歩き回って良いみたいで、私が窓をあけると音がやみ、皆、一斉に走り出すのがかわいかった。

最近、頻繁にみかけていたこの一家、どんどんヒナが大きくなって、オスのヒナはもう首の回りが白くなり、体も緑になって、一目でオスとわかる(北海道は高麗キジなので、本州のキジとは配色がちょっと違う)。窓をそっと開けて写真を撮ったのに、母鳥がいち早く危険を感じて飛び立ち、ヒナたちはあれ、母さんどうしたの? と皆一斉に首を上げたと思ったら(とても面白い光景だったんだけど、一瞬。メスもオスもいるのが一目でわかる図だったし、皆同じ高さまで首をあげて、同じ方向、つまり母鳥を見ていた)、やっぱり後に続いて飛んで行ってしまった。

キジの一家
矢印つけてみたけど、まだいそう
左から2番目が母鳥だと思う

2月から取り組み始めて年内に終わらせる息の長い翻訳の仕事がいよいよ終盤に差し掛かったと思う今日この頃。普段の仕事とは異なる仕事なので、主に週末や夜にやっており、ようやく終わりが見えてきた。だから今朝の海がことさら希望の光に見えたのかもしれない。

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