住人のキロク#9


「この家に住んで」


はじめに
私がママゴトハウスに住んだのは今から2年半前。教員3年目の春のことでした。きっかけは大学の先輩あつさんに誘っていただいたことでした。私がこの家に住み、これまで生活してきた中で感じたことをここにまとめます。


食の豊かさと有難み
当時の私は仕事大好き人間(今もですが)。子どもたちと日々奮闘する生活は大変でしたがとても充実していました。放課後も授業や行事のことを考えると楽しくなり、準備のために夜遅くまで残ってしまうことも多くありました。晩御飯は、9時過ぎに退勤できれば某牛丼チェーン店で食べ、10時を過ぎるとコンビニ弁当を買って家で食べ、11時を過ぎると自転車に乗りながらコンビニで買ったハンバーガーやホットスナックを食べて済ませていました。これは移動時間=食事時間になるので寝るまでの時間を少しでも短縮するための裏技でした。当時の私にとって「食べる」とは自分のおなかを効率よく満たし、エネルギーを補給するための行為でしかありませんでした。仕事のやりがいから精神的には充実していましたが、やはり健康的な生活とは言えなかったと思います。そして今思うと知らないうちに心がすり減っていた部分もあったかもしれません。
この家に住み始めて初めて母のごはんを食べたとき、「こんなにうまいごはんがこれから毎日食べられるのか」と思うと嬉しさのあまり感極まって涙が出そうになったことを今でも覚えています。あれから約2年半、毎日のコンビニ弁当と牛丼でできていた私の体は今、旬の野菜を使ったおいしいごはんで満たされています。そして食卓から季節を感じられる日常にとても幸せを感じています。母得意の圧力鍋で作る角煮や豚バラ大根、あつさんが一から作るスパイスカレーは絶品で、住人の田舎から送られてくる米や野菜、果物が食卓をよりいっそう豊かなものにしています。この「食の豊かさ」は、そこに集う人との空間や私の心までも豊かにしてくれました。本当に感謝しかありません。最近はコンビニ弁当を食べるとびっくりするほど美味しくないと感じてしまいます。今、一人暮らしの頃と同じ食生活をしてくださいと言われたら私は発狂してしまうでしょう。


人と暮らしをつくる面白さ
この家では住人それぞれが自分の時間を大切にしつつ、ちょっとした気遣いや思いやりといった緩やかなやさしさでつながっています。何も強制力はないはずなのに、みんながそれぞれのペースで家でのよりよい暮らしを作ろうとしている風土がすてきだなといつも感じます。多様な人が共に暮らしているわけなので、当然多少のストレスやすれ違いが生じることもあります。しかしその都度コミュニケーションを取り合い、それぞれが大事なものを守れる範囲で守り、妥協し合い、より良い暮らしを求めて建設的に話し合えているのがこの家のすごいところです。月一回の家族会議(パーティー)では、みんなの思いを受けて新しいルールが生まれることもあります。この会議では「こんなことしたい!」というわくわくするような議題も話し合われ、コロナ過を楽しむため企画された夜のママゴトバーや早朝5時からの大運動会は最高の思い出です。私が唯一出したといってもよいテレビアンテナ設置の議題が通り、母がオリンピックを夢中になって楽しそうに見てくれた時は私まで嬉しい気持ちになりました。「ルールは作るもの」という感覚や、より安全に、より快適に、よりハッピーにするにはどうしたらよいかと知恵を持ち寄り話し合ってアクションを起こす過程は、主体性を育む学級経営や特別活動に通ずるものを感じます。一人一人が自由でのびのびしているのに優しさと思いやりがあって、みんなが個性を生かして自治的にいい学級(家)をつくろうとしている。こんなクラスをつくりたいなあと職業柄思ってしまいます。
ここで暮らしていると、話をしてお互いの思いを聞くことで、より相手のことを理解し、関係性ができていくのを感じることができます。関係性ができると互いに興味を持つようになり、誰かの趣味を教えてもらったり、誰かの頑張りをみんなで応援したり、誰かの悩みにみんなで寄り添ったり、誰かの思い出が自分の思い出になったりします。自分の中に新しい変化が生まれることもあり、この職場でも家族でもないユニークで魅力的な住人たちとつくっていく共同生活はとても心地よく、面白いです。人と暮らすことで自分の人生が豊かになっていくのを感じられるママゴトハウスに住んでよかったと心から思います。


多様な人との出会いと自己の変容
あつさんがNPOをしていた関係で人とのつながりが広く、住人それぞれの人脈もあり、この家には様々なお客さんが訪れます。教員、学生、NPO、会社員、休職中の方、スポーツトレーナー、大学講師、市議会議員、子育て中のお母さん、旅人…etc。 おいしいごはんを囲み、自分のお客さんでなくともお酒を飲みながら話しこんでしまうこともしばしばあります。自分のフィールドを持ちながら何かを専門に学んでいる人、留学経験が豊富な人、不登校や学校が嫌いだった人、面白いプログラムを持つ私立高校に通っていた人との話は特に興味深かったです。ルーツや価値観の異なる多様な人との出会いと会話は、一教員、一社会人、一人の人間である自分に刺激を与え、新たな視点をくれました。学校という場所、自分の働き方、子どもを見る視点に変化を与えてくれることもあります。視点が広がることで時に自分の教育観がぶれてしまうこともありますが、学校の常識や今自分が持っている考えだけにとらわれることなく、問い直したり、考えたりすることはとても大切なことではないかと思います。子どもにとって学校はどんな場所だろう?子どもが先生に求めるものって何だろう?子どもたちにとって本当に必要な生きる力って何だろう?小学生のときに培われるとよいことは何だろう?いつもそんな真面目なことを考えているわけではありませんが、多様なお客さんと出会えた環境にとても感謝しています。


終わりに
今、私は教職員特別制度を利用し、JICA海外協力隊に応募していています。春から夏にかけて試験を受け、今は結果待ちです。海外への興味や憧れ、なにか普通じゃないことをしたいという思いは昔からあったものの、コロナもありいざ行動しようとはなかなか思えていませんでした。そんな私がこのチャレンジを決断したのは、言葉も文化も異なる途上国で暮らし、教育に携わるという経験を通して多くを学び、自分が魅力的な人になって子どもたちの前に立ちたいと思ったからです。この思いはママゴトハウスを通して出会ったたくさんの魅力的な方たちの存在があったことも少なからず影響していると思います。
もうすぐ私はこの家を出ます。尊敬する大学の先輩であり、この家を開いて誘ってくれたあつさん。いつも温かく支えてくれた母を始め、これまで出会った住人とたくさんのお客さんへの感謝の気持ちをここに記すとともに、ママゴトハウスの今後のゆるやかな幸せと発展を願って私の文章を終わります。


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