#003 人付き合い

実は人付き合いが得意な方ではない。

こんなことを言うと驚かれる方もいるかと思う。僕自身、自分のことを基本的に社交的だと自覚しているし、コミュニケーション能力が低いとは思っていない。当然だが、緊張することはあっても、人前に出ていくことを厭わない。

職業柄「我が身を晒して生きる」と覚悟している。

バーテンダーという仕事の基本は接客で、その能力が低いとは思わないが、それはこの仕事を始めて訓練を積み重ね、手に入れた能力だと考えている。

「接客力」という言葉があるなら、その能力は後天的でどんな人も手に入れることができる。というのが僕の持論である。ただ、その能力が必要のない人生もあるだろうし、「その能力が必要のない人生」を望む人もいるだろう。

どんな人も、望まないものは手に入らない。もちろん、例外はあるが。
そして、望んだものしか手に入らない。こちらにも例外はあるが…。

その例外についてはそのうち話をしようと思うが、基本的には「サイコロを振って望んだ目を出す」ことと同じで、望んだ目が出なければ、サイコロをふり続ければ良い。自ら選んだ生業を続けるとはそういうものだ。

さて、つまり僕は自分を「社交的で接客力があるが、人付き合いが得意と自覚していない」と説明できる訳だ。一見矛盾しているように思うかもしれないが、それを紐解くのは難しいことではない。

僕が大人になって驚いたことのひとつは、「人間というのはこんなにも他人に興味がないものなのか?」ということ。子供の頃から大人になった今でも、そして、恐らくはこれからも、僕の最大の関心事は「人の振る舞い」にある。

むしろ、大人になってから、自分の「他人に対する関心の深さ」の方が異常なのだと自覚するようになった。

その関心の深さは、ありがたいことに僕に社交性とコミュニケーション能力と接客力を身に付けさせてくれた。社会性を持って生きるためにも、この生業で稼いでいくためにも、それらが有効な素質であることは言うまでもない。

もちろん、皆さんの日常と僕のような仕事をしている人間のそれは、ずいぶん違うかもしれない。適切なサービスを提供するには、相手の話を聴くことから始まるし、元来、呑み屋という場所には「自分の話を聴いてもらいたい人」が集まりがちだ。

そんな場所に、僕のような他人に関心が深い人間がいることは好都合だろう。コミュニケーション能力とは「上手く喋れること」ではなく、「丁寧に聴けること」なのだから。

だけど、
人の話ばかり聴いていたら、自分のことを上手く喋れなくなってしまった(笑)。

「そもそも」ではあるのだが、僕は「人は他人に興味を持たない」ことを前提に生きて来た。だから、自分が他人に興味を持たれないことなど当たり前と感じながら生きて来た。

だから時々、人付き合いが面倒になることがある。

ウイスキーについて語り、飲み手の皆さんがウイスキーを感じ、その飲み手なりの理解を深めていけば良いのだろうと、そう思って来た。飲み手の皆さんのそれぞれの人生の中にウイスキーがあることで、それらの人生が豊かになるならそれでいい。

価値を提供し、対価を頂く。
すべての仕事の本質がそこにあるなら、僕らバーテンダーの仕事も同じこと。
僕はそう考えて情報発信をして来た。


さて、ここまでつらつらと自分の話をして来たが、実は今回は前回の記事の続きなのである。僕の目的は以下のようなこと。

多くの人が新聞・雑誌を買わなくなり、テレビを見なくなり、固定電話を解約し、携帯電話の音声通話をしなくなり、映画や音楽もネット経由のサブスクリプションに変わりつつある。

個人的にはFAXも印鑑と同じように廃止にして欲しいと思っている。

つまり、「情報収集とコミュニケーション」の多くを、ネット・インフラが担うような時代になった訳だ。30年以上もバーテンダーという仕事をする僕から見ても、これは大きな変化だ。

例えば、英語版のウイスキー・マガジンを辞書を片手に読むことはなくなった。今思い出しても、あの作業は僕にとって「暗号解読」に他ならなかった。

インターネットは非常に利便性の高いツールだが、人は理解を求めて「情報収集とコミュニケーション」を行うのではないのだろうか?と考えて来た。

ところが、ネット上の至る所で「コミュニケーションの齟齬」が散見される。「小さな違和感」に端を発し、それに共感(便乗)する人が現れ、事態は拡散して行く。やがて「加害者」は特定され、それでも「被害者」は救済されることもない。

まぁ、日々そんなことが繰り返されている。

俯瞰して考えるなら、要するに多くの場合「情報収集とコミュニケーション」を目的として、ネット・インフラが使われているだけではないようだと気付かされる。「情報収集とコミュニケーション」はきっかけに過ぎない。

30年前、僕らのコミュニケーションはとてもリアルだった。

懐かしくも奥ゆかしい時代だったと思う。あの頃なりの良さを恥じらいを持って思い出すけど、あの頃に戻りたいとも、また、戻れるとも思わない。

僕が今、皆さんにお話ししたいと思うのは、これからの時代のバーテンダーとしての情報発信について。ということ。

もう少し、お付き合いを。

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