true colors / 僕らのウイスキーについて
この度、大阪の難波・道頓堀に店を構える”Bar SIMON”さんとジョイントPBをリリースさせて頂く運びとなりました。今回はその背景と僕らの理念について説明させて頂きたいと思っております。
きっかけは昨年のこと。それまでも大阪を訪問した時には幾度も”Bar SIMON”さんには伺っていました。ある時店主の向井君に唐突に「一緒にPBやりませんか?」と提案されました。
正直驚いたのですが、向井君の真っ直ぐな眼差しを逸らすこともできず「お客さんに楽しんでいただけるようなウイスキーを出せて、しかも互いに共感できる理念が成立するなら」という条件で一旦その話を受けました。
以来何度もラインでやり取りをして、池袋の事務所で打ち合わせを重ね、最終的には難波の”Bar SIMON”で岸田メルさんとウイスキーを飲みながら話を聴いていただき、イラストを描いて頂くことを承諾して頂きました。
岸田メルさんに僕らがぶつけた思いを、それまでの経緯も含め説明していきます。
まず、僕と向井君はお互いのウイスキーに対する思いや考えを忌憚なく意見交換しました。そんな中、飲み手の気持ちとして共感できる部分、バーテンダーとして共有できる知見、同じものを見ていてもこの部分は切り口が違う解釈をしているなと感じる点など、まずはそれらを平らに並べていきました。そして、互いに変わることなく共有できる理念はなんだろうと考えました。
いくつか無駄話もしながら、僕らには「アナロジーやメタファーを使ってウイスキーを愉しむ」という共通の傾向があることに気付きました。具体的には、僕らはウイスキーを「人のように感じてしまう」ということ。
僕はほぼ日常的にテイスティング・コメント(僕の言葉で言わせてもらうなら「感想文」)を書いていますが、取り掛かる前にグラスに向かって「あなたの魅力を言葉にしていくよ」だから「素敵な表情を見せてね」と心に思いながら文章に書き起こしていきます。
切り出された言葉は、もちろん「香りと味わい」がほとんどですが、自分の感想文を読み返しても、僕の頭の中にはそのウイスキーが人物像として浮かび上がるのです。
皆さんにもそんなことがないでしょうか?人物ではないにしろ、何かのアナロジーやメタファーでウイスキーを愉しんだことはありませんか?例えば、このウイスキーは「ど真ん中のストレート」「大きな変化球」「キレの良いスライダー」などのように。
「ど真ん中のストレート」という言葉は香りと味わいについて何も説明してません。でも僕らはそれらの言葉で共感を得ることが可能です。誰かとウイスキーについて語り合う時、そんな風にアナロジーやメタファーを使って理解を深め合ったことはありませんか?
比喩を使った表現から類推されるウイスキーのイメージ。
そんなラベルでウイスキーを世に送り出せたら。
そのアイディアが生まれた時、僕と向井君は少し興奮していました(笑)。
かつてリリースされた印象的なウイスキー、思い出に残っているウイスキーについて向井君と語り合いました。どんな香りと味わいだったか?ではなく「もしもこのウイスキーが人間だったら?」という切り口で。
僕らはかつて飲んだいくつかのウイスキーについて語り合い、納得と共感が得られるものもあり、時には「え?ホントに同じ人について語り合ってるの?」というものもあり、ある意味とても興味深く楽しい時間でした。しかし、僕らがイメージする人物像はそのほとんどが女性でした。
そのことは、僕らがイメージする人物像はなぜほとんど女性なのだろう?
という問題提起にも繋がりました。
もちろん、僕らが男だからという側面が大いに関係しているとは思います。そして、話を進めるうちに、僕らは共にウイスキーに対しても女性に対しても「憧れがある」からだろうという結論に至りました。そして、憧れの背景にある力は「生命力」なのだと。
ウイスキーは「命の水」とも呼ばれます。僕らにとっては醸造酒ではなく蒸留酒であることもまた魅力的であるでしょう。醸造酒にはないその溌剌とした香りと味わい。飲み干してグラスに残った香りの変化にさえ僕らは心動かされてしまいます。
女性もまた生命の源です。命を育み産み出す能力を持っているのは女性だけで、僕ら男たちはそんな能力も崇高な使命も持ち合わせていないのです。すべての命は例外なくお母さんから産まれます。僕らは改めて、自分の母親への尊敬と感謝の気持ちを新たにしなければとも感じました。人生を楽しめるのも、お母さんのおかげなのです。
また改めて、生命力を持つ者に対する畏怖をも感じたと言っていいかと思います。その気持ちをひと言で表すなら「憧れ」ということなのだろうと。そして、作家の村上龍が言う通り「すべての男は消耗品である」のかもしれません。
そして、僕ら男たちの生命力などほとんどの女性に比べて脆弱であるでしょう。ウイスキーが「命の水」なら、僕らがウイスキーに憧れるのも当然ではないかという結論にも辿り着きました。
今日も世界のどこかで「生命の水」は産まれています。僕らの目の前に現れるまで、何年も何十年もかかります。そして或いは、お目にかかることさえできないウイスキーもあることでしょう。人との出会いも同じこと。
「もしもこのウイスキーが人間だったら?」
という僕らの思いをメルさんにイラストに起こしていただき、その目の前のボトルのラベルのイラストの人物像から、その香りと味わいを想像しながら愉しむウイスキーがあったら愉しいんじゃないかと思ったのです。
そこまでイメージが固まれば、楽しい仕事の始まりです。
まずは僕と向井君が同じサンプルを試飲します。できる限り詳細にテイスティング・コメントを拾い、互いにぶつけ合います。そして、それらを擦り合わせた後、「もしもこのウイスキーが人間だったら?」となるのです。
テイスティング・コメントの擦り合わせはさほど難しい仕事ではないのですが、僕らにはその先の、岸田メルさんに「どのようにその人物像を伝えるか?」という大仕事が待っています。
難波と池袋。遠く離れていますから、何度もラインをやり取りしたり、直接話し合ったり、時にはイメージ画像を交換したり。そんな風に岸田メルさんに人物像を伝える言葉を絞り出します。
僕らの思いをぶつけた結果、岸田メルさんからの返答が今回の2枚のイラストです。今回の2つのウイスキーの個性の違いが、くっきりとこのイラストのキャラクターに違いに現れています。
個人的に僕は今回始まったこの仕事を「人を巻き込んだ壮大な遊び」と考えています。遊びにお付き合い頂く関係者各位、特にそのキーパーソンである岸田メルさんに感謝です。ありがとうございます。
僕は岸田メルさんの作品を繰り返し拝見させていただいて、是非ともお願いしたいと思いました。その理由についてもお話しさせて下さい。
作品の中のそのシーンで「その人物の感情が溢れている」ように感じるところです。明瞭に感じる訳ではないですが、「この人は今、何を思っているのだろう」「何を伝えようとしているんだろう」と探らざるを得ない気持ちにさせるところが僕の心を打ちます。
今回のラベルですが、ひとりの女の子は眼光の鋭さが特徴のようです。芯の強さはありますが、実は清楚で清潔です。もうひとりは柔和な眼差しですが素朴な意志の強さを感じます。
イラストからその香りと味わいを想像しながら愉しんでいただき、香りと味わいを愉しみながら「私にはこんな風な人物に思える」。そんな話をバーのカウンターで飲み手の皆さんに楽しんでいただけたら嬉しいのです。
正確なテイスティング・コメントを書けることも、ブラインド・テイスティングもそれぞれ楽しい遊びです。個人的には優劣を争うものではないと感じています。それは、チャレンジしてみればわかると思います。そんな遊びのひとつとして「もしもこのウイスキーが人間だったら?」と思いながらグラスを傾けて頂ければと思います。
実は僕と向井君はこのシリーズのブランド名を密かに”true colors”と名付けました。その話の詳細はは次回に譲りますが、僕らがウイスキーから”true colors”を見つけ出せるか、これからが勝負です。
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