メンタル・マッチョ・ゴリラ<誕生編> vol.10 「決死隊」
風で商品を飛ばすという高度な技を披露したオサムのおかげで、すっかり冷え切った私は、ミスドのコーヒーで温まることにした。
オールドファッション、ダブルチョコレート、そしてフレンチクルーラーという鉄板セレクションを平らげると気分もだいぶ落ち着いてきた。
と同時に、昨日の説教部屋会議室での顛末が蘇ってくる。
オサムの「戯れ」被害者である若手ホープたちに、思わぬ勧誘を受けたのだ。
「決死隊を組むぞ」
けっしたいぃぃぃ?
死を覚悟してまでオサムに凸をカマすってこと?逆にカマさ、あ、返り討ちに遭うのがオチじゃ?
咄嗟に勝ち目がないことは予想できた。
そもそも、なんで私まで?
悪ふざけやめてください、と真剣に言えばいいだけのような気がした。素朴な疑問が口をつく。
「小山係長にちゃんと言ったんですか?」
するとその場にいる全員に動揺が走り、皆、口走った。
「オサムさんに迷惑かけられないだろ。」
んん?
私はいいんだ、、、。
にしても、えーと、じゃ、、、???
どゆこと?
よく、聞け、タコ!
と言わんばかりにもみあげ先輩が、苦虫を噛み潰したような顔で言葉を継いだ。
「お前んとこ、ジャングルにはな、
お宝がゴロゴロ眠ってるんだ。」
お、お宝っ?
何のことやら?だった。
PSは、非営利部門で在庫は持てない。
夕暮れの赤く長い光が窓から差し込む。
男たちの影は濃くなり、だんだん盗賊のように見えてきた。
「それを、
俺たちがいただく。」
先輩は、ルパンにはまっているのだろうか?(以降、ルパンと呼ぶ)
営業たちの芝居がかった物言いにも、正直辟易してきた。
久しぶりにミスドでドーナツと待ち合わせもしている。(行けなかったけど)
ジリジリと後ずさる私の後ろにエレ君が立ち塞がった。
エレ君のプライベートの携帯番号、営業アシスタントの同期ゆきよちゃんから聞き出してオサムに教えてあげよう。いや、なんならこの部屋、全員分を、、、。
私がダークなオーラを発したのを見るや、ルパンはやや巻きで説明を始めた。
「アナ、、、えー、橋爪さん、いるだろ。お前の上司、橋爪さん。ファイルの山、分かるな。あれ、あの中には製作が止まってるものがそれこそ、山のようにあるわけだ。ちゃんと商品にすれば、確実に売れるぞー!」
最後の部分は雄叫びに近かった。
毎月、確実な売上が喉から手が出るほど欲しい営業にとっては、確かにお宝に違いない。
つまり決死隊は、ファイル山に向けてだった。
はぁ〜。ファイル山、、、
山積みのあれかぁ。
ドーナツの山積みだったらなぁ、、、そうそう、今日はチョコファッションとフレンチクルーラーと、、、。(結局行けなかったけど)
空腹のあまり、気持ちはミスド方面へ飛翔を開始していた。
「それでだ。yaoki、
お前、あれ、やってみろよ。」
ルパンの大声にドーナツが吹き飛んでいった。
え?何?
アナコンダがうっちゃった仕事を?
営業たちはかなりできる新人だと勘違いしているが、私がかなりできるのは輸入菓子の当たり外れを的中させる瞬間だけだ。(たいていハズレ。日本の菓子メーカーは優秀です)
そんな小学校低学年レベルの人間に、高価格帯の商品作りという難易度かなり高めなお仕事を振られても困る。
「そんなん、マジ無理、、、」
「これを見ろ。」
どこまでも反応の鈍い新人に業を煮やしたようで、一番背の高く、ついでに頬骨も高い営業が突然何かを差し出した。
この男は『るろ剣』の斎藤一に似ている。私は牙突か、と一瞬、怯んだ。
が、その手のひらには一粒の輝く石が載っていた。
混沌とした空気の中、沈みゆく陽光であれど、燦然と光を放つ。
「分かるか。彫刻が施されている。」
そのうっすらと色づいた透明石は花の形に彫り上げられていた。
割れやすい性質のその石に、これだけ精巧な細工は確かに見事としか言いようがない。
彼は、そっとケースに石をしまった。
「これだけが唯一、俺たちに残された。」
他の男たちはそのセリフを聞くと、この世にいない誰かを偲ぶような風情。
私はドーナッツとコーヒーを忍ぶ、、、。
一呼吸入れ、斎藤が話を続けた。
「橋爪係長は、この石に関する開発ファイルを持っている。最初に仕入れた石のロットのみコレクションは作られ、バブルの時に
あら!即・売
だった。」
悪相に似合わぬダジャレをぶち込こんできた。
なんだか面倒くさいメンツに本格的に退散したくなってくる。
そして、空腹も私の忍耐をじりじりと削るのであった。
「なんで、、、直接、頼めばいいじゃないですか。橋爪係長に」
その瞬間、またもや目をむき出して怒り始めた。
「俺たちは元気に営業まわらなきゃだろ!」
狩人が一番恐れるのはケガだ。
確かに、ちょっとでも意見しようものならアナコンダに締め上げられ、全身の骨がバッキバキに砕け散る危険性が高い。
過去に営業部の先輩たちが幾人も果敢に挑んでは儚く散っていったという。
あまりに熱心過ぎた者は、二度と戻ってこれない絶海の孤島へ島流しにあった。(そんな支店は存在しない)
というわけで、
もう実力行使しかない
という結論に至ったようだ。つまり、盗ってくる じゃなかった、
持ってきちゃう。
最後まで寡黙だったガタイのいい営業が締めくくった。
「だから、yaoki,
お前が行け!」
なんで、わたしぃー?
確かにファイル山のすぐ横で仕事しているけど、=死と隣り合わせでもある。
「決死隊を組むってさっき、、、」
「資料ファイルをゲットしたら、お前の身の安全は保障する。
俺たちはチームだ。」
このガタイの良い営業の得意技は歯でガラス製のコップを割ることだった。
「チームびっくり人間」が結成されるわけだ。
絶対に入りたくない。
私だって、元気に伝票書きたい!
びっくり人間は、私の100%後ろ向きな態度を気にせず続けた。
「お前には、本当で今後この商品を頼みたい。」
よくあるパターンだ。餌で釣って、お宝を持ってくると、海底に沈めちゃうという悪の手口。
それに、いきなり商品作れるわけない!
もういい加減に解放されたかった。
ひとまずここは、熟練の官僚のように退散しよう。
「検討しておきます。」
極めて真摯な態度でそう告げると、びっくり人間は頷いた。
「これで、俺たちはチームだ。」
人の話、聞かないタイプだった。
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