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Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第35話 ヘッジファンドの陰鬱

前回の話はこちらから
 
https://note.com/malaysiachansan/n/n1ff5f939d72f
 
 この話は2013年まで遡る。香港のコンテナリース会社に勤める氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、香港に移住して4年目を迎えていた。初めての海外生活にもすぐに順応した氷堂は、次第に上司からの信頼を得る様になっていった。そして遂に彼はこの年、コンテナリースの商品設計を行う部署のサブリーダーに抜擢された。
 
 さて氷堂の仕事は激務だった。仕事が終わるのは毎晩9時を回っていたが、彼は週に3日ほど楽しみにしている日課があった。それは会員制のクラブに遊びに行く事だった。クラブと言っても女性がお酒を注いでくれる店やダンスを踊るクラブではない。香港には富裕層向けの会員制のレストランバーがあり、氷堂の会社が会員制クラブの法人会員になっていたのだ。この法人会員の年会費は非常に高く、日本円で100万円以上するのだが、氷堂の会社は富裕層の接待スペースとしてそのクラブと契約しており、自社の社員にもそこを自由に使えるようにさせていた。仕事を終えた氷堂は、いつもの様に会員制のクラブへと向かった。
 
 そのクラブは中環(セントラル)の一等地の高層ビルの1フロアにあった。入ってすぐのエリアにバーのスペースがあり、その奥がダイニングスペースとなっていた。
 

 
 氷堂はクラブに行くと最初にバーでビールを飲み、その後にウイスキーを飲むのが日課になっていた。そしてそこにいる顧客の多くが氷堂の様な常連で、お互い顔なじみになっていた。
 
 
 ある日、白人のグループの男性が氷堂に声を掛けてきた。彼は暑い香港にもかかわらず3ピースのスーツを着ており、腕にはパテックフィリップの高級時計が輝いていた。
 
「はじめまして、こんばんは。私はエドワードと言います。いつも来ていらっしゃいますよね。良かったらご一緒に飲みませんか?」
 
 突然声を掛けられた氷堂は少し驚いたが、一人で手持ち無沙汰にしていた事もあり、快くその誘いに応じた。聞いてみると彼らは外資系金融機関で働くバンカーたちで、彼らもまた週に3回ほどこのクラブを訪れていた。それからというもの、氷堂は彼らとここで定期的に飲むようになった。ちなみにエドワードはまだ30代後半で氷堂と年齢的には殆ど変わらなかったが、その飲み方は非常に豪快だった。最初にシャンパーニュをボトルで注文し、その後にはブルゴーニュの赤ワインを飲む。最後はブランデーのレミーマルタンXOで締める、という飲み方をしていた。会計は毎回10万円近くに達していたが、どうやら彼らはそれを経費で落とせるらしく、彼らと一緒に飲むと必ずご馳走になってしまっていた。
 
 
 さてある日、いつものように氷堂が一人で飲んでいると、エドワードたちのグループが入店してきた。彼らは氷堂とは離れたテーブルで飲んでいたのだが、エドワードは疲れていたらしく、酔いつぶれて寝てしまっていた。するとエドワードの同僚たちは彼を残して帰ってしまった。恐らくバーテンも顔馴染みだったため、彼に託して帰宅したのだろう。その様子を見て、氷堂は寝ているエドワードの隣へと席を移動し、声を掛けた。
 
「おい、エドワード。ちょっと飲み過ぎなんじゃないか。君の会社の同僚たちは先に帰ってしまったよ。」
 
 そう言っても起きる様子が無かったため、氷堂はしばらくの間、彼の隣で一人ウイスキーを飲んでいた。しかし15分ほどすると、エドワードは突然目を覚ました。周りの同僚が帰ってしまった事を悟ったエドワードは、氷堂に申し訳なさそうに言ってきた。
 
「ありがとう…いやぁ実は今日は別に飲み過ぎたという訳じゃなくて、単に寝不足だったんだよ。昨日は担当しているディールに朝まで対応しなければならなくてね。でも少し寝てスッキリしたよ。そうだ、小腹も空いたから、外に軽く何かを食べに行かないか?」
 
 急な誘いに少し戸惑った氷堂であったが、エドワードとは既に10回近くこのクラブで一緒に飲んでおり、お互いに気心知れた仲になっていた為、喜んでその誘いに応じる事にした。しかしここでエドワードと二人で出かけた事が、後に香港の金融業界を揺るがす一大スキャンダルに巻き込まれることに繋がるとは、この時点では予想だにしていなかった。

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マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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