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Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第29話 共産主義が残した傷跡

前回の話はこちらから
 
https://note.com/malaysiachansan/n/nebd7c38425fd
 
 この話は2022年5月末の出来事である。この日、氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は仕事を終え、馴染みの中華料理店へと向かった。氷堂は毎週月曜日に、必ずこの店に来ることにしている。ちなみに氷堂の終業後の日課は大抵決まっている。氷堂は生粋のプロ野球好きで、基本的にシーズン中は殆ど毎晩、必ずどこかのチームの試合を観戦している。最近はインターネット中継も普及したお陰で、世界中のどこにいてもプロ野球を観る事ができるようになった。ただ月曜日の夜だけは試合がないために、このお店で夕飯を食べる事にしていた。そして氷堂は席に着くとすぐ、タイガービールと料理を注文した。

 
 このタイガービールはシンガポールを中心にアジア全域で飲まれているビールで、オランダのハイネケン社が出資している事でも知られている。そして比較的ライトな味わいが特徴となっており、高温多湿の東南アジアで飲むと、その美味しさは格別だ。氷堂はビールを喉に流し込むと、一日の疲れが吹き飛んでいったような気がした。
 
 さてその時氷堂を呼び止める声がした。顔を上げるとそこには店主の劉がいた。劉は中華系マレーシア人で、年齢は70代後半だ。劉がこの地にお店を出してから既に40年以上が経過しており、地域住民からも名物主人として愛されている人物だ。
 
「リツさん。今日もわざわざ来て頂きありがとうございます。ちょっと良いですか?これは一体どういう事ですか?」
 
 そう言うと劉は自分のスマホの画面を氷堂の前に差し出した。普段は温厚な劉だが、今日は何故か目つきが厳しい。そしてスマホの画面には、マレーシアのニュースサイトが映されていた。更に内容をよく見ると、日本の出来事について言及されている様だった。氷堂は目を細め、ニュースの内容を確認した。そこには次のように書かれていた。
 
 
「5月28日、日本赤軍の元最高幹部である重信房子(76)が出所した。重信氏は1974年にオランダのフランス大使館を占拠した『ハーグ事件』に関与したとして、2000年に潜伏先の大阪で逮捕されていた。彼女は殺人未遂などの罪で懲役20年の判決を受け服役していたが、この度刑期を満了し出所する事となった。」
 

 
 まさか氷堂はマレーシアの片田舎で日本赤軍の話題を振られるとは思ってもみなかった。ニュースを読み終わった氷堂がキョトンとしていると、劉は畳みかけるように話しかけてきた。声を掛けてきた時とは打って変わって、その口調は段々と荒いものとなっていった。
 
「リツさん、日本赤軍の最高幹部は死刑ではなかったのですか?少なくとも終身刑になっているものと思っていたのですが、何と刑期を満了して釈放されたらしいじゃないですか。しかも彼女は新聞のインタビューにも答えており、まるで英雄気取りです。いつから日本はそんな下劣な国になったんですか?どうして彼女のような人間が、外の空気を再び吸う事が許されるんですか?一体日本政府は何を考えているんですか!」
 
 劉の目は怒りに満ちている様子だった。普段は温厚な劉がここまで怒るのには、何か背景があるに違いない。そう感じた氷堂は、思い切って劉に尋ねてみた。
 
「劉さん、確かに元日本赤軍の重信房子氏が釈放されたのは事実の様で、日本でもこの事は大きく報道されているみたいです。ただ一つお伺いして宜しいでしょうか?劉さんは何故この件でそんなに怒っているのでしょうか?差し支えなければ、その理由を教えて頂けないでしょうか?」
 
 氷堂は丁重に尋ねてみた。それに対して劉も答える。
 
「そうですね、リツさんはまだ40代でしょうから、昔の事はそれほど分からなくても無理もない事です。では今日は詳しく教えてあげましょう。なぜマレーシア人が共産主義を嫌悪しているのか、彼らがどれだけこの国をメチャクチャにしたのか、更に重信房子たちがこの件にどう関与していたかを。リツさん、お時間はありますか?」
 
 劉の怒りは話している内に段々と収まってきている様子だった。それで氷堂は劉の話に耳を傾けてみる事にした。しかしその後に劉の口から話されたのは、共産主義者たちの非道かつ残酷な、想像を遥かに超える愚行の数々だった。

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香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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