見出し画像

Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第26話 現代の奴隷労働の実態

前回の話はこちらから

 https://note.com/malaysiachansan/n/n3804c6d5b828?magazine_key=m0838b2998048
 
 この話は2020年7月某日まで遡る。氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、この日いつもと同じように朝8時に会社に到着し、メールチェックを始めた。そして朝9時になると、COOのカイルディンが出社してきた。ちなみにカイルディンは50代後半のマレー系マレーシア人であり、30年にわたりポートクランでキャリアを積んできた港湾業界の大物だ。カイルディンは身長が180cm以上あり、体重も100kgを優に超えているため、その外見から「黒熊」と仲間内では呼ばれているのだが、この日出社してきた彼はいつもと明らかに様子が違った。
 
 カイルディンは会社に着くなり、いきなり大声で氷堂を呼び止めた。
 
「おいリツ、新聞を読んだか。大変な事になったぞ。アメリカ政府がタップグローブ社(仮名)のゴム手袋に対して禁輸措置を課した。タップグローブ社が外国人労働者に対して奴隷労働を強いていたのが原因らしい。これを見てみろ。」
 
 そう言うとカイルディンは机の上に朝刊を放り投げた。そこには次のような内容が書かれていた。
 
「タップグローブ社には約13000人の従業員がいるが、そのうち11000人を外国人労働者が占めている。タップグローブ社は彼らに対して残業代を一切支払っておらず、賃金も不当に低いものであった。言わば奴隷労働が横行していた様だ。この点でマレーシアは世界最大のゴム手袋の産地であり、世界シェアの実に65%を誇るが、この中でもタップグローブ社は世界最大の会社であり、世界のゴム手袋の何と26%が彼らの会社で作られている。そしてコロナ禍で医療用ゴム手袋の需要は急拡大し、それに伴ってタップグローブ社の売上や利益も急拡大していた。実際売上・経常利益ともに昨年対比150%に達する見込みで、工場の稼働率はずっと100%の状態が続いていた。このような市場環境の中で、もし米国が禁輸措置を課すなら、タップグローブ社の経営計画にも大きな影響が及ぶものと推察される。」
 

 
 記事を読み終えた氷堂はカイルディンに言った。
 
「これは確かに大変だ…特にタップグローブ社はうちの会社の取引先でもある。彼らはゴム手袋の輸出量が急増したから、元々手配していた物流会社のコンテナが足りなくなった。それでうちの会社から短期リースでコンテナを貸し出していたんだよね?」
 
 氷堂の質問にカイルディンも答える。
 
「ああ、その通りだ。そしてそのコンテナは今、アメリカに向かっている途中だ。数も50TEU以上あるだろう。もしアメリカが禁輸措置を課せば、俺たちのコンテナは恐らくマレーシアへと送り返されてしまう。その間は次の荷主を手配できないから、数か月分はそのコンテナで売上を立てる事はできない。かなりの損失になるはずだ。」
 
 それを聞いて氷堂は深く考えた。不可抗力とはいえ、これは何とか避けたい事態だ。悩み抜いた末、氷堂はカイルディンに一つの提案をした。
 
「カイルディン、僕らで事態を動かすのは難しいとは思うけど、やれるところまでやってみよう。まずは今回の状況について正確な情報を得る必要がある。だからまずはタップグローブ社に行って、直接聞いてみるのはどうかな。」
 
 それを聞いたカイルディンも小さく頷いた。そして氷堂は電話を取ると、タップグローブ社の物流部門の責任者であるジミーに電話をかけてみた。
 


 数コールで電話に出たジミーに対し、氷堂は単刀直入に尋ねてみた。
 
「おはようございます。ジミーさん。今朝の朝刊を見ましたが、貴社のゴム手袋に対し、アメリカ政府が禁輸措置を課すとの事です。そして原因は『貴社が外国人労働者を奴隷の様に働かせている』と書かれています。これは本当でしょうか?もしコンテナが送り返されるような事態になると、弊社にもかなりの損害が及びます。この件で正確な情報が必要なので、少し時間を頂けませんか?」
 
 ジミーは不貞腐れたような声で返答した。
 
「その話ですか。朝からその件で電話が鳴り止まないんですよ。そしてこの件は誤解なんですよ。でも分かりました。これから本社まで来てください。詳しくご説明したいと思います。」
 
 そう言うとジミーは電話を切った。一方の氷堂の方は、ジミーが言った「誤解」という言葉がどうも引っかかった。しかしそれを気にしても仕方がない。今はとにかく彼から話を聞く必要がある。それで氷堂とカイルディンは立ち上がり、事務所を出てタップグローブ社へと向かった。
 
 しかしその後二人が目にしたのは、誤解どころか想像を超えた奴隷労働の異常な現実だった。
 

ここから先は

9,634字 / 5画像
マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?