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Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第48話 世界最大の産油国の憂鬱

前回の話はこちらから
 
https://note.com/malaysiachansan/n/n13c53e5a6fb4
 
 この話は2022年6月まで遡る。マレーシアのポートクランでコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、昼食を社員たちと共にしていた。すると1本の電話が入った。スマホの発信者表示には「アレックス」と書かれていた。アレックスは香港にある氷堂の親会社のCOOで、時折電話を掛けてきては無理難題を押し付けてくる。氷堂は「またか…」と思いながら電話を取った。
 
「リツさん、ご無沙汰しています。元気にしていますかね。」
 
アレックスはこうやって氷堂の事を気遣うが、それが社交辞令に過ぎない事を氷堂自身よく理解している。それで氷堂は言った。
 
「はい、お陰様で元気にやっています。マレーシアではコロナの規制が終わり、加えてロシアとウクライナの戦争の影響で資源価格も上がっている事から、今までになく忙しい毎日を過ごしています。マレーシアは資源国なので、景気が良いんですよ。」
 
 それを聞いたアレックスも嬉しそうに答える。
 
「そうですか、それは何よりです。そんなお忙しい中で大変申し訳ないんですがね、また別の案件で動いて頂きたくお電話しました。サウジアラビアのジッダをご存知でしょう。ジッダ・イスラミック港はサウジアラビア最大の港なのですが、現在サウジアラビア政府は大規模な拡張工事を続けていて、それに伴って定常的にコンテナが不足しています。」
 

 
「リツさん、特に不足しているのがアジア~中東の中距離航路で、ここに私たちの商機があると考えています。ただ我々は長期リースを専門にしており、こういった中距離航路の短期リースは扱っていません。それでリツさんの会社にご協力頂きたいと願っていた次第です。」
 
 アレックスの話に氷堂も乗っかる。
 
「そうでしたか。ご承知の通り、私も2019年に一度ジッダ港には行っています。ただその後はコロナで工事も難渋したと聞いていましたが、いよいよ動き出した訳ですね。加えてサウジアラビアは世界最大の産油国であり、非常に裕福な国家でもあります。これは大きなビジネスチャンスになりそうですね。」
 
 するとアレックスの声が急に陰り始めた。そしてこう言った。
 
「うーん…確かにサウジアラビアは世界屈指の金満国家です。ですがね、それは王室と国営企業に限られた話なんですよ。まぁ国営企業と言ってもサウジアラビアは王室が国を運営していますから、実質的には王室の持ち物です。残念ながらその莫大な富は国民にはなかなか降りてきておらず、格差も非常に大きいんです。そしてそういう環境ですから、賄賂も横行しています。なので一筋縄には行かないはずです。少し大変かと思いますが、まぁ頑張ってください。では詳細は追ってメールします。」
 
 そう言うとアレックスは電話を切った。氷堂は考えた。パンデミックの間は2年にわたり、隣国シンガポールを除いてなかなか海外出張へ行く事ができなかった。いよいよそれが再開されると共に、その相手は世界最大の産油国サウジアラビアだ。氷堂は胸の高鳴りを抑えるのに必死だった。しかしその後氷堂がサウジアラビアで実際に目にしたのは、王室が有する驚愕の富と、一方でその恩恵に全く浴する事が出来ない一般庶民の、両者が生み出す想像を超えた格差社会だった。

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マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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