見出し画像

Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第47話 酒の密輸の驚愕の手口

前回の話はこちらから
 
https://note.com/malaysiachansan/n/n08d3123931fd
 
 この話は2022年に遡る。マレーシアの港湾でコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、この日もオフィスに出勤した。すると一本の電話が入った。電話の発信者は現場の責任者のケヴィンだった。
 
「リツ、おはよう。朝早くに申し訳ない。実は欧州から返ってきたコンテナが全量検査で引っかかってしまった。恐らく数日は保税区から出せないと思う。事情は良く分からないんだが、一応リツの方で税関に掛け合ってもらえるかな。」
 
 氷堂の様なコンテナリース会社にとって、返却されてきたコンテナが長期間出せなくなる事は大きな機会損失を意味する。何故なら次の貸出先は既に決まっており、検査が長引けば次の荷主へ貸し出す事ができなくなってしまうからだ。氷堂は答える。
 
「ありがとう、ケヴィン。分かったよ。あとは僕の方で対応しておく。何か進捗があったら連絡するね。」
 
 氷堂はそう言うと電話を切り、ノースポートの港湾当局に向かった。ちなみにノースポートの保税区と氷堂のオフィスは、車で10分程度離れた場所に位置する。日本の港湾の感覚だと考えられないかもしれないが、マレーシアのポートクランの保税区は非常に広く、南北の距離だけで5km以上に及ぶ。車にエンジンを掛けた氷堂は、港湾当局を目指して車を走らせた。
 

 
 当局で氷堂を待っていたのは、副長官のイスマイル(仮名)だった。イスマイルは大の日本好きという事もあって、いつも氷堂の会社の事を気にかけてくれている。イスマイルと相対した氷堂は、開口一番こう言った。
 
「わざわざお時間を作って頂きまして、本当にありがとうございます。なにやら昨日到着した貨物が全量検査になったとの事で、その背景を教えて頂ければと思いまして。」
 
 するとイスマイルは慌てている氷堂を落ち着かせるような口調で言った。
 
「こちらこそ本当にすいませんね。いやぁ驚いたでしょう。実はですね、昨日の案件はオランダからのコンテナ船に載せられていたのですが、その中に密輸されたビールがあったんですよ。」
 

 
「いや、リツさんね。実はこのポートクランでは、酒の密輸自体は日常茶飯事なんです。ただ密輸品が摘発された場合、同じ船に載せられてきた貨物は全て検査に回される決まりになっているんです。勿論、リツさんの会社が関係していない事は十分に理解しているんですが、そういう決まりのものでしてね。ご迷惑おかけしてすいませんね。」
 
 氷堂も事情を理解した。ただ少し疑問に思った点があり、それを尋ねてみる事にした。
 
「そうでしたか。背景は良く理解できました。確かにマレーシアはイスラム教が主たる宗教の国で、酒には高い関税が掛けられているので、密輸の対象になるのは分かります。ただそれでも350mlのビールなら、1本8リンギット(約240円)程度で買えます。そんな密輸するほどの話ではないと思うのですが…」
 
 それに対してイスマイルも答える。
 
「リツさんがそう思うのも良く分かります。でも塵も積もれば山となるんです。その山が最近はキナバル山(標高4095mのマレーシアで最も標高の高い山)くらいの高さに達しているんですよ。だから最近は摘発にも力を入れてましてね。そうしないとムスリムのマレー系の人達も怒り出すんでね。」
 
 イスマイルの言葉を聞いて、氷堂も納得した。確かに密輸された酒を氷堂も見かけた事はあり、それは主に市内のインド系マレーシア人が経営している酒屋で売られていた。しかしそれがどのような方法で密輸されるのかまでは調べた事が無かった。恐らくそれを酒屋の店主に聞いたところで彼らは答えないだろうし、店主は言わばただの「売り子」なので、その密輸のルートまでは知らないと思われた。
 
 好奇心に駆られた氷堂は、イスマイルから更に話を聞いてみる事にした。酒の密輸の実態を知りたかったのだ。しかしその後氷堂が耳にしたのは、氷堂の想像を遥かに超えた、組織的かつ巧妙な手口だった。
  

ここから先は

5,886字 / 8画像
マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?