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まず大事なのは生まれてくること〜現象的存在としての生命〜

「まず大事なのは生まれてくることです」

書籍『生命誌とは何か』の中で記されていたこの言葉が胸に響いています。

いまここにいる自分という存在は、肉体を持った生物、生命体(生命現象の連続体)なわけですが、細部を見通すと無数の細胞、分子、原子、素粒子が有機的につながりあって一つの複合体として「かたち」を成し続けている。

それ自体が奇跡的なことに感じられます。

一方、歯車が一つでも噛み合わなかったら全体が機能しなくなる「機械」のような存在なのかと言われば、新しい細胞が内側から古い細胞を押し出すようにして新しく生まれ変わり続ける中で起こるDNAの複製エラーを、細胞の自然死(アポトーシス)というメカニズムによって抑制することで、全体の「かたち」が壊れないように、正常な状態を保ち続けている。

たえず生命はゆらいでいて、そのゆらぎが一定の幅の中に収まるように運動し続ける中において「正常な状態」が見出されている。

確固たる自分など存在せず、ここにいるのは、たえずゆらぎ続けている個体としての自分。

生物の基本は個体であり、「複雑な生命体」としての個体が発生すること、生まれてくることそのものが大切だということ。

環境との相互作用の中で適応的に。自らが自らを再帰的に作り続ける。何度も何度も反芻して試行錯誤する営みは、何も進んでいないように見えても、その中に含まれる小さな変異の積み重ねが「かたち」あるいは「全体性」の変化として花開く時が来る。

生命、個体、あるいは存在を。現象の総体として、運動の総体として捉えることがしっくりと感じられてくるようになった今日この頃です。

ところで、ゲノムから歴史を知るもう一つの方法として、個体づくり、つまり発生を追うという道があります。道があるというより、これまでに何度も述べてきたように、生きものの基本はなんといっても個体であり、それがどのようにしてでき上がり、暮らしていくかを追うことこそ研究の基本です。ダーウィンの進化論では自然選択が重要な要素で、変異が起きた時、環境に適応できるかどうかが大事だという見方をしています。

中村桂子『生命誌とは何か』

しかし、それ以前により厳しい選択があります。ある変異が起きたために個体がつくれないのでは生まれてくることすらできません。一個の遺伝子のはたらきとしてはより強くはたらく方へ変わったとしても、ゲノム全体で一つの個体をつくろうとした時に、それが邪魔になったらそれは個体として生まれてこられない。まず大事なのは生まれてくることです。逆にいえば、生まれてきたということは、個体として存在し得るという保証です。

中村桂子『生命誌とは何か』

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