フクロウとカワセミ

フクロウの朝は早い。早朝に風呂に入り、ご飯を食べる。
料理というものをフクロウが作るのは趣味と実益である。作った料理はインスタグラムなどに上げる。フクロウのインスタグラムはメシスタグラムである。ご飯の写真が大半であとちょっと趣味のものの写真が忘れた頃に上がる。
最近フクロウは小松菜がクセになっていて小松菜ベーコンパスタや小松菜ウインナーを作ってインスタグラムに上げて黙々と食べている。
幾星霜降り積もり、フクロウは生きてきた。人生は儚く泡沫であっという間に過ぎて行く。
さまざまなことがあった。
いいことも悪いこともあった。
フクロウはそういうシーンを心に貯めていて、小さい頃夢中になって見た人形劇や読んだ小説、ぼろぼろになるまで見た歴史地図などのことを思い出す。
サマルカンドという街にあったティムール帝国のことは小さい頃には歴史地図で何度も見た。プッチーニのオペラの誰も寝てはならぬはティムール帝国のサマルカンドが舞台である。
プリンプリン物語では当時戦争をしていたイランとイラクが出てくる。戦争はどんどん爆撃はどんこっちはエネルギー足りなくてこっちはどんどん無駄遣いと歌われる。
あれから40年とはきみまろではないか。世界では相変わらず戦争が起きる。
金の国水の国では金の国はティムール帝国、水の国は清帝国がモデルであろうか。
もう世界はすっかり戦争に飽きたのだとフクロウは思っていた。だがそうではなかった。チェコのコメニウスが著したように戦争は自然現象で、するというより起きるもののようである。
歴史地図をぼろぼろにするような子どもだったのでフクロウは古代史研究をしている。
人間というのは三歳の時とその後とであまり変わったりはしないもので、ある程度は年月や体験で変わったりするところもあるにはあるが、基本線というのは見事に変わったりしない。
遠い海からきたクーに出てくる少年は博物学者の父の書斎の恐竜の本だけをぼろぼろにしたが、フクロウの家では歴史地図がそうなった。
フクロウは高校生になって小さい頃にぼろぼろにした歴史地図を書店で買い求めずっと長い間持っていたがいつの頃かに蔵書をほとんど処分してしまったので、記憶をもとに話をすることが多くなった。
フクロウのような人間の住むところにはたくさん蔵書があってそれをまとめて処分したとしてもその後本はいくつか増えて多少の分量にはなってくる。
図書館で研究の本をあたるので図書館に通うのだが電子化はしている。
文献を引用する箇所はスマホを持って行ってテキストエディタを起動させて直に読んで転記するので複写もしないで閲覧だけをしにいく。
フクロウの部屋には国語辞典のちょっとした規模のものと漢和辞典のちょっとした規模のものとが書棚にあり、ハンドサイズの牧野富太郎の植物図鑑がある。
国語辞典は知人だった親の恩師からの相続品で漢和辞典は古い友人のインドくんから貰ったものである。よくわからない日本語や漢字を時々調べるのにこの二つは時々使われる。
幸せってなんだろうとフクロウは考えていた。知を愛することは哲学だが、そこまでフクロウは哲学な人間でもない。人からみて幸せそうでも本人はそう思っていないとか人からみて幸せそうに見えなくても本人は幸せということとかまんべんなくあるようにも思う。結局幸せは人に決めてもらうものではなく自分で決めるものだとフクロウは思った。
街に出ていると世の中にはいっぱい人が住んでいるとフクロウはいつも思う。
街の激安スーパーでフクロウはよく買い物をする。あまり有名ではないメーカーのお菓子でパッケージがエモいとカートに入っている。そういう嗜好をフクロウはしている。
大都会で暮らしていると街に埋もれて日々をスタバに助けてもらいながらフクロウは過ごしている。
世の中には才能と運と実力に恵まれた人々がいっぱいいる。
フクロウは地味にそう思って、才能溢れる人々のコンテンツに魅了されている。若い頃はどこか屈折していたのが今となっては、毎日生き延びて暮らせている幸運を噛みしめ、自分のコンテンツが注目されることなどを夢想することも随分少なくなって、コンテンツそのものがどうかにしかフクロウは興味がない。
本当はフクロウは明るく楽しいことが大好き。真面目なことや泣き言も言うが基本的に明るく楽しいことが大好き。
幾星霜降り積もって随分時は過ぎたが、フクロウは今がいつも重要で過去も未来も考えているゆとりがなかった。
フクロウにはカワセミという推しがいる。カワセミは部屋に祭壇を作っているオタクなのだが、カワセミに限らず誰でも花園やバラ園のように大事にしているものというのがあってその姿は千差万別である。人によればバラだったりモビルスーツだったりフィギュアだったりアクスタだったりだが、ある種類の習俗の姿であり、カワセミはアクスタを祭壇に据えている。
フクロウも祭壇は部屋に作っているのだが、祭壇というものを作るのは本能の成せる技のような気がフクロウはしている。
魂の平安を保てて大事にしている祭壇を眺めていられる日々が続くようにとフクロウは切に願う。命などほんの些細なことで儚く散る桜みたいなところがあるので、今生きている好運をフクロウは噛み締めていて、カワセミもフクロウと同じように命のある好運を噛み締めている様子が伝わってくる。推しはだから尊い。
フクロウはアニメも映画も音楽も大好き。ご機嫌で楽しい物語の世界にずっと住んでいたいと本当に思っている。アニメも映画も音楽も人の心に与えられる大事な栄養でそれらでしか摂取できない栄養というものがどれにもあって、カワセミもフクロウと同じようなタイプ。
カワセミは心に描く花や生き物をはり絵にしている。人はなにかを作るように出来ているというがカワセミもそういう風に出来ている。

フクロウとカワセミは電車に乗っていた。
車窓の景色を眺めながらカワセミはスマホで夕焼けを撮影していた。
フクロウはカワセミの横顔を見ていた。
カワセミの笑顔はぷりちーだとフクロウはいつも思う。
明るく推しの話をするカワセミの笑顔をフクロウは見ていた。
推しとの日々は尊い。フクロウはその尊い日々を積み重ねている。もうしばらくこのままいられたらと本当に思う。
「私はいつも何でも一発録りやねん」
フクロウがそう言った。
「そういうことを真顔で言うかな」
カワセミは笑ってそう言った。
夕方の車窓には夕日がビルの間に落ちて行き、オレンジ色に満ちていた。
梅雨に入る前の初夏といっても初夏らしくない五月もある。どことなく薄ら寒く今一つフクロウもカワセミも調子が出なかったが「夕日が綺麗やったのでそれは良かったよ」とカワセミが言った。
ボタンの掛け違いがあったらフクロウもカワセミも今のような暮らしを過ごせず街をさ迷い歩いて食うや食わず恨み言を募らせるルサンチマンになっていても決しておかしくなかった。
フクロウが昔、人生のピンチに居たとき、ある人が言った。
「いいか。人生はいつもきみ次第で良くも悪くもなる」
そういうことをフクロウは人に言えるだろうかと思うことがある。
被害妄想やままならない残念な気持ちで一杯になって深い海に溺れそうになるフクロウをカワセミはいつも浅瀬へ引っ張り上げてくれる。
フクロウはなにか素晴らしいものに満たされて光溢れる庭でまったり過ごしたいなと思って配信無料の日替わりの空をいつものスタバの窓から眺めている。
「毎日牛肉ど真ん中やから本気出してバイブス上げていくぞ」
カワセミがそう言って笑った。
「人生は座り心地の悪い椅子みたいなもんやから座り方をいろいろ変えてフィットするように座るんや」
カワセミがそう言った。
電車がターミナルに着いて人ごみに吐き出されたフクロウとカワセミは繁華街へと消えて行った。
「まあ、今となっては広い海を目指そう」
フクロウはそう呟いた。
繁華街の商店街を歩いて親子丼のおいしそうな居酒屋を見つけてフクロウとカワセミは店に入り親子丼を頂いた。二人はまず親子丼の写真を撮影してインスタに上げた。
賞味すると玉子でとじた親子丼に生卵の卵黄が載っており、それをつぶして混ぜて食べた。フクロウもカワセミもおいしさに唸った。
いつまでこのまま居られるかわからないが今はもう少しこのままとフクロウは思った。
ラジオアプリのライブ配信を深夜に聴いていると、寝落ち配信というものがあって、寝落ち配信者という人々が口を揃えるのは「やがてひとりぼっちになるの。みんな行ってしまうの」というので、ひとりぼっちで沢山の小説を書いたアンデルセンのような人々だとフクロウは思った。
YOASOBIやあいみょんの楽曲を聴いていると心に栄養が補給され、才能の豊かな実りを堪能できる。フクロウは音楽にも励まされてきた。カワセミにも励まされてきた。その今までは平坦ではなかった分ラッキーの度合いも深い。
夢をそんなに見ることもなく、小さくて手に握ることのできるものを拾い集めてそれを噛み締めてフクロウは毎日を過ごしている。
身の丈に過ぎたことを望んだところで残念な気持ちになるだけだと思って期待などせず生きてきたのはそうせねば悲しみの海で溺れてしまいそうになるからで、カワセミにも悲しみの海に溺れてしまうようなことがないようにいて欲しいとフクロウは思っているがカワセミの人生で夢を見ることをやめろと言うのはカワセミに生きるなと言っていることなので、幸せであってくれればとフクロウはカワセミにいつもそう思っている。
「辛い日々でもきっとわちには納得できるようなことがおきるやろか」
カワセミがそう言った。
「なにかはわからんしいつかもわからんけどきっとあるよ」
フクロウはそう言った。
「カワセミは尊いからきっと大丈夫」
「なんにもしてなかったら私はゴミカスや」
フクロウはそうも言った。
「なにかしてるしてないはともかくそこに生きてそうあるってことが大事やで。なんかしてたら価値のある人間やってそんな薄っぺらい人間になりたいんかフクロウ」
カワセミがそう言った。
夕焼けに照らされた街を歩いてフクロウとカワセミはまったりとした空気の中を漂うように泳いでいった。
もう少しこのまま居られたらとフクロウは切に思った。
カワセミはぷりちーな笑顔を見せて街路樹脇のヒナギキョウをスマホで撮影していた。