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死後の真実は、すでに語り継がれている

エベン・アレグザンダー医師『マップ・オブ・ヘブン』

前回、臨死体験によって死後の世界を決定づけたエベン・アレグザンダー医師であるが、続く本書『マップ・オブ・ヘブン』ではその経験をもとに、現存する知識のなかで、本当の死後の世界を説くものは古代から語り継がれてきたと知る。

また、臨死体験を経ずとも、その経験を得ることはできるという。

今回は、それを紹介し、何が本当で何が嘘なのかという、著者の判断を検討してみたい。

プラトンとアリストテレス

著者が真実だと言っているのは神秘主義である。神秘主義は、浅野和三郎が輸入し、江原啓之が広めた近代スピリチュアリズムの系譜が属する古代思想である。

哲学には元々2大勢力があり、それが死後の世界を念頭におくプラトン系と、科学に向かっていくアリストテレス系である。

プラトンの系譜が神秘主義系である。私は近代スピリチュアリズムを遡っていくと、いくらでも時代を古く見積もっていくことができることに気づいた。

浅野和三郎が輸入した直接のものは、『マイヤーズ通信』と呼ばれるものだが、マイヤーズ通信とは、SPR(心霊研究協会)の理事を務めたケンブリッジ大学古典文学者(心理学者の草分け)、フレデリック・マイヤーズが、死後30年近くを経て、霊媒を通して霊界で研究したことを伝えに来たというものだ。『マイヤーズ通信』は1927年~1932年に2冊の本として出版された。

マイヤーズは生前『人間個性とその死後存続』という集大成を記して他界する(『近代スピリチュアリズムの歴史』三浦清宏著)。そこにはイギリスの土着宗教であるドルイド教に影響を受けたと思われる神秘主義の思想があった(『英国心霊主義の抬頭』ジャネット・オッペンハイム著)。

『マップ・オブ・ヘブン』ではその名前だけが1回列記されているだけで、細かい説明はない。だが、著者はマイヤーズに肯定的である。

『マイヤーズ通信』には霊性進化のためにカルマの清算のシステムが利用されるという、当時流行の概念が採用されているのだが、『マップ・オブ・ヘブン』ではカルマと罪の償いを「ひどく間違っている」と言って否定した(138ページ)。

ということは、著者からしたら近代スピリチュアリズムは間違っていることになる。では、著者が肯定したのは生前の著作のことだったのではないか、と思われる。残念ながら『人間個性とその死後存続』は邦訳がないため、今の私では読むことができない。

近代スピリチュアリズムがなんだったのかを遡っていくと、スウェーデンボルグや、グスタフ・フェヒナーなどの神秘主義系科学者に行きつくのだが、そのさらに前には、カタリ派、アルビジョワ派などのキリスト教神秘主義、スーフィー(イスラム教神秘主義)になる。

さらに遡っていくと、新プラトン主義というプロティノスの哲学に当たる。これがまさに近代スピリチュアリズムに近似の思想なのであり、古代で近代スピリチュアリズムの元を探ったらこれに決まるのである。さらに、プロティノスはキリスト教異端グノーシス主義とも近似である。グノーシス主義はマーニー・ハイイェーがササン朝ペルシャに導入しようとして、ゾロアスター教の要素を利用して打ち立てたマニ教がポピュラーである。プロティノスは現世に悲観的なグノーシスを反駁して一者(神)の営みこそ現世に帰結したという見方をした。これが近代スピリチュアリズムの骨格として成立した瞬間だと、私は考えた。

私は神秘主義を遡れるのはプロティノスやグノーシス主義までだと思っていた。その元であるプラトン哲学には、スピリチュアル要素が見受けられなかったからである。だがそれは、私のプラトンに対する勉強が足りないのかもしれない。『マップ・オブ・ヘブン』ではプラトンの『国家』を引用しているのだが、私は『国家』は読んでいない。

スピリチュアル要素とは、霊性進化の哲学である。神がいて、現世という悪の要素があって、現世で切磋琢磨することによって人間の魂はいずれ神と融合する、階層社会である。プラトンの世界観には、死後の世界を理想とするイデア論の概念があったが、それがこの霊性進化構造を伴っているとは見受けられなかった。

だが、死後の世界は現世に存在するものが理想化された何かなのであり、プラトンのイデア論が言うのはそれの事だと著者は言う。

そして、神秘主義はプラトン哲学の参照から始まったのではなく、プラトンを遡ること1000年もの昔からあったというのである。プラトンで私が知っているところは、オルフェウス・ピタゴラス教だったということである。それについての文献も読んだことがあるが、教義らしいことと言えば、豆を食べるなと言うくらいのもので、霊性進化の哲学は見当たらなかった。

プラトンより古代の神秘主義で著者が言うのは、「エレウシス」という密儀宗教だが、トランス状態と供儀の行事のことで、霊性進化の哲学をどう扱っていたのかは定かではない。

著者は、プラトンだけでは現世をおろそかにしてしまう恐れがあるため、アリストテレスの科学重視の哲学が加わったことで、現世の叡智にバランスが出来たのだという。そして現在、生活に役立っているのはアリストテレスの方である。プラトンの方は軽視され「オカルト・スピリチュアル」と胡散臭いレッテルを貼られている。

マイヤーズ、ユング、ジェイムズ、イェイツ

マイヤーズの類魂説(人間はみなグループソウルでつながっている、類は友を呼ぶという概念。これはいつか江原啓之の解説で詳説しようと思う)を基に集合的無意識論を打ち立てたのがカール・グスタフ・ユングである(『心霊の文化史』吉村正和著)。つまり、マイヤーズはフロイトとユングの間に介在した心理学の創始者の一人なわけである。

マイヤーズの友人でSPRのウィリアム・ジェイムズは、心霊研究よりもアメリカが誇るプラグマティズムの哲学者として有名なのだが、その著書『宗教的経験の諸相』において、神秘主義体験を集めて、それを病理と解釈するのではなく、人間の可能性を示す現象と見なし、人類の次なる姿が示唆されていると説いた(103ページ)。

著者はノーベル賞作家ウィリアム・バトラー・イェイツの神秘思想をも肯定的に捉えているのだが、イェイツが加わっていたのは神智学である。

神智学はブラバッキー夫人と言う霊媒がスピリチュアリズムから距離を取って始めたもので、インド思想をふんだんに取り入れた総合的オカルティズムである。カルマの清算を重視し、チャクラの概念を取り入れ、アトランティス大陸やレムリア大陸の存在を主張した。宇宙人の概念もある。それは現在アメリカ・ニューエイジの概念はたまた、日本の精神世界の主要概念でもある、これをして「オカルト」と呼ぶのがふさわしいだろう。

言っておくが、カルト宗教とオカルトは違う。カルトは危険思想としてみなされているものだが、オカルトは神秘主義と言う意味である。それを混同している似非専門家がいかに多いことか。オウム真理教を反社として危険視するのは良いが、オカルトだからカルトと無条件に同一視する思考パターンは何とかならないのか。

イェイツは神智学なのだが、それだとカルマの清算を肯定することになってしまうが、著者はカルマを否定している。この辺の矛盾はどう処理されるのか。もっとも、私はイェイツの著作を読んでいないので何とも言えない。

霊性進化論の元ネタ

霊性進化はダーウィン進化論が提唱された時、同時かもっと前にその概念を発見していたとするアルフレッド・ウォーレスのものである。ダーウィンは科学の考え方である唯物論的な世界観で自然淘汰説を唱えたのだが、ウォーレスは神秘主義の神への帰還の概念を元に、霊性進化と言った。それで進化論はダーウィンとウォーレスの共著とされた。

それは1850年代だったが、だからと言って霊性進化の概念がそこから始まったのではなく、現世で切磋琢磨して神と融合する、その過程に霊的成長があるとするのは、神秘主義では至極当然の考え方なのである。

死後の世界を体験する方法

著者は瞑想によって臨死体験と同じ世界に戻ることができるという。つまり、神秘家の体験は間違いではなかったということである。それは世界中の種類の瞑想にあることである。

それには音響による脳の鎮静化が有効である。著者は脳科学者なので、その辺の細々した論理についても詳説している。

カルマを主張する霊界通信は間違いということ

私が本書で最重要視しているのはここである。

人間には罪があって、その贖いのためにこの世に生まれるのではないということ。人間はそんなみじめな存在ではないということである。

人間は神の霊性進化の試みとして現世に送られる実験体なのである。むしろチャレンジ精神の発露なのである。ボランティアなのである。そして世界は愛にあふれており、悪の集中する地球をなんとかするために派遣されてきているのだ。そしてもちろん、人間は神の一部でもある。

それによると、カルマの清算がある江原啓之も含めた近代スピリチュアリズムはことごとく誤謬を持っており、それはおそらく神秘主義の真理とインド哲学の迷信を継ぎはぎした思い込みで出来ているということなのである。

ということは、近代スピリチュアリズムや神智学の概念は捨てても良い。

新しい、臨死体験の啓示がもたらした真理を、修正版として信じた方が良い、著者のメッセージはそのように聞こえるのである。

そこで私は、生きるための哲学として、もっと詳しいことが知りたかった。本書だけでは、生活指針としての示唆が足りないように思われた。

そこで、次にたどり着いたのが、同じ臨死体験から生きる哲学を説いたアニータ・ムアジャーニという人物である。次回はそれについて叙述していこうと思う。


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