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今日は母方の祖父の命日。 生前の祖父は不器用で無愛想で頑固な人だった。 同居している本家の家族には雷親父と思われていたように思う。 だが、幼い私の目から見て祖父は、孫を可愛がりたいのに可愛がり方を知らず不器用な接し方をする人だった。 よく檀家になっている寺で和尚さんと話ながらのんびりしていたが、本家の子供である従姉弟たちが寺に来ると墓に供える花を買いに行かせた。 従姉弟たちはそれがとても嫌だったらしく、反抗したり、のらりくらりと言い訳をしては逃れようとするも、最終的には
本日は誕生日だった。 Twitter上でたくさんの方にお祝いメッセージを頂戴し、感謝しかない。 Twitterで出会っていなければ、祝ってもらえる事もなかった。 出会ったとしても、気にかけてもらえなければ祝って貰うことはない。 気にかけて貰えたとしても、言葉をかける勇気が無ければ祝いの言葉を貰う事はない。 沢山の有難いが重なって、祝いの言葉が私に届く。 これを有難いと言わずしてなんと言うのだろう。 感謝を胸に、悔いなく生きよう。