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音楽屋は罪深い 3

前回の記事で、ピアノの共鳴板のお話をしました。今回はギターの共鳴板のお話から始めたいと思います。ギターにはいろいろな種類がありますが、うんと大きく分ければ、クラシックギター(ガットギター)、フォークギター(金属弦の生ギター)、エレキギター(電磁マイク付)の3種でしょうか。

ギターは基本、木の楽器です。それはどんな種類のギターでもです。おそらく、多くの人が知らない、あるいは誤解していることについて、まずお知らせしておきたいと思います。エレキギターは電磁マイクを使うから、ボディの材質は木でなくてもよい。透明プラスチックでもよい。これは違います。

エレキギターも他のギターと同様、ボディの材質による弦振動の共鳴を生み出すため、非常に神経を使って材を選び、作られているのです。そしてその材とは、まぎれもなく木です。よい振動、よい共鳴を生み出してこそ、よい音色が得られます。そのために必要な木を職人たちは日々研究しています。

アクリル板で共鳴板が作られたピアノもこの世にはあると、前回言いましたし、アクリル板でボディが作られたエレキギターも、見たことがあります。しかし、木のボディで作られていないギターから、ギターの音が出るとは思えません。だって、ギターの音って「木の音」なんですから。                      

<クラシックギターの音>                          順を追ってお話をしますね。クラシックギターですが名前はいろいろです。ガットギターとも言います。名前の由来は「ガット」弦を鳴らすからです。ガットとは羊の腸です。また羊さんが出て来ました。羊さん、大活躍です。羊の腸を木の竿に渡してピンと張り、木の共鳴胴を付けたのがギターです。

弦を張るペグという部品、今は金属の歯車が付いていますが、昔はこれも木でした。つまり昔のガットギターは、弦のガット以外、殆ど全て木でした。木でなかった部分は、ナットの象牙(また象さんです!)あるいは牛骨(牛さん初登場!)そしてブリッジの牛骨くらいのものでした。

本当はそれ以外にも、装飾用として貝(貝さん初登場!) が使われていたりするのですが、貝を使うのは高級品で、装飾部品ですから音にはあまり関係ありません。ギターは木の共鳴胴で、いかに豊かで柔らかな厚みのある音が出るかで価値が決まります。この音がギターの命と言えるでしょう。

ガットギターの指板はローズウッドが主ですが、その他の材料もあります。そして命と言える共鳴胴には、様々な材料がたくさん使われています。表面は滑らかですが、見えない内側には、職人が経験と工夫を凝らした複雑な木の配置になっています。本当に職人芸であり、芸術作品と言えます。

木の張り方の工夫もさることながら、共鳴胴の材質は、音色に大きく影響します。様々な種類が使われていますが、最も高価で最も音が素晴らしいのは、ハカランダという木です。すべての部分にハカランダを使うわけではないのですが、主たる共鳴部分に使うと、それはそれは・・・・

一度だけですが、ギター製作者の知人から、ハカランダを共鳴胴に使っているギターをお借りして、ステージで弾いたことがあります。音がどうだったかというと、それはそれは・・・・でした。もう、言葉にならないんです。これこそ、これこそ、ガットギター本来の音なんだなと実感しました。

というわけでガットギターが良い音を出すためには多くの種類の木が必要で、やはり多くの木さんのお世話になっているのです。ちなみに昔はガットであった弦ですが、今はナイロン製です、高音3弦はナイロンのまま、低音3弦は、ナイロン繊維に、金属の細線を巻き付けたものを使用します。

<フォークギターの音>                            フォークギターも名前がいろいろあります。今はあまり「フォークギター」とは呼ばないようで、よく「アコースティックギター」とか「アコギ」とか呼ばれています。ガットギターと共通点が多いですが、一番の違いは、弦の材質です。フォークギターは、金属弦を使うということです。

金属の弦を弾いて音を出します。ピアノも、金属の弦を打ちますが、ピアノは柔らかいフエルトのハンマーで打ちますので柔らかい音がします。アコギは金属の弦を、手やピックで直接はじくので、金属的な固い音がします。言い換えると、冷たく澄んだ透明な音がします。これも大変美しい音です。

金属弦はガット弦に比べて、張力が格段に強いので、弦の張力に負けない全体的構造をしています。特にネックは、放置するとグニョオと曲がってしまいますので、練習終了の度に弦を緩めて、張力からネックとボディを開放する必要があります。そして練習を始めるたびに弦を張って調弦するのです。

共鳴胴に関しては、基本的な構造と考え方は、ガットギターもアコギも同じです。柔らかく豊かで分厚い音にするため、製作者は日々努力しています。ギターはブリッジという部品が共鳴胴に弦の振動を伝えます。ブリッジから共鳴胴に伝わった振動は、大きく豊かな響きとなってギターの外に出ます。

このブリッジという部品も、牛骨などのサドルを介しますが木製です。ブリッジの反対側で弦を支えている部品はナットと糸巻きですが、ナットは象牙や牛骨でできていて、糸巻きは今は金属の歯車も使われていますが、基本的には木製です。つまりギターは、ほとんどが木でできている楽器なのです。

<エレキギターの音>                          さてガットギターとフォークギターのお話をしました。この二種類のギターは、ギター本体の音をまず出してから、それをマイクで収音することが基本です。ガットにしてもフォークにしても、最近はブリッジの振動を直接収音するピエゾというマイクもありますが、基本は本体の共鳴胴からの音です。

しかしエレキギターの収音方法は違います。金属弦の振動を、電磁マイクで拾います。従って多くのエレキギターは共鳴胴を必要としません。それでも共鳴胴を持つエレキギターもあります。セミアコという奴です。柔らかな共鳴胴の音が必要な場合、使用するエレキギターです。

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エレキギターは金属弦が振動すれば、確かに電磁マイクで弦振動を捉えることはできます。しかしこの弦振動をより美しい音にするためにはガットやフォークと同様の、細密な音響設計が必要になります。弦の振動はブリッジを介して本体に伝わり、その振動が弦に逆流しふくよかな音色が出るのです。

この本体の振動を美しくするため、材の選び方は重要です。エレキギターも、ガットやフォークと同様、たくさん、木さんのお世話になっているのです。そして指板もローズウッド、メイプル、黒檀などの材により、音色が変わります。ギタリストは本当に木さんのお世話になっているのです。

各ギター共通の材料が、まだ少しあります。ギタリストが演奏するには、ネックにマーキングされた「ポジションマーク」という点や線があります。これがないと、ギターは大変演奏しにくいです。ポジションマークは、多くの場合、貝が材料です。高級品には、貝が多く使われています。

そしてもう一つ、ピックです。ガットギターでは珍しいですが、フォークやエレキでは必需品です。弦を弾く右手に持って、このピックで音を出すのです。多くの場合、プロも含めて、ギタリストは合成樹脂のピックを使っています。ところが、そうではないピックも存在します。べっ甲のピックです。

べっ甲。鼈甲と書きます。南洋のウミガメ「タイマイ」の甲羅から作ります。どのように作るか、私にも詳しいことは判りません。べっ甲は、メガネフレームとか、その他の宝飾品として製造販売されていました。ギターのピックとしても加工されていました。ところがです。

象牙と同様、絶滅危惧種として、ワシントン条約によってタイマイの商業取引は禁止されました。タイマイを、捕獲したり加工したりしてはいけないことになったのです。ところで、べっ甲のピックとは、どんな特色があるのでしょう。合成樹脂のピックではいけないんでしょうか。

多くのギタリストが使っているピックは合成樹脂です。しかし私はべっ甲のピックを使っています。一度べっ甲を使ったら、もう合成樹脂に戻れなくなっちゃったんです。ごく僅かな違いです。反応速度が、べっ甲ピックの方が、僅かに早いんです。

べっ甲の場合は、ピックを振り下ろしたと同時に、ジャッと音が出ます。合成樹脂の場合は、ごくごく僅かですが、振り下ろした瞬間ではなく、それより遅れて、ジャッと来ます。これが気になってしまい、合成樹脂には戻れなくなりました。生物の材料って、本当に偉大だなと感じます。

私の使っているべっ甲ピックは、そろそろストックが尽きます。30年以上前に楽器屋さんから「ヤマハの最終生産品です」と言われつつ、200枚ほど買いました。そのストックが尽きようとしています。尽きたら私はギターが弾けなくなるかもです。わあ、どうしよう!!

<ギターの最後に>                            たくさんの動植物さんたちのおかげで、我々音楽屋は、音楽をすることができます。ピアニスト、そしてギタリストは、特にその恩恵をたくさん受けているような気がします。動植物さん、ごめんなさい、そしてありがとう。



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