あえていま田中角栄を読む~①煽り人

角栄は強気なひとだった。

国民を酔わした一冊の本

かれは首相就任直前の1972年に出版した書籍「日本列島改造論」でこんなことを披露していた。

①「経済成長の果実が全国津々浦々まで行き渡っていない。都市は過密や公害が目立つし、地方は置いてきぼりを食らっている」

②「これからも経済成長はつづくから、ほおっておいたら、都市と地方の格差は開くばかりだ」

③「都市にある工場を地方に移し、道路と鉄道網を全国に広げれば、この問題を解決できる。人の流れを変えることで、都市の過密は和らぐ。地方も潤う」

どうだろうか。率直にいって、わかりやすいストーリーだ。

戦争が終わって四半世紀、日本は世界2位の経済大国になった。貧しさからは抜け出した。満足とはいえないけれど、手に入れたいものは手にした。ただ、これが本当の豊かさかどうかはわからない。公害など新たな問題もでてきた。景気もひところよりは落ち込んでいる。これからの四半世紀はどうなるのだろう。

そんな、次なる「しるべ」を探しあぐねていたまさにそのタイミングで、角栄は「日本列島改造論」を世に問うた。

これからは、都市ではなく、地方だ、と。まだまだ成長できるぞ、と。

国民はこの男に酔った。わずか1年で91万部という空前の大ベストセラーになった。

過熱

50年たったいま、①についてはうなづける。新潟の寒村で生まれた角栄は誰よりもこのテーマに思い入れがあっただろう。かれが生涯をかけて都市と農村の格差是正に動いたことはよくわかる。

問題は太字にした②だ。過剰に煽った結果、角栄が予想もしてないかった現象があらわれた。

いくつか文中から拾ってみよう。

「工業生産力の拡大にともない1969年に12万haだった工業用地は1985年で28万haを確保するよう求められている。しかし、地価の現状からいって、この用地を過密地域に確保することはとうていできない」

「1985年の粗鋼は約2億トンと現在の2倍以上の生産規模が必要だ。(略)しかし、鉄鋼業界が現有用地で設備の新増設を行い、最終的に生産できる規模は、かたく見積もって1億6千万トンにとどまる。だから、1985年度の粗鋼需要を試算通り約2億トンとすれば、残りの4千万トンは新しく立地する製鉄所で生産しなければならない」

ようするに、製造業がまだまだ伸びるから、地方に土地を確保しなければならない、「善は急げ」と説いているわけだ。

「今がチャンスですよ!!」

ジャパネット高田のテレビショッピングのような論法だとおもってほしい。

筆者はここに、熱々のフライパンをさらに火にあぶる、角栄流の強気な政策スタンスをみる。角栄を裏で支えた通産省(現・経産省)の影響もあるのだろう。

実際は角栄の見立てほどは伸びなかった。

1985年の実際の工業用地は13万ha、粗鋼生産量も1億トン超と、いずれもほぼ横ばいにとどまった。

景気が一気に冷え込んだオイルショックや、輸出産業にとって逆風となったプラザ合意など、角栄が執筆した時点では予想しなかった事態によって製造業がダメージを受けたことが大きい。

筆者はここで角栄のマクロ経済の見通しの甘さを攻めたいわけではない。

筆者が問題にしたいのは、土地投機熱を煽った副作用についてだ。本の出版をさかいに、むやみやたらと土地を換金対象とみる「土地神話」が列島各地に出現した、といいたいのだ。

角栄も予想していなかった現象だろう。

土地神話いまなお

「土地神話」はバブル期でピークを迎え、いくたの変遷をとげながら、時をへたいまでも、かつての残滓(ざんし)にときどき出くわす。

たとえば、最近おきたスルガ銀行の不正融資がそれだ。

”超優良地銀”ともてはやされていた同行が、アパートなど投資用不動産への資金を必要とするオーナーに対し、不正な融資をしていた問題だ。

本来なら融資基準に満たないような顧客でも、審査が通るように書類を改ざんしたりしていた。

歪んだ「土地神話」がまかり通っているからこそ、大手を振って違法行為に手をだすスルガ銀行のような業者がいまだに跡を絶たないのだ。

変わりたくても変わらない、日本に根づく宿痾(しゅくあ)のようなものなのかもしれない。

いずれにせよ、筆者はこのテーマに強い関心を持っている。

次は、ある国民作家の視点を通して、角栄がつくりだした副作用についてみていく。

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