ショートショート『金がものを言う世界』


「いいか,この世界では,金がものを言うんだ。」

それは,ほとんどの家庭で親から子へと伝えられてゆく言葉であり,初等教育でも当然誰もが学ぶ言葉であった。

金がものを言う。

当然,金という無機物が突然に喋り出すわけではない。この言葉の表すところは,金があればなんでもできるということだ。

〈......わざわざ説明されなくても知っている,というような顔をしているね。しかし,あなたは本当にこの言葉を理解しているだろうか?さて,この世界のとある男の一生を追ってみよう。〉


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男は,他の多くの者とは違い,特に金に対する執着心が強かった。

自分に関わる全てのことがらについて,どうにかして金を得る手段に結びつけられないものかと,毎日考えていた。

そして,その男の行動原理は,この世界の仕組みに適格であった。

男は,望み通りの莫大な金を手に入れ,そしてあらゆることを自らの思い通りに動かすことができるようになった。

「金の置き場に困る」とまで愚痴をこぼすような男であったが,妻子に恵まれ,趣味に没頭し,その生活は皆の羨むところとなっていた。


ここまでは,男の人生は順調であったかと思われた。


ある時 –––– それはいつものように,これまでと全く変わらないように,朝に目を覚まし,珈琲で覚醒しようとしていたとき –––– のことだった。

男は思った。私の人生の終着とは何処にあるのだろうか,と。

これまでの人生で,彼は全てを,金を得ることのために捧げたようなものであった。そのときに感じたのは悲しみや憤りではない。ただ,虚しいと思った。

男は思った。私がこれまでにしてきたことは正しかったのだろうか,と。

結論として,正しかったということにした。金に執着していた時があったからこそ,今は幸せな暮らしをすることができている。この虚しさ以外に,男は人生に嫌悪や拒絶を感じたことはなかったし,これからもないだろうと思われた。

だって,嫌悪や拒絶の対象は,金があれば排除できるから。


だが,男はその虚しさだけは排除することができなかった。永遠に。


そして,数年に月日が流れ,決定的な出来事があった。

その時,男はどうしたのだろうか。


『xxxx年,それまで価値の尺度として用いられていた金であったが,ついに金の大鉱脈が発見された。その鉱脈から得られる金の量は,従来まで流通していたそれを圧倒し,金による価値尺度は完全に崩壊した。

それを境に,人類は新たな価値尺度として,金〈きん〉に代わり,金〈かね〉を発明した。』


金〈きん〉がものを言う時代は終わり,金〈かね〉がものを言う時代が幕を開けた。

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