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第35話「突破」

前回 第34話「障壁


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紛争地にて


「きっさまぁーっ!!軍法会議ものだぞ!!」

上官に胸ぐらを掴まれて殴られ、倒れ込む若い兵士。

「貴様のような奴は俺がこの場で粛正してやる!」

と腰の小銃を抜いて構える上官を他の兵士たちが慌てて止める。

「勝手にやってしまってはそれこそ軍旗違反です!ここは堪えてください!!」

と仲間が庇ってくれ、上官は若い兵士を睨みつけながらも、少し息をふーっと吐いてから小銃を降ろした。

「奴らの偽善を暴くチャンスをみすみす逃すところだったがな。どういうわけか生身で来てやがった。おかげでこれはこれで奴らの目論みを阻止出来たことには変わりない。」

世界に配信されていた相手側の〝正義の演出作戦″を阻止したことで、この上官は上層部から評価されるに違いなかった。

「何処へでも行け。2度とそのツラを見せるな。追放だ。」

若い兵士はそう言われ、手持ちの装備を取り上げられてから敵国内に放り出されてしまった。

 ◇

「前線に来てみたものの、やはり必要な物資を受け取るには単に運搬用のビークルだけではなく、防衛力を備えたドローン等の援護が必要ね。。。」

マイは用意した昆虫型カメラを建物の外に飛ばしてその映像をメガネ型モニターで見ながら呟いた。

遠く離れてはいるが、戦線が硬直した向こうのゾーンに敵兵の存在が見て取れた。今や兵士1人が持ち運べるロケットランチャー式誘導ミサイルなんていうものもあり、ピンポイントの爆撃にも警戒しないといけない時代だ。

それだけにお互い睨み合いに入ると、戦局が硬直して泥沼の展開になることが必然となっていた。

「ん? 誰か来る・・・・!?」

カメラに映し出されたのは、無防備にも手ぶらでフラフラとしながら歩いて近づいて来る敵方の軍服を着た若い男だった。白旗や赤十字のワッペン等は身に付けていない。

「サーモグラフィーカメラで見たところ、手榴弾なども持っておらず、丸腰のようです。どうしますか?ドローンで撃ちますか?」

監視役の1人がそう言った。

「いえ、待って! ビーコンによる情報の発信がされているわ。発信元のコードが、、、〝戦場のオリオン”になっている!彼よ!彼だわ!!」

昨今の戦場においては、兵士個人のスマートフォンの使用が禁じられていたりもするが、この彼は持ち前の情報通信の知識を生かして、自前で作ったシール型のビーコンをヘルメットの内側に貼り付けていた。

「もしもの時に昔ながらのネームタグでは発見すらされない場合もあるのではないか。だったら趣味で作ったビーコンで数メートルの範囲に発信できるようにしておこう」と、遊び心もあって秘密で携帯していたものだった。

※参考
「兵士にスマホ禁止令」
https://jp.reuters.com/article/idUSKBN1ZE11S/

超薄型ビーコン
https://monoist.itmedia.co.jp/mn/spv/1503/25/news061.html


ふらふらとした足取りでマイたちがいる建物へゆっくりと歩を進める兵士。

「彼と話をする準備をして!急いで!!」

マイは用意していたホログラムの機器を今度は本当に使って、〝敵兵”と話し理解し合う場面を全世界に配信しようと思った。

マイは超小型の昆虫型ドローンで自分の〝影”を映し、兵士の元へ近寄った。

マイ自身は拠点にいて、身体情報をコンピュータに読み取らせている。体にはマラソン選手のゴール後のように大きな旗をまとっていた。ただ、その旗は自国の国旗ではなく、「人類で一致団結して宇宙の時代へ」というスローガンの下で世界に展開しているユニバースX社のロゴが載ったものだった。

ブンッ。

マイは兵士が目視できる位置に現れ、ゆっくりと向かっていく。

兵士は誰かが自分のほうへ向かって来ることに気付き、目を細めて注視した。そしてマイの顔を認知するとギョッとして目を見開き、膝をついてから胸の前で十字を切った。

「こ、こっちへ来ないでください。ぼ、僕はあなたを、、、あなたに向かって銃口を。。。!」

兵士はマイのことをよくよく承知していた。ユニバースX社を含め、類い稀なる才能であのアイロン・マックスの参謀として世界を変える事業を押し進めているマイ、その存在をハッキングによって知った時は愕然とした。

「僕と同じ年齢。。。!?」

少年時代にあの本を夢中で読み耽り、ハッキングで侵入した時の置き土産にレスポンスをくれた彼女、あの彼女がまさか自分と同じ年齢の女性で、それも〝コピー″と合わせて2人いたとは。。。

アイロン・マックスも常人離れしているとはいえ、その隠し玉には驚いた。いや、隠し玉でも参謀でもなく、各々の事業は実際には彼女が動かしているのだ、そう直感的に思わされるほど凄いものがマイにはあった。

「ソユーズで宇宙へ行く夢は絶たれたけど、民間から宇宙へ飛び立てる時代が来る。人類の次なる時代へ向かうのに自分も貢献したい。」

そう思いながらほとんど独学で学ぶも、時代と境遇がそれを許さなかった。

実質的な徴兵だった。学生時代に残した情報技術の実績が国の目に止まって〝スカウト”された。任務は諜報活動だった。それもハッキング対象は自分が恋焦がれる宇宙事業を展開するかの企業のある国だった。

「我々は諜報部隊ではないのですか!?」

彼は紛争地に着いてから例の作戦について明かされ、上官にそう詰め寄った。

「諜報活動の一環さ。奴らの偽善に満ちた作戦についてはお前の活躍もあり承知している。奴らの遠隔操作の作戦を妨害することが今回の重要任務だ。いいか、失敗は許されないぞ。」

彼はマイたちの「紛争地での現地民間人との触れ合いを生中継する」という作戦を自軍に知らせることによって冷静さを取り戻させ、停戦のきっかけに出来れば良いと考えていた。

が、甘かった。結果は、敬愛する心の師の作戦を妨害するばかりか命の危険にまで晒してしまった。

もう憧れの事業には参加する資格がない、どころかどうやって贖罪すべきか、自分の命程度では到底足りないが、もうせめてそれぐらいはやらねばならぬか、、、あるいは〝その様子″を世界に配信して、敵味方関係なく繋がっている人間同士の情念を示すことで贖罪とするか、、、とまでに思い詰めていた。

「こっちへ来ないでください。マイさん、僕はあなたを、、あなたに向かって銃口を。。。!!」

彼は、、、ユーリは地面に膝をついて両の手を胸の前で組んで、悶えるように身を震わせながらそう叫んだ。

「あなた、やっぱり私を知っているのね?あの時の、、、〝ソユーズ″、そうなんでしょう?あなたなんでしょう? 大丈夫、さあ立ち上がって私たちのところへ来て。」

マイはホログラムを通して彼にそう訴えかけた。

ユーリは自分を知ってくれていた喜びで少し微笑むも、すぐに苦しそうな表情に戻った。

「僕はあなたの作戦を暴いたばかりか、じゅ、銃口を向けて引き鉄に指をかけました。あなたに保護される資格は、、、ありません。。。。」

ユーリは本物さながらのマイのホログラムを見ながらそう答えたが、高性能のホログラムがボヤけていることに気付き目を拭った。溢れ出る涙のせいで、マイの姿が揺らいでいたからだ。

「大丈夫。大丈夫。私が、私達が付いてる。心配ない。一緒に来て。そして一緒に宇宙事業に取り組みましょう。あなたの力が必要よ。父もそう言っているわ。」

マイがそう言いながら手を差し伸べようとした時だった。

ユーリの背筋が急に張るように伸び、それから痺れたように痙攣してその場に倒れ込んだ。

(大丈夫!!!???)

と言おうとするマイのホログラムが瞬間ガジガジっという感じで散って消えた。

敵方の上官による電磁波銃の攻撃だった。ユーリは震えながらうずくまっている。

マイは地下壕代わりの地下鉄施設内で呆然としてスクリーンを見ている。目の前に映し出されたスクリーンの中のユーリが泡を吹いて気絶している。敵方が前回の攻撃では弱かったと判断して、電磁波を強めて使ったようだった。

「どうするの!?どうすべきなの!?彼は必要よ。彼の優れた情報技術は世界を変えるためには必要だわ。だからこそ何とか助け、、、」

マイは自分に言い聞かせるようにそこまで呟くと、ハッとしてからスクリーン上で横たわっている彼をじっと見た。

「必要?そうじゃないわ。。。彼は私に敬愛の念を、、、最高の情念を示してくれた。実際に命まで賭けてここまで来てくれた。私は、、私は、、、応えたい!彼の想いに応えたい!私が行かないで誰が行くの!? 私が行かないで、、、私が、他の誰でもない私が。。。!!」

マイはそう言うと、装備のベストを来て小型カメラをオンにした。

「いけません!今出て行っては危険です!!敵に狙ってくれと言っているようなものです!!」

部下たちが慌てて止めるも、マイはその部下達の目を見据えながら

「大丈夫。私が行くから大丈夫。何も心配は要らない。」

と笑顔で諭すように言い、それを見て戸惑っている部下達を尻目に基地を出て行ってしまった。

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トレード会場にて

トレードコンテスト4日目、この日を含めて残すところあと2日となった。依然としてトップはテリー氏でそれを亜衣が追いかける形だった。

ただ、それまでと様子が違ったのは、あの冷静沈着なテリー氏がチラチラと亜衣のほうを見ては、親指の爪を噛みながら落ち着きがないようだった。

「あーっ!これは珍しい!ここに来てあのレジェンド、テリー・ウィリアムが損切だぁーっ!」

実況がそう大きな声で会場にアピールすると、ギャラリーが一気に沸きかえった。

「ここに来て神の手に狂いが生じたか!?」
「2位のMiss.Okamuraを意識しているせいじゃないか!?」
「この分だと番狂せもあり得るぞ!!」

口々にそう騒ぎ立つ会場内の空気を見て、

「ちぃっ!好き勝手に言いやがって!!」

とイライラし始めるテリー氏。

会場内には各番組・配信がそれぞれのモニターに映し出されていて、トレーダーの視界にも入っていた。その1つに、かの紛争地をリアルタイムで配信しているチャンネルもあった。SNS上のトレンドワードを自動検索し、注目の配信に合わせるような設定がしてあり、1番大きなモニターにかの地の配信が流れているところだった。

会場内ではトレード観覧をしながらも世界が注目している世紀の生配信に皆が目を奪われて、

「お、おい!また撃たれたぞ!?」
「いや今度こそはホログラムみたいだ!!」
「いや、男のほうは生身じゃないか!?」

とトレーダー達の後ろで騒ぎ始めている。

「マックスの野郎、何をしてやがる!?本当に撃たせるんじゃあるまいな!?」

テリー氏がそう呟きながら酷い貧乏ゆすりをしている。

亜衣はというと、、、大モニターには目もくれず、自分のチャートを一心に見ていた。この日は損切はなく、ジリジリと1位のテリー氏との差を詰めてはいた。

ただ、これまでに付けられた差が大きく、挽回するにはこのままでは難しいと解っていた。

「ちくしょう!また損切だ!反転ゾーンにはまだ早かったか!サポートをズラして見るのがなおざりだったか。。。」

テリー氏はそう言って自分のチャートを確認するように指でなぞりながら立ち上がってチャート上のDeleteボタンを押そうとしたが、親指の爪を軽くかじって亜衣のほうを一瞥し、そして頭を冷やすために休憩スペースへとそのまま歩いて行った。

テリー氏のチャート上には指でなぞった部分にタッチパネル機能が反応して、太めのラインが残っていた。

「あれはテリーさんの!?」

亜衣は自分のチャートに集中しながらもテリー氏が立ち上がって歩いて行ったのに気を取られてふと目線をそちらにやったが、チャート上のラインに目が止まり二度見をして動きが止まった。

「ズラす?サポートをズラすって言ったわ。ズラすっていったいどういう、、、

フィボナッチ、、、平均値の収束点、、、そしてサポートライン、、、

ああぁぁぁっ!!!

と叫びながら立ち上がって固まる亜衣。その口はあんぐりと開いていた。口を開けたまま休憩スペースのテリー氏を振り返る。テリー氏は亜衣が見ているのに気付くと、目を逸らしてコーヒーをすすった。

「わざと?わざとだわ!」

伝説のテリー・ウィリアム氏のトレードの真髄がまさかのシンプルな〝サポートライン″だったとは。。。亜衣はトレードの手が止まっていたが、自分のチャートに目線を戻して最後のワンピースがハマった感じがするかのようにラインを当て始めた。そしてあの言葉が頭に浮かんだ。

「時が満ちた。」

大モニターには、横たわる兵士の姿が映されていた。

次回へ続く



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