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ある山岳人の報告

ある山岳人の報告

2021年2月28日 ·
大井川を死に追いやったにっくき塩郷堰堤、下流域の水の確保と水力発電のために作られて60年。
河床は4m~6m上昇し上流域に大水による反乱の危険は増しています、迷惑をかけないと言いながら何もしてこなかった結果です、近年の大雨によりにわかに砂利を掘り出しましたが予算がいつまで続くか分からないので右岸左岸に1m~2mの堤防を作りたいとのこと、なんら解決する方法ではなく問題の先送りにしか過ぎないばかりか取り返しのつかない結果に繋がることは明白です。にもかかわらず無頓着な住民、なかには理解を示すひともちらほら。
皆様はどう考えますか?

3月1日 ·
大井川の水問題について
1番は井川線関の沢鉄橋です、長嶋ダムができる前は河床までの高さが100mと言われ私鉄で一番高い鉄橋と言われましたがダムができて34年高さは70mを切りました。もちろん日本一の称号もなくなりました。
2番は大井川の上流の畑薙橋です、台風が来て大きな木でも引っかかれば大変なことになりそうです、この橋の下の砂利の中に最初にできた橋が隠れているとのこと、その下の橋から下を覗いてもすごく高かったそうです、今の関の沢鉄橋の約70m位(1番の写真)あったようです、もちろん下はダム湖でした、たった20年でダム湖は消え橋さえもなくなろうとしています。

3月2日 ·
大井川の水問題
大井川の水問題というとリニアを想像するかもしれませんがここでの話はちがいます。
南アルプスは日本でも一番二番を、争うくらい水は豊富です。リニアで減ったとしても鼻糞みたいなものです。
なぜ南アルプスにはこんなに水があるのに井川より下流には水がないのでしょう、平水時大井川の水の8割から9割がダムからダムに導水管によって運ばれるため本流にはほとんど水が、ありません。流域の人は本流に流れる水が少なくて困っています。
大井川水系にはなんと33ものダムがあるのです。
その中で大きなダムが4つあります、長嶋ダム、井川ダム、畑薙第一、第二ダム、長嶋ダムを除く3つのダムは南アルプスから出る土砂によって治水能力は当初の3分の1以下しかありません、夏大量の雨が降っても溜めておく能力がほとんどないのです、しかも昔以上に土砂は出るようになりました、河床がどんどん上がっているため(多いところで70m以上)大水が出ると今まで水にさらされてなかった山肌を削り取っていくからです、本来ならば削り取られない土砂がどんどんダムに蓄積されるのです、五十年で3分の2も埋まったダム湖、あと何年持つのでしょうか、ダムの寿命でもある百年まで持ったとしてその後この大量に溜まった砂利はどうするのでしょうか。水を溜めるのがダムの役目ですが年々危険が溜まっていってます。

3月3日 ·
大井川の水問題について
水力発電は止められないのか?
原子力発電というと事故の影響でいまだに反対する方が多い、対して水力発電はCO2を出さないクリーンエネルギーだと教えられてきたがはたしてどうだろうか?
原発が事故による怪我だとすれば、ダムによる自然破壊はすこしづつ進む病気に例えられる徐々に進行するのでなかなか分かりにくいが気が付いた時には手遅れになる。
ダムがなければ水は確保できないのか?
隣の静岡市の水源は安倍川だが大きなダムなどありません。安倍川水系の面積と大井川水系の面積を比べれば圧倒的に大井川水系が大きいし源は雨の豊富な南アルプスです、大井川流域に水問題など存在などありえないのです。ではなぜ大井川に水問題が生じるのしょう、それは全て人間が作り出したのです。

3月7日 ·
大井川の水問題
田代ダムは1928年建設された大井川で最も古い発電所用のダム。1955年、従来の毎秒2.92㎥から毎秒4.99㎥に取水が増量されると、大井川の水枯れ問題の象徴となり、流域住民の「水返せ」運動が始まった。
1975年12月の水利権更新で、静岡県は毎秒4.99㎥のうち、毎秒2㎥を大井川に返してほしいと要望したが、東電は「水利権は半永久的な既得権」と退けた。
大井川中流域(千頭付近~塩合堰堤)の維持水量(川としての役割に必要な水量)は大井川ダムの毎秒2㎥と寸又川ダムの1㎥の毎秒3㎥しかないにも関わらず5㎥が山梨県側に持っていかれている、静岡県はこの代償として年間3000万円を東電からもらっているのだ。
静岡県はリニアでの水問題では一滴たりとも渡さないと言っているが、この問題はどうでもいいらしい、
ちなみに大井川ダム、寸又川ダム、の取水量は60㎥、72㎥、の合計132㎥であるのに毎秒3㎥しか川に流さないのを皆様はどう考えますか?

3月8日 
大井川の水問題
毎秒70㎥流れる水路橋と大井川。大井川に流す維持水量は水路橋の0.5%以下の毎秒3㎥。
川を見て水が少ない、これ以上少なくなったらこまると考える人が非常に多いが、これは天候の問題ではなく人間が作り出した問題なのです、
リニアの水問題は風呂おけいっぱいの水がコップ一杯へるかもしれないという問題、大井川中流域の水問題はコップ一杯流れている水をせめてコップ二杯流してほしいという流域住民の切実なお願いなのです。

3月10日 
大井川の水問題
<昨年の大井川水系の水利用状況>
リニアでの水問題で出てくる「命の水」とは水道用水、工業用水、農業用水の合わせて約40㎥/秒ではないでしょうか?
これに対して発電用水は669㎥/秒あります、2㎥/秒減るとかで大騒ぎしていますがばからしいとは思いませんか。
そんなことより流域の人たちが困っている大井川の水問題を解決してもらいたいものです。

3月11日 
大井川の水問題
今までの話は毎秒2㎥減るとか返せという話でしたが、今日の話は桁が違います
長嶋ダムの常用洪水吐は6門もあり、1門あたり995m3/sの量が吐ける。
非常用洪水吐の分もあわせると、6,000m3/s以上の放流が可能である。
しかし、これだけの量を放流してしまうと、下流が大洪水になってしまうとのことです。
現在の大井川の限界流量は2000m3/sです、これ以上流れるとあちこちで氾濫してしまいます、最近の雨の降り方を考えると3000m3/sは流したいそうです、そのために河川の両側に高さ1m~2mの堤防を作りたいとのことです。これにはみんなびっくりしてしまいました、今までの土手の上に土手を作りその土手も8割埋めっている現状です、今までろくに約束を守らないで河川の改修を行わないで来たのが問題なのに堤防を作れとは何事でしょう。
長嶋ダムも今どんどん埋まっています、毎年土砂を取り除くとの約束でしたがほとんどやっていません、こちらはまだ生き証人が大勢います。何が問題かといえばダムを作ってほっぽらかしの状態が問題なのです。
まだまだ今の現状ではダムは必要な状況です、ダムとうまく付き合っていくにはダムに堆積した土砂、川に堆積した土砂の撤去が必要なのです。

3月12日 ·
大井川の水問題
<二軒小屋の奥、西俣沢>
女性は2m位岩を上りコイワザクラを撮っています。2019年春の写真です。
次の写真は同じ場所2000年の春の写真です。コイワザクラの咲いていたところは砂利で埋まってしまいました。
ここは伊奈街道といい、明治初期に山梨県奈良田~長野県大鹿村をつないだ街道です、急斜面のため岩をコの字にくりぬいてあります。上流は砂利で埋まってしまい、この一部分が残っていましたコイワザクラの群生地として、登山者を楽しませてくれていました。
動画は70m以上埋まってしまった大井川です、ここは昔ダム湖だったところです、ここに河原などなかったのです、運転手の会話を聞いてください、
本来川の役割は
水を上流から下流に流すこと
山の土砂を海に運ぶこと
上流から海までの命のサイクル
が挙げられますが水以外は止まってしまいまいした。昔あった美しい砂浜は山からの土砂の供給が無くなり、消滅してしまいました。海辺は浸食が進んでいます。今では一面テトラポットの海岸になってしまいました。
今河川とかダムの土砂の撤去が進まないのは予算の問題もあるのでしょうが、一番の原因は土捨て場(どすてば)がないことです、山では土砂が多くて困り、海岸では土砂がなくて困り、流域では土捨て場が無くて困り、まったくどうにかならないものでしょうか?

3月12日 大井川の水問題
<朝霧と赤石ダム>
皆さんは森が一日に一度呼吸をすることを知っていますか?日の出から2~3時間すると森は大きく息を吸い始めます、海の空気を吸うのです、その時人間の出した二酸化炭素も森に吸われます。そして午後3時過ぎになると酸素いっぱいのきれいな空気を吐き出し皆様のところに送り届けるのです。
朝の風=海風
夕方の風=陸風
両方合わせて海陸風(かいりくふう)
と呼びます
大井川は朝霧がよくたち、おいしいお茶を作り出したそうです、その朝霧はどうなるのでしょうか?
それは森によって吸われるのです、水分たっぷりの空気は上昇気流となって川を遡り森を癒し、斜面に当たった空気は3000mの山肌を駆け上がり入道雲に発達して、午後3時過ぎに雨となってまた川に戻ってくるのです、入道雲は偏西風に乗って移動しながら田畑を潤し熱した地表を雨によって冷ましました、それは毎日のように繰り返したのです。昔、山は2時には山小屋に到着するようにと教えられましたが、最近ではめったににわか雨は降りません。何故ならば大井川の水があまりにも少なく朝霧が立たないからです。
当時の山小屋は大きなタンクは必要ありませんでした、なぜなら毎日にわか雨が降ったからです、それが今では低気圧の雨しか降らないのです、低気圧の雨は2週間長い時には3週間待たなければ降りません。そのためたくさんの水を確保するためにタンクの数を1つから4つに増やしました、このタンクをダムに置き換えたら今の大井川の現状になりませんか?
人間は水をコントロールしようとして大きなダムを造り毎日安定して確保できた上昇気流による水の循環を止めてしまったのです。
朝、大井川を流れていた水が姿を変え午後のは雨となって降ってくるなんて素敵な時代でしたね。
赤石ダムの写真は9時前に撮らないと上昇気流による波で景色は写らなくなります、9時に赤石ダムを通過した上昇気流は10時には赤石岳に雲となって上ってきますが、最近ではこの雲が雨を降らせることはめったにありません。残念です。

3月20日 
大井川の水問題
南アルプスは約100万年の若い山といわれています。
北アルプスは約200万年の山といわれています。山のでき方が違うので単純には比較できませんが、南アルプスはこれから100万年かけて北アルプスの形になっていくそうです。そうなると本来、土砂となって海に出ていくはずです。
ダムさえなければ人間が何もしなくても川が海に運んでくれますが、ダムを造ったおかげでこれから先ずっと土砂問題と向き合わなくてはなりません。しかも人間がどうにかできる量でしょうか?

大井川の水問題
<南アルプスの赤崩(あかくずれ)>逆三角形のところの三角形を沖積錐(ちゅうせきすい)と呼びます。
今南アルプスの南部はこの沖積錐がものすごくたくさん出来ています、これは山が崩れていることと、土砂が流れないことを表しています、なぜならば昔は川が崩れた土砂を流してくれたからこのように堆積しませんでした。この景色を見たほとんどの方々は崩れの規模の大きさに驚かれますがこの景色は人間が作ったダムのためにできた自然破壊の姿だとは説明しなければわかりません。
この沖積錐は河原から崩れのてっぺんまで約1000mありますがこれを横に160㎞伸ばすと大井川流域になります。上の逆三角形は南アルプスで、いくつもの沢が一つになった一番細い部分が大井川中流域です、沖積錐(ちゅうせきすい)の部分は三角州と呼ばれ、島田市、藤枝市、吉田町などがある平野とよばれる場所で多くの人々が暮らしています。
さて沖積錐の両側の砂利の部分に緑の木が生えていますが、この木は榛原郡(はいばらぐん)の榛と書いてハンノキと呼びます、
普通の木は土から栄養を取りますがこの木は気根(きこん)といって地上にも根が出て空気からも栄養を取ることができます、このように何もないところに最初に出てくる植物をパイオニア植物と呼びますが、この木が何回も倒れて土になると色色な木が出てきます、大井川流域はこのハンノキが原っぱのように沢山生え、土を作り人や動物の住める場所に変えていったのです。
榛原という地名にはハンノキが私たちの住める場所を作ってくれたのだという思いがあるのだと思います。もっともっと大事にしたい地名ですが、残念ながら榛原郡は縮小し、ほかの地名になりつつあります。
南アルプスの土砂は海岸に流れ出し広い土地を作っていくものですが
今の私たちの生活は昔からの美しい山、川、海岸を台無しにして、さらに未来の人たちが住むはずの土地を無くして成り立っているのです。

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