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緻密で精緻な空間【宝飾時計】

みなさん、「心が震える」体験をしたことがありますか?
「感動する」、「泣ける」、とはちょっと違う感覚。もっと痛切で、呆然としてしまうような。

こういう経験って人生の中で意外に少ない気がするんです。
私も19年生きて、そんな瞬間ってほとんどなかったような気がします。

ところが先日、まさに「心が震える」としか言いようのない経験をいたしまして。
舞台「宝飾時計」を鑑賞した時のことです。

私、この舞台3回も見に行ったんです。
1回目はチケットぴあでチケットを取って。2回目と3回目は2時間半も当日席の列に並んで。

この、当日券の席での経験が、私がnote投稿を始めようと思ったきっかけです。

2回目、千秋楽前日の1月28日夜公演。この日、私は劇場という空間に、演劇というものに、これまでよりはるかに強く惹かれてしまったのです。

出会い

まず、この舞台に関して少し説明させてください。

作・演出は女性独自の視点を活かした作品が話題の、根元宗子
主演、高畑充希。共演は成田凌小池栄子伊藤万理華池津祥子後藤剛範小日向星一八十田勇一
そして衣裳をケイスケ カンダ(keisuke kanda)のデザイナー・神田恵介
主題歌は、椎名林檎が舞台『宝飾時計』のために書き下ろした新曲「青春の続き」です。

主人公は30歳の女優、松谷ゆりか(高畑充希)。彼女は10歳から29歳までミュージカル「宝飾時計」の主役を演じ続けていた。マネージャーで恋人の大小路祐太郎(成田凌)との将来を考える彼女に、ある日、「宝飾時計」20周年公演の仕事の依頼が。初代メンバーが再会した時、かつて突如姿を消した初代相手役雄大(小日向星一)について、衝撃の事実が明かされる。
といったストーリーになっています。

私は大学生になるまで、演劇鑑賞はほとんどしたことがありませんでした。
小学校のとき、行事の際に地元の劇団の劇を見たことがある、くらいのレベルです。

ですが、せっかく東京に来たのだから、この4年間で良い物を吸収したい!と思い、初観劇したのが高畑充希×平祐奈主演、ヘレン・ケラーとアニー・サリヴァンの物語を描いた「奇跡の人」でした。

誰もが知っているストーリーにも関わらず、第3幕は何も考えられないくらい感動したのを覚えています。
これ以降、私は時々舞台を見に行くようになりました。

ただこれまでどこか、舞台を俯瞰的に見ていた自分がいたんです。
どこか分析視点の自分がいるというか。
もちろんのめり込むような場面はどの作品にもありましたし、「心が震える」ような体験はありました。

まさに、初めて高畑充希の「青春の輝き」聞いたときも。半円型の劇場が、1人の人間に支配されているような気がして、「だからこの劇場はこの形なのか」と思わされました。
嗚呼、怪物に出会ってしまったと。
魔力としか思えないほどの歌声に心から惹かれてしまいました。

ですが、正直な話、物語全体に入り込めていたかというとそうではなくて。
「奇跡の人」が誰もが知る感動ストーリーであるのと比較すると「宝飾時計」は少し分かりにくいかも。
観劇初心者である私はそんなことを感じてさえいました。

それを変えたのが、当日券の席でした。
tiktokで偶然流れてきた高畑充希の歌を聴き、「もう一度あの感覚を味わいたい」と唐突に思い、(テスト終了の解放感も手伝ったのでしょう)次の日、当日券に並ぶことにしたのです。

没入感

2度目の「宝飾時計」。1度目と大きく違う点がありました。
それが「舞台との距離」です。
私は2時間半並んだかいあり、3列目の端っこにパイプ椅子を用意してもらうことができました。

3列目って凄いんですね。役者さんの表情がこんなにもはっきり見えるなんて。

私は、彼らの造る世界に「没入」していったのです。まさしく、「没入」。
「演劇」という世界に惚れ込んでしまった、といっても良いのかもしれません。

「演劇」ってきっと凄く緻密で精緻な空間なんです。
足音1つでさえ、あの空間を構成する重大な要素なんです。
初めて近くで見た役者さんたちは、あの空間で徹底的にその役として存在していました。
観客の目が絶対にその役に行っていない場面であろうとも、その役として生きているんです。
一度目では気付かなかった、ちょっと誰かを引っ張る仕草や、誰かの話を端で聞いている時の表情。
関節すら操って演技をしている、というか。
足の踵をいつ地面につけるかとか、どんな風に拳を握り締めるのかとか、そんなことまできっと計算されているのだろうな、と。
コロコロ変わる表情も、ふと座る仕草も、まさに「心·技·体の芸術」なんだと思いました。

そして、舞台って凄く刹那的なものじゃないですか。誰かが台詞とか照明とか音楽とか何かのタイミングを間違えてしまったりしてしまったら、世界は簡単に崩れてしまう。イス1つの配置を取ったってそうです。歩幅の計算が崩れてしまう。

嗚呼、私は何てものを見せていただいているのだろう。何て丁寧に大切に作り上げられたものを、見せていただいているのだ、と感じました。

そんな新たな気付きを抱えながら聞いた、「青春の輝き」は圧巻でした。圧巻なんて言葉じゃ足りないかもしれません。最早、衝撃でした。

あの歌が始まってからカーテンコールのその時まで、身動きがとれないというか、息がつまるというか、大袈裟でもなんでもなく、そんな感覚に陥ったのです。


そして、3度目      

2度目の観劇後、大興奮で帰宅した私は、次の日の東京千秋楽は、最前で見たい、という野望を抱きます。

そして朝8時半過ぎから、当日券の列に並びました。(流石東京千秋楽、当日券は長蛇の列でした。)

結果は…最前列!!!
舞台端の最前列丸椅子の席を用意していただきました。

この日の観劇では、今まで2回以上に内容を汲み取れた気がしています。
結末を知った後見ると、それぞれの立ち位置に意味があることが見えてきます。
例えば、第1幕でゆりかと大小路の会話のシーンでの、雄大の立ち位置とか。
他にも、ちょっとした台詞に込められたメッセージなんかも見えてくる。

まぁ、内容についてまで話すととんでもない量になってしまうので、そちらはまた後日投稿したいと思っています🧐

この日は、1度目よりも、2度目よりも、心動かされました。
なんといっても、第2幕の高畑充希がとんでもなかった。
涙をぼろぼろ流しながら、言葉を継ぐ彼女の姿は、もう、魂を削っているとしか思えなくて。
やはり、私たちはなんてものを見せていただいているのだろうと思いました。
こんなにも、魂をかけて作り上げられたものを見せていただいていると思うと、震えが止まりませんでした。
舞台は生物であると感じるとともに、彼女が人気女優である理由を本当の意味で理解させられた気がします。

そして毎度のことながら、そしてそれまで以上に、「青春の輝き」からラストにかけて、呼吸をしてはならないような気がするくらい心が震えました。
あんなにも魂のこもった歌声を、私は生涯忘れないと思います。
あの日、会場全体が息を呑んで1人の女性と対峙していたあの瞬間を、決して忘れたくありません。

生きていて、良かった

私、多分ちょっと変わってるんだと思うんです。
私の周りには1人で観劇したり、それこそnote投稿してる子なんていないから。
カフェ巡りより、BBQより、観劇が好き。そんな大学生、あまり出会ったことがなくて。
これが私の好きなことである反面、マイノリティかもって思った時、少しだけ怖い。
だけど、今は、大丈夫な気がします。
だって私は、この猛烈な快感を知ってしまったから。この感覚を知る私の人生は、きっと豊かだから。魂に魂が呼応するあの場所を、私は知っている。それってものすごく人生の財産となることのような気がするのです。

そんなことに気付かせてくれた、この作品、そしてこの作品を作り上げてくれた方々には感謝が溢れるばかりです。

ダラダラと感想を述べてしまいましたが、要は、演劇って素敵なんですよ。
この経験は、私の宝物なんです。

長々お付き合いいただき、ありがとうございました。
感想、お待ちしています。


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