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詩「あなたの人生でリプレイ回数の最も多い部分です」

2023年春 「劇物」より

 ここからが、リプレイ回数の最も多い部分だ。ぼくの不毛な人生のわりにたくさんの養分がそこから生まれ、ぼくの平坦な人生のわりにおおきな山ができている。空漠とした命の中で、目立った青白いオアシスはここくらいのものだった。
 
 革命以前に作られたような、ひびわれたコンクリートの建物だった。階段を一歩一歩上り、屋上へ辿りつくと、柵はなく、周りの建物の頭頂部を自分が見下している気になれた。
 屋上のふちまで進んだ。一段高くなって、その先は何もなかったから足を止めた。
 空は澄み渡っていた。どこまでも空へ落ちて行けそうだった。空高く落ちて、青い地球にあっかんべーをして、太陽に温かく迎えいれてもらい、雲の上で遊んで、お星さまと人生相談がしてみたくなった。
 空高く上がって、弾道を描いて、街から出て行けそうだった。出ていったところで、することは思いつかなかった。
 視線を落とした。ぼくを囲い込む街は、鉄くずたちと、人くずたちだった。
 ある一点に目が行く。人が吸いこまれていく、異質な建物がある。多くは陰鬱として。たまに、今日が人生で一番最高だというような青年がいて。
 彼らは二度と出てこない。
 もう何を思えばいいのか分からなかった。いや、何も思う必要はなかった。だって、このときから、きみが現れたのだから。
 
「危ないよ」
 ぼくが屋上に侵入したほうから、心臓の音がした。ぼくがどこかに忘れてきた死なないための、ぴんく色の臓器。
 ぼくへ歩み寄るそのひとは、ぼくの横に立って、ぼくと同じ方向を見たらしかった。細い足がくらり、と揺れていた。
「前を向こう」
 ぼくにささやきかけた、そのひとから花の香りがした。
 そのひとに吸い寄せられそうな視線を、前に向けた。都市の壁が見えた。
 
 ぼくが理由あって生き続けているのだとしたら、それはあの日みたいなときのためなのだろうと思う。
「入りたいです」といった。ズミさんがアバターでも通話でもなく、チャットを指定してきたのには驚きと同時に、似た者どうしなのだと分かって少し喜んだ。 
 ぼくは政策観察サークルの会員になり、時折チャットでズミさんと会話する大学生活を送っていた。
 
 今も思い返している。数曲の音楽データを延々と繰り返し再生するプレイヤーのように、ぼくは数少ない思い出を擦りつづける。擦れば擦るほど、手や頭に馴染んで、身体の隅から隅まで浸透して、それだけがぼくになっていく。
 数本だけの頼りの糸を手繰って、ぼくは生きている。触れれば触れるほど糸がほどけて細くなっていく気がして、それの味がしないのか味覚が死んでいるのか分からなくなる。それでもぼくは噛み続ける。
 それでいい。もう味なんていらない。味を期待すれば、欲は肥大し、さらなる良質な味を求める。前と同じ味を与えられてもアドレナリンは出なくなる。だったら最初から味なんていらなかったのだ。

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