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# 僕の彼女はウェイトレス

   例えば、パートナーの些細な変化について、一体この世の中の何パーセントくらいの人間が敏感に感じ取れるものなのだろう?どこかの有名な心理学者が言っていたが、その変化は男性に比べると、女性の方が気付く確率が高いそうだ。

私は、生物学的には「女性」に分類されるのだが、本当に昔からそういうことには疎い。でも決して相手に対して興味が無いわけではない。

本当に分からないのである。

学生時代からの恋愛遍歴を振り返っても、相手の方がより私の些細な変化に気付くことが多かった。むしろ、そういう細かい性格の殿方とお付き合いする確率が高かったのかな、とも思えるのである。これは決して言い訳ではない…


ただ、そんな私でも最近気になることがある。



職場の上司の話だ。

私の勤務先は、いわゆる大手食品メーカーが手掛けているフランチャイズである。元々学生時代に関東でバイトとして働いていたが、卒業と同時に本社採用された口である。今年の4月に入社したが、勤務先はこの街で新店舗となる今の職場となった。オープニングスタッフとして働き出してもう4ヶ月半が過ぎた。

先程の話に戻るが、恋人の些細な変化に疎い私でもさすがに気付いてしまった案件。

この店舗店長の金井さんと、本社からのスーパーバイザーとして出向中の国仲さんのことだ。この2人、実に怪しい。近頃の私は名探偵にでもなった気分だ。

二人の雰囲気が変わったなと感じたのは8月に入ってからだ。

そもそも、この二人新店舗オープン準備当初は、毎日のように口論していたほどだ。本社の経営方針をそのまま推し進めようとする国仲さん。それに対して地元の強みを出したい店長である金井さん。5月のゴールデンウィークのグランドオープンに向けて、私を含めたオープニングスタッフは皆、本当に店舗オープンできるのか?と誰もが疑っていたほどである。

終始仏頂面だった国仲さんの表情が徐々に解けてきた頃には、二人の口論はほぼなくなりいつしかお互いが意見を出し合いながら尊重していくような関係となってきたようである。

国仲さんは元々本社の人間であり今回のスーパーバイザーという大仕事が終わり次第、本社帰社予定だったようだが、事情が変わったのがちょうど3週間くらい前の7月の下旬頃。

そして、その頃から確実に二人の関係も変化したのだろうと思えるのである。

以前、金井さんには直接聞いたことがある。国仲さんと付き合っているのかどうか…その時は否定されたし、本当にその時点では何もなかったのだと思う。そこからのこの3週間の間で二人の距離がぐっと近くなったのだろうと感じているのである。最初にもお伝えした通り、この私がここまで予想できていることは、かなり珍しいことであり、未だかつて無いことかもしれない。


「大川さんて彼氏いるの?」

金井さんの口から、そんな話題が出ることに驚く。

「いますよー。

学生の時からなんで結構長いんですけど。こっちに来る前は一緒に住んでたんですけどね、向こうは本社務めなんで、今は遠距離ってやつです。でも月に何回かはどっちかがどっちかの家に行ったり来たり、みたいな感じです」

「え?じゃあ、前に話してた本社の知り合いって彼氏さんのことだった?」

「そうですそうです。本社って言っても私とタメなんで今年4月入職ですから、ド新人ですけどね…まぁ、それを言うなら私もそうですけどね」

「大川さん、本当に色々気がつくし、いつも私が助けられてるんだよね、ありがとうね。

そうか……色々情報通だとは思っていたけど彼氏さんだったんだねー、そっかそっか…」

何だか金井さんは一人で勝手に納得していたようだったが、次の瞬間思いついたように、

「あ!ごめんね、色々情報量が多すぎてスルーしちゃうところだった!……遠距離なの?!」


「金井さん、やっぱり面白い人ですね」

「えー!だって若いのに遠距離辛くない?」

「若いのにって…最初は寂しかったですけど、向こうは新人で本社勤務で忙しいみたいだし、私は私で新店舗のオープニングスタッフとして色々忙しい日が多かったので、何だかあっという間の4ヶ月って感じですけどね」

「いや、大学卒業してだから22とか23でしょ?十分若いよー。私は今年27になるけど、20代の頃の5歳差って結構大きいような気がするんだよね」


「そういえば、金井さんはその後どうですか?国仲さんと…」

半分カマをかけるような気持ちで質問をした。

「な、何でそこに国仲さんが出てくるのかなぁ…」

と、明らかに表情は柔らかく返答するその姿を鏡を持ってきて見せてあげたいくらいである。まぁ、もしかしたら秘密にしているのかもしれないし、本当にまだ付き合っているわけではないのかもしれないし、詮索するのは野暮なのだ。人の恋路に足を突っ込むとろくなことにならない、というのは先人達の偉い教えでもある。








「はーるか!おーい、そろそろ起きてくれると嬉しいんですけどー!」

その声にハッと気付き、時計を確認するともうすぐ時計の針は12時を回ろうとしていた。

予定では9時には起きて、今のこの声の正体である恋人を出迎えるために駅まで行く予定だったのである。

「やっぱりなー、LINEでも既読にならないし電話しても出ないから、結構心配したんだけど。合鍵もらっといてよかったよ…」

その恋人の名前は、北見ケンジ。

前回会えたのが7月の海の日の連休だったので、約1ヶ月ぶりとなる。前回は、私がケンジの家に遊びに行ったのだが今回は、ケンジが夏休みで土日も挟んで1週間こちらに来てくれることになっていた。

「わーん!ごめんーーー!昨日、店舗の納涼会で午前様だったのー!本当にごめんー」

「いいよいいよ、こうやって会えたんだし…

しかし、こっちもかなり暑いんだな。東京とあんまり変わらないくらいじゃん。明日、海に連れてってよ…」

「こっちの海は、そろそろクラゲが出現するらしいよ……うちの店長が言ってた、ふふ…」

「店長って女性だっけ?

あ、そうだ!昼飯は、はるかの勤務先にしよっか!」

「えー!休みの日まで仕事場に行きたくないんですけどー」

「いいじゃん!味については社員の太鼓判なんだしさ。これは寝坊してしまったはるかが悪いんだからなー。俺を心配させたお仕置きだー。

ほら、行くよ。準備してくださいな……」

別に付き合いたてではないし、何なら学生時代からの仲なので、今さらどうこうということではないのだが、やはり恋人同士にとって「距離」というものは何ものにも変えられない危うさはあるものだ。1ヶ月ぶりの再会に、少し不安定な心情の自分がいることに気付いたが、今はこの時間を楽しむために少し心の奥にその気持ちを追いやった。



「結構、人がいるんだなー。春に1度来た時は寂しいもんだったけどね」

「私も驚いてるんだよね。結構この海水浴場は有名で、県外からも集まるみたいだよ」

二人で国道沿いのこの道を歩きながら、海水浴客を横目に、何が悲しくてお休みの日にまで私は勤務先を目指しているだ、と少しやさぐれていた。

「あれ?ここはCafeか何か?雰囲気あって良さげじゃん」

国道沿いの道沿いに佇む1軒のCafe「SALONマキハラ」である。

店長の金井さんとスーパーバイザーの国仲さんが二人でこのCafeへ入っていくのを、何回も目撃されている場所である。その噂は何回も耳にしているが、私は実際には入ったことはない。単純にコーヒーが苦手である、という理由が大きい。

「向こうに帰るまでに1回入ってみよっか…」

「あれ?はるかってコーヒー飲めたっけ?」

「飲めないけど…ちょっと前から気になってはいたんだよね。ヒゲのおじさんマスターが出迎えてくれるみたい、金井さんが言ってた。あ、金井さんてうちの店長ね…」

「ますます気になるなぁ……昼飯食ったら寄ってみない?」

「うん……いいけど」

そんな他愛のない話をしながら、公休なのになぜか職場に到着してしまった。


「いらっしゃいませー!!あれ?大川さん?どうしたの?」

ちょうど店長の金井さんが接客してくれた。

「……あー、、、ちょっとランチに来ちゃいました、忙しいのにすみません。あちら、先日話した本社の彼氏です。こっちの店舗の様子も見たいって聞かなくて…」

「あらあら…今日ウィークデイだからそんなに混んでないから大丈夫よ!こちらへどうぞ」

金井さんは屈託のない笑顔で私達にも完璧な接客をしてくれる。

「へー、店長さん感じの良さそうな人じゃん?俺らとあんまり歳変わんないくらいじゃない?」

「この前歳聞いた時は、今年で27って言ってた。見た目、若いよね。性格もいいんだよねぇ」

「はるかだって、性格いいと俺は思ってるんだけど」

「どうしたの?突然そんなこと、初めて言われたけど!!」

「え?そうだっけ?」

そう言いながら、大きなメニューを広げたので表情はあまり拝めなかったのが悔やまれる。

普段は忙しなく動きながらのこの景色だが、こんな風に流れる景色をゆったりとしながら見られるというのは何だかおかしな感じがする。

あ……国仲さんいた。

お、金井さんと話している

話している内容はお客さんのこととか、業務に関する内容だとは思うけど、やっぱり雰囲気変わったよなぁ…… 決定的な何かと聞かれれば、ハッキリしたことは言えないのだが……

私は昔から他人のそういう空気感とか、雰囲気の違いには鈍感なのだ。恋人であるこの男のことでも気付かないことが多い。

そんな私なので、この2人の変化は私以外の人間から見てもそれは歴然なのかもしれない。

「あの二人、付き合ってるでしょ…」

私の視線の先と同じ方向を見ながらケンジが問いかける。思わず驚いた表情をした私に驚いたのかフッと目尻が下がる。そうだ、この男はそういう男なのだ。

「否定してたけど、私もそう思う……」

コソコソと話をしていると、注文したメニューを持って国仲さんが近付いてきた。

「本社勤務なんだって?相川とか同期なんだけど、知ってる?」

「あ、はい。いつもお世話になってるんです……」


国仲さんとケンジはそのまま本社話に花が咲いたようで、5分ほど話をしていた。私はそんな二人を横目に運ばれたメニューを口に頬張っていた。



また国道沿いのこの道ん二人で歩く。今度はあのCafeに向かうために。

「3年目でスーパーバイザーってスゴいよなぁ。何だかんだ言って国仲さんてエリートコースまっしぐらなんじゃない?こっちの先輩達も言ってたし。でも、結局こんな風に全国を転々と出張生活も続くんだろうな……」

「ケンジも、国仲さんみたいになりたいって思う?」


私たちはまだ若い。社会人になりたてのまだまだ新人だ。もちろん社会的立場は低いが、これから先の未来で、お互いが隣に寄り添える可能性はどのくらいの確率なんだろう、と漠然と考えるのである。この男の未来予想図に、果たして私は描かれているのだろうか。今はこの距離がもどかしい、とさえ感じる。

「出世が全てじゃないしね。俺にも一応夢はあるからね……」

学生時代に付き合い出し、卒業での1年ほどは同棲生活をしていた。私がこの街へ赴任することになって遠距離となり、4ヶ月。自分が感じている以上にこの距離は遠く、それが心の距離と比例していくのではないかという恐怖感もあった。私は他人のそれに鈍感でもあり、自分自身の気持ちにも鈍感だったのかもしれない。

「はるかが不安に思ってる気持ち、全部話してよ。俺の夢にははるかは不可欠だからね……」

この男はきっと、私以上に私のことを理解しているのではないかとさえ思う。

「何を不安に思っているかは、ちゃんと話してくれなきゃ分からないけど、たぶん俺ははるかと、また一緒に暮らしたいと思ってるし、はるかと出会えたことも、、、必然だと思ってるからね。俺たちは大丈夫だよ」

「……え?なんで、今そんなこと言うの?」

「だってそんな顔、ずっとしてるし……」

そうだ、この男はそういう男なのである。私の不安を瞬時に読み取り、安心する言葉をくれる。一緒住んでいる頃は、それが疎ましく思う時期もあったが、今はこんなにも嬉しいものなのか、ととんでもなく現金な自分に嫌気がさすのである。

「俺も寂しいよ。だからこうやって会えた時は、はるかのこと思いっきり甘やかそうと思ってる。それではるかの笑顔が増えるならいいんじゃない?楽しくて、幸せな記憶でいっぱいになれば……あ、これ以上はまだ言わない、まだもったいないし、いつかカッコつけさせてよ」

そう言いながらケンジは、少し照れたように私の少し前を歩いて行く。

私たちはまだまだ若い。でもそれだけではないから、これからも2人で思い出を作っていけるのだ。いつか2人の未来が重なるその日まで……

「あ、『SALONマキハラ』着いたよ。入ろっか……」



「いらっしゃいませ、二名様ですね」

扉を開けると、コーヒーの香りと、店主の屈託ない笑顔が迎えてくれた。

これから先も二人で初めての経験を重ねていけるという幸福感に包まれながら、私も苦手なコーヒーを克服してみようかな、と思ったのである。

君の笑顔の理由が  もう一つ増えるなら              今降り出した雨だって  僕はやましてみせるよ  幸せの記憶を  忘れないでいれば                        二人が願う永遠は必ず手に入る

【僕の彼女はウェイトレス】槇原敬之/1991年
「君は誰と幸せなあくびをしますか。」

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