見出し画像

おヘソのハナシ④

この話は、前回の↑の続きになります。

手術の日が決まった。
いつだったか覚えていないけれど、夏真っ盛りだったのは記憶している。本来ならば、出来たばかりの彼氏と最初に過ごす筈の夏。私は病室から一人で花火をみることになったからだ。

会社には事前に説明して、まだ新卒で入ったばかりだったので有給もなく、欠勤扱いとして一週間ほど休んだ。
母は上京して、私の家で寝泊りすることになった。
何度も来てもらって申し訳ないと伝えると、笑いながら
「私も一人暮らし気分を味わえるんだね」と言ってくれたのは、親心からくるものだったろうか。

前日に担当医と麻酔科の医師から説明があり、血栓を防ぐための弾性ストッキングを購入することを勧められた。電話で母に伝えると「男性ストッキング??」と完全に聞き違えていたが、私も最初に聞いたときはそうだと思っていた(笑)

当日、購入した弾性ストッキングと手術着に着替えて点滴を打ち、ストレッチャーに乗せられて手術室へ向かった。

大学病院の手術室は初めてだった。
実は私は19の時に盲腸で入院していたので、大きな病院の手術室は何となく知っていた。だが、大学病院ともなると規模が違った。

通常、手術室のドアを入って、少しいくと大抵3つくらいの手術室がそれぞれ並んでいるのだが、大学病院の手術室はドアを入ってからが長かった。
ひたすら長い廊下を運ばれてゆく。
「白い巨塔」の最終回みたいに。
その両脇にドアがいくつもあって、よく見るとそこがそれぞれ手術室なのだ。手術室銀座状態だった。

ようやく手術室について、おヘソの手術がはじまった。当初、この手術は全身麻酔という話だったが、上唇のホクロ除去があるので、下半身麻酔となった。盲腸のときにもやった、横向けになってエビのようにまあるくなって、麻酔をするアレだ。背中に消毒のスーっとした感じのあとに「ちょっと痛いですよー」といいながら、重い鈍い痛みが走る。

数分後、看護師さんが足元に何かつけて
「これどうですか?」と訊いてきたが、何も感じない。
「じゃあ、こっちは?」と再び訊いて私の方に水滴を垂らした。
「冷たいです」
「大丈夫そうですね。じゃ、少し眠くなる点滴いれていきますね。少しスーッとしますね」
実は私は下半身麻酔よりも、この眠くなる点滴のが苦手だ。
初めて盲腸の手術を受けたときに、先に手術したことのある弟から麻酔に関して
「姉ちゃん・・麻酔。ものすんげえ、いてぇから!」
と言われ、挑んだが私の痛みの範囲内ではあった。
しかし、手術に使われる、この眠くなる点滴の感覚のが苦手だった。
看護師さんのいう「スーッと」というのは、血管越しに点滴の冷たい液体が入っていく感覚があって、それが自らの全身を巡っていく感覚になる。
ただ、ひとつ良いところは、前述したようにこれは眠くなる薬なので、これ苦手なんだよな・・と考えているうちに、うとうとしてしまうのだ。

そうして、しばらく経って看護師さんから
「・・・さん」と名前を呼びかける声が聞こえた。
ああ、終わったんだなと思ってふと目をあけようとした次の瞬間だった。
突然、白い布を顔にかけられたのだ。

私はまだ寝ぼけていたので、一瞬「え?死んだ?」と思った。
手術室で白い布顔にかけられるなんて、普通に考えたらそれしかない。
担当医が耳元で
「これから唇のホクロとりますねー」
そういうと、上唇に直に麻酔をした。

その麻酔がとんでもなく痛かった。布の下でうっすら涙ぐんだ。
今回の手術の完全な盲点だったが、顔は神経だらけだから当然といえば当然。
しばらくして
「はい終わりましたー」
という声とともに、白い布をはずされると、手術室のライトのあの光が入ってきた。

ああ、終わったのだな、とようやく思った。

その後の入院生活では、着々と回復していった。
口元を縫っているので多少の食べづらさはあったが、内臓などの手術ではないため、普通にご飯も翌日から出た。
元気だし暇すぎて、翌日に数歩のところのナースステーションまでいったら、看護師に怒られたりもした。
そして・・数日後に教授回診があった。

私は、入院生活でベッドが少し硬いから腰にクッションを敷いていた。

例の寺島進みたいなコワモテ教授が担当医二人と実習生をぞろぞろ抱えてやってきた。担当医のおっとり女医さんは私の経過を説明して、教授もうんうんと頷いている。良かった、このままいってくれる・・と思ったそのときだった。

「君、このお腹張っている感じあるけど・・これはどう思う?」

またしても、教授からの質問。
するとまたしても
「ちょっと食べすぎちゃったのよねぇ」
と言い出したのだ。
いくら元気に回復していたとはいえ・・この入院生活で食べすぎることはない。
するとまた教授は
「違うだろ!術後にこんなお腹張ってたら、良くないだろう!」
というので、恐る恐る
「すいません、すいません!クッション敷いてたので、そう見えただけです」
と私はまたしても2人のやりとりの仲裁をすることとなった。

おヘソの入院でこのおっとり女医さんは本当に印象に残っていて、私は何年か後に、この先生何してるのかな・・と思って、ふとネット検索をかけたことがある。

すると、「南極料理人」にも出てくる、南極観測隊に行っていた時期があったらしく、相変わらず面白い経歴重ねてる人だなーと思ってその記事を目にしたことがあったのだった。

もしかしたら、この人は最新医療や技術なんかよりも、患者さんとそこにある病と向き合いたいタイプなのかもしれない。そこが大学病院とはズレてるだけで(笑)

そういえば、私が仕事帰りに駅のホームで待っていたときにもわざわざ、電話をかけてきてくれたことがあった。
後にも先にも医者本人から電話かかってきたのなんて、あのときだけだったな。

でも、なんか予約が手違いでーみたいな電話だったような気もするけど(笑)

おしまい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?