とんかつの話

下書き

 失敗談が好きなんです。
 と言うとまるで人でなしみたいだけど、やらかした話とか、転んだ(比喩としても)時の話とか、ある一定の時間を経過すると、大抵は笑い話になるし、その中に大きな学びが隠れていることが少なくないと思う。少なくとも成功談を延々聞かされるよりはずっと有益な時間だと思う。
 神奈川県にお気に入りのトンカツ屋さんがある。店の近くに住む友達に連れて行ってもらってから大ファンになり、近くに寄るたびに連れ立って訪れてはうまいうまいと舌鼓を打っている。年に1、2回ほどしか行かないので、いつもここぞとばかりに奮発してロースの上(¥1,900)を頼むのだけど、その時は1ヶ月ぶりと言う短いスパンでの訪問だったので気が緩んだ。両家顔合わせや慶事弔事ファミリー向けにも使われるらしく、メニューも豊富で刺身定食やお子様カツ、生姜焼き定食などもある。
 生姜焼きの文字を見た時に、学生の頃よく通った定食屋の生姜焼きを思い出した。厚さ5センチはあったと思うポークステーキに、生姜醤油がからめてあって、それを1合近くあるどんぶり飯とかき込む。それをやりたくなった。周りの面々がとんかつを注文する中、勇者は言った。「生姜焼き定食を下さい。」
 そこで僕が得た教訓は、「とんかつ屋で生姜焼きは頼むな」である。定食屋でその生姜焼き定食が出てきたら、ぼくは両手を上げて喜んだと思う。しかしそこは店名に「とん」が入るほどのとんかつ屋であった。周りがサクサク音を立ててロースやヒレを頬張る中、ご飯をお代わりしても満たされない、コンビニでクレープを買っても満たされない。とんかつが開けた穴はとんかつでしか埋められないのだ。
 他の飲食店がそれに限ったことではないと思う。蕎麦屋のカレーがうまいこともあるし、寿司屋の煮付けがうまいことなんてザラだと思う。でも僕はこの先余程のことがない限り、とんかつ屋では生姜焼きは頼まないと思う。なぜなら僕はとんかつを食べるためにとんかつ屋に行くからである。そして僕は生を全うするために生まれてきたのだ。

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