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the Odyssey その9

2022年3月

 前作に入れた曲で、再録した曲は2曲ある。一つは前回の記事に書いたyoru(仮)で、前回一番だけで完成させていたが、歌詞の締め方に今一つ心残りがあり、今回2番を作って収録した。何ていうか、あの終わらせ方では、歌の中に生きる誰かが不満を漏らしている気がしたから。あれではあまりに寂しすぎる、暖かい希望を抱かせて終わらせてあげたかった。

 もう一曲、グッド・バイ再録のきっかけはじらちゃん。前作のテーマは一人で完結、だったので、時間や予算的な都合もあり、基本的にギターとプログラミングでの編曲を施したのだが、完成した音源を聴いてもらったときに、この曲は生ドラムで聴いてみたいな、と話してくれた。自分の中にも叩きたかった気持ちもあり、次のアルバムには生ドラムで入れますねと約束した。そこで今回、ドラマー兼レコーディングエンジニアのあだちさんに、ドラムセットと録音機材一式と、エンジニアあだちさん自身を貸してもらうことにした。

 ドラムのセッティング、チューニング、マイクのセッティング、何から何までアドバイスをもらった、というかやってもらった。特にチューニングは、その道の人がネジを締めると、ガラリと良くなる。白から黒へ、高い音から低い音へのグラデーションが非常に滑らかな音色になる。他に入る楽器、どれくらい残響音を出すかも考えながら行っているらしく、餅は餅屋だなと思った。

 メトロノームと、プログラミングされたベースだけを聴きながら録音。マイクに囲まれ、プロドラマーに録音ボタンを押させて自分が叩く、この状況で緊張しない人なんているのか。1時間半ほどかけて何とか録了。一人多重録音は、テクニックとか、グルーブとか以前に、安定しているかどうかが第一条件であることがわかった。何事も土台づくりである。技術的に思うところがないわけではないが、僕という個人のいびつな内面が出せたと思う。アルバム全体を通しても、こういうある意味不安定な曲が一曲あってもいいと思う。週に一度、おとうちゃんが作る焼きそばみたいな感じか。同曲のギター、ボーカルは別の日に一人で録音。一人の録音は孤独な作業である。やたらと合間にSNSを開いてしまう。寂しがりには向かない作業かもしれない。作り始めから、完成形から目を離さない強い意志と、新しいアイディアを受け入れる柔軟性と、何より根気が山ほど必要である。スタジオを出た瞬間から、強い眠気に襲われた。

 一通り録り終えてから、グッドバイのコーラスを春奈さんに依頼、しようと思った時に、ずっと寝かせて(放置して)あった葦(仮)のアイディアを思いついた。ひとりで歌い切ろうとしなくて良い。音程が高いところは、女声で歌ってもらう、低いところは男声で歌う。二声が常に歌っていながら、お互いを活かしたり、支え合ったり、それでいて、片方だけでも聴けるようなメロディー。思いついたときに進めていた作業はいったん全てストップ。メロディーが頭から抜けてしまわないうちに慌ててメモして、デモを録音。女声パートはヒーヒー言いながら録ったが、何とか想いが伝わる(と自分では思っている)テイクが録れた。

 春奈さんは女性デュオDewのメンバーで、シンガーソングライターで、三児の母で、祈りの人。オーロラのような(ほんとに!)透き通るような歌声で、マントラをひとりで合唱したり、聖歌を歌うこともある。聖なる側面もありつつ、ちゃんと生活感もある人。(ごめん、笑)二声で歌うことを決めてから、この曲はこの世に生きる人、もうここにはいない人に向けた祈りの唄にしたいと思った。あちら側とこちら側、それは物理的な距離でもあるが、身体を持ってしては行くことのできない場所のことを想いたい。その二箇所を繋ぐものとして、彼女の声が適役だと思ったので、葦(仮)のコーラスアレンジもお願いした。深夜に歌ってくれたものが送られてきて、あまりの美しさにヘッドホンで聴いて思わずソファから立ち上がってしまった。

 3月中にボーカルも録り終わり、音楽的な作業は残りはバランスを整えるミックスダウンと、マスタリングという最終工程。そろそろパッケージやデザイン、売り方のことを考えていかなければ。

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