Ethena急成長要因とステーブルコイン市場の変遷
今回は2024年に最も急速にトラクションを積み上げているプロジェクトの1つであるEthenaについてまとめてみる。
Ethenaの概要
Ethenaは米ドルステーブルコインのプロジェクトである。発行されるステーブルコインはUSDeで、それをステーキングするとsUSDeが発行される。2024 Q1に本格ローンチし、USDeは3ヶ月ほどでステーブルコイン発行高4位にまで到達した。ステーブルコイン発行高1位はUSDT、2位USDC、3位はDAIである。
Ethenaの特徴は、stETHなどのLSTを担保にETH先物をショートしてデルタニュートラルポジションを組み、ETHステーキングの周りとperpetualのFRを狙う戦略を米ドルステーブルコインにしている点が特徴である。ただ、ここで得られる収益はUSDeを保有するだけではもらえずsUSDeを保有することで初めて受け取れることに注意が必要。さらに、sUSDeはその数が増加するわけではなく、Ethenaのコントラクトに蓄積された収益がsUSDeの価格に反映されるという形をとっている点にも注意が必要。この形式はRocketpoolのrETHと似ていて、LidoのstETHとは異なるやり方である。
ステーブルコイン市場
ステーブルコインの時価総額は2024年7月26日時点で$164Bであり、USDT$114B、USDC$33Bだけで9割を占める寡占的な市場である。どちらも中央集権的な組織がFiatであるUSDを保管し、それと同量の米ドルステーブルコインを発行する法定通貨担保型ステーブルコインである。保管しているUSDのうち一部を米国債や国庫短期証券等で運用することで発行体が利益を得るビジネスモデルとなっている。USDTとUSDCは大半のCEXやDEXに流動性が確保されている。発行体が規制当局に介入される検閲リスクが存在するだけでなく、USDの利回りがユーザーに還元されないという大きなデメリットあるものの、潤沢な流動性と会社としての実績も積み上がっていることから多くのユーザーに利用されている。
発行高$5BのDAIは暗号資産担保型のステーブルコインで、2017年頃からステーブルコイン市場を牽引してきた存在。厳選された種類の担保を担保率100%以上で預けて発行されるステーブルコインであるためdepegのリスクはかなり小さく抑えられている他、DAIで米国債と同程度の利回りを得る手段も用意されており、コアなクリプトユーザーには好まれている。
ここまでで触れた法定通貨担保型、暗号資産担保型以外にもアルゴリズム型ステーブルコインが存在する。FRAXやMIM、terraUSDが有名だろう。これらは特定のアルゴリズムや経済的インセンティブに基づいてトークン価格を$1にpegするように設計されたステーブルコインである。これらが登場した背景は、検閲耐性を維持しつつ暗号資産担保型より資本効率が高いステーブルコインを作ろう、というものである。terraUSDのようにアルゴリズム自体に欠陥があった場合にdepegが発生し、トークン価格が二度と$1に戻らなくなることも珍しくない。
デルタニュートラル型ステーブルコインもアルゴリズム型ステーブルコインの1つで、ETHを担保に同量のETH先物ショートをしてデルタヘッジをし、そのポジションをトークン化すれば$1にpegするとして設計されたものである。クリプトのperpetual futuresにおいては建玉に偏りがありショートポジションがFunding Rateを得やすい傾向があることから、資本効率も高く利回りももらえ検閲耐性も高いステーブルコインとしてデルタニュートラルステーブルコインは注目されてきた。弱点としては、perpetual DEXの流動性があまり大きくなく、ショートポジションを積みすぎるとFRで損失を出しやすくなるためステーブルコイン発行高がどうしても制限されてしまうことが挙げられる。2024年はオーダーブックDEXの台頭があり以前よりはDEXでも流動性を一定期待できるようになったが、CEXの流動性と比較すると全く及ばない。また、perpetual DEXがハッキングされるリスクもデルタニュートラルステーブルコインが抱えるという弱点もあった。
一方、2023年4月に行われたEthereumのShanghaiアップデートから夏にかけて、DAIに似た新しいステーブルコイン(厳密にはLiquityフォークベース)が乱立した。PrismaFinanceのmkUSD、LybraFinanceのeUSDなどが有名で、これらの大半はLST過剰担保型米ドルステーブルコインである。要は、それ以前のDAIやLiquityの場合はETH等の利回りが発生しない担保から米ドルステーブルコインを組成していたが、LSTを担保にすればETHステーキングの収益を得られる米ドルステーブルコインが作れてユーザーにも刺さるだろうというプロジェクトである。確かにこれらのプロジェクトは確実にユーザーニーズを捉えていたものの、既存のステーブルコインプロジェクトの持つ信頼が想像以上に分厚かったこと、LSTを担保にした以外は革新的な部分がなくLiquityのアップデートですぐに追い抜かされると考えるユーザーが多かったこと、急いで開発してローンチしたためフォークから少し変更した部分を中心にハッキングされてしまったことなどの要因で2024年にはほぼ生き残っていない状況になってしまった。これらのプロジェクトがまとめられているnotionページがあるので、深掘りしたい方には下記がおすすめ。
EthenaはデルタニュートラルとLST担保ステーブルコインのメリットを保持し、流動性の欠点をCEX活用によって克服したステーブルコインプロジェクトである。
Ethenaがなぜ素早くトラクションを出すことができたのか
私はEthenaが2024年Q1-2で圧倒的なトラクションを出すことができた要因が3つあると考えている。
1つ目は、そもそもステーブルコインの需要が顕在化している中で、既存の代替品よりもユーザーにとって良いものを作ったことである。DeFiユーザーに取って最も重要なことは「儲かるか」であり、それに必要な要素の1つに「潤沢な流動性があるか」といった点がある。EthenaはLSTとFRを取れるので、ユーザーを「USDを保有するだけで10%以上の利回りは少なくとも期待できるのではないか」といった気持ちにさせる。さらに、DeFi上の流動性の大半はETH、BTC、USDと価格変動相関が極めて高いトークンで構成されており、USDステーブルコイン自体の需要が非常に高いのは言うまでも無いだろう。儲けの期待値が高く、流動性もあり、検閲耐性もある程度高いステーブルコインを作ったのでEthenaを評価するユーザーやステークホルダーが多くなったと思われる。
2つ目は、座組に大手VCとCEXを巻き込んで、Valuationのコンセンサスを引き上げたことである。これはステーブルコインプロジェクトに限らず、クリプトネイティブなプロジェクトの成功法則とも言えるかもしれない。クリプト界隈の特殊な点は、ユーザーが自ら情報を集めて取捨選択し、良いと思った情報を勝手に拡散することである。クリプト以外のマーケットであれば、ユーザーは広告を見て企業を信用し商品を購入するという顧客行動が少なくない。しかしクリプトの場合は、ユーザーが能動的に行動する。ただ、自分と国籍も居住国も年齢も経歴も全く異なる、アイコンもよく知らないNFTを設定しているfounderが運営しているプロジェクトのDDを行うのは極めて難しい。そこで多くのクリプトプロジェクトは、業界で実績のある人物やVCを巻き込みbackerとして公表することで、間接的にユーザーの信頼を獲得しようとする。ユーザーとしては、VCや著名エンジェルをトラストすることでDDの手間を省くことができるのである(自分で調べなかったリスクは付きまとうが)。Ethenaの場合はDragonflyやArthur Hayes氏、Binance Labsなど多方面の実績あるプレイヤーを巻き込むことができており、これがユーザーからの信頼獲得につながったことは間違いない。
もっと重要なのは、著名な投資家たちがEthenaに投資することができた理由である。私は大きな理由がリーガルリスクの緩和にあると考えている。Ethenaでは運営が顧客資産を保管せず、カストディアンが責任を持つ座組になっている。
また、stETHをdepositしてUSDeを発行できるのはKYCされたユーザーのみであり、広範な投資家を勧誘する際に発生する責任も生じにくい。さらに、Ethenaが提供するUIからはUSDeのmintを行うことができず、PendleやKarak等のパートナーのUIに飛ばした上でUSDeをmintする仕組みになっており、UIを提供しているEthena Labsはそもそも広範な投資家に対して勧誘行為を行っていないと主張できるようになっている。
ユーザーがUSDeを入手したい場合、Curve等のDEXでUSDCなどのステーブルコインとswapすることで入手できる。もちろんこのswapもEthenaの提供するUI上では行わず、DEXのUIに移動することになる。
Ethenaの全体像を見ると、「デルタニュートラル戦略の投資ファンドの持分を世界中の投資家に販売している」とも取れるため、既存金融の秩序の中では投資顧問やカストディ等の複数のライセンスが必要になりそうであるが、上記のリーガルリスク緩和策により投資検討が前向きに変わったVC/エンジェルも少なくないと思われる。DeFiは最終的に既存金融や法定通貨を中心として金融システムと競合するものであり、投資家はDeFiプロジェクトへの投資を行う際にかなりリーガルを気にする場合が多いため、Ethenaはこの点に成功した可能性が高い。
3つ目は、ポイントキャンペーンで他のDeFiを巻き込んで、ほぼ全てのDeFiユーザーに認知&depositさせたことである。
Ethenaのポイントをより多く稼ぐためには、ただUSDeを保持しているだけでは不十分で、season1であればCurve上のUSDe/他のUSDステーブルコイン poolに流動性提供する必要があった。season2ではさらに連携先が増え、Pendle、Symbiotic、Karak、Solv、Ether.fiなど、ポイントを二重、三重に取得できるような施策を広範に行いユーザーを一気に増やした。もちろん新興の期待プロジェクトだけではなく、Aave、Morpho、Synthetix、Camelot等もパートナーに名を連ねており、Ethenaはほぼ全てのDeFiユーザーに認知されたはずである。エアドロップの期待値がなくなった後に実績を積み上げ続けるかについてはまだ確かなことは言えないが、USDeとsUSDeの流動性はかなり潤沢になり、今後Ethenaのフォークプロジェクトが出てきてもなかなか抜かすことができないMoat構築は済んだと考えて良いだろう。パートナーシップといっても、ただTwitterでロゴを並べて貼って拡散して何もやらないものもあるが、Ethenaの場合は明らかに違う。下記画像のように、Ethena用の企画立案(ポイント設計含む)、デザイン作成、フロントエンドとコントラクトの繋ぎ込み等々、彼らのパートナーシップは「一緒に仕事をする」と言って全く差し支えないものと思われる。これをやり切るビジネス力がある人材がチームにいることは彼らの強みであろう。
今回はEthenaの急成長の要因を探ってみた。まずはDAIを抜いて分散型ステーブルコインの頂点に立てるか、そしてInternet Bondとして既存金融の商品を抜いていけるのか継続的にウォッチしたい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?