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ショートショート「生まれ変わる」(ちくま800字文学賞応募作品)

 「生まれ変わった私たちを、今後ともよろしくお願いいたします!」

 鈴木さんは立ち上がるとそう言って頭を下げた。A社の鈴木さんが挨拶に来た目的は、このたびの社内改革を説明するためだった。部署統合と人員削減により、今後は大きく価格を抑えられると言う。

 鈴木さんとは私が新卒で入社した頃からの付き合いだ。着なれないスーツを着て自分の名前を噛みながら名刺を渡した私に、そんな緊張しなくていいよ、と笑ってくれたことを覚えている。鈴木さんは少しお腹の出たおじさんで、夏場はいつもポロシャツの背中が汗で変色していた。ハンカチで汗を拭きながら資料を説明する姿を見るたび、私は熊さんを連想していた。

 そして今、説明を終えた鈴木さんは私たちに一礼し、ハイヒールをかつかつと鳴らして歩いて行く。柔らかそうなロングヘアが風になびいて少し浮き上がった。いくら何でもずいぶん変わったものだ。生まれ変わった私たちを、か。
 時計に目をやると夕方の六時だった。あ、急がないと美容院の予約に間に合わない。私はばたばたと身支度をし、オフィスを出た。

 美容院のシャンプーというものはどうしてこんなに気持ち良いのだろうか。思い切って髪をうんと短く切り明るく染めた私は、満ち足りた気分でシャンプー台に横たわっていた。うつらうつらしている間にシャンプーが終わり、美容師さんが口を開いた。

「終わりましたよ。お客様、生まれ変わられましたね!」
「本当ですか? 思い切ってよかったです」

 私は私の声を聞いた。目を開けると、いつの間にか私は床に落ちていた。背もたれを起こしたシャンプー台には茶髪ショートの女が座り、嬉しそうに手鏡に微笑みかけている。私よりちょっとだけ美人なその女は、私の鞄を手に取り、スキップをするように外へと飛び出していった。閉店後、見習いスタッフの男の子が店内の端から端までモップをかけ、床に落ちた髪の毛と一緒に私をごみ箱に捨てた。

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