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礼儀正しいむかしふうのやりかたで

新版『ムーミンパパ海へいく』
8章で、ムーミン一家が漁師を
誕生日パーティーに招こうとする場面。
灯台に近づこうとしない漁師を
どうやって中に入れるか話し合うが
どうにも埒が明かない模様。
すると、ママが決心する。

こうなったら、ね。わたしが自分で行って、
礼儀正しいむかしふうのやりかたで、
臆病でへんくつなあのひとを招待してくるわ。

『ムーミンパパ海へいく』8章

そして、ちびのミイと共に
漁師の元へ行ったママは
丁重にお誘いをするのだが
漁師に直接話しかけているのにも
かかわらず、二人称ではなく
三人称の代名詞
を使っているのだ。

例えば英語でいうと
Youになるべきところが
Heになっている…という具合。
英訳版を参照してみると、
こちらはHeではなくYouを
使っている。
考えても調べてもどうにもわからず
Henrikaに尋ねてみた。
この件はHenrikaにとっても
面白かったようで
彼女のエッセイにも
このやりとりが載っている。

(Henrikaへの質問)
ママは目の前の漁師に話しかけているのに
duではなくhan/honomと
言っているけれど、これは文学的表現?
こういう表現の場合、言われた側は
どんな感じを受けるのでしょう?
例えば、堅苦しいとか、
よそよそしいとか…?
※du=you   han=he  honom=him   

これまたToveったらぴったりの表現ね。
この場合の"Han"や "honom"は丁寧表現。
ママは漁師にduと話しかけるのは、
なれなれしかったり押しつけがましかったり
するので避けたかったのだと思う。
かといって"herrn"や "Niでは大げさすぎるし、
かえって嫌味っぽかったり、見下したようにも
聞こえかねないし。
日本語でもこういう時は「あなた」といった
人称代名詞ではない表現を使うのではないかしら?
でもこういう場合にhanを使うのは昔っぽい。
私自身は使ったことがないよ!
※herrn=Mr.  Ni=Youの丁寧な言い方。Youの複数形でもある

そうか丁寧表現なのね!
ムーミン谷の十一月』でも
同様の表現があって
ずっと疑問に思っていたのよ。

丁寧すぎてもダメなんだよね。それだと
ママが無理強いしてると漁師は思っちゃうから。

……となると、「そちら様」や
「お宅」が近いのだろうが
日本語に翻訳する際
代名詞は訳出しないことが多い。

この場合は訳語を「あなた」
としたり、全体的に丁寧な口調に
するのがよいのでは、と考えた。

ところで、大前提として
ママの口調は基本的に割と丁寧だ。
最初に訳された頃の日本は
妻が夫に敬語で話すことも
稀ではなかった時代で、私自身
子どもの頃に読んでいて
ママの喋り方は丁寧だな、とは
思ったが、違和感はなかった。

今となってはママの口調は
隔世の感たっぷりかもしれないが
今まで読み継がれてきた物語の
持ち味であるし、新版でも
基本的にママの口調は丁寧さを
引き継いでいる。
……となると、漁師をお誘いする
この場面は、丁寧度をもっともっと
上げた方がよかったと思う。

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