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心を元気にするとかしないとか、稼げるとか稼げないとか。

ラインにオープンチャットという機能があるのを最近知って、
人見知りなくせに人と絡みたいややこしい私は、まずは『おやすみだけを言うチャット』に参加しました。
24時間おやすみスタンプの嵐で、こんな時間から寝るやつこんなにいるわけないだろ!とか思ったりして(実際はわかりませんけど)なんだかなぁ〜と思って抜けました。
でも抜けたらそれはそれで寂しい?もので、
これがスマホに脳を乗っ取られてる構図なのかもしれませんね。

次に『心を元気にする自分を励ます』的なチャットに参加しました。
自分を励ます独り言を浴びてると、、、いや〜苦しくなりました。
奮い立たせるって、なんだか無理がかかりますよね。
私も一言今思うことを呟いたのですが、反応禁止のチャットで反応されて、変な汗が出ました(あとでそのコメントは削除されてました)

心が元気ないなら元気ないままでいさせてあげる、そのままでいいよ、静かに待つよ、っていう
そのままを受け入れる自己受容の文化?習慣みたいなものって、まだまだないのかもねーと感じました。

心を元気にしようと思うとき

心を元気にしようと思う時、
大事なのは、今元気がないことを受け入れることだと思う。
とはいえ、ほんとーーーに、それが苦手だった私。
だって、心が元気じゃないなんて、とても悪いことだと思ってた!
そういう
無意識に信じ込んでしまって、人に見せたらいけない、自分もそこを見てはいけない、という自分の姿がたくさん闇に積み上がっていき、現実がうまくいかなくなったりするんだよね。
現実がうまくいかないときは、そういう見たくない自分がもう容量オーバーのお知らせのときなんだよね。笑


最近は、子供の頃に当たり前に生きていた
やさし〜い世界に生きたいと思うようになって。
それは
心が元気であろうとなかろうと、そんなことはどっちでもいい。
あなたが(私が)社交的だろうと内向的だろうとどっちでもいい。
あなたが(私が)稼げると稼げないとかどっちでもいい。
あなたといるのが、今楽しい。
あなたという存在が、私の世界に登場してくれて嬉しい。
嫌いなときも好きなときもあるけど、存在してくれることが嬉しい。
私は私のままでいるし、あなたもあなたのままでいてくれたら嬉しい。

するしない、できるできない、持ってる持ってない、行ける行けない、良い悪い、優しい冷たい、成功してる成功してない、幸せか不幸か、

なんだかもうそんなのどっちでもよくて!と思えてきまして。

疲れてるのかしら?私。



他に参加してみてる珈琲好きのオープンチャットでは、
今行われているスペシャリティコーヒーの祭典の写真がアップされてて、もうワクワクで、コーヒー淹れながら楽しんでおります。



それぞれのコミュニティにカラーがあって、自分はどんなコミュニティが心地よくて、どんなことがあると不快なのか?を確認している感じで楽しいです。
割と男性が多い、スパイスカレーやコーヒーのチャットはなんだか平和で、
そういえば子供の頃は男の子とばかり遊んでたのを思い出して、
もっと自分の男性脳的なところを活かして生きてみても楽なのかもしれないな、と気づきました。

優しくしてるつもりなく、優しかったりするじゃない?男の子って。
無関心なだけかもしれないけど。
男友達との心の距離感みたいなものが結構好きです。いざという時はかけつけるけど、普段は忘れられてる?くらいにほおっておいてくれる感じ笑


優しくあろう、も手放して、(思ってたんだ!私w)
ただ自分の特性をもっともっと活かしたい!

そのためには「自分」を深く知ってあげたい。

見たくない自分の詰まったブラックボックスを開けていく時かぁ~とワクドキしてきました。


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