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モヤモヤは罪悪感というサイン

昨日、仕事から帰って、なんだかもやっていた。
釈然としない。。。

でも、なににモヤモヤしているのか?はっきりとはわからなかった。
同僚のあの発言が気になるなぁ~ってところまではわかったけど。


今日はもう一つの職場。

雨だからか、人出が少なく、すいていたからお客様との話にも花が咲き、
また帰る前に厨房内での話も沸き、、、話してばっかり(笑)

そこで、昨日のモヤモヤに答えが出た。

「裏表」を感じて気持ちが悪かったんだ!と。

「裏表がある人との話はなんか気持ちが悪いし、楽しくない」って話されてるのを聞いて、

それだ!!

と腑に落ちた。


私のいないところでしているリアクションと、
私の目の前でとるリアクションの違いに、なんだか気持ち悪さを感じていたのだ。

そして、それは結構、常に感じてる違和感だったから、
あぁーそれだそれだ、とスッキリ!


それでも、
私は基本的に、私の目の前でのリアクションだけを採用するようにしているのだけど、どうしてこんなにモヤモヤしたんだろう?ってのの答えは、

私に罪悪感があるから

だった。


だから、少しチクッと刺さるんだ。

自分だけ早く帰るの、薄情かな?とか。



そして、『罪悪感』ってなんだろうなってのの答えは、
【今いる世界と行きたい世界の境界線】だと思った。


その行動をとっても罪悪感を感じなくていい、自由にするのが当たり前の世界に生きたいなら、慣れるしかないんだ。

今、そうじゃない世界にいるから、そこからはみ出る時に、モヤモヤするしザワザワする。

境界線なんだ。

そのモヤモヤザワザワ、申し訳ないな~、という罪悪感に耐えられなくて、結局それを感じなくて済む行動をとることは、
今いる「我慢」の世界、「自分の本心ではないナニカに従う世界」に居続けるという宣言になる。



そこに ラクに、居続けるのか、

抜け出すと決めて、ザワザワを感じながら行くのか、

選ぶだけなんだな、と思った。




で、私はもちろん抜け出したく、私らしくありたいので、

顰蹙(ひんしゅく)を買う覚悟を、改めて決めるのでありました。


・・・売られないけどね。みなさんがそんな人でないことは知っているのだ。
もし顰蹙に感じるなら、それはその人が「我慢」しているからに他ならなくて、私の人生には関係なかったりするんだよね。うん。


というわけで、
罪悪感はGO!である。

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