最後のマスカラ
床がぐらりと揺れ、エレベータに閉じ込められて二十五時間。
俺は体育座りして、死にそうなほどの空腹と戦っていた。
箱の中にはもう一人、サングラスをかけた無口な女がいた。
……ああ、もう空腹の限界だ。
「すみません、何か食べるものはないですか」と恥を忍んで声をかけた。
女はしばし逡巡した後、
「おかしな話だと思いますが、私の話を聞いてもらえますか」と前置きして話し出した。
「一か月ほど前かしら、私マスカラを使い切ってしまったんです。最後のマスカラでストックがなくて。仕方ないから、私さばいて処分する予定だったイカ墨をマスカラに入れてみたんです。変な匂いはしたけれど、マスカラとしては優秀で。気に入って使ってたんです。……でもある日、目の前にチラチラ何かが動いているのが見えるようになって。よくみたらゲソなんです。イカの足。……私、まつげがゲソになっちゃったんです」
そう言って女はサングラスを外した。
結果として俺たちは二日後ぶじ救出された。
あんな旨いゲソは初めてだった。
全く、イカれた話である。
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