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サン=テグジュペリ『人間の大地』/死ぬことが少し怖くなくなった、その理由

「いい本」とは何だろう、と考えた時に私がいちばんに思うキーワードは「自分にはない新しい視点、しかもためになる」。今回たいそう感激したサン=テクジュペリのエッセイ集『人間の大地』はまさに私にはない視点の連続で、読み終わった後、まるで今までの自分から脱皮したような、そんな感覚まで芽生えた。

サン=テクジュペリは1900年生まれのフランス人。貴族の血筋の生まれで、裕福な少年時代を過す。そんな彼は、当時発明されたばかりの飛行機の虜になり、1940年、第二次世界大戦時、フランス軍の偵察部隊として飛行中にドイツの戦闘機に撃ち落されるまで、執拗に空を飛び続けた。彼は何度も飛行中に墜落し、時には砂漠を3日間彷徨い救出されたような、そんな経験を持った。にも関わらず、その経験談が記されたこの『人間の大地』には、「死への恐怖」や「恐ろしい経験」に対するトラウマのような記述は一切ない。以前僚友が虐殺された場所に不時着せざるをえなかった時の記述も、共にその恐怖を分かち合った仲間といかに素晴らしい時間を過ごしたか、だった。

その夜、村の大広場、つまり、木箱から漏れる光に照らされた砂漠の片隅に集まって、僕らは何かを待っていた。何を?僕らを救ってくれるはずの曙を。あるいはムーア人の襲撃を。そんな夜に、いったい何がクリスマスの趣きを添えたのだろう。僕らは思い出を語り合い、冗談を言い、歌を歌った。(中略)薄暗い光のテーブルクロスの上で、思い出以外には何の持ち合わせもない六、七人の男は、目には見えない冨を分かち合っていた。僕らはようやく出会えたのだ。

サン=テグジュペリ『人間の大地』

砂漠に飛行機が墜落し、助けを求めるために飲まず食わずで歩いた3日間も、まるでかけがえのない素晴らしい経験のように描かれている。

かつて日航機がハイジャックされた際、当時の首相が犯人に身代金を払うと決めた際に「人命は地球より重い」と言った。この言葉を初めて耳にした時から、これまでの私は何の疑問も持たずそのように「命は何よりも大切なもの」だと思って生きてきたように思う。
一方で『人間の大地』を読んで感じたのはそれとは違う「死」の捉え方だ。「死」がたとえ身近にあったとして、それはしょうがないことと考える。すると「死」と隣り合わせの瞬間にも、もしかしたらそんな瞬間にこそ、生の喜びが輝くのかもしれない。そんな風に「死」というものの見え方が、『人間の大地』を読んだ前と後でガラっと変化したように、今、感じている。

この本で得た視点、それは興味、好奇心、気概、欲望と「いのち」を天秤にかけない生き方のように思う。そして死の淵にいる時にこそ、生の美しさ、素晴らしさを感じられるような気がして、死ぬことが少し、怖くなくなった。


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