見出し画像

志摩旅行記5

志摩旅行を決めてから、この地に纏わる文献や小説を色々探した中に山崎豊子の「華麗なる一族」があった。冒頭の、山崎豊子がこのホテルに通いつめて書き上げたという冒頭文を繰り返し読んだ。そしていざ夕日が落ちる時、来るぞ来るぞと言う気持ちで英虞(あご)湾に落ちる夕陽を眺めて、景色と、そして文章を堪能した。

陽が傾き、潮が満ちはじめると、志摩半島の英虞湾に華麗な黄昏が訪れる。湾内の大小の島々が満潮に洗われ、遠く紀伊半島の稜線まで望まれる西空に、雲の厚さによって、オレンジ色の濃淡が描き出され、やがて真紅の夕陽が、僅か数分の間に落ちて行く。
その一瞬、空一面が燃えたち、英虞湾の空と海とが溶け合うように炎の色に輝く。その中で海面に浮かんだ真珠筏がピアノ線のように銀色に燦き、湾内に波だちが拡がる。
山崎豊子「華麗なる一族」

ああプロの作家というのはこんなにしっかりと深く見るんだなあ、と自分との差を痛感し、そしてこの差を埋めるべく取り組むことが私が書き手として一皮剥けるヒントなんだなあということがしっくりきた。

夕陽の後は、ラ•メール•クラシックのディナー。このために遠路はるばるここまで。そしてこの日のために買ったEPOCAのワンピースを着て、おろしたてのパンプスを履いて、いざ、アワビのステーキに挑んだ。

厳粛に現れたアワビのステーキには緑色のソースがかかっていた。これはブール•ブラン•ソースといって、白ワインとバターで作ったソースで、中にパセリとシャンピニオンとガーリックが入っているそうだ。ゆっくりとナイフで切り分け、口の中に入れてみる。思わず、ウーンと唸りたくなるほどのおいしさである。
柔かいアワビにガーリックのきいたソースがからまったその悦楽的な味わいに、冷たいピノ•シャルドネが加わると、こんなウマイ物食べていいのかしら、という気持ちになってくる。
私は思わずフーッと溜息をついた。これは遠路はるばるやってきてよかった、としみじみ思ったのである。
「愛情旅行」荒木陽子


残念ながら私は荒木陽子さんが感じたほどの感動はなく、少し拍子抜け。それでも美味しい!は間違いない。

一方、次の日の朝食に食べた「海の幸のグラタン」は最高のおいしさだった。


表面が薄いカラメルで固めてあって、中には伊勢エビとアワビの切り身。魚介の風味がきいたホワイトソースには少し酸味があり、カラメルと合わせて食べると「ほんのり甘い」と「ほんのりしょっぱい」が絶妙に混じり合って舌がおいしさを堪能する。
私にとってはこっちが「フーっとため息をついた。これは遠路はるばるやってきてよかった、としみじみ思った」のだった。

朝食後に宿泊者向けの館内見学ツアーがあって、かなり楽しみにしていたものの、子がじっとしていられずに途中で離脱。ただそこで思ったことは「また来ればいいか」だった。とにかく志摩が気に入っている。志摩観光ホテルもすごく好きだ。海沿いの良さと山沿いの良さの双方を兼ね揃えていて、気分が華やぐ一方でリラックスできる。だからちっとも残念じゃなくて、むしろまた来る口実ができた、なんて思ったくらい。

来た時と同じように丁寧にもてなされながら駅までの送迎バスに乗って、また来よう、そう誓う。定期的にこの場所を訪れて、自分の重ねた年月を愛でていく、そう考えると、老いていくこともなかなか粋なことで楽しみで。

心から、そう思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?