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「あなたの不幸話、おもしろいよね」

中学生の頃、
帰り道に部活のメンバーから言われた。

わたしは自分から不幸話をする人間ではない。

聞かれたことに対して
答えた話が
不幸な事実だったのだ。


それからも彼女は

「ほかに不幸話ないの?」
「面白いから、もっと不幸な話してよ!」

とわたしに言ってきた。


当時のわたしは
それがとても嫌だった。

自分が不幸な人間みたいだし、
不幸を自慢する人間に思われたく無かったから。



それから約20年後の今、
エッセイを書いていて思う。


「不幸話の方が面白いと思ってもらえるのでは?」



わたしはあまりデータ分析をしない。

noteのダッシュボードは滅多に見ない。


でも毎日更新を続けてきて、
最近反応がない気がする。

イコール
読む価値のない文章・レベルの低い文章を、
自分の時間・家族との時間を
削って書いているのではないかと
不安になった。

そこでnoteのダッシュボードを見た。


人気の記事は大きく分けると
✔︎役に立つ記事
✔︎弱音を吐いた記事
だった。


「ほらね」

同級生のニヤリとした顔が浮かんだ。


自分の書きたい書きたくないは置いておいて、
読者はわたしの弱い部分に共感してくれていたのか。


無いと思っているわたしの才能は
負のエネルギーで発揮されるのかもしれない。


大丈夫。

わたしは幸せだ。

わたしは毎日幸せなのだ。


幸せな毎日の中で、
ちょっと疲れたことや
ちょっと嫌だったことを
拾い上げるだけ。


読まれない文章を書いて、
誰のためになる?

ならない。

それはわたしのしたいことじゃない。

人のためになることをするんだ。


不幸話を面白いと言ってくれた
あの頃を思い出して。



具のない🍙まき子(@makicome1986

数多ある文章の海から、 みつけてくれて、ありがとうございます。 現在、不定期更新・お休み中です。 鹿児島から愛を届けています。