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そろっているものがきれい。

そろっているときれい、と思うクセがある。

なので、昨日書いた紙のセットも、そろえてあるままにしたくなるし、そもそも全セットそろえたいと思って最初から好きな月だけ買うという選択肢はなかった。

そろっている完成感が好き。
全部そろっている、ということが嬉しい。

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小さい頃から、全部そろえたくなるクセがあったと思う。 
絵本とか本とかシリーズで集めたかったし、きれいに並べるのが好きだった。
完璧主義的なところが強かったからそのせいかと思っていたのだけど、大人になるにつれて完璧主義なのは緩和したのに、集めたいそろえたいというのはそのままだったので、関係ないのかもしれない。

何巻って数字があるのはそろえたいのもわかるけど、そうでなくてもいくつか集めてある程度そろってくると全部そろえなきゃ!って気分になっていた。
おまけのグッズとかも全種類ほしくて探したりとか。
コンプリートしたくなる。
そして、コンプリートしたら、せっかくそろったのだからと使わなくても捨てられなくなる。

色鉛筆やクレヨンとか、きれいに順番にそろって新品で同じ形をしてぴしっとしてるのがきれい。
だから、好きで使うのだけど、使って縮んでそろわなくなるのがさみしかったりする。
使いたくて買ってるのに、使わないと意味ないのに、できるだけ使わないように使おうとしてしまう。
大人になってからはそれはさすがにどうなのよと思って、色鉛筆はバラで買い足しできるしと自分に言い訳もして後押しして、使うようになったけど。
(それでもほぼ使ってない色鉛筆やパステルのセットが何個かある。)

あと、本とかは、いくつかの出版社から出ているなら、同じ出版社のものでそろえたいよね。
背表紙とか大きさとかそろうので。
それだけでなくて訳の仕方とかも訳者によったりして(なので出版社で違ったりして)そこがずれないのは大事。

*

こう書いてみたら、見た目の印象に大きくとらわれているなぁという感じ。
見た目だけでは意味がないと思うし、そろってることでなくて使ったりして意味があるとも思うのだけど。

わかってるのについクセできれいなようにそろえておきたくなる。
そういうのない?
何やってるんだと自分につっこみいれつつ、これからもそろえていようとしたり、あえてがんばって使ったりそろえなかったりを試したりとするのだろうな。


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